Volume 16, No.1 Pages 17 - 20

2.ビームライン/BEAMLINES

新レーザー電子光ビームライン(LEPS2)計画
LEPS2: New Laser-Electron Photon Beamline at SPring-8

中野 貴志 NAKANO Takashi

大阪大学 核物理研究センター  Research Center for Nuclear Physics, Osaka University 

Abstract
SPring-8の8 GeV蓄積電子ビームにレーザー光を正面衝突させて得られるレーザー電子光ビームのための新しいビームライン(LEPS2)の建設が始まった。従来のLEPSの10倍のビーム強度と大型検出器を備えたLEPS2でのハドロン物理研究に全国の原子核物理学研究者の期待が集まっている。本稿ではLEPS2ビームラインの特徴と新たに導入された様々な技術的な工夫、LEPS2で展開されるハドロン物理研究の概要を紹介する。
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1.LEPS2計画の概要と目的

 レーザー電子光ビームは、蓄積リング内8 GeV電子と外部より入射されるレーザー光との逆コンプトン散乱によって得られる高エネルギーのガンマ線ビームである。その波長が典型的なハドロンの大きさ(〜1 fm)より短くなるため、そのサブ構造であるクォークの世界まで探索が可能となる。放射光施設としては世界最高の8 GeVという電子エネルギーと3 nmradという極小エミッタンスを有するSPring-8は、ストレンジ・反ストレンジクォークのペアからなるφ中間子の生成閾値を超える1.5 GeV以上のレーザー電子光ビームを発生してクォーク核物理の研究を行うことのできる世界的にユニークな施設である。

 LEPS2計画では、ビーム強度、エネルギー、共に世界最高のレーザー電子光ビームラインと大立体角の高分解能スペクトロメータを中心とする実験装置を建設し、高統計の精密実験を行うことにより、萌芽期にあるクォーク核物理研究の飛躍的な発展を図ることを目的とする。特に、現レーザー電子光ビームライン(BL33LEP、以下LEPS)での研究においてその存在が示唆された、新しい物質形態であるペンタクォーク粒子Θ(図1)の存在の決定的な証明とその性質の解明を目指す。将来的には物質の基本粒子であるバリオンおよびメソンの構造とそれらの間に働く力をその構成要素であるクォークのレベルで理解することにより、クォーク閉じ込めの機構、およびカイラル対称性の自発的破れとNambu-Goldstoneボソンの生成を通じて本来軽いクォークがハドロン内で大きな質量を得る機構を解明する鍵を得たいと考えている。

 

図1 γdK+K-pn反応のK+K-測定によって得られた、フェルミ運動量補正後のnK+不変質量スペクトル。矢印の領域がΘ粒子生成に対応するピーク

 

 

 光子ビームを用いた実験は、反応機構が簡単なことから、ハドロンビームを用いた実験と比べ実験結果を解釈する上で理論的な不定性は少ないが、相互作用が小さいため測定に時間がかかる。そのため高強度ビームと大きなアクセプタンスを持つ検出器を用いて、実験セットアップを変えずに、様々な研究が可能になるデータを同時に取る方法が効率的である。LEPS2では、以下のような研究を平行しておこなう。

 

1.反ストレンジクォーク1個と4個のクォークからなるペンタクォークΘの生成と崩壊様式を系統的に研究する。これまでハドロンとしては3つのクォークからなるバリオンとクォーク・反クォークからなるメソンの2つのグループしか知られていなかったが、LEPSにおいて初めて上記5つのクォークからなる粒子が発見された。その後世界中で多くの追試がなされたが、未だにその存在自体確定されたものとはなっていない。近年の理論的な研究により、ペンタクォークの構造と生成モードによる断面積の違いや角分布には大きな相関があることが予想されている。LEPS2では、現在、LEPSでシグナルが見えているエネルギーおよび角度領域に加え、米国ジェファーソン研究所等の研究機関で存在が確認されていない領域を同時に覆い、高統計の実験データを収集することによりΘの存在を決定的なものする。

