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Volume 06, No.1 Pages 5 - 8

1. ハイライト/HIGHLIGHT

蓄積リングへの30m長直線部の導入に関して
Beam Performance after Installation of 30mLSS in SPring-8 Storage Ring

熊谷 教孝 KUMAGAI Noritaka

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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はじめに
 SPring-8の蓄積リングは、1997年3月にビームコミッショニングを開始して約4年を経過し、電子ビームの性能と輝度は世界最高水準に達している。そして2000年の夏には、当初設計からリング内の4カ所に設けられていた直線セルの電磁石を再配置し30mの電磁石の無い自由空間を作り、その一カ所に輝度を更に上げるための長さ約30mのアンジュレータを設置するリングの大改造が実施された。このリングの改造に伴うビーム調整が8月下旬から開始され、ビーム寿命を除き、導入前と遜色のないビーム性能が実現し、10月3日からは放射光の利用運転が再開された。本稿では、この30m直線部の導入前後のビーム性能の比較と、蓄積リングの今後の高度化に関して簡単に解説する。

30m直線部の改造
蓄積リング直線部の磁石配列の変更

 蓄積リングは、ナノメータ級の自然エミッタンスを実現するために、チャスマングリーン型磁石配列48セルで構成されている。ビームの初期調整期間および利用当初は加速空洞に起因するビーム不安定性の軽減とアンジュレータとウィグラー利用の点から、1セル毎に直線部の水平方向のビームサイズが大きい小さいを繰り返すハイブリッドラティス構造が採用された。しかし、アンジュレータ利用の拡大と加速器のマシンスタディーの進展によって、1999年の秋からは、全ての直線部の水平方向と垂直方向のビームサイズをアンジュレータ光に最適化したHHLVラティスに変更された。そして、このHHLVラティスをべースとして2000年6月17日利用運転が終了した後、約2ヶ月をかけてリング4カ所の直線部の電磁石、共通架台、および真空チェンバーを取り払い、その両端のセルの直線部の四極電磁石を組みなおし30mの自由空間を作り、その1箇所(旧19セル)に約28mのアンジュレータを設置する改造が実施された。この改造後の電磁石配列を改造前と合わせて図1に示す。この改造後の電磁石配列(30mLSSラティス)は、長直線部を含む3セルで、通常のHHLVラティスに軌道パラメータを滑らかに接続するとともに、そのビーム性能の劣化を極力小さくするように最適化されている。この30mLSSの考え方については、本誌のVol.5,No.3(2000年5月号)[1]に詳しく解説されているのでここでは省略する。 
 
 
 
図1 HHLVと30mLSSとのオプティクスの比較

 

 この直線部の電磁石の再配置に伴って、直線部の架台と真空チェンバーは新規に製作することとなった。また、この30m長直線部の導入に伴って、それまでの主4極(10グループ)および6極電磁石電源(7グループ)の他に、長直線両端の4極と6極電磁石の励磁力を独立に変えることができるように計52台(1箇所当たり4極電磁石電源9台、6極電磁石電源4台)の高安定高精度電源が追加された。また、この改造で、一部主四極電磁石電源は、定格の数分の1で使用することになり、電子ビーム軌道の安定度を悪くすることが予想されたため、急遽、交流側に外付けのトランスを追加し、定格の最適化を実施した。
 この長直線部の導入によって、蓄積リングはHHLVラティスの48回対称から4回対称と低い対称性を持つことになるため、ビーム性能が、今まで以上にリング構成機器の製作誤差および設置誤差に大きく左右されることになる。そのため、ベータ関数が通常セルより大きな値を持つため、よりビーム性能に敏感となる直線部内電磁石のアライメントについては、水平垂直共に25µm以内、約40mの離れた直線部間のアライメントは水平方向0.2mm、垂直向方向0.1mm以内の精度で行った。

30mLSS導入後の蓄積リングのビーム調整
 次にビーム調整の経緯を簡単にまとめておく。
8月28日    19:00頃 ビーム調整の開始
       21:00  on-axis入射で0.22mA蓄積に成功
               蓄積電流1.2mAで真空焼きだし
8月29日    ビーム寿命改善のため新規製作した直線部チェンバー部にターボ真空排気系を追加
       COD補正(0.25mmrms)
       off-axis入射で3.46mAまで蓄積、真空焼きだし
8月30日    ビーム位置検出器のオフセット値の校正
       17.35mAまで蓄積、真空焼きだし
8月31日    CODの精密補正(30µmrms)
       ハーモニック用六極電磁石の調整
       27mAで真空焼きだし
9月1日    100mAでビーム寿命15時間を達成
9月4日〜19日    ビーム性能の確認
         チューンの動作点の確定
         エミッタンス
         ビーム寿命の改善
         入射効率の改善
         ビーム不安定性(イオンによる?)
         の回避
9月20日    ビームラインの調整を開始
9月26日    挿入光源のギャップを閉じた状態で加速器側最終ビーム調整
         クロマティシティの確定
         ビーム不安定性を回避するフィリングの決定
10月3日    放射光利用の開始

