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Volume 05, No.1 Pages 33 - 36

4. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES

無機材質研究所BL15XUの建設状況
Construction of NIRIM Beamline BL15XU

吉川 英樹 YOSHIKAWA Hideki、二澤 宏司 NISAWA Atsushi、福島 整 FUKUSHIMA Sei

無機材質研究所 専用ビームライン建設事務所 Harima Office, National Institute for Research in Inorganic Materials (NIRIM)

Abstract
NIRIM has built a contract beamline BL15XU at SPring-8 for research in advanced materials. BL15XU beamline has the revolver-type undulator combined with a planar undulator and a helical undulator and the monochromator in which Si double crystals, YB66 double crystals, and multilayer double mirrors are installed, in order to generate wide energy-range photons (0.5〜60keV).
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1.はじめに
 無機材質研究所は、総合的な材料研究の一翼を担うべく材料合成場の精密解析を行う専用ビームラインをSPring-8に建設することを計画し、平成10年度夏よりSPring-8の現地に建設事務所を設け、平成11年度にビームラインBL15XUの建設を着工した。
 ビームラインを設計するにあたり、まず広いエネルギー範囲の放射光を利用できる点に留意した。それは実用材料の形態が表面・界面、多層膜、バルク、超微粒子等々と多岐にわたる現在、一口に材料解析と言ってもその手法は多様かつ異なる手法を複合化させる必要があると認識したためである。つまり異なる手法は一般的に異なる波長の光を必要とするため、広いエネルギー領域のビームラインが必要となった。具体的には表面や薄膜の光電子分光や軽元素のX線分光を主なターゲットとして0.5〜5keVの光、X線回折やより重い元素のX線分光を主なターゲットとして5〜60keVの光を、発生させ利用することを目指した。広いエネルギー範囲の光という事であればベンディングマグネットの光を利用するのが便利であるが、実用材料の研究にとって対象物質の微細領域の解析は必須であるため、より輝度の高いアンジュレータ光が望ましく、ベンディング光ではなく広いエネルギー帯域を持つアンジュレータ光を利用する事を計画の当初から指向した。

2.ビームラインの特徴
2-1.光源

 0.5〜60keVもの広いエネルギー帯域を持つアンジュレータ光源を、1組の磁石列で実現するのは困難であったため、2組の磁石列を切り替えて使用するリボルバー型のアンジュレータを使用することとした。0.5〜5keVのエネルギー領域では、二結晶分光器においてBragg角が大きくなり分光結晶に与える熱負荷が深刻な問題となるためヘリカルアンジュレータを採用することとした。ヘリカルアンジュレータは、光のエネルギーが低いほどK値が大きくなり光軸上の熱負荷がより低減されるため、分光結晶への熱負荷の観点で望ましい挿入光源である。5keV以上の硬X線領域については、より高いエネルギーの光を発生させる必要性から高次光を利用できる直線偏光アンジュレータを採用することとした。直線偏光アンジュレータは光軸上の熱負荷が大きいが、硬X線領域であればSPring-8標準分光器で採用されている回転傾斜配置の二結晶分光を行うことによって熱負荷の問題は克服出来ると考えた。
 SPring-8では標準的なアンジュレータとして真空封止タイプのアンジュレータが広く使用され、硬X線領域で広いエネルギー範囲の光を発生することに成功しており、BL15XUでも当初、真空封止タイプのリボルバー型アンジュレータの開発を目指した。理化学研究所北村英男主任のグループとの共同研究において、真空封止タイプでかつリボルバー型のアンジュレータの実現は可能であることはテスト機で確認したが、現段階のテスト機ではリボルバー切り替え後の真空度回復に時間を要するため、今回のビームライン建設においては磁石列が大気中にあるアンジュレータを採用した。
 本ビームラインのリボルバー型アンジュレータの具体的仕様は、直線偏光の場合、磁極1周期の長さが44mmで周期数は102、ヘリカルの場合が磁極1周期の長さが92mmで周期数は48、どちらも全長4.5mのアンジュレータとなる。磁極が大気中にあるため真空封止型に比べて磁極ギャップをあまり小さくできない事情から、当初低エネルギー領域の光を発生しにくい問題があったが、磁極間に存在する超高真空槽の厚さを薄くし磁極ギャップを20mmまで近づけることで、当初の計画通り広範囲のエネルギーの光を出すことが可能となった。図1は直線偏光アンジュレータの場合と、ヘリカルアンジュレータの場合について磁極ギャップと放射光の1次光のエネルギーをプロットしたものである。ヘリカルと直線偏光の磁石列の切り替えについては、当初は蓄積リングがシャットダウンしている時に行うが、近い将来には蓄積中に磁石列を切り替えることが可能なようにステアリングマグネットを調整する予定である。なお図2は実際の磁石列の写真である。 
 
