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Volume 05, No.3 Pages 194 - 198

4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

BL02B2における精密構造物性研究
The aims of Accurate Structural Studies at BL02B2

坂田 誠 SAKATA Makoto、高田 昌樹 TAKATA Masaki、西堀 英治 NISHIBORI Eiji

名古屋大学工学研究科 応用物理学専攻 Department of Applied Physics, Nagoya University

Abstract
The design concept of large Debye-Sherrer camera installed at BL02B2 is described. It is intended to contribute to further development of materials science and technology by solving accurate structures of materials with interesting physical, chemical, electronical and/or mechanical properties by using powder specimens only. For the purpose, it is extremely important to collect accurate X-ray diffraction data at various temperatures within a reasonable experimental time. A few results so far obtained are also given.
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1.はじめに
 現在、精密構造物性SGが中心になってBL02B2に粉末回折装置を立ち上げている。半年間の試行期間が過ぎ、本格的利用研究が開始され、既に、装置に関する開発研究とは別に、科学・技術的な幾つかの成果[1、2]が得られている。「最近の研究から」欄としては、その結果を中心に述べるのがふさわしいのかも知れない。しかしながら、ここでは敢えてこの装置をSPring-8に建設をお願いした志について述べたい。その理由は、2つある。第1は、研究においては志が何より大事だと思うからである。「志」と言う言葉を「動機」と言っても良いし「目的」と言っても良いと思うが、多少の思いを込めてここでは、「志」と表現しておく。第2は、いずれ近いうちに装置の特性を生かした面白い結果を出したいと思っているからである。その時は、研究内容だけを述べた記事を書きたいと思っている。執筆依頼時に送られてきた本号の目次(案)には、SPring-8から最近Natureに掲載された2つの大きな成果についての記事が載る予定のようである。この2つの記事により、十分にSPring-8における最近の研究についての話題は提供されているので、このような記事を書くことをお許し願いたい。
 ここ10年ほど、我々の研究グループでは精密構造物性の研究を行ってきた。精密構造物性と言う言葉は使わなかったが、物性と関連して精密構造を明らかにすると言う意味では、正に、精密構造物性の研究を行ってきた。最初のころは、方法論の開発が中心であったが、金属内包フラーレンの研究[3]を契機にMEM/Rietveld法と我々が呼んでいる方法が精密構造物性には非常に適していることが判明した。それにより、方法論はほぼ完成したと言う感触があったが、ある種のフラストレーションを感じていた。その理由の一つには、計算機が十分に速くないと言うことも有るが、ほとんどは、実験方法に関することである。精密構造物性研究では、どのような方法論をとるにせよ、正確な実験データが観測できなければ意味の有る結果を出すことが出来ない。しかも、構造物性と言うからには、温度変化が測定できなければ、ほとんど、その価値が無い。例えば、相転移前後の構造を調べようと思えば、最低、相転移前後2つの温度で測定を行う必要がある。NdSr2Mn2O7の軌道整列を観測した実験[4]では、室温と低温(19K)の回折パターンを観測するのに、放射光を用いても、ほとんど1週間を要した。通常のリートヴェルト法により原子位置を決める解析法とは異なって、Nd,Sr,Mnのような重金属を構成原子とする物質中の結合軌道を観測するには、出来るだけ観測強度の統計を上げる必要があった。Demonstration実験としては、長時間の実験も致し方ないが、多くの物質に対して軌道整列を実験的に解明していくためには、実験時間が長いのは明らかにマイナス要因である。このような状況下で、現在、BL02B2に設置されている大型デバイシェラーカメラをデザインした。既に、多くのユーザーが利用しており、1物質、1温度のDiffraction Patternを1セットと数えると、50セット以上の測定がなされているが、本稿では装置の利点および予備的な解析が終わった極1部の実験結果について述べることにする。ビームラインの概要等は、前号の利用者情報誌に掲載されている[5]ので参照されたい。

