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Volume 06, No.1 Pages 41 - 46

4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

マイクロストリップガス検出器の放射光実験利用
Synchrotron Radiation Experiments Using the Micro-Strip Gas Chamber

豊川 秀訓 TOYOKAWA Hidenori

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門 JASRI Beamline Division

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1.はじめに
 マイクロストリップガス検出器(Micro-Strip Gas Chamber:MSGC)は放射光科学における次世代リアルタイムX線画像検出器として注目され、SPring-8においても共同チーム期から東京工業大学谷森研究室(現、京都大学)及び理化学研究所構造生物物理学研究室を中心に開発が着手され、JASRI機器開発グループが実用化へ向け評価実験を行なっている[1〜12]。課題であった放電による電極破壊・表面電荷蓄積問題もほぼ解決し、昨年度から本年にかけて、利用研究へ向けて大きな進展が成された。紙面の関係上、検出器の原理については簡潔な解説のみに留め、詳細は文献をご参照頂き、ここでは、BL45XUで行なった筋肉及び蛋白質溶液の小角散乱実験[12]、及びBL46XUでの結晶構造解析実験を通してMSGCの放射光実験利用へ向けての現状を紹介する。小角散乱、結晶構造解析だけでなく数多くの放射光利用研究者の方々にも、今後のSPring-8での研究計画の参考にして頂きたい。

2.検出器の原理
 MSGCは原理的には多芯線型比例係数管(Multi-Wire Proportional Chamber:MWPC)と同じガス増幅を利用した検出器で、1988年にOedによって考案された[13]。写真1はSPring-8でのMSGCの外観である。受光面は10.24cm角で、約30cm角のマザーボードと一体となっており、ガス導入・廃棄口を持つガスパッケージで覆われている。マザーボード背面には、1枚当たり64ストリップ分の前置増幅器及び波高弁別回路を搭載したボード16枚が実装されており、各ストリップからの合計1024の論理信号がハッチ内に置かれた9U-VME規格で作成された画像処理システムへ送られる[1,5,11]。この様に、本システムは機動性を考慮してコンパクトに設計されており、SPring-8における殆どの実験ハッチに設置が可能である。 

 

 
 
写真1 マイクロストリップガス検出器


 図1は受光部の原理図で、ドリフト電極側からX線が入射する。下の基板がMSGC本体で、厚さ20µmのポリイミド薄膜上にアノードストリップ電極とカソードストリップ電極が交互に形成されている。ドリフト電極とMSGC本体間のドリフト層は、アルゴン又はキセノンといった希ガスにエタンを20〜30%混合したガスが満たされており、入射X線により希ガスから電離された2次電子は、電気力線に沿ってMSGC方向へドリフトし、アノード近傍の高電場によって増幅される(ガス増幅)。増幅によって生じる正イオンはアノードに隣接するカソードへ向かい、この際の誘起電荷がアノード及びカソードから信号として検出される。本システムでは、アノードからの信号を用いてX方向の位置情報を計測している。また、下層にはアノードと直交してバックストリップ電極が形成されていて、同時に生じる誘起信号からY方向の位置情報が得られる。ストリップ電極は、LSIを実装するMulti-Chip-Module技術を用いて基板上に印刷するため、高精度で200µmピッチの電極形成が実現でき、画像ゆがみ無く高空間分解能画像が得られる。 
 
  
 
 
図1 マイクロストリップガス検出器の原理図 
 
 
 MSGC受光部及びデータ収集を含めたハードウエアーの設計を1996年7月に完成し、東工大グループの予備試験を経て、第1号機の評価が1997年6月よりSPring-8で開始された。また、同年10月にはSPring-8の供用がスタートし、12月より理研ビームラインⅠ(BL45XU)・小角実験ステーションにおいて、放射光による評価実験を開始した。当初、放電による電極破壊、表面電荷蓄積からの増幅率変動の問題に直面したが、ポリイミドの表面に有機チタニウムをコーティングし、表面抵抗率を軽減させた事に加え、前段増幅器としてキャピラリープレート(Capillary Plate:CP)を導入し、一様性の良い画像を得るのに十分な1000以上のガス増幅率が比較的安定して得られるようになった[7〜11]
 MSGCに前段増幅器をつけるアイディアは、CERNグループの両面金属メッキされたカプトン膜に数十µm径の無数の穴をあけたGas Electron Multiplier(GEM)を用いる方法を基にしている[14]。また、CPによる電子増幅に関する報告が山形大学のグループからなされており[15]、本研究ではこれをMSGCの前段増幅器として応用した。図2にMSGCとCPを組み合わせた装置の構造図を示す。ドリフト電極とCP間が有感領域である。ここで生成した電離電子は、CP内部で十数kV/cm以上の高電場により雪崩増幅を起し、更に下段のMSGCで増幅され、高増幅率が得られる。また、ここで用いているキャピラリープレートは、径が100µm、開口率が57%だが、印加高圧により電気力線をCP上下では極力平行、かつCP中を100%通過するように制御し、不感領域・歪みが生じないよう設計している。 
 
 
 