 
 
図1 リボルバー型アンジュレータの磁極ギャップと1次光のエネルギー 
 
 
 
図2 リボルバー型アンジュレータの磁石列の写真 
 
 フロントエンドに関しては、通常の直線偏光アンジュレータのビームラインとほとんど変わりないが、直線偏光用のマスクに加えて、軸外放射が強いヘリカル光用のマスクをタンデムに配置したことが他のビームラインと異なる点である。

2-2.二結晶分光器
 広いエネルギー範囲の光を分光するために、二結晶分光器において複数の分光結晶を切り替えて使用する方式を採用した。具体的には、2keV以上の領域をSi結晶で、1〜2keVの領域をYB66 結晶で、1keV以下をW/B4Cの多層膜で分光する。Si結晶としては、SPring-8標準のピンポスト冷却のSi結晶を回転傾斜配置で使用する。ただし、2keV以上の軟X線をSi(111)で分光できるように、以下のように広角側をBragg角72゜まで設定出来るようにした。SPring-8標準の二結晶分光器は硬X線のみを対象としているため第1結晶と第2結晶との間のオフセットの値は30mmで設計されているが、BL15XUでは軟X線分光時にBragg角の広角側で結晶同士の干渉を避けるためオフセットの値を100mmとした。SPring-8標準分光器と同じ移動機構のままオフセットを大きくすると、オフセットの値に比例したサイズの巨大な分光器になってしまうため、標準分光器のような第1結晶と第2結晶が共通のターンテーブルに乗っている方式ではなく、図3に示すように第1結晶と第2結晶が独立したθ回転軸を持っており、θ回転と連動して第1結晶が並進する機構を採用した。言い換えると、カム等によるリンク機構が無く、全ての軸の連動が計算機で制御される計算結合型の分光器とした。Si結晶用とYB66 結晶&多層膜用の2組のゴニオとした。これは、YB66 結晶及び多層膜と異なりSi結晶は回転傾斜配置を取るため、1組のゴニオ上にSi結晶、YB66 結晶、多層膜の全てを共存させる事が困難なためである。オフセットの値が100mmと大きいため分光器のサイズを抑える必要からBragg角の下限を5.7゜とした。したがってSi(111)では20keV以下の光を分光し、より高いエネルギーの光に対してはSi(553)を使用する。なお、Si(111)とSi(553)の反射面の切り替えは、回転傾斜配置での傾斜角を変える事によって行う。 
 
 
 
図3 計算結合型二結晶分光器の概念図 
 

 YB66結晶は放射光施設における軟X線用分光結晶として実用化に向けて研究開発が進められてきたが[1]、第3世代の大型放射光施設に関しては利用された例がなく、BL15XUでヘリカル光とはいえ2〜3W/mm2と言う熱負荷の比較的大きな状況下でYB66 結晶を使用するためには、冷却機構の改良が今後の重要な研究課題となってくる。なお二結晶分光器の上流側に輸送系用のグラファイトフィルターを用意しており、当初は結晶に与える熱負荷をこのグラファイトフィルターで調整しながらYB66 の使用を進める方針である。分光器(神津精機製MKZ-4)の内部の写真を図4に示す。 
 
 
 
図4 計算結合型二結晶分光器の内部写真 
 
 この分光器の下流に更に補助的な分光器も配置している。これは初段の分光器において多層膜ミラーでラフに分光された光を補助の分光器で更に単色化するために設けたものである。補助分光器内には分光結晶としてTAPのような有機結晶を設置している。補助分光器内のゴニオは、待避可能な構造となっており、初段分光器からの光を遮らないモードにする事も可能である。