2.クォークモデルでは説明できない可能性のあるバリオンΛ(1405)等の構造(3個のクォークからできているか3個のクォークと1対のクォーク・反クォークの分子共鳴状態であるか)を、生成および崩壊パターンと核物質中での性質の変化を調べることにより解明する。特に、直線偏光ガンマ線を用いてベクトルK中間子を伴うΛ(1405)生成反応を調べることにより、Λ(1405)がπΣとKNそれぞれに強く結合する2つの状態の混合であるとする最近の理論予想に対して知見を与える。

3.φ中間子光生成はLEPSでの主要テーマであったが、生成断面積のエネルギー依存性においてEγ〜2 GeVにピーク構造を持つという興味ある結果が得られている。ピーク構造の解明にはより高いエネルギー、より後方の角度への測定の拡張が必要である。また、偏極標的を用いて偏極測定量における干渉効果を見ることにより、ストレンジ・反ストレンジクォークの寄与、即ち、核子の中のペンタクォーク成分を調べることができる。

4.通常のバリオン(クォーク3個の結合状態)の数は現実に実験で見つかっている数の約2倍あることが理論的に予言されている。これらの“失われたバリオン共鳴状態”の探索には、光ビームの偏光方向とバリオンの崩壊で生成された中間子の生成方向の相関を測定する方法が有効である。この方法によりバックグランドの中から微少なシグナルを抽出することができる。

5.本来非常に軽いクォークで構成されているハドロンがどのような機構で質量を獲得するかという謎を解く鍵となる粒子(σ中間子)を探索する。σ中間子は最終的に4個の光子に崩壊するので、探索には全方位をカバーするガンマ検出器を使う。また、σ中間子の生成にはPrimakov過程を用いるが、その生成断面積は入射γ線のエネルギーとともに大きく増大する。LEPS2では、より高エネルギーの光子ビームを用いることによって測定効率を向上させる。

6.原子核標的中でベクター中間子を光生成し、ベクター中間子の崩壊からの軽いレプトン対の測定により、カイラル対称性の部分的回復による核物質中でのベクター中間子の質量変化を研究する。

 

 

2.LEPS2ビームライン

 LEPS2計画では、約3 GeVまでのレーザー電子光ビームの大強度化を行う。また、将来的には軟X線の入射等による8 GeV近くまでの高エネルギー逆コンプトンガンマ線の生成も企図している。SPring-8に4本ある30 mの長直線ビームラインの内の一つであるBL31ISは、以下のような理由で新ビームラインとして最適である。

 

1.蓄積電子ビームの角度発散が非常に小さいので、細く平行なレーザー電子光ビームが得られる。

2.複数台(4台)のレーザー同時入射によるビーム増強を計画しているが、長直線部を用いれば、お互いのレーザー光の干渉を避けるためにフォーカス点をずらして入射することが可能である。

3.シリンドリカル・レンズによりレーザービーム自身の形状を扁平にすることによって、もともと水平に拡がりを持っている電子ビームとの衝突密度が上がり、レーザー電子光ビームの強度を上げられる。

4.直線部にアンジュレータを設置することができ、将来的には、生成された軟X線をミラーで跳ね返すことにより、電子ビームとX線の逆コンプトン反応で、3 〜7.5 GeVの光ビームを生成することができる。

 

 図2に8 GeV電子に355 nmの紫外レーザー、257 nmの深紫外レーザーを衝突させた場合、および100 eVと1 keVの軟X線を衝突させた場合の逆コンプトン散乱(BCS)断面積を示す。ビーム強度は断面積に比例するため、制動輻射によるγ線(強度が〜1/Eγに比例)と比べ、低エネルギー側での比較的平坦なエネルギー分布がレーザー電子光ビームの大きな特徴となる。また、X線入射の場合は最大エネルギー付近でのピーク構造がより顕著になる。

 

図2 8 GeV電子と紫外レーザー、または軟X線とのコンプトン散乱の断面積。

 

 

