ページトップへ戻る

Volume 05, No.2 Pages 123 - 126

6. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS

構造物性研究のCOEとしてのSPring-8への期待
Future Prospects for Spring-8 as a COE of X-ray Scattering Science

村上 洋一 MURAKAMI Youichi

高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 放射光研究施設 Photon Factory, Institute of Materials Structure Science, High Energy Accelerator Research Organization

pdfDownload PDF (21 KB)


 現在、私はPhoton Factory(PF)のスタッフとして、PFの構造物性関連のビームラインの維持・管理と共に、それらのビームラインを使い構造物性研究[注1]を行っています。また、重要な業務としてPFのユーザーグループの一つである構造物性グループの世話人をしております。本ユーザーグループは、毎年2回、物理学会に合わせてグループミーティングを開いています。学会の後の夜に、お互いの新しいサイエンスを肴に酒を飲みながら自由に議論するもので、昼間のフラストレーションの解消に最適です。本稿を書かせて戴くきっかけは、前回の盛岡でのミーティングでの、PFとSPring-8の相補的利用に関する議論でした。グループメンバーの中にはSPring-8のパワーユーザーも多く含まれていますので、この議題では大いに盛り上がり、多くの重要な点が指摘されました。ここでは、それに関連した私の個人的なSPring-8への期待を述べさせて戴きたいと思います。ただし、私自身はSPring-8のユーザーとしてはあまり活発な活動はしていませんので、的を得た事を書けるかどうか分かりません。実状と違っていることがありましたら、ご容赦下さい。また、ここで述べますことは、放射光を使った構造物性研究に限ったことで、放射光がカバーする広い物質科学全般に当てはまることではありません。