図2 キャピラリープレートを前段増幅器としたマイクロストリップガス検出器の原理図 
 
3.リアルタイム画像処理システム
 データ収集装置は、9U-VME規格で作成された4枚の座標変換ボード、メモリーボード、CPUボードの計6枚で構成されている[1,5,11]。図3にブロック図を示す。連続して入射するX線からのアノードストリップ512本、バックストリップ512本の論理信号は、動作クロック10MHzで同期化され、パイプライン処理により1クロック当たり一X線の座標変換が行われる。入射X線の作るガス中の電子雲は数本分のストップを覆う為、論理平均をとる事により60µm程度(RMS)の位置分解能が得られる。ただし、MSGCは実際には直交する2つの1次元検出器なので、画像情報に変換する際に、それぞれの方向で単一点の位置情報でなければならない。ここでは、電子雲の広がりを見積り、7ストリップ以上離れたデータが存在する場合はマルチヒットとみなし、座標変換を行なわずに無視する論理にしている。 
 
 
 
図3 画像処理システムのブロック図 
 
 アノードストリップ方向、バックストリップ方向からの座標データ(各10ビット)は、時間情報及びトリガー情報を含む32ビットデータとして、最大512MBのメモリーボードに蓄積される。これを随時読み出し、リアルタイムでX線動画像を見ることが出来る。また、蓄積されたデータは、露光終了後、リストデータとしてハードディクスに保存される。
 現状のデータ収集システムの動作クロックは10MHzであり、自然放射線のように完全にランダム系での計測では、約3.7Mcpsが原理的な最大計数率である。蓄積リングの電子軌道がバンチ構造を持つ放射光実験においては、平均計数率は3.7Mcps以下であっても、1クロック内での瞬間計数率は容易に上記の限界を超えてしまう可能性がある。また、セベラルバンチ運転では空振りするクロックが出来てしまい、例えば200n秒間隔のバンチ構造を持つ場合には、10MHzのうちの半分が空振りになってしまう。一般に、パルス計測型検出器の場合、これらの不感時間を十分に考慮し、実験を計画する必要がある。

4.露光時間のオフライン設定
 MSGCシステムでは、一X線毎に位置及び時間を記録するので、十分長い露光を行ない、オフライン解析で任意の露光時間を切り出せる。図4,5は2000年11月にBL45XU小角散乱実験ステーションで行った、カエルの骨格筋とウシの心筋の小角散乱像である。以下、BL45XUでの本研究では、入射X線の波長λは常に1Åを用いた。いずれも、実際には1分程度の長時間露光を行い、オフライン解析により数秒間の露光時間を切り出している。ここでは示していないが、同じデータから、放射光によるダメージにより回折が弱まる様子を任意の時間フレームで動画として見る事も可能である。ダメージが問題となるような希少サンプルの場合、特にこの方法が有効であろう。 
 
 
 
図4 カエルの骨格筋の小角散乱像 
 
 
 
図5 ウシの心筋の小角散乱像 
 
 開発当初よりはかなり安定したものの、放電による電極破壊が皆無では無いのが現状であり、線状の不感領域が生じてしまっている。ただし、散乱中心の左下を交差する十字形の不感度領域は座標変換回路の問題である。アノード・パックストリップ群からの各512本の論理信号は、それぞれ2枚の座標変換ボードで平均位置を演算しており、2つのボードを跨ぐ事象については処理されず無視されている。ここでの実験ではアルゴンガスを用いている為に生じる電子雲が拡大し、この不感領域が数本分の幅を持ってしまう。キセノンガスを用いた場合には、2次電子のガス中での飛程が抑制され、不感領域が1本分程度に軽減されるが、キャピラリープレートの上下電極間で放電が起こり易くなり、残された課題である。また、特に図4で、MSGCマザーボードに直結された16枚の前置増幅・波高弁別回路ボードの発振現象により輝線が生じてしまっている。これは、MSGC本体と画像処理VMEシステム間のケーブル配線配置に強く依存し、今回の実験では最適化が完全には出来ていないが、通常は無視出来る程度に調整可能である。

5.実行ダイナミックレンジ
 現在広く利用されているイメージングプレートやCCD型検出器は、積分型検出器である為、ダイナミックレンジに制限があるが、MSGCシステムは一X線毎に入射位置を測定するので、理論上ダイナミックレンジは無制限である。そこで、1999年11月及び2000年5月にBL45XU小角散乱実験ステーションにおいてポリスチレンラテックス、アポフェリチンの溶液散乱測定を行い、MSGCシステムの実行ダイナミックレンジを測定し、X線イメージインテンシファイアー+CCD検出器(XR-II+CCD)と比較した。[12,16,17]
 図6は、溶媒の散乱を差し引いたポリスチレンラテックス溶液の散乱強度分布である。ここで、散乱角2θ、S=2sinθ/λである。理論的には、ポリスチレンラテックス散乱強度はPorod則によりS−4で減衰するが、MSGCはこれを約6桁まで達成しているのに対し、XR-II+CCDでは約2桁しかない。XR-II+CCDの場合、スペック上のダイナミックレンジの7500:1に比べてかなり制限されている事になる。また、図7は、溶媒の散乱を差し引いたアポフェリチン溶液の散乱強度分布である。ここで、XR-II+CCDは2桁以上のダイナミックレンジを一度に測定出来ない為、中心部をマスクしたデータを重ねている。MSGCに比べてXR-II+CCDでの散乱曲線は、ピークの谷間の落ち込みが悪くなっている。ただし、XR-II+CCDのダイナミックレンジの問題については、文献[16,17]で小角散乱実験実行上の対処法が詳しく解説されており、現状では、SPring-8の小角散乱実験ではXR-II+CCDが主に用いられてでいる。 
 