 入射レーザー光の偏光状態が散乱光であるレーザー電子光に移行される点も大きな特徴の一つである。図3にレーザー入射の場合について、入射光子が100%偏光していた場合のレーザー電子光の直線偏光および円偏光をエネルギーの関数として示す。最大エネルギーで偏光度は最大(円偏光で100%、直線偏光の場合でも90%以上)で、エネルギーの減少とともに徐々に下がっていくが、入射レーザーの波長を変えることにより、実験に使用するエネルギー領域で偏光度が高い値が保たれるように設定できる。

 

図3 レーザー入射による逆コンプトン散乱光の偏光度。上が縦偏光、下が円偏光の場合を示す。

 

 

 現BL33LEP(LEPS)とBL31IS(LEPS2)の一番大きな違いは電子ビームの水平方向の発散角であり、<σx’>BL33 = 58 μradに対し、<σx’>BL31 = 14 μradである。ビームの裾まで含める(3 σ)と衝突点から150 m下流ではビームサイズがLEPSでは±26 mmになってしまうのに対してLEPS2では±6 mmと小さく、実験ホール外に標的および実験装置を置いても十分実験可能である。

 レーザー電子光ビーム強度の増強のためには入射レーザー光自身の強度アップが単純で効果的なため、高出力の複数台のレーザー同時入射を計画している。既にLEPSビームラインにおいて、2006年度に80 MHzの半導体レーザー(Paladin355 nm、8 W)の2台レーザー同時入射テストを行い、1台入射の場合のほぼ2倍の2 × 106 /secのレーザー電子光強度を達成し、それ以降の実験に供されている。LEPS2では、4本のレーザーの同時入射を行う(図4)。

 

図4 4連レーザー入射システム系の模式図。

 

 

 更なるビーム強度増強のための方法として、シリンドリカル・レンズを用いたレーザー自身のビーム整形を検討している。蓄積リング内の電子ビームは水平方向に拡がりを持っており非常に横長に扁平な形をしているのに対し、レーザーはそのフォーカス点においても通常円形をしている。これを横長な楕円フォーカスにできれば衝突密度が上がってビーム強度が増す。既に可視領域のレーザーに対してテストを行い実際に楕円フォーカスして縦方向の密度が増加していることを確認している。

 LEPS2でのレーザー電子光ビーム強度は、

  1.5 GeV〜2.4 GeV(355 nmレーザー)では > 107 /sec

  1.5 GeV〜2.9 GeV(266 nmレーザー)では > 106 /sec

となり、LEPSの一桁上になる予定である。

 

 

3.LEPS2検出器

 LEPS2における検出器は、反応同定用の前方スペクトロメータとハドロン崩壊解析用スペクトロメータ、および4πガンマ線検出器からなり、理研仁科加速器研究センターの協力を得て、新たにリング棟外に建設されるLEPS2実験棟内(図5)に設置される。

 

図5 LEPS2実験棟レイアウト

 

 

 主検出器である大立体角検出器(ハドロン崩壊解析用スペクトロメータ)は、米国ブルックヘブン国立研究所(BNL)で、中間子の稀崩壊実験で使用されていたE949検出器を移設し、改造することにより構築する。E949検出器は、超前方を除くほぼ全方位角を覆う検出器で、荷電粒子とガンマ線の方向とエネルギーを同時に精度良く測定することができる。

 平成23年度にはE949電磁石の据付けを行って本格的にスペクトロメータの建設を開始し、24年度には4πガンマ線検出器等を使用した実験を一部開始する。また、LEPS2建設と並行してLEPSビームラインで偏極標的の開発、およびそれを用いた実験を行い、その後LEPS2に移設する。そして平成25年度末には本実験の開始を予定している。LEPSで萌芽した研究をLEPS2で発展させ、SPring-8をクォーク核物理のメッカにしたいと考えている。

 

 

 

中野 貴志 NAKANO Takashi

大阪大学 核物理研究センター

〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘10-1

TEL:06-6879-8938

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SPring-8/SACLA INFORMATION

ISSN 1341-9668 EISSN 2187-4794