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Volume 04, No.4 Pages 23 - 27

4. 原研・理研・R&Dビームライン/JAERI・RIKEN・R&D BEAMLINE

BL29XUの試運転状況
Current Status of RIKEN BL29XU

玉作 賢治 TAMASAKU Kenji

理化学研究所 X線干渉光学研究室 The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)

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1.はじめに
 BL29XUは理化学研究所専用ビームラインとして、構造生物系のBL45XUとBL44B2についで建設された3本目のもので物理科学系の初めの1本である。本ビームラインはX線領域での可干渉放射光利用を目的としている。現在は特にX線の可干渉性に関する基板技術開発研究とレーザーとX線の非線形光学の2つを柱に据えつつ、SPring-8での今後のビームライン建設にとって重要な先端技術開発も行っている。
 光源から60mまでの第1段階の建設が昨年12月に終了し、現在は試験調整を兼ねた研究開発が行われている。一方、60m以降の長尺部分は4月より測量が始まり本年度中に完成させるべく急ピッチで建設が行われている。本稿では、主に現在稼動中の部分に関してビームラインの説明およびこれまでに行われた幾つかの研究開発の概要を簡単に紹介したい。

2.ビームライン構成
 本ビームラインの挿入光源は標準型の真空封止アンジュレータである。周期長3.2cm、周期数140、ギャップ可動範囲8(現在は9.6)〜50mmで、1次光だけで4.5(現在は5.6)〜19keVをカバーする。挿入光源は蓄積リングのhigh-βセクションである29セルに設置されており、横角度発散の少ないビームを利用できる(縦方向は電子ビームの発散が十分小さいため挿入光源によって決められる)。挿入光源から放射される最大パワー12.9kWのビームは、フロントエンド部の前置スリット、グラファイトフィルター、フロントエンドスリットを通して、実験ホール内に立てられた光学ハッチに導かれる。テーパー状のフロントエンドスリットは、その最後部にブレードが取り付けられておりビームを真四角に切出すことが出来るよう従来型に比べて改善されている。ビームの位置は、挿入光源のrf-BPMとフロントエンド部のxBPMによりリアルタイムに測定することができ、またフロントエンドスリットとその後ろに置かれた強度モニターによりスキャンして求めることが可能である。
 光学ハッチは厚さ15〜20mmの鉛で遮蔽されており、その中にさらに5〜30mm厚の鉛で局所遮蔽された標準型2結晶分光器が設置されている。この分光器はBragg角3〜27°をスキャンでき、Si111面で4.4〜37.8keVまでをカバーする。通常はピンポスト直接水冷却インクラインド結晶を用いた傾斜配置をとっているが、挿入光源の強力な放射光を受けるために必要に応じて照射角が一定になる回転傾斜配置をとることが出来る。分光器は4世代目(SSM-4型)になっており、初期型に比べて主要な軸に調整用の指標が取り付けられていたり、パルスモータ駆動軸が2増1減の16軸、分光器の並進軸が追加となるなど、使い勝手が改善されている。また将来研究上の理由により分光結晶の液体窒素間接冷却を行う可能性があるため、分光器は液体窒素冷却対応となっている。本ビームラインは隣にB2ビームラインがあり、光軸と壁の距離が十分にとれず、分光器は光源から遠く43mの所に設置されている。このためビーム位置に関する条件は、他の挿入光源ビームライン(37m)に比べてやや厳しくなる。
 光学ハッチに隣接して建てられた実験ハッチは、光軸方向に5m、幅3m、高さ3.3mと比較的小型のものである。実験ホールに排熱しないように水冷チラーを用いた空調器でハッチ内の温度コントロールがされている。現時点の温度安定度は目的温度に対して±0.1°である。装置全体を断熱材で覆うことにより、温度安定度をさらに1桁上げる予定でいる。実験ハッチ内にはX線回折散乱用のゴニオメーターを載せる2×1.5m2の定盤とレーザー用の1.5×1m2の定盤を設置できる。X線回折散乱用のゴニオメーターやステージは大小様々な種類のもの(θゴニオメーター、共軸ゴニオメーター、2軸θゴニオメーター、χφω−2θ回折計、φゴニオメーター、スイベルステージ、XYZステージ)が用意されている。これらの内最も角度分解能の良いものは1arcsec/ 400pulse(half step時)であり、それに見合う優れた安定性を持っている。
 実験ハッチ横には、Class4の高出力レーザーを設置したレーザーブースが建てられており、そこからビームダクトを通じて実験ハッチ内にレーザーを導くことができる。ブース内のモードロックレーザーからはパルス幅1psでくり返し周波数が1kHzのパルス光が出力され、そのピークパワーは0.7mJ/pulseに及ぶ。また必要に応じて波長を赤外から紫外領域で変えることができる。蓄積リングを周回する幅約40ps電子ビームとパルスレーザーのタイミングをとるために、特にジッターの少ない高精度ケーブルでRF信号が引かれている。
 実験ハッチの後ろには、長尺部接続のため光軸上に高さ1430mmと2430mmに貫通部が開けられている。2本のパイプは真空に排気され1km先の長尺実験棟内の実験ハッチまでX線を輸送する。下段のビームパイプは分光器からの光が直接入る恐れがあるため遮蔽の必要があるが、実験ハッチ出口に直径8.6mmの鉛アパーチャーを置くことにより1kmの長さの遮蔽を不要のものとしている。
 現在実験ハッチまわりの測定機器の制御はUnix(Linux)またはWindowsマシンから自家製のソフトによりGPIB,RS232C経由で直接機器を操作して行っている。今後1km離れた実験ハッチ間で機器の制御を行わなければならないことを想定して、SPring-8の制御システム(VMEシステムを経由してネットワーク越しに制御する)と同等のものを導入する予定である。これにより本ビームラインでは、挿入光源、標準分光器から実験ハッチ内のゴニオメーター、検出器まですべて同じ制御系に載り統一的に操作されることになる。 
 