1.将来SPring-8とPFの統合的利用は可能か

 PF構造物性グループのユーザーの中には、PFとSPring-8の両方の施設を利用しておられる方々がいます。これらの方々は、両施設のビームライン・実験装置をよくご存じですので、うまく相補的に利用しておられるようです。各施設の有利な点、不利な点をよく見極めて利用することによって、非常によい成果を効率よく生み出すことができます。ここでは、単に各施設を個別に利用するだけでなく、より有機的に結びつけた統合的利用の可能性に関して述べたいと思います。PFでは複数のビームライン・装置を利用する課題が採択された場合、これらを有効に使い分けながら研究を進めます[注2]。このようなことが、両施設をまたがって実行できるならば、幅広い研究が展開でき、ユーザーにとってのメリットは大変大きいと考えられます。
 この統合的利用を可能にする最もドラスティックな方法は、SPring-8とPFの課題申込窓口を一本化することでしょう。全く個人的な意見ですが、構造物性研究領域に限るとすると可能ではないかと思います。これが実現すれば、ユーザーは一つの研究課題に対しては一部だけの申請書を書くことで、SPring-8とPFの両施設の実験装置を有機的に使い分けながら利用できることになります。個別に申請を出す場合に比べ、研究のスピードアップがはかられ、課題審査の方の負担も軽くなり厳密な審査が出
来やすくなるでしょう。ただし、これを実現するためには、将来、省庁の壁が取り除かれたとしても、多くの困難が予想されます。最も大きな問題は、各施設での課題申請・審査システムの違いにあります。これは、各施設としての研究戦略に根ざすものですので、簡単に変更できるような問題ではない事は承知していますが、以下その違いの中で2点に関してのみ触れたいと思います。まず、課題有効期間がSPring-8では半年ですが、PFでは2年間と大きく違います。PFの2年が妥当かどうかは別にして、少なくとも構造物性研究の一つの課題を遂行するのに、SPring-8の半年は短すぎると思います。実質上、数日のビームタイムで論文が書けるだけの成果がでることは、極めて希です。また、実験が遂行されていない時期に次の半年の申請を書かなければならない状況も多々生じます。この点はほとんどの構造物性ユーザーが同意いただけるものと思います。次に、ビームタイムの決定の仕方です。SPring-8では、申請採択時に審査委員が決めますが、PFでは申請採択時には厳密なビームタイムまでは決めず、数カ月ごとの各サイクルに対して、審査評点を基にビームライン担当者を交えたビームタイム配分委員会が決めます[注3]。この点は、SPring-8の「ホットな話題を優先して結果が出せるだけのビームタイムを与える」という戦略も分かりますし、PFの「PACの評価を尊重して現実に則した効率のよいビームタイムの配分」も理にかなったものだと思います。構造物性研究にとってどちらがよいシステムなのか十分に議論する必要があると思います。その他、課題審査方法など、両施設での相違点は多いのですが、これらのシステムをある程度一致させることができるならば、ユーザーにとってメリットの多い、両施設の統合的利用は可能ではないでしょうか。
 上記のような窓口を一本化した両施設の統合的利用とまでいかなくても、より相補的に両施設を利用していただけるために、我々施設側のスタッフが解決すべきソフト上の問題があります。それは、両施設のビームラインや実験装置に関する情報が、整合性の取れた形で一カ所に整理されていないことです。もちろん、各施設の各ビームラインの担当者やwwwから情報を個別に得ることは可能なのですが、全体を十分に把握していない多くのユーザー、特に外国のユーザーにとっては難しいでしょう。例えば、自分のサイエンスを展開するのに最も適したビームライン・実験装置はどれなのか、もしそれが複数あるならば、どのような順番でそれらを利用していけばいいのか、というような両施設にまたがった形の情報が簡単に手に入るとユーザーのメリットは大きいでしょう。我々スタッフとしては、いいサイエンスは持っているが放射光利用にはあまり慣れていないユーザーを開拓していくことは、極めて重要な業務なのです。そのための基盤情報としてそれらを整備していく必要があると感じます。具体的には、wwwなどのネットワークを利用した情報の整理と共に、研究相談窓口のようなものがあればいいと思います。構造物性グループでは、両施設が協力してこれらを整備していくことは可能であると考えています。
 さて、最近PFの構造物性ユーザーグループミーティングの中で、このような両施設のより有効な利用に向けて、ユーザーサイドからできることはないかということが議論され始めました。両施設のいろいろな情報を交換し、新しい共同研究の契機となるような、グループ作りが検討されています。即ち、本グループは今までPF固有のユーザーグループであったわけですが、SPring-8のユーザーグループと一緒になった新たなグループを作ろうというものです。このグループの活動の一つは、放射光を使った構造物性研究の将来計画、特に、両施設におけるビームラインや実験装置に関して必要なものに関して議論し、いろいろなルートでその実現に向けて努力していこうというものです。このような動きは今始まったばっかりで、どのような形に発展していくか分かりませんが、施設側の人間として、大いに協力していきたいと思っています。

