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Volume 05, No.3 Pages 157 - 161

1. ハイライト/HIGHLIGHT

長尺アンジュレータの建設
Construction of 25-m Undulator

北村 英男 KITAMURA Hideo

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門、理化学研究所 播磨研究所 X線超放射物理学研究室 JASRI Beamline Division / Harima Institute, RIKEN

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1.はじめに
 SPring-8はESRF、APSに続いて完成した大型放射光施設である。もちろん後発であるのは否定できない。しかし後発であるが故に先の2施設にはないユニークな特徴を持っている。エネルギーが最高であることではない。25m級の長尺アンジュレータが設置できる直線部を4カ所も有していることである。この直線部の目的は普通長アンジュレータに比べて圧倒的に高い輝度を得ることはもちろんのこと、場合によっては軟X線領域のレーザー光を実現することも視野に入れている。長尺アンジュレータとそのビームラインの建設計画そのものは平成5年頃から検討されてきており、平成10年になって4本中の1本が認められたものである。結果的にはX線領域対応のビームラインを建設することになったが、その結論に至るまでには構成機器の実現性、特に分光器の開発状況を考慮に入れつつ議論が繰り返された。なにしろ、最高の輝度ながらそれに伴って未曾有の放射光パワーが精密光学系に降りかかるのである。当時の光学系の開発状況は、普通長のX線アンジュレータのX線光学系の性能が確認されその利用がルーチン化されていたのに対し、軟X線領域の光学系は未完成の状態にあった。次に進むための技術的余裕はX線領域にしかなかったのである。もちろん、これは平成10年当時の状況である。その後、軟X線領域の光学系性能も世界最高の性能であることが確認され、2本目の長尺アンジュレータは軟X線対応となることが方針となっている。この報告では平成12年夏に設置が予定されている長尺X線アンジュレータの詳細について述べるものである。

2.設計
 ターゲットとする光子エネルギーは12keV領域のX線である。したがって、長尺アンジュレータの周期長としては標準型のそれと同じ32mmとした。総磁石長として25mが可能であるから周期数は780となる。図1にこの長尺アンジュレータの概念図、表1に設計パラメータを示す。 
 
 
 
図1 長尺X線アンジュレータ(25mアンジュレータ)の概念図
 
表1 25mアンジュレータのパラメータ

仕様
 Magnet                                     :NdFeB(NEOMAX-35EH)
 Period length                          :λu=32mm
 Number of periods                 :N=781
 Magnet length                         :L=25m(5segments)
 Type                                          :In-vacuum
 Minimum gap                          :Gmin=12mm (βx=25m, βy=15m)
 Maximum field                        :Bmax=0.59T
 Maximum K value                 :Kmax=1.77

放射光
 Radiated power
  Maximum power                     :35kW
  Maximum power density      :2.0MW/mrad2
 Property of radiation at 10 keV
  Source size(x/y)                 :350µm/7.6µm
  Divergence(x/y)                 :17.5µrad/2.3µrad
  Brilliance                                  :8.2×1020 photons/s/mm2/mrad2 in 0.1%b.w.
  Total flux                                   :9.0×1015 photons/s in 0.1%b.w.
  Coherent flux                           :3.2×1012 photons/s in 0.1%b.w.
  Spectral width                         :0.95%(FWHM)

 Photon energy range
  1st    harmonic                        :7.4keV−18.5keV
  3rd    harmonic                       :22keV−45keV
  5th    harmonic                       :37keV−80keV
 
