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Volume 16, No.1 Pages 33 - 36

3.研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第2回SPring-8次期計画2019シンポジウム〜光科学の明日〜
The 2nd Symposium on SPring-8 Upgrade Plan 2019

鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro[1]、矢橋 牧名 YABASHI Makina[2]、渡部 貴宏 WATANABE Takahiro[3]

[1](財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 Research & Utilization Division, JASRI、[2](独)理化学研究所 播磨研究所 X線自由電子レーザー計画推進本部 XFEL Project Head Office, RIKEN、[3](財)高輝度光科学研究センター 加速器部門 Accelerator Division, JASRI 

Abstract
 今年で供用開始13年目となるSPring-8では、今後数十年にわたって放射光科学の発展に資するために、2019年を目処に施設の大規模なアップグレードを計画しています。2007年4月にSPring-8高度化計画検討委員会にて議論が開始され、2008年10月にはワーキンググループが発足、それから約2年を掛けて次期計画の基本方針や具体的な方策が検討されてきました。このたび、2010年12月4日に行われた第2回SPring-8次期計画2019シンポジウムでは、これまで議論されてきた次期計画の基本的な枠組・目標、および具体的な実現方法が紹介されました。本稿では、この会議の概要を報告します。
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 1997年(平成9年)に供用を開始したSPring-8は、アメリカのAPS(Advanced Photon Source)、ヨーロッパのESRF(European Synchrotron Radiation Facility)と並び、「3極」と呼ばれる世界三大放射光施設として日本および世界の放射光科学研究に供してきました。3極の稼働以降、そこで開発された要素技術の恩恵を享受した新たな高性能リング型放射光源が世界各地に次々に建設され、更には「夢の光」といわれるXFEL(X線自由電子レーザー:X-ray Free Electron Laser)の開発が、やはり3極という形で進んでいます。ご存知のように、XFELの3極のうちの1つは現在SPring-8サイト内に建設中です。

 こういった背景の下、SPring-8では、10〜20年後の光科学の展望や、間もなく完成するXFELとの相乗効果などの観点から、10年後のSPring-8はどうあるべきかという方向性や具体的な目標、そしてその目標を達成するにはどのような光源開発が必要か、といったことについて議論されてきました。

 今回のシンポジウムでは、2009年6月に行われた第1回SPring-8次期計画2019シンポジウム以降の進展を中心に、これまでの検討内容が紹介されました。

 

 

シンポジウム結果報告

 12月4日、東京都千代田区にある学術総合センターにて、第2回SPring-8次期計画2019シンポジウム〜光科学の明日〜が開催されました。

 第1回同様、今回も多くの参加申込みがあり、参加者の所属も、大学、研究機関、産業界など多岐にわたりました。シンポジウム開始時刻には準備されたイスのほとんどが埋め尽くされ、最終的には143名の参加者が集いました。

 シンポジウムは、石川哲也・SPring-8高度化計画検討委員会委員長による開会挨拶で始まりました。本次期計画の概略が説明され、XFELの完成後にはSPring-8はXFELと大型放射光リングの2つの光源が存在する稀有なサイトとなり、両者の相補的な活用が重要であることが強調されました。

 

SPring-8高度化計画検討委員会石川委員長による挨拶の様子

 

 

 続いて、藤吉尚之・文部科学省研究振興局量子放射線研究推進室長より、ご挨拶をいただきました。藤吉室長は、昨今の事業仕分け等でSPring-8の運営体制が問われており、利用者本位で運営体制を見直すことが重要であるという見解を述べられました。また、経済活動など広い意味でSPring-8次期計画に対する期待について言及されました。

