Volume 04, No.5 Pages 31 - 33
4. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES
レーザー電子光ビームラインBL33LEPの試運転状況
Status of the Laser-Electron-Photon Beamline BL33LEP
[1]大阪大学核物理研究センターレーザー電子光グループ(大学共同研究グループ) LEPS Collaboration、[2](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 JASRI Research Sector
- Abstract
- BL33LEP is a contract beamline of the Research Center for Nuclear Physics (Osaka University) for investigating quark-nuclear physics. The first laser-electron-photon (LEP) beam was extracted into the optics hutch on July 1, 1999. The LEP beamline, experimental apparatus, results of LEP beam study, and the plan are described.
1.はじめに
BL33LEPビームラインは、レーザー電子光を用いた原子核・素粒子物理の研究を目的とする専用ビームラインである。ここでは、大阪大学核物理研究センター・レーザー電子光グループ(名大、山形大、甲南大、及び京大等との共同研究グループ)、日本原子力研究所、及びJASRIが協力して、ビームラインの建設と検出器の開発・組立が行なわれている。平成11年7月1日に世界最高エネルギー(2.4GeV)のレーザー電子光ビームの発生に成功し、研究のスタートラインに立つことができた。本稿では、ビームラインの紹介とレーザー電子光発生実験について述べる。
2.レーザー電子光とは?
レーザー電子光とは、レーザー光線が電子ビームによって跳ね返された結果得られる高エネルギー光ビームである。今回は、8GeVの蓄積電子ビームに3.5eV(波長350nm)の紫外レーザー光を正面衝突させることによって、最高エネルギーが2.4GeV、強度が毎秒106 個のレーザー電子光を得ることができた。このレーザー電子光は、20兆分の1cmという非常に短い波長の光である。
レーザー電子光の発生には、極めて軌道の安定した大強度蓄積電子ビームが必要である。特に、高いエネルギーのレーザー電子光を発生させるためには、電子ビームのエネルギーが高いことが本質的に重要である。このことは、これまで世界最高エネルギーを誇っていたESRF(蓄積電子ビームエネルギー6GeV)のGRAAL施設におけるレーザー電子光の最高エネルギーが1.5GeVであり、2.4GeVの6/8よりかなり低いことからも明らかであろう。レーザー電子光の他の優れた特徴としては、1)直線及び円偏光したレーザー光を用いることにより、簡単にスピン偏極した高エネルギー光ビームを得ることができること、2)原子核・素粒子実験にとってバックグランドの源となる低エネルギー(MeV以下)の成分が光ビーム中に極めて少ないこと、3)光ビームの指向性がよく、超前方の測定に適したコンパクトな検出器系が使用できることなどがある。
3.BL33LEPビームライン
レーザー電子光を発生させるためには、電子ビームとレーザー光を衝突させる必要がある。BL33LEPビームラインでは、33B1及び33B2偏向電磁石の間の直線部において、電子ビームとレーザー光とを正面衝突させている。レーザー電子光ビームの方向は電子ビームの方向と殆ど同じであるため、BL33LEPビームラインは直線部の延長線上に位置する。実験ホール内には、図1に示されるように、「レーザーハッチ」と「実験ハッチ」と呼ばれる二つの光学ハッチが設置されている。レーザーハッチ内には、レーザー発振器とレーザー光学系に加え、荷電粒子を取り除くための磁石(スイープマグネット)と可動式ガンマストッパーが収納されている。スイープマグネットは、主にレーザー電子光ビーム中の電子・陽電子バックグランドを取り除くために置かれている。又、可動式ガンマストッパーは、下流の実験ハッチにビームを通すことなくビーム調整をするために設置されている。