 
2-1.真空封止型の採用

 磁石長25mの長さを持つアンジュレータを一体型として製作することは非現実的である。製作そのものが困難であるばかりでなく、その運搬および設置作業は不可能に近い。複数のセグメントに分割して製作するのが賢明な策である。今回の長尺アンジュレータ(以後、本アンジュレータ)においては、5つのセグメントに分割することとなった。したがって、セグメントの磁石長は5mとなる。ちなみに製作実績のある標準型アンジュレータの磁石長が4.5mであるからこの長さは製作するに無理のないものといえる。しかしながら、ビーム路は真空に保たなければならない。通常のアプローチでは大気中にあるアンジュレータ磁石列のギャップに精密な真空ダクトが置かれる。しかし、25mに達する真空ダクトを一体物として製作できるかという困難が生じる。これもセグメント毎に分割した方が無難であるが、図2-aに示すように真空ダクト同士の接続部で磁石列が切れてしまうのである。この場合、各セグメントからの放射に対して位相整合を行う必要が生じるが、全体として光源性能が劣化することは避けられない。この問題を解決するための唯一の方法は磁石列を真空内に置く真空封止型を採用することである。図2-bに示すように、真空ダクトはベローズを介して接続されているのにかかわらず磁石列は連続しているような設計が可能となる。以上の理由で本アンジュレータの基本デザインとして真空封止型を採用することになった。その結果、磁石列は25mにわたって連続となり、複雑な位相整合システムは不要となった。 
 
 
 
図2 長尺アンジュレータにおけるセグメント方式。
a)通常型、b)真空封止型 
 
2-2.ギャップ駆動
 5台のセグメントアンジュレータはギャップ駆動のためにそれぞれ独立のステッピングモーターを有しているが、この5台のセグメントは一体のアンジュレータとしてギャップ駆動を行う必要がある。しかしながら、脱調等の不具合のために各々のセグメントのギャップ値にズレが生じる可能性がある。これによって極端な場合には、隣り合うセグメントの磁石列端部が破損する恐れがある。これを避けるために隣り合うセグメントのギャップ値に100µm以上の段差が生じた場合に動作するインターロック系が用意してある。
 
2-3.磁場測定
 高性能のアンジュレータを実現するには信頼性の高い磁場測定が前提となる。しかしながら、本アンジュレータの磁石長は25mである。この長さについて連続的に磁場分布が測定可能なベンチは保有していない。標準アンジュレータ用の6mベンチを活用するしか他に方法がない。具体的には、各セグメント毎に磁場測定を行い、セグメントを連結した後、連結部近傍を再測定するような方法を採用した。 
 
2-4.熱膨張対策
 真空封止アンジュレータにおいては超高真空を達成するための加熱排気が前提となる。加熱温度は磁石列が125℃、真空ダクトが200℃である。25m長のシステムを加熱することになるから熱膨張の問題は避けられない。磁石列はアルミ合金製のIビーム上に取り付けてある。したがって磁石列の熱膨張量はアルミ合金のそれを見積ればよい。アルミ合金の線熱膨張率は2×10−5/℃である。室温を25℃とすると125℃にて25mあたりの熱膨張量は約50mm前後となる。一方、ステンレス製(1×10−5/℃)の真空ダクトのそれは200℃にて約44mmとなる。熱膨張の大きさばかりでなく、磁石列ビームと真空ダクトの熱膨張量の違いが大きな問題となる。これを避けるためには両者ともリニアガイド上に設置するとともに両者の相対的位置関係が0.5mm以下となるような適切なフィードバックシステムが必要となる。図1に示すように、真空ダクトは計15台のユニットとそれ同士を接続する14個のベローズから構成されている。加熱排気時の相対位置関係を保つために、両端以外の13台の真空ダクトユニットを磁石列ビームの一部分に固定し、残る両端の真空ダクトユニットにおいては、両者の相対位置を検出し、常にそれが0.5mm以下となるように真空ダクトを動かすための並進装置からなるフィードバックシステムを用意してある。