 
 
長尺実験棟予定地よりリング棟を望む。リング棟左端より画面中央に向かって1kmのビームラインがのびる。現在は狸と鹿の土地。 
 
3.主な試験調整内容の概略
 挿入光源用標準型分光器は調整軸が18軸存在し、そのうち多くの軸が独立でないため調整が極めて困難である。前述のように、SSM−4型分光器には幾つかの改善を行っており、初めの1サイクルは主に山崎氏(JASRI)による分光器の調整と調整方法の確立に当てられた。この結果、分光器の主要な調整軸に取り付けられた指標により、オフラインの調整が格段に容易になり、同時に指標が十分に信頼できることが判明した。また新たに追加された分光器全体を光軸に対して水平移動させる軸(X軸)により、ビーム位置に対して分光器を合わせる作業が容易になっている。本ビームラインでは分光器用結晶評価や光源のコヒーレンスに関る実験などで、新型ピンポスト冷却結晶、インクラインド直接冷却結晶、旧型ピンポスト冷却結晶、直接冷却平板結晶などといった具合に立ち上げ後半年間で既に8回の結晶交換と分光器調整を行っている。このため新型分光器の調整の容易さはマシンタイムの有効利用に大いに役立っている。現在の分光器調整レベルは非常に高い。定位置出射は本ビームラインでの実験では問題にならない範囲である。2結晶の平行度も高く、分光器をスキャンして光を見失うことはない。分光器の表示するエネルギーと実際のものとのズレも10eV程度であり、傾斜配置から回転傾斜配置に切り替えてもエネルギーが変わることはない。
 標準分光器用ピンポスト冷却結晶の開発に伴って、本ビームラインで分光器に装着して実地試験が行われている。実際に分光器内に入れて挿入光源の強力な光を当てることにより性能、実用上の問題点そして改善すべき箇所などのデータをとることができる。これまで使用されてきた旧タイプのピンポスト冷却結晶は接合歪みや熱負荷の問題が有り、ロッキングカーブ幅が理想的な場合に比べてかなり広く、条件によってはシングルピークにならないこともあり使いづらかった。1例として熱負荷による影響を測定したデータを示す(図1)。熱による結晶の歪みを見るために、Bragg角が6.5°で挿入光源の1次光と3次光のピークになるような2つのギャップ値、10.06mmと27.4mmでの分光器後のビームプロファイルを測定した。測定時の蓄積電流70mAでの第一結晶の負荷は、挿入光源のギャップが10.06mmで光源のパワー密度が290kw/mrad2、また27.4mmで28kw/mrad2と10倍程度の違いが予想される。ビームプロファイルは熱負荷によって変化し、負荷の高い方が横方向に2倍程度広がったビームが通って来ている。旧タイプの不具合の原因は水路とピンポストのデザインによるもの考えられており、この点を改善した新タイプの結晶の評価・比較が現在行われている。 
 