2.装置の要点
 精密構造物性を目的として、短波長(〜0.5A程度)で粉末回折実験を行うと言う考え方は、第3世代放射光が無ければ、非常識と言われても仕方あるまい。粉末法での大きな問題は、やはり、Bragg反射ピークの重なりである。短波長X線を使用すれば、Bragg角が小さくなり、言わば、回折パターンが圧縮され、反射ピークの重なりは深刻になり、精密構造物性用のX線回折データを収集することなど、到底考えられない。SPring-8の光を見るまで、その認識は変わらなかった。光を見たときに第3世代の光が、今までの放射光と違うことが良く判った。平行性が良いためにBragg反射ピークの半値巾が小さくなり、回折パターンが圧縮される短波長でも、むしろ、ピークの分離は改善されることが判った。SPring-8の光を見て、ここでは、精密構造物性のためには現在BL02B2に設置されている装置が最適であることの考えに至った。
 その理由は、一般的に言えば、粉末法に短波長を使えるメリットが非常に大きいからであるが、少し具体的に書くことにする。第1の理由は、図1に示したような実験方法がX線の吸収が大きい物質に対しても利用できることである。この方法は、厳密さを欠く言い方であるが簡便な言い方として、透過法による粉末法と呼んでいる。図を見て明らかなように、回折パターンを全ての散乱角で同時に測定できるため、統計性が高く精度の良い回折データを迅速に収集することが出来る。現在、既にX線の吸収が非常に大きい鉛を含んだ物質の回折パターンが観測され、予備的な解析の結果、特に問題は無いようである。この事実は、図1の方法が、ほとんど全ての物質に対して適用できることを意味している。長波長を使用して、透過法の実験を行うと、吸収の効果が非常に大きくなり、信頼できる強度データは全く測定できない。第2の理由は、図1の実験方法では、微量の試料しか要しないことである。このことから直ちに、多量の試料作成が困難な物質、貴重試料で微量しか存在しない物質からでも、精密構造を明らかにすることが出来ることは理解できると思う。また、多量に合成できる物質でも、出来るだけ良い粉末試料を準備する必要がある。ここに言う、良い粉末試料とはデバイリング上の強度が、均一になる試料である。現在まで、良い粉末試料を得る方法を色々試みてきたが、結局人間が行うのが最も良い結果を生んでいる。つまり、精密構造物性のための試料準備は正に手仕事で、準備する試料の量により、時間が著しく異なってくる。平板試料を準備するときと図1のような実験の試料を準備するのでは、数十倍も異なってくる。構造物性の研究では、物質の特質を理解するために物質を色々変えて実験を行う必要がある。そのためには、試料が微量で済むことは、非常に大きなメリットである。このような論文にはあまり書かれない点での改良は、研究の効率を考えると非常に大きいものがある。 
 
  
 
図1 BL02B2における実験法の概念図 
 
 以上書いた利点の他に、精密構造物性において粉末法が本質的に持っている利点も付け加えるべきであろう。例えば、強誘電体におけるドメインの存在である。単結晶で構造を解く際、しばしば、ドメインの存在は大きな障壁となる。勿論、粉末法ではドメインの存在は全く問題にならない。その他、付加的な利点としては、温度変化の実験は粉末法の方が簡単であることは否めない。構造物性の研究としては、装置の心配をせずに研究に集中できることは、大きなメリットである。BL02B2における精密構造物性研究は、粉末試料で出来る研究に限るが、それに近い状態が実現しつつある様に思っている。

3.実験結果
 装置の特性を理解するために、細々と条件を変えた実験を行っているが、ここではその様な実験については全く触れないことにする。本稿ではLaB6の結果を示す。測定強度およびリートヴェルト解析のフィッティングの結果は、図2に示す。第1に気が付く事は、散乱角の範囲が80°と狭いと言うことである。この制限は、200×400のIP 1枚を、Detectorにしていることから生じている。しかし、言うまでも無いことではあるが、このことはq空間上でcoverしている領域が狭いことには、なってはいない。LaB6の場合、入射X線の波長に0.5Åを使用しているので、図2に示した範囲はCuKαでは観測不可能なqの領域まで到達している。もし、MoKαを使用したときの散乱角に置きかえるとすると、2θが133°に相当する。蛋白質結晶構造解析の分野で使われている実空間上での分解能になおすと、d=0.39Åに相当し、構造物性のほとんどの目的には支障が無いものと思われる。このように、この装置では実空間上での分解能を犠牲にせずに、DetectorがIP 1枚で済むという利便性を優先させた。若し更なる高分解能が必要ならば、2θアームを回転させ、高角の反射を測定することも可能である。LaB6では、80°でもピークが良く分離しているので、試験的に高角反射を測定したところ、120°程度まで強度の観測が可能であることが判った。これは、d=0.29Åに相当し、MoKαでも観測できない範囲になる。 
 
