Volume 05, No.1 Pages 40 - 41
5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第3回SPring-8シンポジウムに参加して(その3)
Report of the 3rd SPring-8 Symposium (Part-3)
住友電気工業㈱ 特性評価センター Analytical Characterization Center, SUMITOMO ELECTRIC INDUSTRIES, LTD.
SPring-8シンポジウムの報告記事執筆の依頼をいただきましたとき、記憶もあやふやで不正確な報告しかできないと思いました。しかし、「SPring-8利用者懇談会には企業からの会員が少数であまり声も聞こえないので、企業の人達の入会のきっかけにもなるように、情報誌で発言するように」とのご指示でしたので、民間企業に所属する一ユーザーの思っていることをシンポジウムの印象や感想に交えて述べさせていただくことにいたしました。
高輝度光科学研究センター(JASRI)とSPring-8利用者懇談会との共同開催のシンポジウムは、過去1年間にSPring-8で展開されてきた活動について(1)施設の現状と今後に関する総合報告・討論、(2)重要課題の報告・討論、(3)新設ビームラインに関する報告・討論、(4)既設ビームラインに関する報告・討論、(5)各種委員会等よりの報告・討論という盛り沢山な内容について2日間にわたって口頭発表を中心に行われました。「近い将来展開される科学的・技術的活動、およびそれに重大な影響を及ぼすと考えられる要素に関して、施設者・利用者の双方に共通の理解を確立する」という主旨にそったもので、私のような非力なユーザーにとっては、共通の理解確立は望むべくもありませんが、概要をつかむために大変効率的で有益でした。ただ、ポスターがオーラルとパラレルセッションでしかも時間が短かったのは、やむをえないこととはいえ残念でした。
供用開始後2年のSPring-8の現状は、38本のビームライン(BL)が既に稼働あるいは建設中であり、加速器のチューニングとマシンスタディも進み、ビーム性能は世界の最高水準に達しているそうです。また、長直線部アンジュレータや長尺ビームラインの建設も始まり、さらに、“産業技術開発BL”を含む共用BL 3本と原研BL 1本が補正予算に要求中で、全体計画のビームライン62本が埋め尽くされるのも遠い将来のことではなさそうです。これでも応募課題数の増加のスピードに追い付けずに、1999年後期の共同利用実験の課題採択率が、XAFSや散乱・回折の分野では30〜40%台にまで低下しているようです。これまで放射光を利用する機会の少なかった多くの産業界ユーザーにとっては、最初から敷居が高くなる傾向が心配ですが、一方で、上記の“産業技術開発BL”計画や成果専有課題の募集開始など産業界ユーザーへのご配慮も、着実に具体化されてきています。
シンポジウム初日の最後には、産業界のビームライン利用に関するセッションが開かれ、4つの講演がありました。「SPring-8に於ける産業利用」と題する報告では、産業界の利用がESRFやAPS等と比べて少ないこれまでの状況、産業振興や医学薬学利用を柱に据え成果の出始めた兵庫県ビームラインや13社が共同で立ち上げた産業界専用ビームラインの現状、共用ビームラインで可能な産業利用の形態、JASRIやSPring-8利用推進協議会の産業利用活性化のための活動や構想などの全体像が概観されました。「産業界専用BMビームライン(BL16B2)の現状」と「産業界専用IDビームライン(BL16XU)の現状」では、JASRIの呼びかけで13社が結成した産業用専用ビームライン建設利用共同体が、SPring-8施設の方々の助言を得て、計画、建設、立ち上げ調整作業を進め、10月から各社利用を始めた産業界専用ビームライン2本について報告されました。BMビームラインでは、XAFS、X線トポグラフィーを含む精密X線光学実験および反射率測定の実験装置の調整が進められ、材料評価に適用可能であることが確認されました。しかし、未解決の問題も残っていて、所期の性能を得るためには今後の改善も必要であると報告されました。IDビームラインでは、X線回折、蛍光X線分析、マイクロビーム形成評価の実験装置の調整が進められ、幾つかの課題は残されているものの、産業利用の実験課題をかなりの程度実用レベルで実施できる状況が整ったと報告されました。「兵庫県ビームラインの現状」では、屈折コントラストによりマウス体内の腫瘍体などのイメージングが可能になったこと、平行縮小ビームを用いたロッキングカーブ測定によりエレクトロニクスデバイスの局所歪みの評価を試みたことなど、社会的インパクトあるいは産業的意義を予感させる研究成果が紹介されました。
SPring-8では、現在、世界最高性能を追求した光源やビームライン、検出器など実験装置の開発、それらを利用した基礎科学分野での研究、さらに医学薬学や産業分野への応用研究が同時に進められるという恐るべき状況が静かに展開しています。民間企業に所属するユーザーとしては、企業の材料開発の現場と放射光利用技術開発の最前線をどのように結びつけられるのかという問いに答を出す任務を負わされることになります。生産性や信頼性の向上によりコスト低減をはかり社会に利便性や快適性を提供して独立採算の事業の維持(生き残り)・拡大に努める企業活動に、SPring-8で切り開かれる科学技術のフロンティアから何を採り入れられるのか、両者の間のギャップを埋めるにはどうしたらよいのか、思い悩むことになります。新材料や新産業の創造といった華々しい言葉も飛び交う一方で、産業界専用BMビームラインでは、単色器の冷却水漏れなどに悩まされ、充分なビームタイムの確保もままならない現実の厳しさを思い知らされたりもしています。探検家が踏破したルートに誰でも渡れる橋を架けたりトンネルを貫通させて、安全で安価な観光コースや幹線道路にまで開発するといった仕事が残されています。もちろん、産業界専用ビームラインが早期に利用開始できましたことは、SPring-8施設の方々からの多大なご援助やSPring-8建設の初期から貫かれた規格化・標準化の方針の賜物であります。しかし、アマチュアドライバーがスポーツカーを心行くまで走らせることのできる状況の実現に向けて、ドライバー自身の技術向上に加えて、ビームライン部門をはじめとした施設の方々や先行ビームラインの建設や高度化を推進されてきたSPring-8利用者懇談会SGメンバーの方々に蓄積された技術、ソフトウエアやノウハウの移転や普及を、さらに一段と進めていただけましたらと存じます。大型放射光施設SPring-8で展開される多様な活動の相互理解、産官学の交流や効率的な分業の進展により、各分野での生産性が向上するとともに、ニーズとシーズの相互作用による夢のような成果が数多く得られることを期待いたします。また、自ら何らかの寄与ができないものかと願っております。
芳賀 孝吉 HAGA Koukichi
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