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Volume 05, No.1 Pages 4 -8

1. ハイライト/HIGHLIGHT

SPring-8加速器の現状
Present Status of SPring-8 Accelerator

熊谷 教孝 KUMAGAI Noritaka

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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 SPring-8も利用開始からほぼ3年が経過しようとしている。そこで、この間の加速器の運転状況とビーム性能のまとめ、および今年の9月より運用を始めたハイベータモード(HHLVモード)の特長と今後予定されているトップアップ運転等について報告する。


1.加速器の運転状況
 図1は、過去3年間の各年度の加速器の総運転時間の統計で、99年1月から11月までの総運転時間は約4500時間、年間にすると5000時間近くなると推定される。この総運転時間に占める利用時間の割合は65%程度で、新しいビームラインの設置にともなう加速器とビームラインの調整が26%、マシンスタディーが9%程度であった。ただし、98、99年の2年間の総運転時間には、夏の停止期間中に設置した挿入光源や冷却系の改造、および新しいオプティクスの導入のための加速器とビームラインの調整運転時間(約500時間)が含まれている。この時間を除いたユーザーモード内での利用時間の割合は、約75%で、この利用時間内の、機器の故障時間、ビームの再入射時間、およびユーザータイムの割合を示したものが図2である。1999年(1月から11月末までの)運転でのユーザータイムの割合は95%以上で、このところ機器の故障によるダウンタイムの割合が低くなってきている。これは、運転から3年間が経過し機器の初期故障がほぼ出尽くしたことと、加速器とビームライン各機器の高性能化と高信頼性に関する各種改善改造作業が順調に進んできた結果であろう。しかし今後は、機器の寿命に関わる故障の頻度が増えていくものと推定されることから、保守部品等の整備を早急に進める必要がある。




図1 過去3年間の加速器の総運転時間の統計




図2 利用時間の統計



2.蓄積リングのビーム性能
 平成9年3月のビームコミッショニング以来、蓄積リングは“Hybridモード”と呼ぶオプティックスで運転してきた。このオプティックスは、蓄積リング内に設けた48カ所の直線部での水平方向のビームサイズが大きいところと小さいところを交互にならべたもので、ビームサイズの大きいところにアンジュレータ、小さいところにウイグラーと高周波空胴等を設置することで最適化されたものである。しかし、利用の進展とともにウイグラーよりアンジュレータからの放射光の利用の要求が高くなってきたことから、全ての直線部のビームサイズを大きくするHHLVモードの運転調整を9月に実施し、10月の第9サイクルからその運用を始めた。
 表1は、HybridとHHLVモードでのビーム性能を比較したものである。表中の赤字の部分が主な変更点である。このHHLVモードの特長を次に簡単に説明する。


表1 HHLVとHybridモードでのビーム性能の比較
Beam performance of SPring-8 storage ring




 蓄積リングは、チャスマングリーンと呼ばれる低エミッタンス磁石配列、48セルで構成されている。この磁石配列は、挿入光源等を設置する直線部の水平、垂直両方向の運動量分散関数をゼロにした上で、その水平方向または垂直方向のどちらか一方のベータ関数の値を制御することができる。しかし、四極電磁石の数が足らないため、残った方向のベータ関数は制御することは出来ない。このような制限の中で、アンジュレータからの放射光の輝度の改善とガス散乱によるビーム寿命の長寿命化、およびビームライン光学系とのマッチングの3つの条件を満たすオプティックスがHHLVモードである。図3は、HHLVとHybridモードでのリング内のビームサイズを示したもので、HHLVでは48カ所の全ての直線部の水平方向のビームサイズが同じ大きさになっていることが分かる。この変更により、蓄積リングの対称性がHybridの24回から48回に上がった。このことにより、運動量分散関数の非線形効果の影響が小さくなり、それによって運動量アクセップタンスが高周波加速電圧で決まる値にまで回復したことで、シングルバンチ運転でのビーム寿命(ほぼタウシェック寿命)がHybridモードの2倍強ほど改善された。しかしその反面、直線部でのビームサイズが大きくなった分、高周波空胴でのバンチ間結合によるビーム不安定性や軌道安定性に問題を残すことになったが、前者については、当面六極電磁石を調整(クロマティシティー調整)することで、後者については1分間隔で電子軌道を補正することで対応している。また、電子ビームのエミッタンスは、HHLVモードの導入に当たって、Hybridの6.8nmradから6nmradに少し改善された。これにより、アンジュレータからの放射光の輝度は、このエミッタンスの改善と直線部の垂直方向のベータ関数が10mから4mと小さくなったこと、および後で述べる垂直方向の分散関数の補正により以前の2倍ほど高くなっていると思われる。したがって、現在利用時の0.1%のカップリングでの波長1Åの光に対する計算上の輝度は、光源の垂直方向の回折限界で決まる1次元輝度の約30%程度に達している。しかし今後、輝度をさらに改善するためには、カップリングや分散関数の補正を進めると同時に、軌道の早い成分やカップリングと分散関数の非線型項の補正も考えなくてはならない。