図1 BL33LEPレーザー電子光ビームライン
図2は、クォーク核分光装置と呼ばれる実験装置で、これらの幾つかは、既に実験ハッチ内に配置されている。クォーク核分光装置は、双極電磁石、シリコンストリップ検出器、ドリフトチェンバー、飛行時間測定(TOF)装置などで構成されており、2GeVまでのπ中間子とK中間子を分離し、それらの運動量を1%の精度で測定することができる。
図2 クォーク核分光装置
レーザー電子光のエネルギーと方向の間には対応関係がある。しかしながら、実験に使われる1GeV以上の光は超前方領域に集中するので、方向とエネルギーの対応関係を用いてレーザー電子光のエネルギーを決定することは事実上不可能である。そのため、レーザー電子光のエネルギーは、レーザー光に散乱された反跳電子のエネルギーを測定することによって求める。反跳電子のエネルギーは、33B2偏向電磁石の下流に設置されたタギング検出器で測定する。この測定のエネルギー分解能(半値幅)は、30MeVである。
4.世界最高エネルギーのレーザー電子光
実験では、まずレーザーの出力を絞り、強度の弱いレーザー電子光を発生させた。全吸収型のガンマ線検出器で、一つ一つの光子の持つエネルギーを測定することにより、レーザー電子光の特徴である鞍型のエネルギー分布を確認した(図3)。次に、レーザーの出力を最大の5Wに上げ、レーザー電子光の強度が毎秒1.5×106 個に達していることを確認した。このことは、レーザー光との衝突によりエネルギーを失い、通常の周回軌道を外れた反跳電子の個数を計測することによってわかった。今回のレーザー電子光ビーム発生実験は、レーザーハッチ内のガンマストッパーでビームを止めて行なわれた。尚、実験と同時に、安全管理室と共同して、レーザーハッチ外への漏洩放射線の測定が行われたが、全く問題はなかった。
図3 レーザー電子光エネルギー強度分布
5.今後の課題と予定
今回得られたレーザー電子光の強度は、目標としている強度(0.5〜1×107 )の数分の1である。又、強度の絶対値の不足の他にも、強度のふらつき、減衰等、時間的な安定性にも問題があった。これらの問題点については、現在その原因の追求と解決方法の模索が精力的に行なわれている。夏期シャットダウン中に、レーザー光学系の改造を行ない、まずは強度を倍に増やすことを目指している。
タギング検出器については、X線バックグランドを減らすために、シールドを強化する。又、検出効率を改善するための若干の改造も、この夏期シャットダウン中に行なう予定である。
クォーク核分光装置の組み立ても、現在精力的に行なわれている。この検出器系を用いた本格的な核物理研究は、平成11年10月にスタートする予定である。研究の目的は、核子及びその多体系である原子核をより基本的な粒子であるクォーク・グルーオン多体系として理解することである。レーザー電子光ビームを原子核標的に照射すると、いろいろな中間子(クォークと反クォークの対で構成される粒子)が飛び出てくる。これらの中間子放出の様子を精密に研究することにより、物質中のクォークとグルーオンのふるまいを解き明かす。超ミクロ(10兆分の1cm)の世界であるクォーク系核物理の研究には、その世界の長さに対応する波長(20兆分の1cm)のレーザー電子光ビームが非常に有効である。超ミクロな階層からの原子核の理解は、その基礎となっている素粒子物理の解明につながるばかりではなく、超マクロの宇宙の構造、天体現象の理解を助け、宇宙誕生と進化のシナリオにその基礎を与えることができる。このほかにも、核物理研究と平行して、レーザー電子光の方向とエネルギーを精密に測定することにより、蓄積電子ビームの軌道情報の解析も行なう。又将来は、より波長の短いレーザーを使うことにより、最高エネルギーが3GeVを超えるレーザー電子光ビームを発生させる予定である。
中野 貴志 NAKANO Takashi
LEPS Collaborationリーダー
大阪大学 核物理研究センター
〒567-0047 大阪府茨木市美穂ヶ丘10-1
TEL:06-6879-8938 FAX:06-6879-8899
e-mail:nakano@rcnp.osaka-u.ac.jp
大橋 裕二 OHASHI Yuji
BL33LEPビームライン担当者
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0891 FAX:0791-58-0850
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