Volume 05, No.3 Pages 189 - 193
3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE
高フラックスビームライン(BL40XU)の現状
Present Status of High Flux Beamline (BL40XU) at SPring-8
[1](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 利用促進部門 JASRI Experimental Facilities Division、[2]理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室 Coherent X-ray Optics Laboratory, Harima Institute, RIKEN、[3](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 実験部門 JASRI Experimental Research Division
- Abstract
- High flux beamline (BL40XU) was designed to use the fundamental undulator radiation as a quasi-monochromatic X-ray beam so that very high X-ray flux can be used in various experiments. For this purpose, the use of the crystal monochromator was eliminated and thus flux more than 100 times higher than that obtained with a crystal monochromator can be used. The X-ray source of BL40XU is a helical undulator and its gap can be varied so that the peak energy is altered from 8 keV to 17 keV. The X-ray is focused horizontally and vertically by two water-cooled mirrors that are made of silicon and coated with rhodium and, then, introduced into the experimental hutch. In the experimental hutch, two types of shutter are located. One is driven by a galvanometer-like motor and opens and closes within 1.5 msec after a trigger pulse. The other is a rotating-aperture type shutter. By synchronizing the two shutters, 6 µsec opening can be achieved. As a detector, a fast CCD camera with an X-ray image intensifier that has a short-decay phosphor will be installed. The framing rate of the fast CCD camera is 290 frames per sec (using with frame size of 640×480 pixels, 10bits) and will achieve up to 5000 frames per sec by reducing the size of the frame. BL40XU was open for public users from April 2000. It will be expected that various experiments that require high X-ray flux, e.g. time-resolved diffraction and scattering experiments, X-ray speckle and X-ray fluorescence trace analyses and so on, will be carried out.
1.はじめに
高フラックスビームライン(BL40XU)はヘリカルアンジュレータを光源とし、分光器を用いず垂直水平2枚のミラーで集光を行う、高輝度なX線の利用を目的としたビームラインである。アンジュレータから放射される一次光は非常にシャープなエネルギー幅であるため準単色光として扱うことができ、この一次光だけを取り出すことによって二結晶分光器を用いて単色化された光の100倍以上の輝度を持つX線の利用が可能になる。このような高輝度のX線を利用することにより、回折・散乱法による蛋白質分子の機能発現時における構造変化を追う時分割実験、蛍光X線分析あるいはスペックル実験(X-ray intensity fluctuation spectroscopy)のような新しい手法の開発研究などが行われることが期待される。本稿ではビームライン輸送部光学系、実験ステーションの概要および運転状況を含めて報告する。
2.ビームラインの概要
図1にビームライン輸送部の各コンポーネントの配置を示す。図2は光学ハッチを上流から写したものである。本ビームラインの最大の特色は高輝度のX線の利用に特化されたことにある。そのためビームラインの構成は分光器を持たない非常にシンプルなものであり、二枚の集光ミラー、二つの水冷スリットから成っている。この図には示されていないが光源はヘリカルアンジュレータで、光源から約23mの距離に可動マスクがあり、約33mの距離にフロントエンドスリットが設置されている。この二つのフロントエンドコンポーネントを通って光学ハッチに導入されたX線は、二枚の集光ミラーにより集光されたのち二つのスリットを経て実験ハッチへと導かれる設計である。
