Volume 04, No.5 Pages 4 - 8
1. ハイライト/HIGHLIGHT
原研X線ビームライン(BL14B1、BL11XU)の現状
Present Status of JAERI X-ray Beamline BL14B1, BL11XU
日本原子力研究所 関西研究所 放射光利用研究部 Department of Synchrotron Radiation Research, Kansai Research Establishment, JAERI
1.はじめに
日本原子力研究所(原研)では放射光利用研究部を中心にSPring-8におけるビームライン建設と、それらを用いた利用研究を推進している。すでに3本の原研専用ビームラインをSPring-8に建設している。各ビームラインの仕様と付帯する主な実験装置を示したのが表1である。広い研究分野をカバーするためにビームラインの仕様もそれぞれに異なる。ちなみにSPring-8に本拠をおく原研・放射光利用研究部の構成は、ビームラインの建設・維持管理を主に担当する利用系開発グループの他に、極限環境物性、構造物性、表面化学、重元素科学、電子物性の5つの研究グループを含む。
表1 原研ビームラインの概要
3本のビームラインについてはこれまでにも建設状況を逐次報告してきたが[1]〜[4]、本稿ではこのうち材料研究用のX線ビームライン BL14B1及びBL11XUについて改めて現状を紹介する。ただし内容はあくまでもビームライン本体に限り、利用研究に関する現状や成果については、いずれ各研究者から詳細を報告することにしたい。
2.BL14B1の現状
前回[3]報告したように、BL14B1は平成10年3月より本格的な利用運転を開始している。ビームライン自体の調整・性能向上を目指したビームタイムも随時設けているが、そのうち特に二結晶分光器に関するいくつかの調整試験と全反射ミラーのインストールがこれまでの主な作業である。これらの光学機器はSPring-8標準仕様に準拠したものであるが、完全に自分たちで使いこなすまでにはいくつかの試行錯誤があった。本稿ではその詳細をすべて記することはできないので、概略だけを紹介したい。
2-1.二結晶分光器の調整試験
2-1-1.結晶振動の除去
BL14B1運転開始直後から単色X線ビームの強度が時間とともに揺らいでいるのが観測された。これは全反射ミラーのインストール前からの現象であり、また白色ビームに対しては観測されなかったことから、分光結晶もしくはそのホルダーが振動している疑いが持たれた。もしそうだとすれば分光器第1結晶の冷却水の影響が考えられる。この予想は結果的に正しく、我々は次のような処置を行い、この振動を段階的に除去することに成功した。
(1)冷却水流の流量調整
振動源が何であるかはともかく、冷却水がその振動を伝えるなら流量をできるだけ少なく最適化することで影響を軽減できそうである。第1結晶への流路と並行な流路となるバイパス配管を設け、このバイパスにも流量調整用のバルブを取り付けることで結晶への流量調整が容易になった。BL14B1では他のビームラインと異なり、分光結晶を流れる冷却水流量をインターロック系で監視している。このためバイパス流量の調整ミスで、冷却水循環装置が動いているのに実際には結晶に水が流れていないといった事態を防ぐことができる。
(2)アキュムレータの挿入
振動源の一つは冷却水循環装置のポンプ自体による脈動である。これに対処するため結晶への流路にアキュムレータ(日本アキュムレータ株式会社製)を入れ、この脈動が吸収されるようにした。
(3)分光器チャンバー内の配管の取り替え
当初分光器真空チャンバー内の冷却水の取り回しにはSUS製フレキシブルチューブを用いていたが、この蛇腹の内面の凹凸が乱流を発生させるようである。そこで柔軟性はあるが凹凸のない非金属素材のチューブに交換し乱流の発生を防いだ。現在では次に述べる新しく設計した第1分光結晶と組み合わせて用いた場合、強度変動は約50秒程の周期を持ち0.2%まで軽減されており、ホワイトノイズはほぼ完全に除去された。残った変動成分については、冷却水循環装置の水温のインバータ制御に伴う結晶ホルダー及びその周辺の温度変化が、熱膨張・収縮となって結晶を動かすのであろうと推測している。
ただし非金属製品を用いると放射線による劣化の問題が生じる。現在はスーパーフレックスチューブ(商品名)やウレタンチューブ、ビニールチューブなど何種類かの材質の異なるチューブを交互に用いており、放射線損傷の最も少ないものを見極めようとしている。
2-1-2.新型冷却結晶の製作と性能試験