 
  
図1 熱負荷によるビームプロファイルの変化。左は挿入光源のギャップが10.06mm時の3次光で測定。右はギャップ27.4mmの1次光にて測定。分光器のBragg角は6.5°に固定。 
 
 一般に挿入光源ビームラインでは、強度の強い所や偏光度のよい所を使う必要があるのでX線の芯を捉えることが特に重要である。特にBL29XUは1 km先の実験ハッチまでビームを通す必要があるため、ビームの位置や角度に関して通常ビームライン以上に敏感でなければならない。普通、ビームの芯を調べるために分光後の強度をモニターしながらフロントエンドスリットのスキャンを行う方法がとられるが、スリット位置を大きく振ると分光結晶に光のあたる場所が変わり強度の変化の原因が特定できないという問題がある。幸いにしてこのような目的のために、フロントエンドスリットと分光器の間に設置された強度モニターを利用することができる。ところがこの強度モニターはこれまで低いエネルギーに感度のあるグラファイトを使用しており、硬X線領域用挿入光源では十分に能力を発揮できなかった。そこでより高いエネルギーを見るようにグラファイトを金箔に替えてその効果を調べる実験が大浦氏(理研)により行われた。その結果0.1mm以内という十分な精度で芯出しが行えることが判明した(図2)。以前と異なり現在では中期的な電子ビームの軌道の変化は、加速器側でフィードバックをかけて取り除いている。このためサイクル内でビーム位置が動くことはほぼなくなったが、サイクル間では多少動くことがあり今でも現場での定点観測が必要である。SPring-8では挿入光源の上流と下流に取り付けられたrfBPMにより、電子ビームの位置がデータベース経由でリアルタイムに見ることができる。図3に示したのはrfBPMのデータから予想される縦方向の角度変化を1998年12月1日から1999年6月9日までグラフにしたものである。半年間で約5μradの角度変化があり、これは1km先では5mmに相当する。半年間の積み重ねでrfBPMからの予想が、スキャンをして求めたフロントエンドスリットの縦方向の位置と比較的良い一致を示していることが分かって来た。今後はこれらのデータを利用してビーム位置を予測したり、より狭い範囲をスキャンすることで迅速にビーム位置を決定できるものと思われる。 
 
 
 
図2 フロントエンド強度モニターによるビーム位置の測定。強度モニターの素材はグラファイトと金箔。 
 
 
 
図3 rfBPMより求めた角度変化とフロントエンドスリットの縦位置の1998年12月1日からの経時変化。黒点はrfBPMの読みより計算したもの。白丸はフロントエンドスリットの縦位置。 
 