3.スペクトル性能
 現在(2000年4月)の時点では本アンジュレータを設置すべき直線部には多数の4極電磁石が置かれてあるが、6月にはアンジュレータ用の自由な直線部を確保するためにこれらの電磁石は再配置される。その結果、加速器パラメータの若干の変更を余儀なくされるが、放射光性能に関係するビームパラメータには大きな変更はない。予定されているビームエミッタンスとエネルギー幅は現状値と同じ6nm.rad、1.1×10−3である。ベータートロン関数も普通長直線部に関しては現状と同じ値(βx=25m, βy=4m)、本アンジュレータを設置する長直線部ではβx=25m, βy=15mが予定されている。
 スペクトルを見積もるには以上のビームパラメータの他にエミッタンス結合値が必要である。図3は現状の0.05%(推定値)が得られるものと仮定した輝度スペクトルである。点線は普通長アンジュレータ(周期長32mm、周期数140)、実線は本アンジュレータ(周期長32m、周期数780)のスペクトルである。11keVの基本波強度を比較すると普通長の輝度が2.1×1020、本アンジュレータのそれが7.5×1020、33keVの第3次光においては普通長が6.3×1019、本アンジュレータが1.9×1020となる。本アンジュレータは普通長と比較して周期数が5倍強もあるが、期待に反して輝度は基本波で4倍弱、第3次光で3倍程度しか増えていない。これの主たる原因は0.11%という一見小さく見えるエネルギー幅がスペクトル性能を大いに劣化させていることによる。例えば、エネルギー幅を考慮する前の本アンジュレータの基本波輝度1.7×1021はこれを考慮することによって半分以下まで、第3次光に至っては1/4程度まで劣化するのである。もちろん、スペクトル幅(基本波)も例外ではない。考慮する前の値0.2%が0.95%に劣化しているのである。蓄積リングのエネルギー幅を低下させる手段はビームエネルギーを低くする以外には存在しない。つまり、諦めるしかないのである。したがって、他の方法、例えばESRFで採用されているエミッタンス低下策(SPring-8の田中均氏が提案)を期待するしかない。 
 
 
 
図3 長尺X線アンジュレータ(25mアンジュレータ)のスペクトル(実線)と標準型(4.5mアンジュレータ)のスペクトル(点線)。ただし、K値を1.2と設定した 
 
 挿入光源を設置する直線部の分散は通常ゼロとなるよう設計されているが、偏向部における分散を小さくすることにより、有限の値を許してしまうような方法である。これはSwiss Light Sourceの初期の設計(Budker研究所案)にも見られたものである。水平方向ビームサイズが若干増加するが高々数%程度であってエミッタンスが半分まで低下するメリットと比べると十分無視できるものである。例えば、これを採用することによってエミッタンスが半分の3nm.rad、直線部の分散が0.03m(ESRFの実績)になったとして本アンジュレータの輝度を計算すると図4に示すように基本波が1.9×1021、第3次光が5.0×1020まで増加する。もちろん、エネルギー幅を考慮した値である。 
 
 
 
図4 エミッタンス低下(ε0=6nm.rad→3nm.rad)によるスペクトル特性の向上 
 

4.フロントエンド
 表1に示すように、放射されるパワーはSPring-8最大の35kW(普通長の7倍)、パワー角密度もおそらく世界最大の2MW/mrad2(4倍)である。したがって本アンジュレータに用意されるフロントエンドの設計は今まで以上に細心の注意を払う必要がある。ただし、光源からの距離が普通長の場合と比べて2倍近くあり、パワー面密度に関しては普通長より若干大きめの値にとどまる。したがって、普通長のために開発された高熱負荷機器の大部分は流用できる。ただし、7倍近い全パワーの大部分は軸外放射である。したがって、マスクで処理すべきパワーは膨大なものとなる。これを解決するために本アンジュレータのフロントエンドではマスクの個数を普通長の2倍の4個、このうち2個を可動型としている(図5参照)。  
 

  
 

 
図5 長尺X線アンジュレータ用のフロントエンド概念図  

5.スケジュール

 平成12年6月から長直線部4極電磁石の再配置工事が始まる。本アンジュレータの設置はこの作業が終了次第開始され8月中旬には完了する予定である。新しい蓄積リングのコミッショニングは9月から始まる。ビーム性能が確認され次第、アンジュレータのコミッショニングへと続く。

6.終わりに

 本アンジュレータのスペクトル性能はその周期数から期待される輝度を下まわる。しかし、普通長と比べて4倍近い輝度性能をもつことは確かである。普通長では成果が危ぶまれるようなテーマにとって強力な光源となるであろう。また、将来の自由電子レーザー(FEL)実現するための重要なR&Dでもある。真空封止型の短周期アンジュレータをベースとする1オングストローム領域FELが国際的に重要な開発目標となっているのである。 
 
北村 英男 KITAMURA  Hideo
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2832 FAX:0791-58-2810
e-mail:kitamura@sp8sun.spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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