Volume 05, No.6 Pages 411 - 413
4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
ブラジルCampinasで開催された“磁性物質への放射光利用”の国際ワークショップ報告
International Workshop on Applications of Synchrotron Light to Magnetic Materials
さる2000年8月アメリカ・カリフォルニア州Berkleyで開催された電子分光に関する国際会議(ICESS)に引き続いてCampinasでの上記会議(WASLMM、8月14〜16日)に出席した。さて本論に入る前にICESSについて若干述べる。初日冒頭のプレナリ講演に続いての強相関系のセッション(原子分子のセッションとパラレル)3件の招待講演のすべてが放射光を用いた角度分解光電子分光あるいはバルク敏感高エネルギー分解能光電子分光であった。これは放射光が電子分光の世界に完全に根付いていることを示している。異例とも言えるきわめて活発な質疑が会議全体を通して行われたように感じた。前回千葉でのICESSが化学サイドの色彩が色濃く出ていたのと比べると今回は物理サイドにも力が入っており、スピン偏極STMなども含みプログラム編成が良くバランスの取れたものであった。
さて、ICESSの翌朝サンフランシスコ空港を発ちマイアミで乗り継ぎサンパウロ空港に到着したのはCampinasの会議の講演初日の朝であった(ユナイテッド航空便の飛行機が2時間近く遅れマイアミでの接続に間に合わないと観念したが、接続を待って直ちに出発という幸運に救われた)。ブラジルに入るにはビザが必要である。6500円だったかの手続き料のほかサイズの厳しい写真が必要とされるのでブラジルへ行く人は十分時間を見て手続きをされたい。実際アメリカからの講演者は発表予定日にはブラジルに入国できず講演を後回しにした。Campinasまでは90kmなのでサンパウロ空港でバスに乗りかえ約1時間でCampinasのダウンタウンに到着した。詳しい地図も、公共交通機関での会議場へのaccessの案内も主催者側から送られては来なかったし、webでの検索による地図情報もかなり大まかなものでとても役立ちそうには思えなかった。タクシーで行くほかあるまいと、はじめてのポルトガル語の単語を並べ、乗る前に値段の交渉をしてから会議場のあるLNLS(Laboratorio Nacional de Luz Sincrotron)放射光施設へ向かった。郊外へ向かってひたすら走り続け原野(といってもほとんど木々の無い)の中にぽつんとたたづむLNLSへ初日午前の講演が終わった頃にたどり着いた。そのため残念ながら4つの講演を聞き逃したという訳である。これは著者の怠惰ではなく物理的制約からであることをお断りしておく。LNLSはCampinas州立大学(ブラジルの名門4大学の1つ)のあるUNICAMPからはそう遠くない位置にある。私自身はこの大学のゲスト用の宿舎に泊まったのでそこからLNLSへは歩いて40分ほどであった。なお、ロシアの友人はLNLS構内にあるゲスト宿舎に泊まっていた。もちろんそこからリング実験室までは5分もかからない。構内に食堂があり食事にも困らない状況のようであった。
LNLSは1997年に完成したリングでその性能はたとえば1.37GeVで179mAたまった例がある。通常はユーザーに対して130mA程度の蓄積でビームを供給している。寿命は100mA時で14時間は可能とのことである。現在は入射は120MeVのLinacで行っているが、将来的には500MeVのブースターシンクロトロンでの入射に切り替えるべく更新を考えているようである。リングの直径は30mで現在10本のビームラインが完成しているようである(ここで“よう”と書いたのは何をもって完成というかの定義が難しいためである)。リングフロアはまだゆったりとしており過密となったPFというよりはSPring-8の雰囲気に近いであろうか?軟X線とX線は半々というところか。LNLSのニューズレターから判断すると小角散乱、生体分析、X線磁気円偏光二色性、光電子分光などに力が入っている様子である。
