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Volume 05, No.4 Pages 271 - 274

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

SPring-8構造生物産業応用研究会について
Industrial Protein Research Association in SPring-8

勝部 幸輝 KATSUBE Yukiteru

(財)高輝度光科学研究センター Japan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI)

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1.はじめに
 1990年の後半にはヒト・ゲノム計画が急速に進展し、その応用面でも遺伝子鑑定、遺伝子治療など大きな進展をみた。またヒト以外の生物種のゲノムについても解析が進み、クーロン羊やクーロン牛の誕生、遺伝子組替え農産物など、最近、遺伝子科学の華々しい成果が連日のように新聞紙上を賑わしている。このようにゲノム解析が進むにつれて構造遺伝子の機能解析の重要性が増し、構造ゲノム科学(structural genomics)の進展が強く望まれるようになった。構造ゲノム科学は、「構造遺伝子が産生する蛋白質の構造と機能の関係を体系化する」ことを目的としている。この点においては構造生物学と同じであるが、構造ゲノム科学はゲノム科学に包含されていると考えられる。構造ゲノム研究の具体的な手順を図1に示す。この手順中の構造解析法には、X線法、NMR法、中性子線法および電子顕微鏡法などがあるが、構造解析結果の精度や方法論の発展度合いなどから、結晶を必要とするという欠点をもつものの、現在でもX線法が構造決定の主役を担っている。2000年6月20日現在、RCSB(Research Collaboratory Structural Bioinformations)のPDB(Protein Data Bank)に登録されている12,547種の生体高分子の立体構造(蛋白質:11,129、蛋白質/核酸複合体:550、核酸:850、炭水化物:18)のうち、その78%にあたる9,816種がX線法によって決定されたものである。今後もこの状態が続くものと思われる。 
 
 
 
図1 構造ゲノム科学研究の実際的な手順 
 
2.背景
 図2はPDBに登録された構造数の変遷と各年毎に登録された構造数を示したものである。ここ10年間にその数は急激に増加している。これは、結晶の損傷を迎える凍結法の発達や高輝度放射光が利用できるようになったため、今までよりも少量でしかも微小な結晶でも十分に構造解析ができるようになったことによるものである。また遺伝子操作による蛋白質の発現技術、計算機技術、2次元X線検出器などの周辺技術の発展も大きく貢献している。さらに興味あることは、ここ5年間のPDBの利用者および新しい構造の登録者の主役は欧米の製薬企業の研究者であることである。また米国では、製薬化学企業12社が共同出資してIMCA(Industrial Macromolecular Crystallography Association)を組織して、APS(Advanced Photon Source)に自前のビームラインをもっている。これらのことは、蛋白質の立体構造の商業応用とくに原子レベルでの立体構造(原子構造)を基にした創薬(Structure-based Drug Design:SBDD)が、米国において確実に進展しつつあることを示している。SBDD成功のよい例がエイズ療法に用いるHIVプロテアーゼ阻害剤の開発にみられる。多くの製薬会社が競って抗エイズ剤の開発を目指したHIVプロテアーゼの変異体やプロテアーゼと阻害剤との複合体のX線構造解析を行い、その数は今までにPDBに登録され公開されたものだけでも100を超えている。それらのうち、少なくとも4種、Indinavir、Saquinavir、RitonavirおよびNelfinavirが実際の治療薬として今日用いられている。
 
 
 
 
図2 PDBへの登録状況
黒影棒は各年度毎に新しく登録された数、他は累積数 
 
3.助走 → 発足
 このような状況下で、わが国の蛋白質構造の応用面からの利用を目的とした蛋白質構造解析へのSPring-8の利用を啓蒙するため、1994年に(財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の自主事業として、製薬企業を中心とした32社からなる「SPring-8蛋白質企業研究会」を発足した。この研究会では、1999年までの5年間、企業若手蛋白質構造研究者の育成、国内外の著名な蛋白質結晶学者による講演と勉強会、SPring-8のビームサイドで利用できるWindows3.1/95/98での構造解析ソフトウエアパッケイジの開発などを行ってきた。講演会招聘講師は外国人延べ7人、日本人延べ18人であったが、外国人講師含めてそのほとんどが謝金なしの手弁当でお願いしたものである。これらの先生方にこの紙面をかりてお礼を申し上げます。図3にインターフェースの一例と、それを利用して得た電子密度図を示す。 
 
 
 
図3(a)研究会で開発した構造解析用プログラム
インターフェースの一例 
 
 SPring-8の蛋白質構造解析用ビームラインが順調に稼動しはじめ、また次第にその実績も挙がるにしたがって、参加企業から実際のSBDDを目的としたSPring-8利用による構造解析をやってみたいという意見がでてきた。一方JASRIサイドでも、企業がこのような目的にSPring-8を利用するときの詳細なビームラインの仕様を知りたいこと、また早期にこのような産業利用の具体的な成果を挙げたいという希望もあり、両者の意見が一致し、1999年の秋にSPring-8利用推進協議会、研究開発部会の下に「SPring-8構造生物産業応用研究会」が誕生した。これはJASRI(代表者:植木利用促進部門長)と研究会(代表者:筆者)の間で共同研究を2年間行い、SPring-8利用による参加企業におけるSBDDを具体的に促進するものである。現在の参加企業のリストを表1に示す。 
 