 
 
図2 LaB6 の観測強度とリートヴェルト解析によるフィッティング結果 
 
 Bragg反射ピーク半値巾を見るために、110反射ピークのプロファイルを図3に示す。LaB6は、吸収が大きいので0.1φのガラスキャピラリーに入れて測定を行った。そのために、散乱点が小さくなり半値巾は0.02°と十分狭くなっている。X線の吸収の小さい物質では、0.5φ程度のキャピラリーに試料を入れ、1Å程度のSPring-8としては、長波長を使用して、実験を行う。そのような場合には、半値巾は0.4°程度になるが、波長が長いためにq空間上での半値巾はほとんど変化せず、ピーク分離に関しては、大きな違いはない。図2から見て取れると思うが、半値巾の2θ依存性は非常に少ない。リートヴェルト解析の結果、RI は3.2%となり一通りの解析は出来ている。一概には言えないが、リートヴェルト法までの解析で良ければ、実験を開始してから、数時間後に結果を出すことも多くの場合可能ではないかと思う。今後、バックグラウンドの差し引き方などソフトウエアーの開発が必要になってこよう。 
 
 
 
図3 LaB6 110反射ピークのプロファイル 
 
 精密構造物性と言うことで、LaB6に対しても、MEM/Rietveld法により予備的な電子密度分布を求めた。予備的と表現したが、これまでの解析結果と比べて遜色はない。BL02B2の持っている最高性能を出していないと言う意味で予備的であると述べた。最高性能を出すための改良点としては、1)IPのsensitivityを下げて強度測定の統計をあげること、2)分解能は、d=0.39Åとかなり良いのだが、もう少し分解能を向上させることである。分解能を向上させることにより、f−電子など内殻よりの電子分布をより正確に観測できる可能性がある。これまで、高分解能のイメージングは、それに耐えるデータの収集が困難なためほとんど行われていない。BL02B2により、新しい展望が開けるかも知れない。
 イメージングの結果を図4に示す。これは、200面の電子密度分布を等高線で示した。等高線の間隔は、0.2e/Å3 であり、4.0e/Å3 を超える等高線は省略した。参考までに、構造の模式図も示してある。この面にLaは存在せず、ボロンの結合状態を見るのに適している。ボロンは、しばしば、特異な結合形態を取ることが知られている。例えば、αボロンでは、3中心結合などの特殊な結合形態が見られる[6]。しかしながら、LaB6中ではボロンの結合は一見極めてノーマルなように見える。奇妙と思うことがあるとすれば、First NeighborのボロンとSecond Neighborのボロンの結合が結合中点の電子密度から判断すると、非常に距離が異なるにもかかわらず、ほとんど等しいことである。それにより、非常に強固な井形のネットワークを形成している。図に見られるように、井形中でほとんど結合力が変わらないことは、井形中を電子が動きやすいことを意味しているのかも知れない。LaB6が電界放射性に優れ、電子顕微鏡の電子銃に使われていることは非常に良く知られているが、図4の電子密度分布が何を意味しているのか考えると、興味が尽きない。 
 
 
 
図4 MEM/Rietveld法により求めたLaB6 110面の電子密度分布 
 
 図5には、LaB6の3次元電子密度を示す。格子原点および(0.5、0、0)の等価点に位置するのはLaである。図から、Laが井形の電子とは孤立していることがわかる。電子の数を正確には数えていないのが、Laは陽イオンとして存在することは間違いない。このことは、井形自身は負に帯電していることを意味している。このような構造では、Laイオンの価数を論じることは意味がある様に思うが、果たしてボロンの価数を論じることは意味があるのか、判断に苦しむ。それよりも、井形自身の性質あるいは井形中での電子の振る舞いを明らかにすることが、物性的観点からは興味深いように思う。今後、このような精密構造を基に理論的考察も加えてどのような物性が論じられるのか考えてみたい。 
 
