Volume 05, No.2 Page 134
6. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS
マイカラー
My Color
お風呂で湯船につかりながら天井を眺めているとにじんで視界が悪い。熱いコーヒーを飲んでいると目の前をゆらゆら立ち上っていくものがある。これらはまさしく湯気で、通常塗り絵にすると白く塗りたくなるけれど、実際目に映るのはそうではない。いわゆる青空を見上げて単純に青いと思えないし、雪を見て間違いなく白いと認識できない。青の中に違う色を発見してしまうのか、それとも青とは程遠い色が重なり合って青っぽいと感じるのか。雪を白いと思うのはどういうわけだろう。一年ほど前から色鉛筆画を始めた私はその手軽さと色彩に魅了されたよう。はまってしまったのか。
祖父の畑に大きな栗の木があり、その栗の木は毎年大きな実を実らせ、わが家の食卓にも上る。また見てくれの良いものは毬ごと細枝ごと切り落として玄関に飾る。昨秋私はそんな栗との新たな対面を果たした。その色は茶色のようだけれど本当にそうなのか。しばし無言の面接の後、その色は決して通念をなぞらず、まとった毬ももっとお洒落なものだった。長年祖父の栗を食べている私にはその外見と味の融合は、およそ茶色とは思えない寒色と暖色の重なり合った不思議な実を生み出してしまった。でも美味しい実が殻いっぱい詰まっていそうな栗にみえないかなぁ。
国道179号線を通勤路としている私は四季折々の風景を楽しみながら、とても贅沢な時間を車中で過ごして職場にやってくる。とりわけ心を奪われるのが春の栗栖川の河原に咲いた菜の花。一面真っ黄色の絨毯を敷いたようなその光景は、その黄色に吸い込まれてしまいそうなほど幻想的で癒しの効果すらある。ただの通りすがりでも、常連になるとその心地よさに触れようと毎年心待ちにしてしまう。
以前こんなことがあった。その日は夕方から研究交流施設内の和室でお茶会を開くことになっていた。眼前に広がる菜の花の絨毯と抹茶の色のコントラストが眩しく、準備した和菓子を合わせたその瞬間、キラリッと光が走った気がした。よほど気に入ったのか意気揚々と職場に向かって車を走らせた。その勢いで茶杓の銘が「菜の花」になったかどうかは随分前のことなので憶えていない。
ここSPring-8には味にうるさい人が多い。にもかかわらずそんな人達にも恐らく知られていないであろうそれは素晴らしい茶懐石料理を食べさせてくれる店が龍野市役所付近にある。最初に登場する胡麻豆腐は白魚、イクラ、菜の花、食用菊の花びらを盛られて非常に色鮮やか。胡麻豆腐に目がない私は喜びに震えながら着々とお目当てを口に運び、同時に料理を愛でる楽しみもちゃっかりと。また店の主人が料理人気質の厳しそうな最初の印象とは裏腹に、賞賛のボキャビュラリーが乏しく「美味しい」としか言えないでいる私に、新しい一品を運んでくる度に丁寧に説明してくれる。様々な姿、色とりどりな上に、説明を聞くことでさらに味わい深くなる。中でも驚嘆に値するのが煮物の器に入っている蛸。口に入れたとたんに溶けて無くなってしまうというただ者ではない蛸。「美味しい」を描きたいと思わせる料理と、それを作ってくれた胡麻豆腐のような肌の主人に感謝。
田中 好美 TANAKA Yoshimi
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