 これらの挨拶に続く前半の部では、SPring-8次期計画ワーキンググループからの報告が行われました。まず、矢橋牧名世話人より、「SPring-8次期計画の進捗状況」と題して、本計画の背景および概略、ワーキンググループによる検討状況の現状、そして将来への展望が示されました。本計画の背景としてエネルギー、安全、医療、環境といった21世紀の主要な科学技術を、放射光が支えていることが言及されました。放射光科学は、APS、ESRF、SPring-8という「3極」によるブレークスルーを2000年頃に迎え、その後はSPring-8で開発された真空封止アンジュレータや低エミッタンスリングなど要素技術の成熟に伴い、中型で高性能なリング型放射光源が世界各地で建設されたことが紹介されました。XFELに関しては、XFEL3極(アメリカLCLS、ヨーロッパE-XFEL/FLASH、日本SPring-8サイト)に続き、世界各地でコンパクトXFELの計画が進んでいます。このような動向の中、短波長光科学の情勢は今後数年で大きく変わっていくであろうとの展望が示されました。質疑応答では、「蓄積電流を増やせる可能性はあるのか。」という、具体的な光源開発の方策に関する質問が出され、「電子ビームエネルギーを8 GeVから6 GeVに下げた場合には熱負荷が減り、蓄積電流を200 mA程度まで上げられる可能性が十分ある」という回答がなされました。

 つづいて、「次期計画が目指す光科学」と題し、次期計画で目指すサイエンスの方向性が鈴木基寛世話人によって発表されました。(I)空間・時間スケールの連続的な観測、(II)大量試料の統計的分析による不均一系、多様系の科学、(III)XFELとの同時利用・相乗利用によるフロンティアサイエンス、が次期計画の目指すサイエンスの柱として掲げられました。(I)では、素過程を破壊的に捉えるXFELに対し、次期計画では対象とする系全体を非破壊かつシームレスに観察することが可能であり、2種類の光源の相補的な利用によって様々な新たなサイエンスが可能となることが述べられました。(II)では、次期計画では微小サイズの試料に対する測定スループットが何桁も向上することで、これまで取り扱うことのできなかった大量の試料が現実的なビームタイムで測定可能となることが述べられました。この劇的な「量」の増加により、不均一系・多様系試料に対して統計解析という新たなスキームを導入し、得られる情報の「質」をも向上させることが、エアロゾル単一粒子の化学状態分析などを例に示されました。(III)では、XFELポンプ-SRプローブ実験が提案され、XFEL励起による原子ポテンシャルの変調を観測する可能性や、同一試料に対してSRとXFELを使い分けるコリレーティブ・イメージングの有用性などが議論されました。質疑応答では、利用者から光源の性能向上だけでなく、より性能の高い検出器の開発の重要性が指摘され、次期計画において検出器の開発にも取り組んでいくとの方針が示されました。

 前半の部最後は、渡部貴宏世話人により「SPring-8次期計画のための次世代放射光源開発の現状」が示されました。光源性能と光を発する電子バンチの指向性(加速器用語でエミッタンス)との関係が説明されたのち、光源開発の目標キーワードとして「回折限界光源」が掲げられました。この挑戦的な目標を実現するための方法として、電子ビームエネルギーの6 GeV化(現在のSPring-8は8 GeV)、およびマルチベンドラティス化(現在のSPring-8よりも3倍程度、偏向磁石の数を増やす案)を柱として新たな極低エミッタンスリングの構築を目指していることが説明されました。現在、マルチベンドラティスの数値解析と、入射器・磁石・真空・RF・モニタといった要素開発の両面から広く検討を進めており、多角的な検討結果を繰り返し突き合わせることで検討の精度を高めていることが紹介されました。質疑応答では、「入射器として現在SPring-8で用いられているBooster synchrotronあるいはLinac(線型加速器)のどちらを使用する計画か。」といった具体的な加速器設計の方針について質問があり、現段階ではXFELのLinacを使う案と、現在のBooster synchrotronを改良する案の両方の可能性について検討している旨、回答されました。

 

SPring-8次期計画ワーキンググループ渡部世話人の発表の様子

 

 

 休憩を挟んだ後半の部では、3名の外部講演者により、10年後あるいはその先の放射光サイエンスを見据えた講演が行われました。1件目は、東北大学大学院工学研究科の貝沼亮介先生より、「磁性形状記憶合金の発見とその不思議な振る舞い」が発表されました。貝沼先生らは、大きな応力を生む磁性形状記憶効果をNi-Co-Mn-In系合金において実現し、ほぼ完全な形状回復が得られる「メタ磁性形状記憶効果」を世界に先駆けて証明されており、その研究が紹介されました。相ドメインが成長する動画はとくに聴衆の興味を惹きつけ、ドメインサイズに関する質問や、次期計画での観察の可能性について議論されました。