図1 ビームラインコンポーネントの配置図
図2 光学ハッチ内の様子(上流側から)
本ビームラインのヘリカルアンジュレータは、周期長36mmで一次光として8keVから17keV(波長:1.5Åから0.7Å)のエネルギー範囲で光を出すことができる。本ビームラインには分光器がないので、実験に使用できるX線のエネルギー範囲はこのアンジュレータから出る光のエネルギー範囲によって既定される。ヘリカルアンジュレータは元来、円偏光の放射光を得るためのものである。このアンジュレータの最大の特色として、軸上ではほとんど一次光しか観測されず、高調波は軸外に放射されるということがあげられる。このため、アンジュレータ放射X線の中心部だけを取り出せば、準単色光である一次光が輝度を損なうことなく利用できる。
この基本概念を実現するために最も重要な光学要素が光源から33mの距離にあるフロントエンドスリットである。このフロントエンドスリットの開口を調整することで一次光だけを取りだし、同時に大部分の高調波を除去し、それによって大部分の熱を取り除くことができる。フロントエンドスリットは現在、通常水平15µrad×垂直5µradの開口で使用している。さらに輝度が必要な実験のためには50µrad程度までの開口で使用できる設計になっている。
フロントエンドスリットによって一次光のみに切り出されたX線は、水平集光ミラーおよび垂直集光ミラーによって集光される。図3はミラーチャンバーを実験ホール側から写したものである。これらのミラーはどちらもロジウムでコーティングされたシリコンの母材(水平集光ミラー:長さ70cm、幅50mm、厚さ50mm、垂直集光ミラー:長さ40cm、幅50mm、厚さ50mm)をベンダーで湾曲させ集光する機構になっている。ミラーベンダーはSPring-8標準のクランプ回転型湾曲機構である。アンジュレータからの光を直接受けるので、母材には熱特性の優れたシリコン単結晶を使用し、どちらのミラーにも側面に間接冷却機構を取り付けた。さらにミラー上でのビームのフットプリントを大きくして熱負荷を下げるために一枚目は水平ミラーとし、3mradの視射角で使用することとした。水平ミラーの反射方向は下流に向かって右側である。垂直方向は4mradの視射角で下はねとなっている。4mradのロジウムコーティングのミラーでは、16keV以上のX線の反射率は非常に低く、22keV以上では二枚のミラーによる反射率は0.1%以下になる。どちらのミラーも視射角が固定であることからミラーより下流のコンポーネントは、下流に向かって右側(実験ホール側)に6mrad、下に8mradの傾きで設置され、実験ハッチにも同様の傾きでX線が導入される。ミラーは光源とフォーカス点を4:1に分ける位置に設置されるので、全体として4:1の縮小光学系となっている。このように二枚のミラーで水平垂直双方向に集光されたX線はその後二つの水冷スリットにより整形されたのち実験ハッチへと入射される。
図3 二つの集光ミラー
実験ハッチはおおよそ4m×6mの大きさで、検出器等の配置は実験によって自由に選択、変更できるようになっている。現在、実験ハッチ最上流にある水冷ベリリウム窓のすぐ下流に、アルミニウムのアッテネータ(厚さの異なる2種類)、ガルバノ式高速X線シャッター、回転速度、開口の異なる2種類の回転チョッパー式高速シャッターおよび試料直前に位置する四象現スリットが定常的に設置されている。ガルバノ式シャッターと回転シャッターを同期させて開閉させることにより、実験に適したパルス幅を持つX線を切り出すことができる。また、これらのシャッターは必要なければX線の経路上から退避させることもできる。これらのコンポーネントをうまく組み合わせて用いることにより、試料へのダメージを避けつつ、効率よくデータ収集ができる最適な実験条件を実現することができる。実験ハッチにはこのほかにYAGレーザーが定常的に設置されており、経路調整さえすればいつでも試料に照射できる状態にある。さらに最長2m程度の長さが確保できる小角散乱用の真空パイプが用意されている。検出器としては低残光型X線イメージインテンシファイアと組み合わされた超高速CCDカメラが用意されている。この検出器の時間分解能は640×480ピクセル(full frame)で3.4msであるが、画素数を低減させることにより0.5ms以上の時間分解能が得られる。
3.ビームラインの現状 〜コミッショニングを経て〜
本ビームラインは1999年10月20日に初めてフロントエンドにX線を導入し、10月22日までに実施されたハッチのX線漏洩検査終了後、本格的にコミッショニングを開始した。X線漏洩検査中には実験ハッチに入射されたX線が空気中を走るときに“青い光”が観察され(図4)、その輝度の高さを驚愕とともに実感した。ミラーの調整は非常にスムーズに進み、10月23日には実験ハッチ内の検出器が置かれる地点でX線がフォーカスすることが確認できた。その後エネルギー分解能測定、実験ハッチ内高速シャッターの調整、検出器のコミッショニング等を行った。
図4 X線が空気中を走るときに観察された“青い光”
