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Volume 04, No.4 Pages 46 - 48

6. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第17回ICFA Beam Dynamics Workshop on Future Light Sources (WFLS) に参加して(その2)
Report of the 17th ICFA Beam Dynamics Workshop on Future Light Sources (Part-2)

北村 英男 KITAMURA Hideo

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門 JASRI Beamline Division、理化学研究所・播磨研究所 RIKEN Harima Institute

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 今回のWFLSには会議主催者側(K-J.Kim,J.Galayda)からの再三にわたる強い参加要請があった。当初は計3回の講演コマ数(総合講演1回、グループ報告2回)の依頼がその理由と理解していたのであるが、会期後半になって彼等の真の狙いが明らかになった(後述)。WFLSの主たる目的は明らかに第4世代放射光源の実現である。にもかかわらず純然たる挿入光源技術のお話しか期待できないこの私になぜ講演依頼があったのか。これも当初は理解できなかった。これがために用意した講演内容はプロパガンダ色の強い必要以上に刺激的なものになってしまい、少なからず物議を醸しだしたようである(田中 均氏の報告参照)。言い訳を述べさせていただくと以下の歴史的背景があったのである。
 ご存知のように真空封止型アンジュレータを設置しているのは唯一の例外を除けば日本だけである。その例外もSPring-8と共同で開発した米国NSLSのミニギャップアンジュレータである。つまり、海外には独自で真空封止アンジュレータを完成させた事例はひとつもないのである。SPring-8にこの技術の導入を計画したのは1993年のことであったが、このときの関連施設の反応は実に冷ややかであった。ESRFのP.Elleaumeは「そんなリスキーなアンジュレータはとても採用できない」、APSのShenoyは「俺たちはあなたがたの結果を見てから考えるよ」と言っていた。つまり相手にされなかったのである。世界視野で見れば依然として真空封止型アンジュレータはローカルでマイナーな技術であるかもしれないと思いこんでいたのである。ところが会議の流れを見ていると以上の私の判断は全く的外れであったことが明らかになった。各個別グループのまとめ報告には必ず真空封止アンジュレータが取り上げられており、第4世代放射光源に必要なメジャーな道具として検討の対象になっていたのである。やはり、SPring-8において大規模に真空封止型を成功させたという事実、NSLSのアンジュレータがギャップ3mmの定常運転を成功させているという事実は動かしがたいのである。
 私が参加したグループは挿入光源技術に関するものである。他の施設の主たる参加者はElleaume(ESRF), Gluskin(APS), Ingold(SLS-Swiss), Diviaccio(ELETTRA), Hwang(SRRC),  Schlueter(ALS), K-J.Kim(APS), Rakowsky (NSLS), S.Sasaki(BESSY)そしてchairをつとめたのがBESSYのBahrdtであった。このグループで議論された主たるテーマは三つ、長尺アンジュレータ(SASE用)、偏光アンジュレータ、そして真空封止アンジュレータの技術である。以下にその内容を紹介する。

(1)長尺アンジュレータ
 SASE-FELに使用する長尺アンジュレータ(50〜100m)の技術的問題点について議論がなされた。長尺化するためにはセグメント化(2〜2.5m)は必須であるがセグメント間に数mmの隙間ができてしまう。これによって生ずるphase errorを最小にするアイデアがElleaumeによって示された。しかし、真空外型を採用する限り真空槽接続のための真空フランジが必ず必要となる。この場合、隙間は数mmどころか数cmになってしまい、Elleaumeのアイデアは破綻してしまう。私見であるが真空封止型を採用すれば各セグメントの磁石列を密着させることができるのでこの種のphase errorの心配は皆無となるはずである。
 長尺アンジュレータ内の電子ビームサイズを小さくするためには適度のビーム収束が必要である。これを行うためにアンジュレータ磁石列に4極成分を与える方法が採用されている(SLAC, TESLA)。しかしながら、これが成功するのは磁石ギャップ固定型が前提の線型加速器ビームの場合に限定されるであろう。多くのユーザーが利用している蓄積リングでの採用は慎重であるべきである。というのは、放射波長を選択するために長尺アンジュレータのギャップを変えなければならない。その結果、収束力が変化しビームパラメータが変わり全ビームラインの放射光の性質が変化してしまうからである。
 一昔前のアイデアの焼き直しであるがK-J.Kimの話は興味深いものであった。長尺水平アンジュレータの後ろにdispersive section(3極マグネット)と垂直アンジュレータを置くと水平偏光のSASEと垂直偏光のコヒーレント放射光が干渉して円偏光SASEが得られるとのこと。しかも左右円偏光の高速スイッチングが可能である。

