ページトップへ戻る

Volume 05, No.2 Pages 128 - 129

6. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS

SPring-8利用者懇談会からのお知らせ
From the SPring-8 Users Society
新サブグループ「脳機能研究会」の紹介
The Introduction of the Subgroup ; Neurodegeneration Research

エクテサビ アリ Ali Ektessabi

京都大学 工学研究科 Graduate School of Engineering, Kyoto University

Download PDF (134.93 KB)


 高齢化社会を迎え、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの中枢神経系に障害を生じる神経変性疾患の患者数はますます増大する傾向にある。これらの神経変性疾患における神経細胞死と微量金属元素の蓄積との関係が注目されているが、そのメカニズムは未だ明らかではない。
 細胞単位で生体の組織を考える場合、生体の活動が正常のときは元素間の物理的(各元素の濃度)及び化学的な(各元素の化学状態)均衡状態が存在する。脳細胞の場合、カルシュウム、リンのような細胞内の主な元素の濃度変化によって神経細胞間の制御信号の伝達が行われる。また、外部からの超微量元素の取り込みや蓄積によって、細胞の機能そのものが失われたり、低下することが考えられる。例えば、アルツハイマー病やパーキンソン病では微量元素の異常蓄積、及びその化学状態変化によって細胞毒性が現れ、細胞の機能が失われることが原因の一つではないかと考えられている。このような細胞内の元素の変化は極めて微少であり、従来の方法では測定、定量化が困難であるか、もしくは不可能であった。
 放射光を用いた「脳機能研究会」サブグループの目的は、粒子線(イオン、電子、光子)分析技術の一環として、高輝度放射光を用いて細胞レベルでの分析を行い、準定量的な手法で細胞の機能、あるいは機能低下について研究を行うことである。
 これらの研究の成果は直接臨床に役立つだけでなく、基礎医学の観点からも脳機能の解明に新しい知見をもたらすと考えられる。
 以下、すでに進められているいくつかの具体的な研究テーマを紹介する。
 1.放射光マイクロビームを用いたアルツハイマー病、パーキンソン病。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の研究
 2.ヒト神経細胞内の元素の均衡状態の測定
 3.神経細胞内(ヒト及び実験動物系)の超微量元素の定量化プログラムの開発
 4.神経細胞内の超微量元素の化学状態分析(EXAFS, XANES)
 5.培養細胞の「生きたまま、その場観察」実験手法の確立
 6.金属インプラント界面での細胞と溶出金属の相互作用
これらのいずれのケースでも放射光の応用の最大の利点である、大気中測定、超微量元素測定、XAFSを用いることによって多くの成果が期待される。これまで、日本国内では京都大学、東京大学、東北大学、和歌山医科大学、名古屋大学の工学研究科及び医学研究科によって数年前からいくつかの先端的な研究が組織的に行われてきた。

これまでの研究経過の具体的な状況
 脳機能研究に関して、これまでに高エネルギー加速器研究機構(Photon Factory)と高輝度光科学研究センター(SPring-8)において予備実験が行われてきた。パーキンソン病患者の中脳黒質と対照試料に対してマイクロビームを用いた蛍光X線分析とXAFS分析を行った。
 蛍光X線分析法によって神経細胞内の元素分布を分析した結果より、パーキンソン病患者の症例と対照試料を比較すると、微量金属元素の蓄積量はパーキンソン病患者の症例の方が高い傾向が見られた。またパーキンソン病患者の症例の場合、正常な神経細胞と比較して、変性が進行している神経細胞、もしくは変性の結果死滅した神経細胞から放出された構成成分であるメラニン顆粒に鉄、銅、亜鉛等の微量金属元素が多く含まれていることが明らかになった。パーキンソン病患者の症例の結果によると、障害を起こした細胞には正常な細胞と比較して、鉄が6.8倍、銅が1.9倍含まれていた。またパーキンソン病患者の症例において、一部の神経細胞の周辺部、一部のグリア細胞にチタンが選択的に蓄積していることが明らかにされた。チタンの局所的蓄積はこれまでに報告例がなく、今後さらに検討を要する。このような結果は、局所的な多種類の微量元素を同時に分析できるマイクロビームを用いた蛍光X線分析の利点を生かしたものである。
 また神経細胞内に含まれる微量な鉄元素について化学状態を調べるためにXAFS分析を行った。細胞中の鉄元素は極微量であるが、試料を濃縮せずに直接マイクロビームでXAFS分析を行うことに成功した。
また、Photon Factoryにおいてマイクロビームを用いた蛍光X線イメージングを行い神経細胞中の元素の分布、また外部刺激による、元素分布変化の測定に成功した。
 測定した細胞数が少ないため結論を導くことには多くの研究が必要である。今後このような結果を実際的に医学的に有用なものとするには、さらに多くの試料を分析し、再現性、統計性を増す必要がある。

「脳機能研究会」の目指すこと
 本研究会では放射光を用いた脳機能研究における新手法の確立を目指し、上記のような具体的な研究を促進する実験手法の確立、測定、定量化、イメージングに必要なプログラムの開発を行う。また、できるだけ工学・医学研究の多分野の専門家が日本国内外から、集まりやすい環境を実現することを目指す。

The XRF image of a single neuron from a patient with Alzheimer’s disease. The figure on left hand side shows the light microscopic view of the scanned area. The image on the right-hand side shows the distribution of Ca within a single neuron. The scale on the image (a.u.) gives the relative values of the intensity at each point.   Distributions of other elements of interest (Fe, Zn, Cu) were also obtained for the case of the same neuron.

エクテサビ アリ
京都大学 工学研究科 助教授
〒606-8501 京都市左京区吉田本町
TEL:075-753-5259 FAX:075-753-5259
e-mail:h51167@sakura.kudpc.kyoto-u.ac.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794