 2件目は、大阪市立大学大学院工学研究科の小畠誠也先生から「光で動く分子と結晶」が講演されました。この研究は、光に応答して分子の形が変化するフォトクロミック・ジアリールエテン結晶の光可逆な結晶変形についてでした。一例として、紫外線を照射することで結晶に収縮が起こり、可視光照射によって元に戻るという興味深い現象が紹介されました。未解明な問題である、分子構造の変化とマクロな結晶形状の変化の関係を明らかにしたいと、SPring-8次期計画への期待として述べられました。

 3件目は、理化学研究所横浜研究所の深田俊幸先生によって「生体必須微量金属の役割の解明と臨床応用への展望」について講演されました。深田先生は特に亜鉛に注目されており、シグナル伝達物質としての亜鉛の機能や、亜鉛トランスポーターによる細胞機能の制御機構について、これまでの研究成果が紹介されました。今後更に研究を発展させるにあたり、SPring-8の次期計画によって、究極的には生きた状態での細胞内の原子分解能元素イメージングが可能になることを期待する旨、言及されました。

 3件の講演はいずれも現在の最先端をいく興味深いものであり、将来のサイエンスの可能性、そしてそれらに供する「光」の可能性を大いに感じさせるものでした。

 

深田俊幸先生(理研 横浜)の講演の様子

 

 

 合計6件の発表後は、フリーディスカッションの場が設けられ、改めて会場から質問やコメントが寄せられました。「10年後の光量子科学はどのようになっているか?」というスケールの大きな問いから、「エネルギーの6 GeV化とマルチベンドラティス化により、短波長側の強度は上がるか?」「現状の偏向電磁石のビームラインはどうなるか?今まで通り白色光は使えるか?」といった利用者からの具体性の高い質問まで多岐にわたり、活発な議論が行われました。そのなかでも、われわれは次期計画で光科学の未踏の領域を目指すのだという、石川委員長からのメッセージがとくに印象的でした。

 最後に、閉会の挨拶が大熊春夫・SPring-8高度化計画検討委員会委員よりありました。前回の第1回シンポジウムの時よりも着実に検討が進んでいること、検討状況の詳細は今後も学会等を通して公開されていくことなどが述べられ、閉会となりました。

 143名の聴衆はシンポジウム閉会までほとんど席をたちませんでした。また、シンポジウム後に行われた懇親会には昨年を上回る63名が参加し、本会だけでは言い尽くせない様々な意見が交わされました。時間の制約はありましたが、貴重な意見交換の場となりました。

 

質疑応答の様子

 

会場の様子

 

 

おわりに

 2回目を迎えた今回のシンポジウムは、SPring-8次期計画ワーキンググループによる検討開始を告げた前回のシンポジウムから如何に進んだ議論が出来るかが1つのカギでした。その意味で、閉会の挨拶にも述べられた通り、「第1回よりも進んだ印象があった」というのは良い収穫となりました。また、今回印象的だったのは、利用者の方々が本計画に関心を持ち、理解し、多くの意見・質問が出始めたことです。シンポジウム以後の個別の議論にも反映されており、活発な議論の引き金になったのでは、と考えられます。

 次期計画が目指す2019年までは決して長くはありませんが、まだまだ多くのことを議論し、内外の声を反映させながら議論を成熟させていく段階にあります。その際、全体を見渡す広い視野と、具体的かつ詳細な実現性を議論する深い考察の両者のバランスを保ちながら、計画を進めることが肝要だという思いを強くしました。

 

 

 

鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro

(財)高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0803(ex. 3871)

e-mail:m-suzuki@spring8.or.jp

 

矢橋 牧名 YABASHI Makina

(独)理化学研究所 X線自由電子レーザー計画推進部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0803(ex. 3811)

e-mail:yabashi@spring8.or.jp

 

渡部 貴宏 WATANABE Takahiro

(財)高輝度光科学研究センター 加速器部門

〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1

TEL:0791-58-0803(ex. 3352)

e-mail:twatanabe@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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