Volume 05, No.1 Pages 47 - 50
5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第2回播磨国際フォーラム
The Second Harima International Forum
第2回播磨国際フォーラムを終えて
After the Second Harima International Forum
京都大学大学院 理学研究科 Department of Biophysics, Faculty of Science, Kyoto University
第2回播磨国際フォーラム
主 催 播磨国際フォーラム組織委員会
SPring-8(財団法人高輝度光科学研究センター 日本原子力研究所、理化学研究所)
兵庫県(兵庫県、(財)ひょうご科学技術協会、県立姫路工業大学)
実施期間 平成11年11月3日(水)〜平成11年11月6日(土)
開催場所 SPring-8講堂(播磨コンファレンス)及び県立先端科学技術支援センター(一般講演会)
趣旨・目的
脳や神経の細胞のみならず、地球上の生命の全ての細胞が行っている最も基本的な細胞機能である情報伝達の機構を、分子レベルで理解することを本フォーラムの中心議題とする。
中でもイオンチャネルは細胞の情報伝達を直接制御している膜蛋白質である。膜チャネルを中心とするこの分野における世界のトップの研究者が一同に会して最近の研究と将来の展望について発表し討論する。さらに、国内外の若手の研究者にもポスターなどの形で参加して世界のトップの研究者と討論する機会を持ってもらうことで、次の世代をになう研究者の育成を行う。また、この機会をとらえて、よりひろく一般の市民、大学生・高校生などを対象として、細胞情報伝達研究分野における2人の代表的研究者に、最新かつ学問的に高いレベルのお話をわかりやすく講演していただく。
こうした生物学の先端的な国際フォーラムを、SPring-8と兵庫県が中心となって開催することで、播磨科学公園都市が科学の世界的な情報発信基地になることを目指す。
会議概要 11月3日(水)レセプション
11月4日(木)播磨コンファレンス
11月5日(金)播磨コンファレンス、SPring-8見学
11月6日(土)エクスカーション、一般講演会
一般講演会 講演1「脳の機能としくみ」 中西 重忠教授
講演2「神経情報の伝わるしくみ」 ナイジェル アンウィン博士
発表件数 播磨コンファレンス 講演 13件(国内4件、国外9件)
ポスター 13件(国内4件、国外9件)
参加者数 播磨コンファレンス 50名(国内32名、国外18名)
一般講演会 149名
1998年より始められた播磨国際フォーラムの第2回目が1999年11月3日から6日まで、兵庫県およびJASRI(SPring-8)の支援によって開催された。第1回目は吉森昭夫岡山理科大教授を実行委員長として1998年12月に開催された。そのフォーラムは非生物分野であったので、生物系のテーマとしては最初の播磨国際フォーラムであった。この報告を、実行委員会を代表して以下簡単に行う。
第2回播磨国際フォーラムは「イオンチャネルの構造と機能」をテーマとして、招待講演者13名と関連のポスター発表者などを中心に11月3日から6日までの日程で、SPring-8講堂において行われた。さらに一般参加者向け講演会として、播磨コンファレンス参加者の中から、中西重忠京都大学教授とNigel Unwin英国ケンブリッジMRC分子生物学研究所神経生物学部門長のお二人にお願いして、「分子からわかる細胞の対話−脳・神経のはたらき−」と題した講演会を、11月6日に先端科学技術支援センターで開催した。
播磨国際フォーラムの組織委員会は熊谷信昭委員長以下、上坪、大野、坂内、松井、白子、千川、五百蔵の各委員8名からなり、幹事会は菊田惺志幹事長以下、飯泉、木田、下村、椿野、寺部、中嶋、濱本の各幹事8名から構成されている。これらの各委員からは、米国で開催され国際的な会議としてすでに学問的には高い評価を得ているGordon Conferenceに並ぶレベルに、あるいは、可能ならそれを越えたいという期待が、本国際フォーラムに寄せられていた。
それゆえ、オーガナイザーの1人として、膜蛋白質の構造生物学のパイオニアであり、アセチルコリン受容体の構造を長年研究してきているMRC分子生物学研究所のNigel Unwin博士にお願いした。
