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Volume 05, No.3 Pages 153 - 156

1. ハイライト/HIGHLIGHT

長尺挿入光源設置に向けた蓄積リングラティスの改造
Modification of Storage Ring to Install Extremely Long Insertion Devices

田中 均 TANAKA Hitoshi、早乙女 光一 SOUTOME Kouichi

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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1.はじめに
 SPring-8蓄積リングには、通常のChasman-Green(CG)セルから偏向電磁石のみが取り除かれた直線セルが、11セルおきに4カ所組み込まれている。直線セルの役割は、(1)蓄積リングオプティックスの対称性の維持と(2)フリーな長直線部の生成を直線セルの局所的改造により実現できる点にある。自然エミッタンスが30%増大するという代償と引き替えに、SPring-8蓄積リングは、長尺アンジュレータや次世代光源プロトタイプ等のユニークな挿入装置を設置できる潜在能力を持ち、それがESRFやAPSにない大きな特徴になっている。
 1997年に行われた蓄積リングの立ち上げでは、低エミッタンスで安定な高品位電子ビームが短期間で実験に利用できるよう、ビーム動力学の観点から対称性が高く、安定なオプティックスを構成するPhase-1ラティス(図1-A)が用いられた。実際、蓄積リングの立ち上げは、各機器担当者の努力で、予想以上にスムースに行われ、短期間で質の高い安定な電子ビームの蓄積がなされた。2年半に渡り、Phase-1ラティスによるユーザー運転が順調に続けられてきたが[註]、この夏に、直線セルの4極、6極電磁石を一部取り除くとともに再配置し、蓄積リングの4カ所に約30mのフリーな直線部を持つPhase-2ラティス(図1-B)へ改造する準備が進められている。この計画は1998年の時点で決定され、以降、加速器部門では、Phase-2ラティスの効率的立ち上げ、Phase-1ラティスと同様のビーム性能の確保を目標に、ラティスの最適化、電磁石や真空機器等の設計を進めてきた。ここでは、動力学的に安定領域の狭いPhase-2ラティスの性能確保に関する方針とラティス改造案等について簡単に紹介する。

 
 
 
 
図1 SPring-8蓄積リングの2種類のラティス 
 
 
 
[註]立ち上げから1999年夏期停止前までの期間は、24回対称のHybridオプティックスが、1999年秋以降は、48回対称のHHLVオプティックスがユーザー運転に用いられてきた。

2.Phase-2ラティスの難しさ

 電子ビームは、リングに設置された電磁石の作るガイドフィールドの作用で周回する。リングの平衡軌道と直交する平面(Transverse)での電子ビームの運動は、(1)蓄積リングが理想的で、(2)電子・電子、電子・真空チェンバーとの相互作用が無視でき、(3)エネルギー振動がTransverseの振動に比べて極めてゆっくりしている場合、周期的磁場ポテンシャル内の振動として記述される。リングを周回する電子ビームの安定性は、リングを構成する1周期構造の問題に置き換えられる(図2)。周期構造が単純であれば、最適化は数少ないパラメータで簡単に行える。しかし、周期構造が複雑になると、最適化が難しくなることは容易に想像できるであろう。蓄積リングで最適化の対象となるパラメータは、6極(非線形)電磁石の強さと位置である。6極電磁石は、周回電子のエネルギーの違いによる収束力のズレを補正し、エネルギー分布を持つ電子ビームを安定に周回させる役割を担っている。その反面、平衡軌道からの変位の2乗に比例する非線形磁場を持ち込み、平衡軌道を中心とした電子の振動(ベータトロン振動)の安定領域を振動振幅の小さな範囲に制限する。この効果をどのように緩和するかで、到達可能な自然エミッタンスやビーム寿命等が決まってくる。Phase-2ラティスの場合、73個の6極電磁石を含む360mの周期構造を、限られた6極電磁石の強さの自由度(これは電源の台数で決まる)で最適化することになり、単純な数値計算では良好な解を見いだすことが難しい。4つの衝突点を有するトリスタンリングの低エミッタンス化検討の際にも、同じことが問題になったと聞いている。 
 
 
 
図2 周期構造で構成されるリングの単純化

3.Phase-2ラティスの性能確保に関する方針
6極電磁石の周期性の回復
 数値シミュレーションによる検討の結果、6極電磁石に対し周期性を回復すれば、大振幅でのベータトロン振動が、ある程度安定化できることが確認された。6極電磁石の周期性を回復するには、図3-Aに模式的に示すように、周期性を乱している長直線部が、線形で、かつ、2πの整数倍の位相進みを有し、両端で通常のCGセルのベータトロン関数、ディスパージョン関数と微係数も含めて一致する条件を満していればよい。このようなマッチング条件にすると、図3-Bに示すように、長直線部がないことと等価になり、設計エネルギーの周回ビームであれば、通常のCGセルが連続して繋がっている場合と同じ安定性が得られる。東大物性研のVSX計画[1]でも同様の考え方で蓄積リングに長直線部を導入している。 
 
