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Volume 04, No.5 Pages 38 - 42

5. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

超臨界金属流体の構造研究 −膨張する水銀−
Structural Studies of Expanded Fluid Hg Using Synchrotron Radiation at SPring-8

田村 剛三郎 TAMURA Kozaburo、乾 雅祝 INUI Masanori

広島大学 総合科学部 Faculty of Integrated Arts and Sciences, Hiroshima University

Abstract
Energy-dispersive X-ray diffraction measurements using synchrotron radiation at SPring-8 for expanded fluid Hg were carried out in the wide density range from the liquid to the vapour region including the metal-nonmetal (M-NM) transition region. Density ranges from 13.6 to 1.9 gcm-3. We obtained the structure factor S(k) and the pair distribution function g(r). The density variation of the obtained interatomic distance and coordination number were discussed in relation to the M-NM transition in fluid Hg.
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1.はじめに
 超臨界流体をイメージするには、水を例にとって考えると分かりやすい。水の沸点は圧力を加えると上昇する。さらに圧力をあげると沸点は上昇しつづけるが、ある圧力(臨界圧力)以上になるともはや沸騰がみられなくなり、液体とも気体とも区別がはっきりしない超臨界流体とよばれる特異な状態が出現する。超臨界流体を考えるとき、その面白さのひとつは、臨界点を迂回することによって液体から気体へと密度を連続的にかつ千分の一以下にまで減少させることが可能になる点である。このことは平均の原子間距離を十倍以上拡げることに相当する。
 このように大きな体積膨張が起きるとき、流体の構造と物性にどのような変化が生じるかを調べることは非常に興味深い。とくに、金属流体や半導体的な流体のように、ファン・デル・ワールス流体と分子間相互作用が大きく異なる場合には、物性が大きく変化することが期待される。実際、Rb、Cs等のアルカリ金属および二価の金属流体である水銀は、臨界点近傍で金属−非金属転移をおこす[1]。また、融点直上で半導体として振舞うセレンは、超臨界領域において半導体−金属−絶縁体転移をおこす[2]。さらに興味深いことに、熱力学的性質においてもファン・デル・ワールス流体と違った非常に特異な振舞いを示す事実が最近の研究で次第に明らかになってきた。しかしながら、金属流体の臨界温度と臨界圧力は、ファン・デル・ワールス流体のものに比べ非常に高い。このことが、超臨界金属流体の研究を難しくしている。臨界温度と臨界圧力が共に高い水銀の場合には、金属−非金属転移のメカニズムの解明にミクロ構造を知ることが必要不可欠であるにもかかわらず、構造研究は、長い間手つかずの状態であった。
 我々はこれまで実験室において、X線回折測定が可能な高圧容器とサファイア製の試料容器を開発し、流体水銀やセレンについての構造研究を行ってきた[3−5]。しかしながら、X線源として通常の管球式X線発生装置を用いていたため、強度が充分でなくX線ビームが発散し測定精度の面で限界があった。幸い、一昨年より稼動を始めたSPring-8の強力で優れた指向性をもつX線を利用する機会を得、超臨界金属流体についての精度の高い構造研究が可能になった。本稿では、SPring-8の4番のビームラインBL04B1で行った流体水銀のX線回折測定結果について紹介する[6,7]

2.流体水銀の相図
 Fig.1は圧力−温度平面上に水銀の相図を示したものである。太い実線は飽和蒸気圧曲線であり、各圧力における沸点を示す。図の+印は液体・気体臨界点を示す。図中に細い実線で示してあるのは等密度線、すなわち水銀がある一定の密度(図中に12.8から0.2までの数字で示してある)をもつ温度、圧力をプロットしたものである[8]。矢印で示すように温度と圧力を変化させ、臨界点を迂回することによって、液体から気体へと密度を連続的に減少させることができる。白丸は、今回SPring-8の放射光を用いてX線回折測定を行った温度圧力点を示す。水銀は、密度が約9gcm−3 にまで減少したとき、金属から絶縁体への転移が起こり始めることが、これまでの電子的性質についての研究から明かになっている[9]
 
 
 
Fig.1  The density isochores plotted in the pressure-temperature plane[8]. A bold solid line indicates the saturated-vapour-pressure curve and the cross shows the critical point. Empty circles show the pressures and temperatures at which the present X-ray diffraction measurements were performed. 
 