表1 参加企業リスト   (順不同) 
 
 
 
4.成果
 それに先立ち、研究会の代表者が1999年B期に「広角汎用共用ビームラインのプロテオミクス応用研究」で課題申請を行い、1999年12月に12シフトのマシンタイムの利用が許可され、研究会参加の数社から提供された蛋白質試料を用いて、MAD法、構造精密化、分子置換法および微小結晶の利用の4つの異なるSPring-8利用法について構造生物学Ⅱビームライン(BL40B2)で検討を行った。
 MAD法は、セレノメチオニン化した蛋白質に適用した。用いる波長はXAFSの測定から1.0000Å(remote 1)、0.9803Å(edge)、0.9800Å(peak)および0.9300Å(remote 2)の4波長を選んだ。まずpeakの0.9800Åの波長を用いて回折強度データを収集(結晶凍結法)して得られた(Δ|F|ano)2を用いたパターン合成および直接法からセレン原子の位置決定を試みた。方法の異なるこれら2つの方法で求めたセレン原子の位置(非対称単位内に9個)は、誤差の範囲でよく一致した。重原子位置が決定できたことを確認してから他の波長での強度測定を開始した。これらのデータセットから求めた位相を用いて得た電子密度は明瞭な分子境界を与え、MAD法の適用によって構造解析が可能であるデータが収集できたことを知った。これらの計算は前述の旧研究会で作成したソフトを用いてビームラインのサイトで行った。これは、これらのソフトがその場観察的にデータの質を検証するのに有効なものであることを示している。データ収集の2ヶ月後に開かれた成果報告会において、この実験担当者から2.5Å分解能での完全構造の解析結果が報告され、参加者らはSPring-8の威力をあらためてまざまざと見せ付けられた。
 次にMR法の適用例を示す。これは‘日本たばこ産業㈱’の宮野氏(現理研播磨研究所)と吾郷氏がHCVウイルス由来NS5Bの新規結晶系の構造解析を、lquvをモデルとしたMR法で行ったもので、現在、2.5Å分解能でR=26%である。その電子密度の一部を図4に示す。また高分解能データ取得による構造精密化実験は、プロスタグランジンD合成酵素構造の精密化で、大阪バイオサイエンス研究所の裏出氏と阪大・工の井上氏が行ったものである。現在、1.7Å分解能でR=20%である。図5の電子密度図からもわかるように、芳香環の真ん中に穴がある極めて良好な電子密度図が得られている。 
 
 
 
図4 RNAポリメラーゼ電子密度の一部 
 
 
 
図5 プロスタグランジンD合成酵素電子密度図の一部 
 
 以上、1999BのBL40B2で得られた成果の概略を述べたが、いずれも予想外の成果が得られ、2月に行った成果報告会では活発な質問・討論が長時間にわたって行われた。

5.今後
 今日では、SPring-8の出現によりわが国の蛋白質結晶学の様相が根本的に変化しつつあることが、今回の成果報告会で実感することができた。しかし、SPring-8利用以前の過程で解決しなければならないいくつかの問題がある。その1つが結晶化である。本研究会では蛋白質結晶化についても知恵を出し合って解決していくよう努力することにしている。2002年には国際宇宙ステーションに日本の実験棟「きぼう」が打ち上げられることになっている。微小重力場利用による蛋白質の結晶化も1つの方策かも知れないと筆者は思っている。従来、微小重力場による結晶化は、実験室レベルのX線発生機の利用を想定して、結晶を大きく成長させることに重点がおかれていた。このため、微小重力場利用による蛋白質の結晶成長に対していろいろと批判があった。しかしSPring-8のような超高輝度の放射光を利用する場合は、乱れの少ない微小結晶(50×50×50µm3程度)が最適である。このような微小結晶の作成には、原理的に宇宙環境が適しているものと思われる。もう1つの問題は、標的蛋白質のセレノメチオニン化の効率化である。この問題も本研究会における重要な研究課題として取り上げていくことにしている。
 最近、日本製薬工業協会内において、APSのIMCAのように自前のビームラインをSPring-8に持とうとする意見がではじめ、真剣に委員会で検討されている。また、放射光の製薬企業の産業利用を調査するため、この秋に米国、英国、欧州に調査団を派遣することを決定している。ポストゲノムとしての構造ゲノム科学が国際協力の下で基礎および応用の両面から推進されようとしている今日、このような動きが製薬企業内にあることを、筆者は大変喜んでいる。



勝部 幸輝 KATSUBE  Yukiteru

(財)高輝度光科学研究センター
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
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e-mail:katsube@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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