2.もっとビームタイムを
 PFでの構造物性研究は非常に盛んで、関連ビームラインにおける、ビームタイム要求日数は配分可能日数を大幅に超えています。平均的な充足率は70%程度で、この割合は時間と共にどんどん下がっています。このような状況はSPring-8での構造物性ビームラインにおいて、より深刻であるようです。あるビームラインでは、半年の内で一課題あたりの平均ビームタイム日数は約2日間しかないとのことです。物性実験を行うためには、多くの場合、温度や圧力など外部パラメーターを変化させた実験が必要ですので、通常、1日間程度の準備時間はどうしても必要です。準備の整った後、測定時間が1日しかないという状態では、満足のいく実験はできないでしょう。これはSPring-8において構造物性研究を行うための共用のX線回折ビームラインが極端に不足していることに原因があります。
 このような状況を根本的に解消するためには、新たなビームラインを建設していくしかないでしょう。その建設に関しては、2種類の考え方があります。一つは、これまでのビームラインでは出来なかった実験を行うためのビームラインで、新しい実験装置や光学系を備え付けたものを作っていくというものです。新しいサイエンスを生み出すためには、このようなビームラインが是非とも必要です。具体的で実現可能ないいアイディアをユーザーグループの中から出していくことが求められます。一方もう一つは、これまでのビームラインや実験装置と同じものでよいから、ビームタイム要求の混雑を解消するためのビームラインを作るというものです。このような要求は大変通りにくいものでしょうが、実際上、現在のサイエンスを推進していくためには、必ずしも新奇な実験装置のみが必要なわけではなく、よく整備された使いやすい、汎用のビームラインでの実験も必要なのです。いいサイエンスを作るには、非常に特殊な実験装置よりも、たっぷりとしたビームタイムが必要である場合も多いと思います。このような2種類の考え方に整合性を持たせるようにユーザーグループと施設側担当者で十分に議論して、適切な要求を施設側にしていくことが重要であると思います。
 構造物性ユーザーグループでは、このようなビームタイム不足の状況を深刻に受けとめ、具体的な解決策を練っています。このような状況が続くとすると、我々の研究分野はその発展が著しく制限されるでしょう。現在、構造物性として、非常に興味ある物質が、日本のいろいろな研究室から続々と生まれ続けています。現状では、その多くが海外に流失しています。国粋主義的な考えはあまり良くありませんが、正直、大変残念な状態であると思っています。一方で、我々の分野は、若手の優秀な人達が続々と現れていますので、十分なビームタイムさえあれば、日本の中でよりいい成果が生み出せることは間違いありません。そこで、構造物性グループの中では、不足しているビームライン・実験装置を調査し、それらが本当に将来どうしても必要なものならば、施設側担当者と綿密に打ち合わせ、ユーザーグループとしてSPring-8やPFにそれらを要求していこうとしています。

3.学問的に価値の高いプロジェクト研究を−研究ネットワークの形成−
 現在どこの研究組織でも、プロジェクト研究が大流行です。これには、そうならざるを得ない理由があります。研究のオリジナルな発想は、今も昔も個人レベルから出てくるという点は変わりがありません。しかし、それを実現し発展させようとしたときに、個人プレーでは研究のスピード、発展性に関してどうしても制限が出てきます。一歩進んだ優れた発想があったとしても、その展開期においては、強力な研究ネットワークを持ってプロジェクト研究を行うグループに、個人レベルの研究が勝つことは非常に困難になっています。
 SPring-8においては、学問的に質の高い研究に対しては、プロジェクト研究を支援していただけるような枠組みを作って戴きたいと思います。このプロジェクト研究の目的は、放射光利用による成果だけを目指したものではなく、我々の分野で言えば、総合的な物性理解、概念形成を目指した、幅広いものである必要があります。そのためには、試料準備や基礎物性測定がある程度可能である設備の整備も重要です。研究ネットワークでは、放射光の専門家だけからなる研究グループではなく、他の研究分野の人々を含んだものでなければなりません。そのような他分野との親密な共同研究からは、新しい発想も生まれてきて、それが放射光分野の発展へとつながっていくはずです。
 現在、PFではS型課題というプロジェクト研究が数年前からスタートしています。ビームラインや実験装置の開発を含んだS1型課題と、課題としての学問的価値の高さに主眼をおいたS2課題です。内部スタッフとしての身びいきかもしれませんが、これらの課題は概ね順調な成果をあげてきていると感じています。ただし、このようなプロジェクト研究は、必然的に一般課題の研究を圧迫することも事実です。従って、プロジェクト研究と一般研究の間に、あるバランスをうまく保つことが重要であると思います。どちらかに偏ると全体としてのアクティビティーの低下を招くことになるでしょう。しかし、私の個人的な意見では、SPring-8のような世界一のビームクオリティを持つ施設では、10の平凡な研究よりも、1つの飛びきりすばらしい研究を支援すべきであると思います。