図5は基本波のエネルギーピーク12.4keVにおける、水平15µrad×垂直5µradの放射のエネルギー分布を示すスペクトルである。シリコン(111)結晶を使い、PINフォトダイオードを用いて測定した(お手伝いいただいたJASRIの依田博士に感謝します)。エネルギースペクトルはシャープなピークを示し、アンジュレータ放射光の特徴である、低エネルギー側にテールを引いた形をしていることがわかる。高調波は非常に低く抑えられている。これは前述の通り実験ハッチに入射されるX線がフロントエンドスリットによって光軸付近のみ切り出されていること、さらにミラーの全反射によるカットオフがほぼ理想的に機能していることを示している。全域に渡って弱いX線が検出されているのは結晶表面からの散乱と思われる。エネルギースペクトルの半値幅は1.7%程度で、8keVから15keVの領域でエネルギーを変えてもスペクトルの半値幅は2%弱と大きくは変化しなかった。図6にBL40XUで観測された蛙骨格筋の回折像を示す。これはエネルギー12.4keV、1.4msの露光時間でイメージングプレート上に記録されたものである。非常に短い露光時間にもかかわらず鮮明な回折像が得られており、改めてX線の輝度の高さを実感することができる。さらにこの回折像の一つ一つの反射スポットをよく見ると、広角側にテールを引いたようなかっこうになっていることがわかる。これは図5に示すエネルギースペクトルを反映したもので、ここにもアンジュレータ放射光の特徴が現れていると言える。フォトン数は正確には測定できていないが、筋肉などの回折像の強度から見て1014台のフラックスがあることは間違いない。ビームサイズはフロントエンドスリットの開口とミラーの湾曲を調整することによって任意に変えることができる。通常実験に使用する条件、すなわち取りこみ角水平15µrad×垂直5µradで使用し、ミラーのベンドを最適化したときには水平250µm×垂直40µm程度(FWHM)と、非常に小さく集光されることを確認した。SPring-8の現在の光源サイズは水平600〜1000µ、垂直10〜20µと考えられる。ミラーは約4:1集光の位置に置かれているので、水平方向のフォーカスサイズは光源の大きさで、垂直方向のサイズはミラーのスロープエラーで決まっていると考えられる。フォーカス時のフラックス密度は1平方mm当たり毎秒1×1017を越える。これは1平方mm当たり200W以上のパワー密度に相当する(トータルパワーは数W)。
図5 エネルギースペクトル
取りこみ角水平15µrad×垂直5µrad
一次光のエネルギーピーク:12.4keV
図6 カエル骨格筋の静止状態のX線回折像
実験ハッチ内に設置されている2種類の高速シャッターのコミッショニングも終了し、これらのシャッターを用いることによりパルス状のX線を利用した実験が可能になった。図7aおよび図7bは、高速回転シャッターとガルバノ式シャッターを同期させて開閉させることにより、約6µsのパルス幅を持つX線が周期的に切り出せることを示している(図7bでやや長めにシャッターが開いているように見えるのは電流アンプの応答の時定数が3µsであるため)。現時点でこのパルス幅(約6µs)は2種類のシャッターを使って切り出すことのできる最短時間である。
図7 a 高速シャッターにより周期的に切り出されたパルス状X線
b a図中のひとつのパルスの拡大図
一方、ハッチの外に目を向けると(図8)、実験スペースはかなり広く取ってあり、実験者は比較的ゆったりとした環境で実験を行える構成になっている。
図8 実験ホール内BL40XUの実験スペース
(写真中の人物は理研・岡 俊彦)
2000年4月からはいよいよ共同利用が開始された。輝度の高いパルス状のX線を用いた高時間分解能の高速反応過程の研究や、高輝度性を生かした一分子計測法の開発や超微量物質の蛍光X線分析および内核励起による新物質の創生実験、さらには擬似単色X線であるという特色を利用した蛋白質結晶の時分割回折測定などが試みられている。
実験に利用できるX線の輝度がけた違いに高いということは、これまで到達できなかった高い時間分解能や実験効率を実現する反面、不注意に使用すると試料だけでなく測定装置を含めたあらゆるものが損傷を受けることにつながる。例えば、筋肉は5msの照射で筋繊維が切れる。分光器があるビームラインで普通にビームの位置出しに使う蛍光板は瞬時に燃える。鉛のビームストップは数秒で溶ける。銅板は真っ黒になり、アルミフォイルやカプトンには穴が開く。等々、これまで破壊あるいはダメージを与えてきたものは枚挙にいとまがない。本ビームラインで実験するときには、シャッターとアッテネータをうまく組み合わせてX線の強度を制御し、測定に用いる試料に最適な照射条件を探していく必要がある。
一方で、この高輝度性を生かして(まったく損なうことなく利用するという意味で)、従来の考えにはとらわれない新しい発想で新しい展開を持った研究が行われることも十分期待できる。コミッショニングを開始して以来、いろいろなものを焦がしたり破壊したりしながら、焦げ跡の先に立ち上げメンバーが一様に新しい研究に対する高揚感と期待とを膨らませてきたことも事実である。
4.おわりに
以上述べてきたように、本ビームラインは順調に立ち上げも進み共同利用が始まった2000年4月以降は多種多様な実験が進められている。ここに至るまでに、多くの方々のご協力をいただきました。この場をお借りして感謝いたします。特に、ビームラインの仕様確定および建設にご協力いただいた多くのSPring-8利用系スタッフの皆様に深く感謝いたします。
井上 勝晶 INOUE Katsuaki
(財)高輝度光科学研究センター 利用促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-2752
e-mail:katsuino@spring8.or.jp
岡 俊彦 OKA Toshihiko
理化学研究所 播磨研究所 X線干渉光学研究室
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0802(PHS3343)FAX:0791-58-1812
e-mail:oka@spring8.or.jp
鈴木 拓 SUZUKI Takuya
(財)高輝度光科学研究センター 実験部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0831 FAX:0791-58-0830
e-mail:stakuya@spring8.or.jp
八木 直人 YAGI Naoto
(財)高輝度光科学研究センター 実験部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0831 FAX:0791-58-0830
e-mail:yagi@spring8.or.jp