 このように6月中旬から始まった30mLSSの改造とビーム調整が、建設時に比べてはるかに少ない人員と3ヶ月と言う短い期間内で、大きなトラブルも無く、設計通りのビーム性能を実現できたことは、SPring-8の建設と4年間のマシンスタディーとビーム調整で培われたノウハウが、正しく継承され、かつ十分生かされた結果に他ならない。

30m直線部導入前後でのビーム性能の比較
 表1は、ビーム初期調整から現在までの3つのオプティクス、Hybrid、HHLVそして30mLSSでのビーム性能をまとめたものである。

表1 ビーム性能の比較(Hybrid、HHLV、30mLSS) 
 
 
 
 30mLSS導入前に危惧されていた、ビーム性能の劣化は、この表を見る限りほとんどない。これは、通常ラティス部を含む全ての電磁石の位置が共通架台の導入と相まって、非常に高い精度でアライメントが出来ているため、測定したベータ関数や運動量分散関数、およびダイナミックアパチャーがほぼ設計通りの値を実現しているためである。ただ、入射効率やビーム軌道の安定度、そしてビーム不安定性については、まだビーム調整が十分行われていないこと、新規真空チェンバーを導入した部分の真空度が十分上がっていないこと、そして30mの長尺アンジュレータや挿入光源の数の増加による効果などからHHLVに比べて多少悪いところがあるが、現在これらに対する対策をとりつつある。

入射効率
 入射効率が80%程度(HHLVでは80から90%)と少し悪いのは、ビーム不安定性を抑制するためにクロマティシティーの値を水平垂直ともに+7程度の大きな値をとっていることによる(クロマティシティーをゼロ近くに持っていけば90%以上を実現できる)。これを改善するために、まず関係する共鳴ラインの補正を現在検討している。

軌道安定度
 高輝度放射光リングでは、電子ビームのサイズが垂直方向で数ミクロンと小さいため、電子ビームの軌道変動の大きさはそれより十分小さくなくてはならない。現在、振動および変動の原因が精力的に調査されており、図2は軌道変動の周波数スペクトルとその要因を示したものである。 
 
 
 
図2 蓄積リングセル39のアーク部での軌道振動のスペクトル 
 
 この中で、シンクロトロン振動に関するものはすでに対策が終わり、今年の冬の停止期間には4極電磁石電源による1Hzから数Hzの変動の対策も終了する。今後は、冷却水温度および電磁石の振動による部分の対策を検討することになる。

ビーム不安定性
 現在、新規導入部の真空チェンバー内の真空度あるいは残留ガス種の影響と思われるビーム不安定性と30mの長尺アンジュレータおよび挿入光源の設置数の増加によるresistive-wallインピーダンスの増大によると思われるビーム不安定性が観測されている。そのためクロマティシティを水平垂直ともに+6〜7程度の大きな値に設定しこれを抑制している。しかし、ビーム不安定を抑えるために大きなクロマティシティーの値を導入することは、運動量の許容範囲を狭め、ビーム寿命の短縮、および入射効率の悪化等を引き起こす。そのため、ビーム寿命の改善やトップアップ運転の導入を視野に入れた上で、バンチ毎に振動を抑制するフィードバックシステムの開発を現在進めている。

30mLSSラティスの今後
 30m直線部を導入して約4ヶ月、この間マシンスタディーや利用運転を通じて、30mLSSラティスの詳細調整が進んできており、利用当初に比べるとビームの安定度および変動、およびビーム寿命も改善されてきている。そう遠くない将来、HHLVと同等あるいはそれ以上のビーム性能が実現できるものと考えている。
 私の印象では、長直線部を導入したからといって、ビーム性能が悪くなったという印象はなく、むしろ30mLSSラティスがシンクロトロンでは難しいと思われていた整数次、および半整数次の共鳴線上をビームを蓄積したまま通過できるという特性を持っていることには、非線形場を用いたビーム蓄積という新しい加速器の芽吹きの予感さえする。その意味で、30mの長直線部の利用を含めた、30mLSSラティスのビーム物理および加速器科学の面からの徹底的な研究が現在最も重要であると考えている。
 そして最後に、長直線部の導入で危惧されていたビーム性能の悪化もなく、世界で初めて長直線部導入を成功裏に終了したことは、現在世界の色々なところで計画されている高輝度放射光施設での長直線部導入に一層弾みがかかるであろう。

参考文献
[1]田中 均、早乙女光一:SPring-8利用者情報Vol.5,No.3(2000)153.



熊谷 教孝 KUMAGAI  Noritaka
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(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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