第2回播磨コンファレンスは「イオンチャネルの構造と機能」を中心としながら、このテーマに関係するやや広い分野から一流の研究者を厳選して招待した。この分野は脳・神経を分子レベルから研究している生物分野の中でも最も進歩の激しい分野であり、広い研究分野が関連している。同じ分野の研究者を複数招待する(そうすれば1番ではなく2番が含まれる)のではなくその分野の第一人者だけを招待し、少しずつ研究内容がオーバーラップするよう企画した。幸い招待すべきと思われる研究者のほとんどが(やむを得ない理由の2名を除いて)参加してくれた。それゆえ、非常にレベルの高い研究内容を聞くことが出来た。また、個々の招待講演者は他の招待講演者の名前からこのフォーラムの学問的レベルを認知してくれたようで、最新のデータを用いて最高の講演を準備してくれていた。その必然的結果として、参加者から、どのGordon Conferenceや神経生物学の国際会議より良い招待講演者が集まったと言われたし、討論も活発に行われて、Nigel Unwin博士や中西重忠教授の評価では、この種のどの国際会議より、新しい情報が交換された講演会となった。
以下、フォーラム参加者と、簡単な講演内容を紹介する。
Wah Chiu
Baylor College of Medicine, Houston, USA
ライアノジン受容体と呼ばれるCa2+チャネルの低温電子顕微鏡技術を用いた構造解析と、このチャネルの開閉における構造変化について、最新のコンピュータ技術を用いて解りやすく話した。
Senyon Choe
The Salk Institute, La Jolla, USA
電圧感受性K+チャネルのアミノ末端ドメイン(このイオンチャネルの細胞質側にある4量体の構造)をX線結晶学を用いて構造解析した結果と、それに基づいたイオンチャネルのゲーティングの機構について詳しく話した。
Donald M.Engelman
Yale University, New Haven, USA
生体膜を貫いているヘリックス構造の特徴とそれらヘリックスの相互作用について、様々な手法を駆使して詳しく解析した結果を詳細に解説した。膜貫通ヘリックスのアミノ酸残基をいろいろ改変した結果、ヘリックスヘリックスの相互作用においてグリシンの重要性を明らかにした。
Joachim Frank
Wadsworth Center,Albany,USA
結晶を作ることなく、電子顕微鏡像を用いて立体構造を解析する単粒子解析法の開発者である。リボゾームの構造を解析した最新の結果を発表し、コンピュータグラフィックスも用いてダイナミックな構造変化を見事に見せた。
Yoshinori Fujiyoshi
Kyoto University,Kyoto,Japan
(京都大学大学院理学研究科)
1つの分子のチャネルで、1秒間に109 分子もの水分子を透過しながら、いかなるイオンも透過しない選択的水チャネルの構造解析を電子線結晶学を用いて行い、どのような機構で、そのような選択的な水の透過が行われるのかを解説した。
Lily Yeh Jan
University of California San Francisco,San Francisco,USA
高等動物のK+チャネルにおけるヘリックスの配置の仕方を巧妙な遺伝子スクリーニングの手法を用いて解析し、下等な生物のK+イオンチャネルで明らかにされたヘリックスの配置とは異なることを示した。この結果、高等動物のK+イオンチャネルの構造研究の重要性が明確になった。
Ehud M.Landau
University of Basel,Basel,Switzerland
膜蛋白質の構造研究が困難な最も大きな理由は、3次元結晶作製が困難なことにある。脂質分子のキュービック相を用いることによって、これまで困難であった膜蛋白質の3次元結晶が作製できることを示した。この方法で作製したバクテリオロドプシン(光のエネルギーを用いてプロトンを細胞の内側から外へポンピングする膜蛋白質)のK中間体の構造解析の結果を示した。
Dean R.Madden
Max-Planck-Institute for Medical Research,Heidelberg,Germany
脳・神経で重要な働きをすることが明らかになっているイオンチャネルであるグルタミン酸受容体を昆虫細胞に発現させ、精製して、電子顕微鏡を用いた単粒子解析を行った。分解能は25Åと低く、この構造解析から生物学的に意味のあることは言えないが、生物学的に重要なチャネル蛋白質の構造・機能研究に果敢に挑んでいる様子が示された。
Katsuhiko Mikoshiba
The University of Tokyo,Tokyo,Japan
(東京大学医科学研究所)
イノシトール3リン酸受容体はイノシトール3リン酸によって制御されるCa2+チャネルであり、各種細胞における情報伝達機構の重要な機能をになっている。組織内における構造や存在様式および機能の幅広い研究が精力的になされており、これらのデータを用いた内容豊かな講演で参加者は圧倒された。
Shigetada Nakanishi