 核共鳴実験などの狭いエネルギー幅のビームが必要な研究のために、高分解能分光器の開発が行われている。矢橋氏(JASRI)により新規設計されたものと改良型の入れ子型高分解能分光器が試験され、改良型で14.4keVで2.9meVの分解能と高いスループットを達成した。同時に実験ハッチに届くフォトンフラックスが測定され、フロントエンドスリット開口が1×1㎜2のときのフラックスは、8×1012 photons /sec(回折面Si111、エネルギー14.4keV、ギャップ19.6mm、蓄積電流70mA)であった。この値は高分解能分光器によって実測されたこの時のフロントエンドスリット開口での標準分光器のエネルギー分解能−2.5eV(14.4keVにて)−を用いて、途中のフロントエンド部と輸送チャンネルの機器によるロスを無視して見積もった期待値〈田中(隆)氏(理研)作SPECTRAによる〉である5×1013 photons/secの20%弱となっている。
 蓄積リングを巡回する電子ビームの状態を、挿入光源の放射光から調べることは、X線光学にとって身近で重要な応用である。これまでにエミッタンスのカップリングを調べる実験と、縦方向の電子ビームサイズを測定する実験が試みられている。
 カップリングを調べるために、挿入光源の強度スペクトル上の3次光の低エネルギー側のディップ(ギャップ11.29mm、エネルギー19.57keV)でSi777面の45°反射を用いて偏光度を測定した。異なる日時に測定された予備的なデータを図4に示す。スペクトル上のディップの位置を見ているので、光の強度は軸上で最も弱くなっており、上下両側に分かれた3次光が見られる。軸に近くなると3次光にとっての軸外成分を観測することになり直線偏光度は悪くなっていき極小をとる。ここでの直線偏光度は電子ビームの縦角度発散と縦サイズに依存し、従ってカップリングに依存することが予想される。直線偏光度に見られる極小が小さいほどカップリングが小さいことが予想される。実験結果からは2月24日の状態に比べて4月9日の状態の方が各挿入光源を含めた蓄積リングの実効的なカップリングが小さいことが予想される。このような測定方法が有効であるかどうか判別するためには、定量的な解析と上下非対称な強度分布と直線偏光度の原因究明が必要である。 
 
 
 
図4 3次光の低エネルギー側のディップでの直線偏光度の縦位置依存性とX線の強度(1点鎖線)。 
 
 電子ビームの縦サイズを調べるために、X線領域でのYoungの干渉実験が山崎氏(JASRI)らによって行われた。可視光では光源から出た光をダブルスリットで回折させることによりスクリーンで重ね合せて干渉縞を観測するが、X線ではスリットによる回折効果は期待できないのでラウエ反射を利用したユニークな干渉計が用いられた。また可視光に比べて格段に波長の短い硬X線での干渉効果を測定するために、本ビームラインの高精度なゴニオメーターが利用された。
 今後夏前までの第7、8サイクルで田中(義)氏(理研)と原氏(理研)によるレーザーパルスとX線パルスの同期に関する基礎的なデータと各機器の性能評価が行われる。

4.まとめ
 ちょうど1年前建設が始まり昨年末にビームラインが使えるようになって半年、各機器の調整や基本性能の測定が進み一部では研究活動が行える所まで来た。立ち上げに伴う試験調整からようやく抜け出しつつある理化学研究所物理科学Iビームラインでは、今後建設される1kmの長尺ビームライン部分と合せて既存の技術の焼き直し的なものではなく第3世代放射光施設の特質を生かした独創的な研究が行われるものと期待している。
 本稿を書くにあたって理化学研究所の石川氏、田中(義)氏、大浦氏、原氏、田中(隆)氏、JASRIの矢橋氏、山崎氏に助言や未発表のデータを頂いたことを感謝する。 
 
玉作 賢治 TAMASAKU  Kenji
理化学研究所 X線干渉光学研究室
〒679-5148 兵庫県佐用郡三日月町光都1-1-1
TEL:0791-58-0831 FAX:0791-58-0830
e-mail:tamasaku@postman.riken.go.jp
略歴:平成8年東京大学大学院工学系研究科物理工学科修了。同年理化学研究所入所。制御ソフト作成とビームライン建設に従事。BL29XU担当者。日本物理学会会員。博士(工学)。
最近の研究:Bragg反射の幾何光学。
趣味:DDR



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794