図3 High beta モード(上)とHybridモード(下)での結合比(κ)が最小値の0.04%と利用運転時の0.3%に対するビームサイズ



3.ビーム強度あるいは輝度を実効的に改善するために
 蓄積リングの垂直方向のビームサイズは、表1に示すように直線部で3ミクロン程度と非常に小さい。そのため、挿入光源からの放射光を利用する場合、その実効的輝度あるいは強度は、ベータ関数、運動量分散関数、エミッタンス、x−y結合比等のビームパラメータと、早い振動を含む軌道の安定度、ビームライン光学系の特性、そしてビームの寿命等の積で決まることから、これらを正確に把握し、その上でそれらに対して改善と対策をとることが輝度を実効的に上げていくためには必要となる。


3-1.垂直方向の運動量分散関数の補正
 0.1%以下の低カップリング領域では、垂直方向に分散関数が残っている場合、輝度の上限値がそれによって制限される。その様子を示したものが図4である。この図から、夏前の蓄積リングでの垂直方向の分散関数(Dy)がrms値で約5mm程度残っているため、カップリングを改善しても輝度はそれほど改善されないことが分かる。そのため夏の停止期間中に偏向電磁石と偏向電磁石間の運動量分散部にスキュー型四極電磁石を2セル毎に設置した。これにより現在、垂直方向の分散をrms値で2mm程度まで補正する事が可能となった。




図4 輝度の垂直方向の運動量分散関数依存性



3-2.ビーム軌道の安定化
 蓄積リングの遅い電子軌道の変動は、30秒毎に測定されるリング1周のビーム位置検出器の情報をフーリエ展開し、水平、垂直のチューンと、その近傍の成分(これらの成分はビーム軌道に起因する事が明確であるため)のみを1分間隔で補正することで数ミクロン程度に押さえられている。また、リングの周長変化によって発生するエネルギー変動分は、rfの周波数を調整することでビームの持つエネルギー幅の数%以内に補正されている。この遅い軌道変動の他に、蓄積リングでは、数Hzから200Hz程度までの早い軌道変動が見られる。図5は、蓄積リングの90度離れた2つの場所で測定した垂直方向の軌道の変動で、ともにrms値で4〜5ミクロン程度の大きさである。この二カ所の振動の間にはほとんど相関が見られない。しかし、その振動の周波数スペクトルの間にはほぼ100%の相関が見られる。またこの周波数スペクトルと共通架台の電磁石上で測定した振動(rms値として10ナノメータ程度)の周波数分布が非常に良く一致していること、およびこれらが電磁石および真空チェンバーへの冷却水の通水によって引き起こされていることから、この軌道変動は、共通架台が冷却水圧力の脈動によって振動するために発生しているものと思われる。さらに、この振動スペクトルの中に、電磁石電源の電流変動による成分も観測されている。今後電子軌道の安定化を更に追求する上で、冷却水圧力の脈動の低減化やステアリングを含めた電磁石とその電源のさらなる高精度化が重要な課題となりつつある。