これまで二結晶分光器の第1結晶には、間接冷却方式の平板結晶と直接冷却方式であるフィンク−リング方式のものを用いてきた。間接冷却方式では結晶自体の加工歪は少ないが、100mA運転時の熱負荷で生じる歪は避けられない。フィンク−リング用の結晶は加工時に歪が入りやすく、また水冷結晶ホルダーへの取り付けの際シーリングにOリングを用いるため、これが放射線損傷によって劣化し真空漏れを起こしやすい。
そこで偏向電磁石ビームラインにおける新型分光結晶の開発を、BL14B1を利用して独自に行っている。現在有力なのは御椀型(図1)の直接冷却結晶で、形状がシンプルであるだけに加工時や取り扱いの際に結晶に歪をつける心配が少ない。またホルダーとの間のシーリングにはInシートを用いるので、放射線の影響による真空漏れは生じない。実際に1mA運転時と100mA運転時とでロッキングカーブを比較すると、リング電流値の増加による半値幅の広がりは約2倍程度にとどまっている。
図1 新型直接水冷結晶の外形
2-2.全反射ミラーのインストールと立ち上げ
全反射ミラーの製作が遅れたこと、ミラーを使用しない実験にビームタイムの優先順位が与えられていたことから、実際にミラーをインストールし調整を開始したのは本年の4月であった。これも特定のglancing angleに対してミラーによるコリメートと集光を確認しただけで、反射率のエネルギー依存性などいくつかの定番のデータは取り終えていない。これらは今後の課題だが、とにもかくにもXAFSなどの実験においてミラーの使用を開始している。
3.BL11XUの概要と建設の現状
3-1. ビームラインの概要
本ビームラインは、SPring-8標準型アンジュレータビームラインに準じたビームラインである。高輝度X線を利用するために挿入光源として真空封止型X線アンジュレータを採用した。
基幹チャンネルもSPring-8標準仕様に準じた構成となっているが、基幹チャンネル機器の研究開発項目の一つとして、FCS(高速シャッター)の上流にX線光位置モニターを設置している点が異なる。
実験ホールにおける光学ハッチ及び実験ハッチの全景を図2に示す。光学ハッチに続く3つの実験ハッチはタンデムに配置されタイムシェアにてそれぞれを使い分ける。このためハッチの全長は37mとなった。BL11XUの輸送チャンネルの特徴として、将来の光学系の改造・拡張を可能にするために、二結晶分光器の前後2ヶ所に汎用スペースを設けている。現在ここに設置する新たな機器として考えているのは、
①集光用または高調波成分除去用の全反射ミラー
②比較的低エネルギーのX線を使用するためにBe窓を廃止した場合、基幹チャンネル側の超高真空を保護するための差動排気装置
③挿入光源の評価試験のため結晶分光器上流でアンジュレータからのダイレクト光を観測するための検出器
などである。ただしこれらは現時点ではまだ具体的な実施予定はない。
図2 BL11XU概観
また光学ハッチでは散乱X線による放射線損傷を避けるために、これまでプラスチック系素材で作られていた要素(各種配管やベアリング関連など)を極力耐放射線性素材や金属製品に換えるようにした。
3-2.ビームライン建設と現状
BL11XUの建設は、1996年から始まった。利用研究計画がまとまり、基幹チャンネルの設計と製作とをこの年に行った。1997年にはフロントエンドの設置と調整を行い、並行して挿入光源の設計と製作、ハッチ及び輸送部の設計を開始した。1998年に実験ホールでの建設作業が始まり、ハッチ及びユーティリティー、輸送部の設置、インターロック・制御系の製作を行った。BL11XUでは蓄積リング運転中に実験ホールでのビームライン建設を進めるために、建設作業にかかる振動や粉塵を抑えるよう配慮を行った。その後若干の修正を行い、1998年10月31日迄に建設作業をほぼ終了した。
ビームラインの使用前検査を同年10月19日、20日に行い、22日よりビームラインコミッショニングを開始した。図3にBL11XUでの最初の放射光の影像を示す。これは基幹チャンネルに設置したスクリーンモニターに放射光を照射し、その発光をCCDカメラで撮影したものである。スクリーンモニターのほぼ中央に放射光があり、ビームラインの設置が予定通りの精度で行われたことが確認できた。その後、結晶分光器の調整を行いながら光学ハッチ及び実験ハッチの放射線漏洩検査を受け、11月17日に検査が終了した。幸いにも1回目の放射線漏洩検査で有意な漏洩箇所が1ヶ所も無かったが、これはSPring-8ビームラインでは初めてのケースであった。
図3 BL11Xのファーストビーム
放射線漏洩検査終了後、分光器の調整とビームラインとしての基本的な性能評価、実験装置の設置・立ち上げを行っている。
