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Volume 05, No.5 Pages 352 - 353

6. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第11回XAFS国際会議に参加して(その2)
The Report on the 11th International Conference of XAFS (Part-2)

西畑 保雄 NISHIHATA Yasuo

日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター Synchrotron Radiation Research Center, JAERI Kansai Research Establishment

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 7月26日より31日までの6日間、赤穂のハーモニーホールで第11回X線吸収微細構造国際会議(XAFS-XI)が開催された。この会議では物理、化学、生物、触媒、環境など様々な分野からXAFSを研究手段とする研究者が一堂に会する。今回の会議は前回の1998年にシカゴで行われた第10回の会議に引き続いており、日本では1992年に神戸で行われた第7回の会議以来である。最終的な参加者数は400人ちょうどであった。参加国数は日本を含めて23カ国であった。4位までの内訳は日本214人、アメリカ43人、ドイツ26人、フランス19人であった。神戸での参加状況(18カ国、248人)と比べてXAFSの研究者人口が格段に増加していることが分かる。会議のスケジュールとしては、午前中は基調講演に引き続き3つの会場に分かれて口頭発表、午後にはポスター発表に引き続き同じく3会場にて口頭発表が行われた。前述したようにこの会議は大変多くの分野をカバーするので、短い文章では会議の全貌を報告しきれないし、到底1人の技量では不可能でもある。また口頭発表の会場は3つあるため、いくら頑張っても1/3の発表しか聞くことができない。したがって以下の文章は個人的な記憶と感想の断片にすぎないことを、あらかじめご了承いただきたい。
 会議初日の基調講演の一つはRehr教授によるX線吸収スペクトルの理論の発展についてであった。彼は世界標準であるFEFFの作成者としてあまりにも有名である。理論がいかにして実験値をよりよく説明できるようにし、未知のパラメーターを少なくしてきたかという歴史を大変分かりやすく講義された。光電子の平均自由行程の計算、多電子遷移の評価法の改良、多重散乱の計算法の向上などがそのままFEFFのバージョンアップの歴史でもある。本講演のより詳しい内容はRev.Mod.Phys.,Vol.72,No.3(2000)に掲載される予定なので参照されたい。EXAFSの重要な応用の一つとしてcumulant解析が取り上げられていた。これは格子振動の調和近似による原子間距離の異常な縮小を補償するもので、2体間(吸収原子と隣接原子)の原子間ポテンシャルを評価することと関係している。また挑戦的な研究としてフル多重散乱理論によるXANESスペクトルの解析と吸収係数のベースラインの変調成分であるAXAFSの研究があり、その応用例としてPtクラスターのスペクトルが紹介された。これらのXANES, AXAFS, cumulantなどの概念は、より詳しい原子の結合様式や構造相転移の前駆現象の研究など、今後ともXAFSをユニークな解析手法として認識するのに重要な要素である。さらに関連する実験技術としてXMCDとDAFSについても言及があった。
 翌日の基調講演はFontaine教授の時分割XMCDの応用の話であった。X線磁気円偏光二色性(XMCD)は吸収原子の磁気的性質に大変敏感であることが知られており、近年急速にその応用が進みつつある。ESRFのID24ではエネルギー分散型の光学系が組まれ、数十µmサイズのビームを用いて0.1nsの時間分解能で測定が行われている。Pd-Fe多層膜中のPdはFe原子層により磁気モーメントが誘起されることが明らかにされた。またリソグラフで作製された直径100µmくらいの小さな1ターンコイルでパルス状の磁場を試料にかけることができる。Co/Cu/Fe20Ni80のようなスピンバルブ構造の磁気ヒステリシスループに相当するものがXMCDにより各元素ごとに測定され、GMR(巨大磁気抵抗効果)の説明がきれいになされていたのには感銘を受けた。講演では2重ヒステリシスループに近いものが示され、反強磁性的なカップリングの存在が議論されていた。