WASLMMはRecifeで開催されたICMのサテライトワークショップと位置付けられていたので多数の参加者が期待されたが、登録者88名、実際の参加者はこれより少なかった。日本からの参加者は藤森(東大)、石原(東北大)、中辻(物性研)、それに筆者の4名であった。ちなみに外国人参加者はフランス9名、ドイツ5名、アメリカ5名、イタリア4名、イギリス2名、残り大多数は地元ブラジル研究者であった。外国人のバランスはよかったし、少人数であったので討論も親しく盛り上がった。もともとの会議の趣旨にあったように教育的な講演が期待されるワークショップであった。
講演は9時から16時までで、16時からはポスターセッションとなっていた。招待講演者も口頭講演者もポスターを張るようにとの依頼はあったものの徹底していなかったらしくポスターボードに空きが目立ったのは寂しかった。筆者は口頭講演のほかポスター展示も行った(写真1)。
写真1
実際組織委員会からのいろいろな事務連絡はゆったりとしたペースで流された。Access不能なhome page addressもあり日独の参加者は戸惑いもした。(最後に図面もelectronicファイルで送れと直前に言って来たのは断ったが)。口頭講演の全数は18件。このうち招待講演は7件でうち1つが日本人講演者(石原)、残り11が招待以外の口頭講演でうち2つが日本人講演者となっていた。3/18という日本からの寄与は妥当なものであろう。一方ポスターのみの発表は31件であった。招待講演と口頭講演(それぞれ60分、30分)の主要内容は以下のようであった。放射光で磁気秩序を如何に探るか、X線散乱による遷移金属酸化物における電荷・軌道・スピンの実験と理論的研究、軟X線吸収や共鳴散乱による磁気光分光、第3世代光源によるブラッグ回折を利用したイメージング、磁性薄膜の光電子顕微分光、X線領域の光学活性(円偏光2色性)等々であった。ポスターは内殻吸収XMCD、EXAFS、散乱、光電子分光、その他に分類されていた。随所にブラジルの研究者とフランスの研究者との協力関係がにじみ出ているように感じた。LNLS放射光施設はブラジルが国の科学政策として異例とも思われるくらいの力を入れているプロジェクトであることが分かった。徐々にではあるが放射光科学が南半球にも根付いてくれるよう祈りたい。
2日目の夜はいわゆるバーベキューレストランでのディナーであった。参加者が約40名程度であったので一般席の一角に会議参加者がかたまっての会食となった(写真2)。したがって特にスピーチも入らずひたすらバイタリティーあふれる多種多様の肉をほおばるということに相成った。60リアル(約4,000円)で食べ放題ということではあったがわれわれ日本人の胃ではそうたくさんの肉を食べることは難しかった。それにしてもブラジルの友人の胃の奥行きには感心した。サーベルのように長い串にさしたままの肉をキラット光る包丁で切り落として皿の上に置いてくれる。もう満腹というサインを机の上に置かない限り食べても食べても次の肉が出てくるという次第。これを傍で見ているだけで筆者の胃は萎縮してしまったようである。とは言っても味のほうはおいしかったことはしかと覚えている。
写真2
最終日は午前中で講演が終わったので午後はCampinas大学のCarlos鈴木教授の研究室を訪問した。鈴木教授の研究室には優秀な日系大学院生が多数集まっており、サンパウロ、Campinas周辺での日系人の活躍を垣間見ることが出来た。講演を頼まれていたのでSPring-8を中心とした日本における放射光科学の現状、将来を話した(写真3)。その後自由討論として日本の科学はどこへ行く、環境問題への取り組み、大学における教育など多数の話題についての議論を院生も含めて議論できたのはきわめて有意義であった(もちろんポルトガル語ではなく英語9割、日本語1割程度で話し合えた)。ブラジルからの日本に対する熱い期待を感じたのは同席していた中辻君も同様ではなかったろうか。冬のCampinasは長袖のいるすこし寒い気候であったが、会議もそのあとの大学訪問もさらに伝統的なポルトガルレストランでの会食も暑い熱気に包まれていたのは楽しい思い出である。
写真3
菅 滋正 SUGA Shigemasa
大阪大学大学院 基礎工学研究科 物性物理科学分野
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