 
 
図6 ポリスチレンラテックス溶液の散乱強度分布 
 
 
 
図7 アポフェリチン溶液の散乱強度分布 


6.外部トリガー入力による連続時分割測定
 図8は2000年5月にBL45XU小角散乱実験ステーションで行った、チトクロームC溶液に塩酸を混合された際の変性実験の結果である。[12,18]ここでも、データ収集システムの特徴を利用した連続測定を行った。混合及び廃棄を3秒周期で約30回連続に行い、一つのデータとして保存する。この際に、1イベントデータには、位置・時間情報に加え、外部トリガーとして混合開始ビットを付加し、オフラインで30回の変性を積算する。この方法により、わずか90秒で30回分の測定が出来る。実際には、この連続測定を数回行い、合計約200回の測定を積算した。ここでの反応速度は比較的遅い為にオフライン解析で時間フレームを100m秒にとったが、実データは0.5m秒のタイムススタンプで記録されており、このステップで任意のフレーム時間を設定できる。また、原理的には最速100n秒でのタイムスタンプの設定が可能である。 
 
 
 
図8 チトクロームC溶液に塩酸を混合された際の変性測定


7.連続回転写真法を用いた結晶構造解析
 MSGCシステムの結晶構造解析分野への応用として、連続回転写真法(CRP法:Continuous Rotation Photograph Method)を開発した[11,18,19]。結晶構造解析では、X線ビームと結晶軸のなす角ωを変化さながら、多くの回折画像を撮影する必要がある。ここでの新しい手法は、結晶を連続的に回転させながら時分割測定を行い、時間情報から回転角ωを導く。MSGCシステムの動作クロックは10MHzなので、毎秒1回転で0.001度以下の精度で測定できる。また、広ダイナミックレンジの特性から、非常に弱い斑点から、106個以上の強い斑点まで高精度で測定できる。
 この手法の初めての放射光実験の試みとして、2000年11月末に、BL46XUにおいてテスト実験を行った。実験後、日が浅い事もあり、ここでは予備的な結果を図に示すに留める。図9は、酒石酸アンモニウム単結晶を試料として、毎秒4回転させたものからの回折斑点である。X線のエネルギーは、17.4keVである。一枚の画像は、25m秒の露光時間による像であり、36度分振動写真に対応する。図10は、上記結晶による回折斑点を2秒間(8回転)露光したものである。実際のデータ解析は、100µ秒の時間フレーム(0.14度ステップ)で行う予定である。 
 
 
 
図9 酒石酸アンモニウム単結晶からの回折斑点(毎秒4回転) 
 
 
 
図10 酒石酸アンモニウム単結晶からの回折斑点を2秒間(8回転)露光した像


8.おわりに
 筋肉・溶液の小角散乱実験だけでなく、結晶構造解析の分野でもMSGCシステムの有効性が試され始めている。露光・フレーム時間の任意設定、広いダイナミックレンジ、外部トリガーによる連続測定、連続回転写真法といった既存の画像検出器には無い特徴は、他の放射光利用研究でも突破口になる可能性があろう。現状では、SPring-8が有するMSGCシステムはBL45XUのみであるが、キャピラリープレートの放電抑制の為の開発研究と同時に、今後は小角散乱・結晶構造解析だけでなく、より多くの分野の利用研究を試行して行きたい。

謝辞
 本MSGC開発研究は、谷森 達氏、越智敦彦氏、西勇二氏、青木俊介氏、永吉 勉氏、小石悟史氏との共同研究です。藤澤哲郎氏、西川幸宏氏には、BL45XUでの小角度散乱実験の計画・実行・解析を通して、有益な議論を頂きました。ここで数多くの評価実験の機会を得られた事が、本研究が現段階に到達出来た大きな要因であったと実感しております。植木龍夫氏、石川哲也氏、前田雄一郎氏には、多々の問題点に直面する中、SPring-8での開発研究にご支援・ご理解を頂きました。鈴木昌世氏、佐藤一道氏には、検出器に関する有益な助言を頂きました。井上氏には、最初の時分割実験の際にご協力頂きました。八木直人氏、岩本裕之氏、牧野浩司氏には筋肉試料を提供して頂きました。大橋裕二氏・植草秀裕氏のグループには、BL46XUでの結晶構造解析実験にご協力を頂きました。この場をお借りして、深く感謝致します。

参考文献
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豊川 秀訓 TOYOKAWA  Hidenori
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
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