 
 
図3 6極電磁石の周期性を回復させるマッチング部のイメージ。は6極電磁石を表し、実線の振動はベータトロン振動の位相進行を表す。 
 

オペレーションポイントの選択
 6極電磁石の周期性が回復しても、4極電磁石は4回対称であることにかわりはない。このため、オプティックスの微調などで、容易に4回対称のベータトロン関数の歪みが生じる。このオプティックスの歪みと結合し、Phase-2ラティスでは、3次以下のシステマティック共鳴(共鳴位相条件が2π×4N:Nは整数)が励起されやすい状態になっている。その上、Phase-1ラティスに比べ、1桁以上共鳴の密度が高くなっているので、リングのオペレーションポイントを、システマティック共鳴から十分離れるように調整することが重要になる。振幅依存、エネルギー依存のチューンシフトの振る舞いも、強く励起されると予想される共鳴線の位置を考慮し、最適化される必要がある。

直線部の局所的クロマティシティ補正
 6極電磁石の周期性の回復は、設計エネルギーの周回ビームにしか厳密には成立しない(世の中はそんなに単純ではない)。SPring-8蓄積リングのPhase-2ラティスでは、30m程度のフリー直線部を構成するため、3セルで6極電磁石の周期性を回復するマッチング条件を満たすことになる。長直線部両端のマッチング部は、2台の偏向電磁石を持ち、低エミッタンスを実現する場合、3セルに渡るクロマティシティ(エネルギーによるベータトロン振動の位相ズレ)が大きく、エネルギーの僅かな違いで、上記のマッチング条件は簡単に破れてしまう。驚いたことに、設計エネルギーでは大きくなったダイナミックアパチャーが、0.2%程度のエネルギー偏差で劇的に小さくなってしまった。特に、水平のアパチャーの減少が際だっている。そこで、通常のCGセルに設置されている6極電磁石に比べ、非常に弱い強さの6極電磁石を用いて、マッチング部のクロマティシティを補正することを考えた。摂動的な6極電磁石を用いれば、周期性の回復と局所クロマティシティ補正を適当にバランスさせることが可能と思えたからである。しかも、ビーム寿命や入射に支配的な水平振動に対するマッチング条件の破れは、弱い6極電磁石で緩和することができる。この考え方に基づき、マッチング部の局所クロマティシティを調整することで、±3%の範囲で入射に必要なアパチャーを確保することができた。マッチング部と局所的クロマティシティ補正のイメージを図4に示す。 
 
 
 
 
 
柔軟なマッチング条件を実現できる電磁石電源システム
 検討の結果を踏まえて、長直線部を挟む前後1セルで構成されるマッチング部で、ベータトロン振動の位相進みやベータトロン関数の分布等が自由に制御できるよう、各マッチング部で9個(合計4×9=36)の4極電磁石用電源を設置する。また、ビーム振動の安定領域を広いエネルギー範囲で調整するには、マッチング部での局所的クロマティシティ補正、並びに6極電磁石の誘起する共鳴の制御が不可欠である。これを実現するため、各マッチング部で4個(合計4×4=16)の6極電磁石用電源を設置する。

4.蓄積リングラティスの改造案
 Phase-1ラティスの直線セルを含む直線部から、合計16×4=64台の4極電磁石、合計11×4=44台の6極電磁石が取り除かれ、そのうちの12×4=48台の4極電磁石が、27mの挿入装置用フリースペース両端に6台ずつ再配置される。この4極電磁石は、長尺挿入光源のギャップに連動し微調が行える。Phase-2ラティスのオプティックスは、Phase-1ラティスでのオプティックスの改善を踏襲し、現状のHHLVをベースに考えられた。異なるオペレーションポイントで、通常の直線部の垂直ベータトロン関数が5mを越えない条件を課し、多数が設計されているが、中でも、最初に立ち上げに使用すると考えられるものの主要なビームパラメータを表1に示す。また、マッチング部と通常のCGセルのベータトロン及びディスパージョン関数の分布を図5に示す。図には記載されていないが、フリースペースの両端には、Skew4極電磁石も設置され、長尺挿入光源のSkew4極成分も補正できるよう配慮されている。 
 
表1 Phase-2ラティスの主要ビームパラメータ 
 

 
 
図5 マッチング部と通常のCGセルのベータトロン関数とディスパージョン関数の分布 
 
参考文献
[1]神谷幸秀、中村典雄:東京大学高輝度光源計画(VSX計画)、放射光、第2巻、第1号(1999)36〜47. 
 
田中 均 TANAKA  Hitoshi
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒697-5198兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:tanaka@spring8.or.jp


早乙女 光一 SOUTOME  Kouichi

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒697-5198兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0851 FAX:0791-58-0850
e-mail:soutome@spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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