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Volume 05, No.1 Pages 28 - 30

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

医学利用BL20B2の試験調整運転状況
Trial Run of Medical and Imaging Beamline (R&D) BL20B2

梅谷 啓二 UMETANI Keiji

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 実験部門 JASRI Experimental Research Division

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1.はじめに
 偏向電磁石ビームラインBL20B2は、平成11年5月13日に原子力安全技術センターによるビームラインの施設検査を受け、検査官からの講評で特に問題なしとの評価を受けた。そして、6月14日付けで、同センターから施設検査に合格した旨の通知を受け、正式にビームラインとしての使用が可能となった。
 1999B期から利用研究課題の募集が行われ、採択課題について平成11年の第9サイクルから共同利用実験が開始された。BL20B2では医学診断や基礎医学での研究や、硬X線領域における各種のイメージングの研究に、共用ビームラインとして幅広く利用されている。


2.医学利用研究の目的
 厚生省の人口動態統計によれば、病死の原因で第1位を占めるのは癌であり、平成10年度では癌による死亡率は、病死全体の30.3%を占めている。第2位と第3位は、心疾患と脳血管疾患であり、それぞれ死亡率は15.3%と14.7%となっている。なお、欧米先進国では主に日本との食生活の違いから、死因の第1位を心疾患が占めており、癌がこれに続いている。
 癌での死亡率が高い原因として、検診での発見率の低さがある。厚生省の第5次悪性新生物実態調査によれば、昭和60年において検診での胃、肺、乳房の癌の発見率は、それぞれ10.6%、7.8%、6.7%となっている。さらに検診での発見時に胃、肺、乳房の癌が転移を起こしている割合は、それぞれ32.3%、68.2%、45.7%に達している。これらの癌が発見された後の3年間生存率は、それぞれ45.2%、16.7%、80.0%である。
 発見するのが難しく、発見されたときは既にかなり進行しているのが癌である。この資料は昭和60年のものであり古く感じられるが、一般の検診に用いられる診断機器は、当時とほとんど同じであり、データもこれらの値がまだ有効であろうと考えられる。ただし、検診においてX線CTやMRIを使う場合では、特に肺癌の発見率が近年では向上している。
 国民医療費に関しては、平成7年において癌の医療費が1.86兆円、心疾患が2.32兆円、脳血管疾患が1.85兆円であり、その他を含めて総医療費は21.87兆円であった。癌に比べて心疾患や脳血管疾患の死亡率は低いが、その代わりに治療期間が長期化するため、これらの疾患での医療費の割合が高くなっている。日本の一般会計予算が約80兆円であるのに比較すると、総医療費の過大さは明らかである。さらに高齢人口比率の増加に伴い、この医療費は毎年増加傾向にある。
 癌、心疾患、脳血管疾患などの3大疾患による死亡率の低減と、国家財政を圧迫する国民医療費の低減は、国家的な重要課題であり、疾患の早期における発見と早期における治療が、現代における医学研究の主な目的となっている。
 診断機器に関して1970年代から1980年代にかけて、超音波装置、X線CT、デジタルアンギオグラフィ装置、MRIなど数々の高度医療機器が次々に開発されてきた。しかし、その後は新たな機器の開発が途絶え、医学診断に関する進歩が停滞する状況が続いている。このような状況を打開する手段として、放射光利用などの新たなモダリティへの期待が高まっているのが現状である。


3.研究内容について
 SPring-8での医学利用研究においては、プロジェクト的な研究体制が取られており、「SPring-8医学利用研究検討会(座長:阿部光幸 兵庫県立成人病センター総長)」にて、血管造影、CT、イメージングの3年程度のプロジェクト研究が開始された。なお、プロジェクトとは別に、平行して共同利用実験の課題募集も行われ、こちらは他のビームラインの課題募集と同じ趣旨となっている。
 血管造影プロジェクトでは、梶谷文彦(川崎医科大学教授)リーダーのもとに微小血管造影により、癌、心疾患、脳血管疾患などの診断治療法の研究を行っている。CTプロジェクトでは、板井悠二(筑波大学臨床医学系教授)リーダーのもとにマイクロトモグラフィにより、ヒト摘出標本での微小病巣形態の観察や、このために必要な3次元CT装置の開発を行っている。イメージングプロジェクトでは、河野通雄(兵庫県立成人病センター院長)リーダーのもとに、屈折コントラストイメージングなどの新しいX線イメージング技術の開発を行っている。
 1999B期の共同利用実験で、CTにおいてはヒト肺摘出標本を使い、各種呼吸器系疾患に特有な3次元的な微小病巣形態の観察が行われた。また、高い空間および濃度分解能を有し、アーチファクトがない高画質な3次元CT装置開発のための実験が行われた。イメージングにおいては、マウス、ラット、ウサギなどを用い、主に呼吸器系疾患を対象とした屈折コントラストイメージングでの、診断能向上のための実験が行われた[1][1]N. Yagi et al. : Med. Phys. 26(1999)2190.