3-3.実験装置の立ち上げ状況
各実験ハッチの中に置かれる実験装置のほとんどは、現在オフラインでの調整を行っており、順次実験ハッチに設置する予定である。これらの詳細は別の機会に報告したい。
これらの実験装置のうちで非弾性核共鳴散乱法を利用した物性研究のための装置の調整と立ち上げ作業が最も先行している。図4に実験ハッチ1に設置された核共鳴散乱用ゴニオメーターシステムを示す。光学ベンチ上のビーム上流側に見える箱型の装置が真空封止型鉄専用X線超単色化装置である。
図4 核共鳴散乱用ゴニオメーターシステム(BL11XU)
1999年2月以降のマシンタイムでこの核共鳴散乱用装置の立ち上げを行った。現在、3meV程度のエネルギー分解能を持つ非弾性散乱、小角散乱実験、時間スペクトル測定が可能になっている。応用実験として、鉄化合物の相転移等に関する非弾性散乱実験を行った結果、SPring-8の高エネルギーX線を利用して、Sb(〜37keV)等の数種類のメスバウアー核の核共鳴励起に成功した。
4.将来計画
原研所内・部内の研究計画(予算計画も含めて)に基づいてこれまで3本の専用ビームラインを優先順位に従って順次建設してきたが、非密封放射性試料や超ウラン元素化合物に対してX線領域の放射光利用ができるビームラインが必要との考えは当初からあった。これは言ってみればRI棟に引き込まれた軟X線ビームラインBL23SUの研究領域を補完するものである。
原研はすでにKEK-PF(つくば市)において非密封放射性試料に対応できるビームラインBL27を建設しており、現在も順調に利用実験を継続している。こちらは偏向電磁石を光源とし、軟X線領域とX線領域の2本の分岐ラインを持つが、特にX線領域の利用については最近XAFSを中心にいくつかの成果が出ている[5]〜[7]。このような実績を踏まえてSPring-8のRI棟にX線アンジュレータ・ビームラインを引き込みたいとの所内の声が強まり、現在基本設計が始まりつつある。
この原研4本目計画をさらに強く後押しするのは、原研研究者の慢性的なビームタイム不足という事情である。BL11XUがこれから本格的に運転されるとはいえ、SPring-8にある研究グループの活動を維持するだけでも、3本のビームラインではどうしても十分ではない。従って4本目設計の基本的な方向は、原研東海研を中心に存在するRI棟内での放射光利用を切望する所内研究グループと、先行する3ビームラインでの実験の一部を4本目のビームラインのリング棟実験ホールで展開可能な播磨在住の研究グループの、双方の要求するビームライン仕様を調和させ実現することである。もちろんRI棟へ導入できるビームラインは3本までであるから、貴重な資源の有効利用といった点からも外部利用者の意見も可能な限り取り込む必要がある。これらをどのように具体化するかは現時点ではまったく白紙の状態である。
参考文献
[1]横谷明徳、他:SPring-8利用者情報 Vol.2,No.1,January,30-35,(1997)
[2]小西啓之、他:SPring-8利用者情報 Vol.2,No.4,July, 20-23,(1998)
[3]小西啓之:SPring-8利用者情報 Vol.3, No.3,May,13-15,(1998)
[4]塩飽秀啓、他:SPring-8利用者情報 Vol.3,No.6,November,29-33,(1998)
[5]赤堀光雄、他:「EXAFS/XANESによるウラン金属間化合物の局所構造(1)−(U, Zr)Pd3」、日本原子力学会1995年秋の年会
[6]磯部博志、他:「蛍光EXAFS法によるウラン鉱物の状態分析」、日本鉱物学会年会(1998)
[7]T.Yaita,H.Narita,S.Suzuki,S.Tachimori,H.Shiwaku and H.Motohashi : J.Alloys and Compounds 271-273,184-188,(1998)
小西 啓之 KONISHI Hiroyuki
日本原子力研究所 関西研究所 放射光利用研究部
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2718 FAX:0791-58-2740
e-mail:konishi@spring8.or.jp
塩飽 秀啓 SHIWAKU Hideaki
日本原子力研究所 関西研究所 放射光利用研究部
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-2701 FAX:0791-58-2740
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