(2)偏光アンジュレータ
 ここで発表された偏光アンジュレータは2列型磁気回路のApple−Ⅱ型ヘリカルアンジュレータ(ALS,ELLETRA,BESSY-Ⅱ,SLS,SRRCが採用)そしてSPring-8の垂直アンジュレータ、Figure-8アンジュレータ、3列型磁気回路のヘリカルアンジュレータ(SPring-8以外ではUVSORとHISORが採用)である。また、種々の左右円偏光高速スイッチング方式が発表された。BESSY-ⅡはESRFと同様のchicane方式、SLSでは平行な2ビームを2台のヘリカルアンジュレータから得る方法を採用するそうである。しかし、いずれにせよ電子ビームの偏向は静的であり、スイッチングはビームラインに設置したチョッパーを使用する。以上の方式の欠点は左右の円偏光が光学的に異なる経路を通ることである。左右円偏光に対する物質の応答差分を抽出する際には光学的経路の違いがノイズとなってしまう。これに対しSPring-8では5つのキッカーマグネットを使用して電子ビームをダイナミックに偏向することによって同一の光軸上において左右の円偏光が切り替わる方式を採用しようとしている。光学的経路が同一なので純粋に近い円偏光応答の差分が得られるはずである。 
 
(3)真空封止アンジュレータ
 本当のテーマ名は「短周期アンジュレータと真空封止アンジュレータ」である。しかしながら、極端に薄い真空ダクトを使うAPSのコンセプトについては話題にされなかった。したがって、事実上真空封止型だけが取り上げられたものと言って良い。こうなれば我々の天下である。会議は筆者の報告から始まった。SPring-8における真空封止型の経験(重要なノウハウを含む)ばかりでなくさらに進化した真空封止リボルバーアンジュレータ、真空封止型のヘリカルアンジュレータやウィグラー、そして25m長の真空封止アンジュレータの建設について報告を行った。この講演の後ESRFの若手加速器研究者(Weinrich、ドイツ人)がやってきてため息混じりにこういった。「我々はあなたがたにとても及ばない」。
 引き続き、ESRFの真空封止アンジュレータの実施報告があった。報告者(Elleaume)が自ら認めているようにこれはSPring-8型のデッドコピーである。それでも侮れないのは蓄積リングのデザインが狭いギャップに適合しておりギャップ5mmにおいてもビーム寿命の劣化がないことである。これに対しSPring-8では8mmのギャップですでにビーム寿命の劣化が見えている。
 SLSのアンジュレータの計画についてはIngoldが報告している。ビームエネルギーが高々2.5GeVという光源リングであるが、真空封止型を導入することによってギャップ4mmを実現しX線領域の高輝度光を得るというものである。周期長は若干長めの17mmであるが第11次の高調波によって17keVまでの高輝度X線を得ようとするものである。この場合問題になるのは磁場のエラーである。特にphase errorは高調波輝度を極端に劣化させるので慎重な磁場調整とアンジュレータ機械精度が必要となる。
 SLSの方向は新しい第3世代放射光源の出現を示唆するものである。決して第4世代の革新性には及ばないがX線領域のレーザー光が実現するのは恐らく四半世紀後のことであろう。この間を埋めるコンセプトが必要なのである。ローコストで巨大放射光施設に匹敵する性能が得られるのは魅力的である。したがって、瞬く間にこのコンセプトは世界中に広まっていくに違いない。ただし、SLSのコンセプトをじっくり分析してみると真空封止型のメリットについて完全な理解をしているとは思えない部分が見受けられる。真空封止型の導入と同時に極薄真空ダクト型挿入光源も考慮中とのこと。前述したようにこれはAPSの方向と同一のものである。
 私見であるがAPSが苦しんでいる原因を敢えて指摘すれば全てこの薄型ダクト(内部高さ8mm)であるといえよう。この狭さのおかげで加速器の十分な調整がたいへん難しくなってしまうのである。一方、真空封止型の場合はギャップを拡げることによって加速器調整運転に必要な十分な高さを確保することができる。これは以外と知られていない真空封止型のもう一つの重要なメリットである。余談であるがAPSがトップアップ運転(電子ビームの連続入射)を採用せざるを得ない状況に追いやったのはこの薄型ダクトの存在であると断言できる。なぜならAPSのビーム寿命はわずか20時間でESRFやSPring-8の70時間に比べて著しく短い。APSスタッフの言によるとこの短さは全てTouschek効果によるとのこと。しかし、ESRFよりもビームエネルギーが高くかつエミッタンスカップリングが大きいのである。したがってAPSのTouschek寿命が100時間を超えていても不思議ではない。勘ぐればAPSにおけるビーム寿命の短さの主たる原因は狭い真空ダクトによるクーロン損失ではなかろうか。
 以上において挿入光源グループにおいて議論された内容のごく一部分をお伝えした。最後にこの報告の冒頭でお話しした「会議主催者側の真の狙い」をお伝えしたい。このワークショップは前回がESRF、今回がAPSで行われた。となると次回はSPring-8ということになる。このことはある程度は予測されていたが、会議3日目にK-J.Kimがやってきて「次回(2002年)はSPring-8で引き受けてくれないであろうか」と打診されてしまった。Kimには「最終的には上坪所長が決定するがたぶんOKである」と伝えた。ところがその夜のBanquetでKimが挨拶の締めくくりに「次はたぶん日本」と言ってしまったのである。参加者全員が私の方を見ていた。さらに最終日の4日目、Galaydaがclosingを「次は姫路?」というOHPで締めくくったのである。帰国後、上坪所長からgo signが得られたので胸をなで下ろしたが3年後にはそれなりの成果でもって迎え撃つ必要がある。

北村 英男 KITAMURA  Hideo
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 ビームライン部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0831 FAX:0791-58-0830
e-mail:kitamura@sp8sun.spring8.or.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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