 
 
図5 MEM/Rietveld法により求めたLaB6 の3次元等電子密度面 
 

4.あとがき
 BL02B2は、まだ、最初に光を通してから1年を経ていない。ミラーの再コーティング、IP読み取り装置の低感度化などにより、致命的欠陥になり兼ねない問題を回避でき、本来の装置の性能が発揮できる体制が整いつつある。多少、成果も出始め、今後に期待が持てる。放射光のような共同実験施設では、装置を簡単に取り替えるわけにはいかない。それ故、どのような装置を建設するかと言う装置のデザインが非常に大切になる。放射光科学では、サイエンスと装置とを切り離して考えるわけにはいかない。思わぬことが、重大問題になり兼ねない。BL02B2の先輩格のビームラインであるBL02B1もUBマトリックスを決めると言う4軸回折系として至極当然の機能を確立するのにも、大変苦労したようである[7]。我々も当初期待したIPの25µ読みが、実際上ほとんど不可能なだけでなく、技術的問題のため精密構造物性研究に耐えられるような精度での50µ読みもまだ実現していない。この件に関しては、現在、メーカーと共同で解決策を模索している。最近、村上氏が本誌に「構造物性研究のCOEとしてのSPring-8への期待」と言う一文を寄せている。その中で、“他分野との親密な共同研究から”、“新しい発想も生まれ”、“それが放射光分野の発展へ”とつながる、と言う記述がある。全く同感で、BL02B2にもこれまで放射光を使ったことの無い研究者も含めて、多様な研究者が魅力を感じるような装置になるよう努力したいと思っている。

謝 辞
 ビームラインの建設にご協力いただいたSPring-8利用系スタッフの皆様、光学調整を行って下さった山片正明氏(SPring-8)、宇留賀朋哉氏(SPring-8)、立ち上げの中心メンバーである久保田佳基氏(大阪女子大)、黒岩芳弘氏(岡山大・理)、池田 直氏(SPring-8)、名古屋大学工学部応用物理学科工作室の涌井義一氏、熊沢克芳氏、鷲見高雄氏、小塚基樹氏、理学電機株式会社、実験ステーション立ち上げの主体となった精密構造物性サブグループのメンバーの方々に深く感謝いたします。尚、LaB6のデータ解析は、中村真理子(島根大学総合理工)、加藤健一(名古屋大学大学院)両君の協力をいただきました。

参考文献
[1]Y.Moritomo,Sh.Zu,A.Machida,T.Akimoto,E.Nishibori,M.Takata and M.Sakata : Phys.Rev.B,61(2000)1〜3.
[2]Y.Moritomo,S.Xu,A.Machida,T.Akimoto,E.Nishibori,M.Takata,M.Sakata and K.Ohoyama : J.Phys.Soc.Jpn,68(2000)in press.
[3]M.Takata et al.:Nature 377(1995)46〜49.
[4]M.Takata et al.:J.Phys.Soc.Jpn.68(1999)2190〜2193.
[5]高田昌樹、山片正明 : SPring-8利用者情報Vol.5 No,2(2000)88〜93.
[6]M.Fujimori : Phys.Rev.Lett.82(1999)4452〜4455.
[7]野田幸男、菖蒲敬久、池田 直 : 日本結晶学会誌Vol.42,No,1(2000)12〜23.
[8]村上洋一 : SPring-8利用者情報Vol.5,No,2(2000)123〜126.

坂田 誠 SAKATA  Makoto
名古屋大学大学院 工学研究科 応用物理専攻
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
TEL:052-789-4453 FAX:052-789-3724
e-mail:a40366a@nucc.cc.nagoya-u.ac.jp


高田 昌樹 TAKATA  Masaki

名古屋大学大学院 工学研究科 応用物理専攻
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
TEL:052-789-4455 FAX:052-789-4455
e-mail:a41024a@nucc.cc.nagoya-u.ac.jp


西堀 英治 NISHIBORI  Eiji

名古屋大学大学院 工学研究科 応用物理専攻
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
TEL:052-789-3702 FAX:052-789-3724
e-mail:eiji@hod.nuap.nagoya-u.ac.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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