3.実験方法
 流体水銀のミクロ構造を調べるために我々は、ビームラインBL04B1においてエネルギー分散型のX線回折測定を行った。入射X線として偏向磁石から出てくる最大エネルギー170keVの白色X線を用い、試料によって散乱されるX線を半導体検出器を用いて検出し、エネルギー波高分析を行った。強力でエネルギーの高い白色X線を用いることによる最大の問題は、スリット等で散乱された2次X線のため実験ハッチの中のバックグラウンドが非常に高くなることであり、データ解析の際に大きな障害となる。これを避けるため、ビームラインのはるか上流にある光学ハッチの中のスリットを調節し、X線ビームのサイズをあらかじめ0.2×0.2mm2 まで絞っておき、これを後で述べるベリリウム高圧窓を通して高圧容器の内部まで直接導入した。これにより散乱X線によるバックグラウンドレベルを低く抑えることができた。
 Fig.2は、今回の測定に用いた1650℃、2000barまでの高温高圧下でX線回折測定が可能な内熱型高圧容器の側面図(a)および上面図(b)を示す。高圧容器は上下のフランジとシリンダーから成る。高圧容器の中央には、サファイア製の試料容器に入れた水銀試料が置かれている。右側面にある高圧窓を通して白色X線を高圧容器内に導入し、試料を透過させ、出てくる回折X線を反対側の4個の異なる角度(散乱角2θ=5〜33度)に設置した高圧窓から外に取り出し、純粋ゲルマニウム半導体検出器を用いてエネルギー波高分析を行う。高圧窓として、特殊な圧力シールを施した厚さ5mm直径4mmの円柱形の金属ベリリウムを用いている。また、圧力媒体としてX線吸収係数の小さいヘリウムガスを使用した。 
 
 
 
(a) 
 
 
 
(b) 
 
Fig.2 A side view (a) and a top view (b) of the high pressure vessel used for the present X-ray diffraction studies. 
 
 Fig.3は、単結晶サファイア製試料容器の組立図(a)および試料部の拡大図(b)を示す。X線は矢印の方向から入ってくる。サファイア棒をくり抜いて作った内径2.5mm外径3.2mmの片端を閉じたサファイアパイプを別の片端封じのサファイアパイプに挿入した形をしている。片端封じの部分の壁は、X線が容易に透過できるように150ミクロンまで薄く研磨してある。Fig.3(b)のように、二つの壁の間にすき間をつくり、そこへ試料溜めから液体試料を送り込む。試料溜めの試料液面とヘリウムガスを接触させ圧力バランスをとることによって、薄いサファイア壁には全く応力がかからないことになる。また、水銀の試料厚みは30あるいは60ミクロンまで薄くしてある。試料溜めの温度を室温付近に保ちながら、試料容器まわりのタングステンヒーターによって、試料温度を高温まで自由自在に上げることが可能になる。また、モリブデン管の左半分にはスリットが設けてあり、そこを通って回折X線が出てゆく。試料容器、ヒーター等は、Fig.2には省略しているが、アルミナ円板の中に組み込み、試料がちょうど高圧容器の中央にくるようにセットしてある。高圧容器内のすき間は、X線の通る道筋以外、アルミナ粉末で充填し、対流によって高圧容器内壁の温度が上がるのを防いでいる。以上のような工夫を施すことによって、流体水銀のX線回折測定を、1650℃、2000barまでの範囲で安定に行うことができる。 
 
 
 
(a) 
 
 
 
(b) 
 
Fig.3 (a) The construction of the sapphire cell used for the present X-ray diffraction studies of expanded fluid Hg. (b) Details of the sample space shown on an enlarged scale. 
 