4.微小血管造影の予備実験
 腫瘍組織は周辺の正常組織に比べて増殖力が強く、正常組織に比べて血液からの多くの栄養供給を必要とする。このため腫瘍組織は自分自身への血液供給量を増すため、周辺組織の血管を腫瘍組織まで延ばす新たな血管系の形成を促すか、腫瘍組織回りの既存の微小血管に作用して、その血管径を増大させる。
 このような血管は腫瘍血管と呼ばれ、腫瘍組織を取り囲むように特徴的な形態を持つ[2][2]J. Folkman : J. Natl. Cancer Inst. 82(1990)4. 。微小血管造影の目的の一つは、特異的な腫瘍血管の画像化により、癌を初期段階で診断することである。また、腫瘍を移植した動物での実験で、腫瘍の増殖過程や、治療での腫瘍の消滅過程を画像化し、癌治療に関する基礎研究にも使う予定である。
 BL20B2での撮影実験の装置構成を図1に示す。装置構成自体は非常に単純であるが、実験にとって重要な項目は、高速動画像撮影のための高強度単色X線、高解像度高速撮影装置の開発、ヒトの腫瘍を正確に模擬できる腫瘍移植動物の利用である。




図1 医学利用実験の配置


 川崎医科大学放射線診断学教室の今井茂樹助教授のグループとSPring-8の共同研究での、家兎の耳介固定標本の撮影結果を解説する。図2は川崎医科大学で、軟X線撮影装置により増感紙/X線フィルムを使って撮影された耳介固定標本の全体像である。固定標本はバリウム造影剤を耳介動脈に注入し、家兎を安楽死させた後に切り取り、ホルマリン固定する方法により川崎医科大学で作製された[3][3]S. Imai et al. : Acta Radiol. 30(1989)535.




図2 川崎医科大学にて撮影された耳介標本


 写真の中央部に位置するのが、腫瘍組織を取り囲む腫瘍血管であり、周辺の正常組織に比べて血管密度が明らかに高く、容易に腫瘍の存在を識別できる。この画像は軟X線撮影装置で撮影されたため、通常の医用撮影装置の画像としては解像度が高く、40〜50µmの解像度を有している。しかし、実際に臨床で使用されている血管造影装置は、X線管の焦点サイズが200〜300µm以上あり、空間解像度は焦点サイズ程度である。
 従来の医用X線撮影装置ではX線管の焦点サイズが大きく、この焦点サイズが撮影装置としての空間解像度を制限していた。光源サイズが小さく平行性が高い放射光を用いれば、非常に高い空間解像度での画像撮影が可能になると予想される。また、単色X線ならば、造影剤に対する感度が最も高いエネルギーの単色X線で撮影ができる。放射光と高解像度X線画像検出器を組み合わせれば、10µm程度の血管も造影により画像化できるであろう。
 医学利用実験施設のBL20B2の実験ハッチ3で撮影した同じ固定標本の画像を図3に示す。画像検出器は、蛍光板でX線像を可視光像に変換し、これを光学レンズを介して冷却型CCDカメラで撮影する方式の装置である。X線画像上での画素サイズは24µmであり、空間解像度もこの程度である。単色X線のエネルギーは、バリウムの吸収端直上の37.6 keVに設定し、スリットを調整してX線ビーム断面を20mm角とした。図2では描出されていない細かい腫瘍血管も画像化されている。
 さらに、図3の長方形点線で囲まれた部分を、X線画像上での画素サイズが6µmで、さらに高解像度な蛍光板・CCD検出器で撮影した画像を図4に示す。この画像では、腫瘍組織、腫瘍血管領域、動脈右側の正常組織などの状態が鮮明に画像化されている。このような高画質の画像ならば、腫瘍の増殖過程や、治療での腫瘍の消滅過程の時間変化を画像化することができ、癌治療のための基礎研究に役立てることができる[4][4]K. Umetani et al. : SPIE 3977(2000), to be publised.




図3 24µm画素検出器での放射光画像




図4 6µm画素検出器での放射光画像


5.今後の展開
 川崎医科大学放射線診断学教室の今井茂樹助教授のグループによる研究について解説したが、この他にも多くのグループが医学利用研究を開始している。1999B期の共同利用実験では、主にホルマリン固定標本の撮影を中心とした予備実験を行い、高解像度画像撮影が可能であることが明確になった。2000A期からは、高解像度でさらに動画像撮影が可能な撮影装置を用い[5][5]J. Chikawa et al. : Appl. Phys. Lett. 13(1968) 387.、小動物を使った動物実験を中心にして、多くのグループにより医学利用研究が進められる予定である。



参考文献
[1]N. Yagi et al. : Med. Phys. 26(1999)2190.
[2]J. Folkman : J. Natl. Cancer Inst. 82(1990)4.
[3]S. Imai et al. : Acta Radiol. 30(1989)535.
[4]K. Umetani et al. : SPIE 3977(2000), to be publised.
[5]J. Chikawa et al. : Appl. Phys. Lett. 13(1968) 387.




梅谷 啓二 UMETANI  Keiji
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 実験部門 医学・イメージンググループ
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