 DAFSはX線回折とXAFSを合体させた、近年注目されている実験手法の一つである。長距離秩序に敏感なブラッグ反射のエネルギー依存性を測定することにより、結晶学的に非等価なサイトにある同種の吸収原子の周りの局所構造を別々に知ることができる。電荷秩序に関するDAFSの研究がいくつか報告されていた。すなわちマグネタイトのFe2+とFe3+が規則配列すると言われているVerwey相転移やLa1/3Ca2/3MnO3のMn3+とMn4+の秩序化による反強磁性相などの測定が試みられていた。いずれも禁制反射や超格子反射のような元々強度の弱い反射を測定しており、いかに強いX線強度を得るかが重要である。またDAFSの解析においては試料自体による吸収の補正をいかにうまく行うかが重要なポイントであるが、明らかに吸収補正が適切でなく、致命的なエラーをともなっている発表がいくつかあった。DAFSはその有用性が認識されているにもかかわらず、まだまだ使いこなされていないようである。いずれにせよDAFSのデモンストレーションの時期は終わったが、適切なテーマ設定と実験の工夫が、より一層必要であることを実感した。
 5日目に行われたSPring-8へのサイトツアーは約300人の参加者があった。かなりの人数で班分けをするのも大変なので、フリーツアーと銘打ち循環バスを走らせてサイト内を自由に見学してもらうことにした。この方式は国際会議の見学としては大変めずらしい試みではなかったかと思うが、基本的にSPring-8が毎年行っている一般公開を英語版にしたものであり、これまでの実績があってこそ初めて可能になったものであった。見学者の印象は大変良かったようであるが、自分の興味のあるところを納得するまで見たり、その場で担当者に聞くことができたことが評価されたのではないかと思う。ところで今回のプログラムで私が一番感動したのは、このサイトツアーの後半でパラレルに開催された特別セッションである。小田稔先生の「Dreams of the Cosmos」と題する講演が約1時間にわたり行われた。240人は収容できる普及棟の講堂で立ち見が出るほどの盛況であった。これだけ多岐にわたる分野の研究者を対象に講義し、しかも聴衆を飽きさせない偉大な科学者をまのあたりにした時、私は目から鱗が落ちるのを感じた。今後SPring-8サイトで国際会議が開かれる際には、理研出身、原研出身を問わず、理事および所長クラスの特別講演の機会を設けるべきであるということを一実行委員の個人的な申し送り事項として提案したい。内外に自分の研究所をアピールし、若手研究者を励ます良い機会になると思うがいかがだろうか。
 さて企業展示では20社からの出展があったが、特に新型のラボラトリーXAFS装置についてふれておきたい。この装置は従来の発想を逆転し、X線源を可動にし、試料位置を固定したものである。したがって冷凍機や電気炉などの取付を考えると、試料廻りにかなりの自由度が増えており、放射光と同じような感覚で取り扱うことができる。また縦型にした光学系を傾けることで液体の自由液面の蛍光XAFS測定が容易に行われる(特別なセルを必要としない)。放射光では専用の全反射ミラーを用いるか蓄積リングを傾けないとできないことであり、これはラボラトリーXAFSとしては大きな進歩である。詳しくはポスター発表(P3-037、リガク、田口ら)を参照されたい。装置の発展を考えると、今やラボラトリーXAFSは放射光XAFSのための予備的実験のためにあるのではなく、ラボラトリーXAFSで研究可能なテーマは数多く存在するはずである。また放射光のビームタイムが限られていることを思うと、本当に放射光が必要な研究テーマを放射光施設で行うという発想が、これからはますます重要になってくると思われる。
 最終日には国際XAFS学会より功労者に対して表彰があった。IXS Outstanding Achievement AwardがXAFSの創始者であるワシントン大のStern教授に贈られた。また若手研究者の中からは理論と応用の分野での貢献に対してそれぞれ、Ankudinov、Filipponiの各氏が表彰された。XAFSの国際会議はこれまで2年に1回の頻度で開催されてきたが、次回からは3年に1回となる。XAFS-XIIは2003年にスウェーデンのLundで開催される予定である。
 
 
西畑 保雄 NISHIHATA Yasuo
日本原子力研究所 関西研究所 放射光科学研究センター
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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