4.X線回折スペクトル
 Fig.4は、1520℃、1765barまでの温度と圧力範囲、密度としては液体の13.6gcm−3 から高密度気体の 1.9gcm−3 までの広い範囲で得られたSk)を示す。点は測定点を示し、細い実線は二体分布関数gr)を逆フーリエ変換したものである。測定点の欠けている所があるが、これは、サファイア容器からの弱い回折線が現れるので取り除いた部分である。サファイア容器製作の段階で単結晶サファイアからの強いラウエ回折線が直接検出器に入らないように工夫をしている。弱い回折線はラウエスポットそのものではなく、容器の加工の際に入るサファイア表面のひずみによって生じた格子不整に原因があるものと考えられる。Sk)は、温度と圧力の上昇あるいは密度の減少に伴って振動が急速に減衰してゆく様子が分かる。 
 
 
 
Fig.4 The structure factor S(k) for expanded fluid Hg in the temperature and pressure ranges up to 1520℃ and 1765 bar along the saturated-vapour-pressure curve. The dots represent the experimental data and full curves shows the back Fourier transforms of the pair distribution function g(r). 
 
5.流体水銀の構造変化
 Fig.5は、Sk)をフーリエ変換して得た二体分布関数gr)から求めた配位数および平均原子間距離を密度に対してプロットしたものである。配位数を求めるために、図の上に示す二つの方法を採用した。(A)は、gr)の第1極大の位置r1 まで4πr 2ρ0 gr)(ρ0 は密度)の積分をとりそれを2倍する方法であり、(B)は、gr)の第1極小位置rmin まで4πr 2ρ0 gr)の積分をとる方法である。rmin の値として全密度領域で4.5Åに固定した。この値は、高密度気体領域では gr)の第1極小位置からはずれるが、液体のほとんど全領域でgr)の第1極小位置になっている。(A)の方法で求めた配位数NAは、最近接原子配置の中で最も内側にある原子をみており、一方、(B)の方法で求めた配位数NBは、最近接原子配位数を最も広い範囲で考えていることに相当する。 図の○および▲印は、それぞれ(A)および(B)の方法で求めたNAおよびNBを示す。図を見て分かるように、NBは液体から気体までの広い密度範囲わたり密度の減少と共に大きくしかも原点に向かって直線的に減少する。一方、NAの方は、金属領域では密度の減少と共にほとんど直線的に減少するが、金属−非金属転移領域すなわち9gcm−3 あたり近づくと直線からのずれが始まり密度の減少に対して、たゆたうような振舞いをするようになる。これに対し、NBは9gcm−3 附近で特別変わった振舞いは見られない。さらに高密度気体領域に入ると、NAは再び大きく減少し始める。次に、r1 の変化についてみてみる。金属領域ではほとんど密度変化をしないで一定値をとるが、金属−非金属転移領域の始まる9gcm−3 あたりからr1 は増加し始める。この変化は、NAの変化とよく符合している。さらに高密度領域に入ると、r1 は大きく増加しおよそ3.4Åの値をとる。この値はちょうど希薄な水銀気体中に存在する二原子分子の原子間距離に近い。 
 
 
 
Fig.5 The coordination number NA, NB and the nearest neighbour distance r1 of expanded fluid Hg as a function of density. Circles and triangles denote NA and NB obtained using methods A and B, respectively. Squares show the variation of r1. 
 
 以上の結果から我々は、水銀が膨張するときミクロにみてどのように膨張するかについて一定のイメージを描くことができる。液体から気体までの広い密度範囲で、密度の減少は、基本的に配位数の減少によって生ずると考えてよい。しかし、NAの変化は、金属−非金属転移に伴う構造変化についてより詳細な情報を与えてくれる。上に述べたように、NAは最近接原子配置の中の最もrの小さい部分の配位数を表わしているが、9gcm−3 附近の変化をみれば、このrの小さい部分の配置の変化が金属−非金属転移に大きく関わっていることが分かる。