Kyoto Univeresity,Kyoto,Japan
(京都大学大学院医学研究科)
脳・神経における最も重要な(脳・神経における情報伝達の50%以上を占める)グルタミン酸受容体を世界に先駆けてクローニングした研究者であり、グルタミン酸受容体を中心に脳の機能研究における目覚ましい進歩と、その結果について明快に語られた。特に、小脳を中心にNMDA受容体やGABA受容体に関連した脳機能の分子レベルでの解明の最新のデータが示された。
Robert H.Spencer
California Institute of Technology,Pasadena,USA
メカノセンシティブ(機械刺激感受性)チャネルの3次元結晶作製に成功した方法の詳細と、X線結晶構造解析で解明されたこのチャネルの構造について、未発表の構造まで含めて話された。これらの結果に基づいて、膜への機械的刺激によってどのようにイオンチャネルが開閉するか議論された。
Chikashi Toyoshima
The University of Tokyo,Tokyo,Japan
(東京大学分子細胞生物学研究所)
Ca2+−ATPase(Ca2+ポンプ)のX線結晶構造解析にごく最近成功したので、このホットなトピックスを話していただいた。X線結晶構造解析の結果はポストアルバートスキームと呼ばれるCa2+ポンプのポンピングサイクルのE1状態の構造であり、電子顕微鏡を用いて解析されたE2状態の構造と比較すると大きな構造変化がおきていることが解った。膜貫通部位は10本のヘリックスからなり、4, 5, 6番目のヘリックスからなるCa2+のチャネル部分の構造が解明された。
Nigel Unwin
MRC Laboratory of Molecular Biology,Cambridge,UK
ニコチン性アセチルコリン受容体のチューブ状結晶を作製し、極低温高分解能電子顕微鏡でその像を撮影して、立体構造を4.6Å分解能で解析した。その結果、アセチルコリンの結合部分がβ-シートから出来ており、アセチルコリン分解酵素の構造と極めてよく似ていることが明らかになった。また細胞質側にはラプシンという分子が2分子結合しており、それと脂質膜表面の間の受容体部分には穴が開いていた。負の電荷を持ったアミノ酸残基がその穴の部分に存在することが予想され、イオンの選択に寄与しているということが議論された。
招待講演者の講演と討論以外にも、関連する分野の若い研究者のポスター発表を行った。夕食後に、時間制限を設けないSocial Hourと称する和室での討論会を設けたが、ここで夜遅くまで熱心な議論や懇親が行われた。このSocial Hourでポスター発表者の5分間発表と討論を行ったが、一流の研究者の前で若い研究者が話す良い経験になった。さらに、偉い研究者だけだと少し堅い雰囲気になったであろう所を若々しい情熱に満ちた雰囲気となり非常に良かった。Gordon Conferenceのようにクローズドの会議であったが、何人かの研究者の飛び入り参加があって、最初から最後まで熱心に参加された方も数人あり大変うれしかった。
11月6日には県立先端科学技術支援センター(CAST)大ホールで一般講演会が開催された。播磨コンファレンス参加者の中から、中西重忠教授とNigel Unwin博士とのお二人にお願いして、「分子からわかる細胞の対話−脳・神経のはたらき−」と題した講演をお聞きした。講演者は脳・神経研究の最新の話を解りやすくして下さり、参加人数は多くて、熱心に聞いて下さった方もあったが、高校生などから全く質問が無かったのは、残念であった。
しかし、この播磨コンファレンスと一般講演会は大成功ということが出来ると思う。この会議を成功させることが出来た一番の理由を最後に強調したい。オーガナイザーの名前は私とUnwin博士になってはいたが、真のオーガナイザーで実質的な実行委員長の役を引き受けてくれたのは理化学研究所播磨研究所の宮澤淳夫博士である。京大の研究室の秘書の渡辺和香さんや大学院生などの力を引きだして、実にうまく運営してもらった。さらに、本年度、我々実行委員会の意図を理解し、その実現に最大限の尽力をいただいたJASRI企画調査部の勝岡直美さん、熊田 学さん、北嶋課長、そして兵庫県庁知事公室の河部 大さん、落合課長にはいくら感謝しても感謝し足りないほどの御尽力をいただいた。ここに深く感謝の意を表したい。来年度からは、非生物系分野と生物系分野のフォーラムという形で年2回開催される予定である。本フォーラムのますますの発展とSPring-8のサイエンスへの貢献を期待して、実行委員会の報告としたい。
藤吉 好則 FUJIYOSHI Yoshinori
京都大学大学院 理学研究科
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