図5 蓄積リングの90度離れた2カ所での垂直方向の軌道振動


3-3.ビーム寿命
 HHLVモードでの蓄積リングのビーム寿命は、バンチ当たり1mAのシングルバンチ100mAで10時間程度、24/29フィリングモードで約100時間程度である。後者の多バンチモードでのビーム寿命は、1日1回のビーム入射において十分な寿命を持っている。しかし前者の小数バンチモードでは、寿命が10時間程度と短いことから、そのままでは1日数回のビーム入射を必要とし、その都度挿入光源の間隙を開けるため実験が中断することになる。そのため、入射回数をできる限り少なくしたいとの利用者の要望からx−y結合比を0.3%程度まで悪くし寿命を伸ばしこれに対応している。しかしこの方法は高輝度光源の利用と言う点からは好ましくない。今後30mの長直線部の導入等ビーム寿命を短くする要因が考えられることから、ビーム寿命を改善するために、高周波ステーションの追加(1月から運転予定)による運動量アクセプタンスの拡大、ビーム寿命の実効的改善を目指したトップアップ運転の実現、および高調波空胴の導入によるバンチ長制御等の作業を現在進めている。


3-4.トップアップ運転
 この運転の特長は、利用者が挿入光源からの光を利用している状態でビーム入射を可能とするもので、常に100mAの定格電流での放射光を利用できる。しかし、そのためには、シンクロトロンからの入射ビームの安定性と入射用バンプ、セプタム等の入射機器が蓄積ビームの軌道に影響を与えないようにすることが重要となる。また、この方法はメインビームシャッターを開けたまま電子ビームを追加入射するため、ほぼ100%の入射効率を長期間に渡って安定に確保すること、および加速器故障時に入射電子ビームがビームラインに飛び込まないように放射線安全対策をハード的に十分取ることが重要となる。
 この方法を導入する手順として、まず最初の段階としては、入射する時間を決めた定時入射方式を、そして、機器の詳細な調整が終わった段階で、ビーム電流を一定値、たとえば0.1%以内、に保つように自動入射を行うことを考えている。ただし、この最終段階までには、今まで以上に加速器と挿入光源における機器の高精度化と高信頼化に対する先端的研究技術開発が必要となる。
 昨年から、高精度入射電磁石の製作とトップアップ運転に向けたマシンスタディーを実施し、運転における各種問題点の洗い出しを進めている。


3-5.独立チューニングの実現に向けて
 蓄積リングには、最終的に38本の挿入型光源が設置される。そのため、それら光源のギャップ値の変更が他のビームラインの光源性能に影響を及ぼさないようにすることが重要となる。SPring-8では、この独立チューニングへの対応としては、原則個々の挿入光源で誤差磁場成分を補正することになっているが、実際問題として電子軌道、チューン、カップリング等ビームパラメータのギャップ依存性が観測され、それが軌道の安定度とカップリングの到達値を決めている。特にプラナー型以外の八の字型やヘリカル型の様なスキュー型誤差磁場成分を持つ挿入型光源のギャップを閉じるとカップリングで最大で4〜5倍ほど悪化するとともに、軌道も数ミクロン程度変動する。このような事情から、加速器側でも独立チューニングに向けた取り組みを開始し、軌道、チューンおよびカップリングの静的なギャップ依存性についてはかなり明らかになり、その補正方法についてもほぼ固まりつつある。また、比較的短い時間でギャップや位相を駆動する挿入光源の軌道への影響をできる限り除去する方法についても、現在プロジェクトチームで検討している。これらの結果がまとまり次第補正システムの導入を行う予定である。


4.2000年の主な予定

4-1.30m長直線部の導入
 今年の夏、30mの長直線部が設置される。現在これらの機器の製作と工程調整が順調に進んでおり、予定通り9月からビーム調整ができるものと考えている。しかし、蓄積リングの対称性が現在の48回対称から4回対称に下がるため、当初はビーム寿命と軌道の安定性についてはかなり問題が残ると思われる。しかし、世界で初めての超高輝度放射光の実現に向けて、できる限り早い時期に現状と同程度のビーム性能を達成したいと考えている。


4-2.運転サイクルについて
 現在、加速器は3週間を1サイクルとするモードで基本的には運転しているが、今後予想される利用課題の増加に対応するために、できる限り早い時期にこれをもう1週間延ばした、4週間モードの運転を可能とする運転体制の整備と加速器の高信頼性の実現に向けた作業を現在進めている。その準備段階として、12月に4週間モードをテスト的に実施した。




熊谷 教孝 KUMAGAI  Noritaka
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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