6.おわりに

 水銀が膨張するときミクロにみてどのように膨張するかという問いに対する答えとして、基本的に配位数の減少によるものであるが、詳細にみると、液体から気体までの広い範囲での構造変化に関して3つの異なる領域、すなわち13.6からおよそ9gcm−3 までの金属領域、9から6gcm−3 までの金属−非金属転移領域および高密度気体領域が存在することが明らかになった。
 これまで我々は、密度を基本的なパラメータとして、密度の減少と共にミクロ構造がどのように変化し、またそれが電子物性とどのように関わっているかという点に焦点を当てて研究を行ってきた。今後の課題としては、密度のゆらぎのような長距離構造が超臨界流体水銀の金属−非金属転移にどのように関わっているかを調べることが重要であると考えている。超臨界領域のとくに臨界点近くにおいては、もはや密度という平均量で状態を律しきれなくなる。むしろ、密度のゆらぎや局所構造の不均質性といった平均量からのずれが重要となり、それが様々な物性を支配する。普通に考えれば、物質は何であれ、体積を収縮させれば絶縁体はいずれ金属になり、体積を膨張させれば金属はいずれ絶縁体になる。しかしながら、超臨界領域ではこのような密度と電子的性質との連動が起こらなくなる可能性が高い。密度ゆらぎの相関長やクラスターサイズ等、メゾスコピックスケールでの構造パラメータと電子的性質とを詳細に対比させることにより、超臨界金属流体を新しい物質相として捉える新たな視点が見つかる可能性がある。温度の均質性がとくに要求される超臨界領域での構造研究には、強力でレーザーのように優れた指向性をもつ放射光の利用は極めて有効であり、それなしには質の高い研究は不可能であろう。放射光を用いたX線散乱実験を行うことによって、超臨界金属流体の密度ゆらぎや原子の個別・集団運動についての情報が得られるようになるのはそう先のことではないと思われる。

 本研究は、広島大学大学院に在籍した中祖一朗、大石泰文両君、日本原子力研究所の内海渉博士、(財)高輝度光科学研究センターの舟越賢一博士との共同研究としてなされたものである。本研究を進めるにあたり、高圧ガス実験をサポートして下さったSPring-8の関係者の方々に心からお礼を申し上げたい。それがなければ国の特別認可を必要とする高圧ガス実験を進めることはできなかったであろう。神戸製鋼所、理学電機各社には、高圧容器の製作、X線回折装置に関する技術的な面でたいへんお世話になった。この研究の一部は東レ科学技術研究助成、文部省科研費基盤(A)(2)を受けて行われたものである。また、この放射光を用いた超臨界金属流体の構造研究は平成11年度からの文部省の特別推進研究課題として採択されたことを附記しておく。

参考文献
[1]F.Hensel : Physia Scripta,T25,283(1989).
[2]H.Hoshino,R.W.Schmutzler and F.Hensel : Ber.Bunsenges. Phys.Chem.80,27(1976).
[3]K.Tamura and S.Hosokawa : Ber.Bunsenges.Phys.Chem.,96,681(1992).
[4]K.Tamura and S.Hosokawa : Phys.Rev.B58,9030(1998).
[5]K.Tamura,M.Inui and S.Hosokawa : Rev.Sci.Instrm.70, 144(1999).
[6]K.Tamura,M.Inui,I.Nakaso,Y.Oh'ishi, K.Funakoshi and W.Utsumi : J.Phys. : Condens.Matter,10, 11405(1998).
[7]K.Tamura,M.Inui,I.Nakaso,Y.Oh'ishi, K.Funakoshi and W.Utsumi : Jpn.J.Appl.Phys.38,452(1999).
[8]W.Götzlaff : PhD Thesis,University of Marburg, 150(1988).
[9]F.Hensel : Liquid Metals 1976,ed.R.Evans and D.A.Greenwood,The Institute of Physics, 372(1977).


田村 剛三郎 TAMURA  Kozaburo
広島大学 総合科学部
〒739-8521 東広島市鏡山1-7-1
TEL: 0824-24-6556 
FAX:0824-24-0757
e-mail:tamura@mls.ias.hiroshima-u.ac.jp
略歴:1973年 京都大学大学院 理学研究科博士課程修了。1991年 広島大学 総合科学部教授。
専門:半導体・金属物性 
 

乾 雅祝 INUI  Masanori
広島大学 総合科学部
〒739-8521 東広島市鏡山1-7-1
TEL:0824-24-6555 
FAX:0824-24-0757
e-mail: inui@mls.ias.hiroshima-u.ac.jp
略歴:1989年 京都大学大学院 理学研究科博士課程修了。1994年 広島大学 総合科学部助教授。
専門:半導体・金属物性



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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