4.世界のCOEとしてのSPring-8に
−もっと世界に発信を−
 昨年の夏は、多くの時間を海外で過ごし、いろいろな国際学会、ワークショップなどの梯子をしてきました。外国の人もSPring-8の状況はよく知っていて、すばらしい施設であると言っていただきました。これはSPring-8の建設に携わった人達のご努力の賜だと思います。私が誇る筋合いは全くないのですが、日本人の1人として、大変嬉しく思いました。しかし彼らの目は大変鋭く、これからいいサイエンスが出てくるのを楽しみにしている、と言っているようでした。実際、SPring-8より先行したESRFでは驚くばかりのすばらしい成果を次々と挙げて来ています。また、APSではまだESRFほどではないのですが、出てきた成果を主張する点では、ESRFに負けていませんでした。生き残りを賭けた、ものすごい迫力を感じました。一方、SPring-8はこれらの施設に建設が一歩遅れたこともあり、多くの成果が発信されていたという印象はありませんでした。今年からは、是非、APSの人達のような迫力を持って、世界に成果を大いに発信していただけるものと期待しています。そのためには、施設側の人達だけでなく、当然、ユーザーの我々も積極的に国際学会に出席して発表を行う義務があると思います。放射光を使った研究は、必然的にこのような国際競争に巻き込まれることになります。我々ユーザーはこの競争をいやがらず、楽しむぐらいの気分が必要であると感じています。外国の研究者はどうもこの競争が楽しくて仕方がない人達が多いようです。
 さて、SPring-8は名実ともに世界一の放射光施設ですから、もっと広く世界から人材を集めることを積極的に行われることを期待します。国際学会やワークショップは頻繁に開催していただいているのですが、SPring-8に常駐している外国人の人はまだまだ少ないのではないでしょうか。外国の人達と競争することも楽しいでしょうが、協力して研究することも大変楽しいことです。本来は中堅どころの外国人を集めるのが、研究効率としてはいいのでしょうが、なかなか困難な点があることも分かります。そこで、ポスドククラスならば、比較的容易に、しかも年限を限って来て貰うことは可能ではないでしょうか。そのような若手の外国人研究者とわが国の若手研究者の交流は、将来、大きな財産になることは間違いありません。
 間近に迫った21世紀には、SPring-8から世界に誇れる多数の成果が生まれることを期待致します。SPring-8の方々と我々ユーザーとの協力、またSPring-8とPFの有機的な協力により、明るい放射光科学の未来が開けるものと確信しています。

[注1]構造物性という言葉は我々の業界では、最近多用されているのですが、広く認知された言葉ではないと思います。我々が行っている構造物性研究を一口で言うと、物質の巨視的性質を、その構成要素である電子や原子・分子の空間分布状態を詳細に調べることにより、明らかにしようとする研究です。

[注2]例えば、詳細な構造が未知である新物質を対象とした課題である場合、まず、湾曲型イメージングプレートを装備したBL−1Bで粉末回折実験を行います。低温・高温実験やダイヤモンドアンビルセルによる高圧実験、最近では低温かつ高圧実験もこのステーションで可能です。単結晶が合成可能な場合には、このステーションで単結晶構造解析を行うこともできます。次に、微小な超格子や散漫散乱などの観測が必要になれば、BL−4Cでの4軸回折計でカウンターを使った実験を行うことができます。さらに、このステーションで強度不足になれば、マルチポールウィグラーのビームラインであるBL−16A2で同様の実験を行うことになります。以下の議論は、このような複数のステーション・実験装置の統合的利用をSPring-8とPFにまたがってできる可能性はないかということです。

[注3]このビームタイム配分委員会では、PACでの評点を第一に最重視しますが、ユーザー実験の進行状況や準備状況の近況調査に基づき、実質的に効率のよいビームタイム配分を行います。



村上 洋一 MURAKAMI  Youichi
高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所
〒305-0801 つくば市大穂1-1
TEL:0298-64-5589 FAX:0298-64-2801
e-mail:myouichi@ccpfmail.kek.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794