2-3.ビームライン輸送系の構成
 ビームラインの輸送系は光学ハッチと2つの実験ハッチに分かれている。コンポーネントの並びに関しては、図5の通りである。X線遮蔽の観点からは、図6に示すようにハッチで覆われた硬X線仕様のビームラインとなっている。ただし真空の観点からは、0.5keV以上の光を使用するためBe窓が無い軟X線仕様のビームラインとなっている。Be窓が無い代わりに輸送系最上流部にイオンポンプを使った5桁の差圧に耐える差動排気系を配置し、輸送系からフロントエンドへのガスの流入を抑制している。また万が一の真空悪化トラブルに備えて、高速遮断バルブを輸送系最上流部に設置している。 
 
 
 
図5 BL15XU輸送系のハッチ外形およびコンポーネントの配置図 
 
 
 
図6 BL15XUハッチ全景写真 
 
 フロントエンドが超高真空、光学ハッチとその下流にある実験ハッチ(以下実験ハッチ1と略称)がベーキングを行わない高真空、最後部の実験ハッチ(以下実験ハッチ2と略称)が超高真空となっており、ビームライン全体を見た場合、前後が超高真空で中央部が高真空となっている。実験ハッチ1と実験ハッチ2の間の超高真空と高真空の差圧についても差動排気系を設置することで実現している。
 実験ハッチ1では、大気中および減圧下での実験を想定している。現在のところ粉末X線回折計および照射改質装置を設置している。ただしX線回折計が置かれる領域については、装置を常設とせず、実験の種類が替わる毎に異なる装置を持ち込む方針である。照射改質装置は、可動式Be窓で封じきられたチャンバー内に不活性ガスや酸素ガスを導入した状態で酸化物超伝導体等の薄膜に硬X線を照射して改質を行う装置である。本ビームラインは材料解析を基本的なコンセプトとしているが、照射改質装置だけはX線による薄膜の改質や合成を指向している。実験ハッチ1の最後部に水平振りのミラー槽を設置し実験ハッチ2に集光した光を導入する。
 実験ハッチ2には超高真空装置を設置する。光電子顕微鏡及び角度分解光電子分光装置の設置が既に予定されている。本ビームラインの角度分解光電子分光(XPS)装置は、超高真空チャンバー内に静電半球型エネルギー分析器を2台配置し、それぞれが独立して試料を中心に回転する構造となっている。2台のエネルギー分析器を同時に稼動させてコインシデンス分光を行う事が可能である。光電子顕微鏡は、結像型の電子光学系を持ち、試料表面から放出される光電子像を蛍光板及びMCP上へ結像させる構造となっている。結像型の光電子顕微鏡ではあるが、10nmの空間分解能を目指した際にはアンジュレータ光と言えども光束密度が不足するため、実験ハッチ1の最下流にあるミラーを使って試料面上に集光する必要がある。実験ハッチ2の最後部は一般ユーザーが超高真空装置を持ち込んで実験できるスペースに予定している。なお全ての装置は光軸に対してタンデムに配置している。

3.終わりに
 多様な材料研究の立場からビームラインを設計した為、計画当初からいささか百花繚乱な仕様のビームラインとなり、各コンポーネントの具体的な仕様がぎりぎりまで決まらないことが度々であったが、旧SPring-8共同チームの方々の多大なご助力を頂けた事もあり、また追いつめられるとなにがしかの智恵が出てくるようで、何とかビームラインの建設まで漕ぎ着けることが出来た。ただ、ユーザーの方々が思い描く100点満点のビームラインになるためには、無機材質研究所のビームラインスタッフは建設後もかなりの期間ビームラインの研究開発に汗をかく必要がありそうである。
 平成11年12月2日に蓄積電流1mAの状態で直線偏光アンジュレータ及びヘリカルアンジュレータから最初の放射光発生を確認した。今後の予定としては、蓄積電流100mAでのハッチの遮蔽能に関する使用時検査を受けるのが平成12年1月〜3月となる見込みで、平成12年度に実験装置の整備とビームラインの調整を進める方針である。

謝辞
 ビームラインの設計&建設にあたり多大なご指導を頂きました理化学研究所、北村英男主任のグループの方々、石川哲也主任のグループの方々、JASRIの方々に深く感謝致します。

参考文献
[1]J Wong,G.Shimaveg,W.Goldstein,M.Eckart,T.Tanaka,Z.Rek and H.Tomplins:
Nucl.Instr.Methods in Physics Research A291(1990)243-249.

吉川 英樹 YOSHIKAWA  Hideki
無機材質研究所 専用ビームライン建設事務所
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
SPring-8内BL15XU
TEL・FAX:0791-58-0223

二澤 宏司 NISAWA  Atsushi
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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