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Volume 04, No.3 Pages 86 - 87

4. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

XMCDワークショップ(XMCD ’99)報告
Report of Workshop on X-ray Magnetic Circular Dichroism at ESRF

中村 哲也 NAKAMURA Tetsuya

理化学研究所 磁性研究室 Magnetic Materials Laboratory, The Institute of Physical and Chemical Research (RIKEN)

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 ESRFのユーザーズミーティングと4つのワークショップが2月11日〜16日の日程で開かれた。この期間、グルノーブルは50年ぶりの大寒波に見舞われ、初日には数センチの積雪、早朝には連日氷点下10度近くまで冷え込んだ。街を歩いていても周囲の山からの冷たい風が吹きつけ、数分も歩けば靴底が冷え、耳まで痛くなった。テレビはシャモニで起こった大規模な雪崩について連日のように報じていた。
 気象条件には恵まれなかったESRFユーザーズミーティングではあるが、グルノーブル駅に隣接するWorld Trade Centerを会場として盛大に行われた。午前中には、運転状況、ビーム特性、課題申請・採択の状況などESRFの現状が、APSやSPring-8と比較しながら紹介された。午後には最近のトピックスとして3つの講演 「L.Paolasini: Orbital ordering studied by resonant X-ray scattering」, 「E.Garcin: Characterization of metal site in Hydrogenases」,「E.Isaacs: Covalency in ice」 が行われた。
 XMCDワークショップ(XMCD'99)は翌日の12日から2日間の日程でESRFにおいて行われた。このときESRF内ではXMCD'99と平行して「ESRF-ILL Workshop: Frontiers in SAXS and SANS」、「Material Science at the third generation synchrotron radiation facilities」の2つのワークショップが2日間の日程で、また、15日からは「X-Ray Absorption Spectroscopy for Biology using a third generation source」が開かれた。本稿のタイトルにもあるように筆者は主にXMCD'99に参加したのでその感想を述べることにする。
 XMCD'99プログラムの全体は、オーラルプレゼンテーションが23件、ポスタープレゼンテーションが16件の構成で比較的小規模であった。参加者を合計しても約100人といったところであろうか。共通の関心を持つ研究者同志でディスカッションするにはちょうど良い規模であると感じられた。プログラムが欧米に偏っていたのが少し残念であるが、ESRFのユーザーズミーティングということなので仕方ないのかもしれない。日本からはオーラルにおいて小出常晴氏が「Quantitative Determination of Magnetic Moments in Two-Dimensional Nanoscale Magnets and Perovskite Oxides by XMCD Measurements」の論文を発表したほか、3氏がポスターを展示した。
 オーラルセッションでは、軟X線領域のXMCDを用いた実験の発表が大半(14件)を占め、
(1)XMCDの二次元イメージングによる磁区観察、(2)薄膜(おもに多層膜)における磁気光学総和則、(3)XMCDによる元素選択的磁気ヒステリシス測定など、XMCDの磁気工学への活用を意識した応用色の強い発表が目立った。(1)はXMCDの符号が磁化の方向によって逆転することを利用して、磁区パターンをXMCDの符号のコントラストとして観察する実験であり、他の磁区観察法を比べれば特定の元素だけに注目した磁区観察が可能であることが最大の魅力である。(2)は垂直磁気異方性の発現機構や試料薄膜表面・界面の磁性についての研究と関連して軌道磁気モーメントについて議論された。(3)は特定の原子層(元素)に限定した磁気ヒステリシスを測定するものである。会議ではCo/Pd、Fe/Pd多層膜について、Co、FeのXMCD強度の外部磁場依存性を測定した結果などが報告された。また、最近ESRFで試みられた新しい実験として時分割XMCDの結果なども興味深く感じられた。その他、J.GoulonによってNatural Circular Dichroism、G.van der Laan によってMagnetic Linear DichroismのSum ruleが示されるなど、XMCDからは、ちょっと外れた発表も見られた。
 一方、ポスターセッションでは硬X線MCDが半数を占め、オーラルとは対照的な内容となった。硬X線MCDについては、依然として実験で得られたXMCDの理論的解釈と物性との相関など基礎的な事柄に関心が寄せられていた。硬X線MCDの発表がポスターセッションに集中したのは、発表者が時間に余裕を持って意見交換できるポスターを選んだ結果ではないかと思う。ポスターの数が比較的少なく、時間にゆとりをもって全部のポスターを眺めることができたので、今回のポスターセッションには好感が持てた。
 会議の印象としては、まず、XMCDが特に欧州で活発であると感じたことが挙げられる。また、今回の会議に限れば、あらたな理論の進展は感じられなかったうえに磁気光学総和則それ自体に関する議論も不発に終わった。その一方で、XMCDの磁性研究への応用が進みXMCDが広く磁気工学研究者の関心を得る方向で発展しつつあることが示されたのは大変歓迎されることである。軟X線MCDがXMCDに関する興味だけにとどまらず、物性調査を目的とした磁性評価手段としての評価に曝されて発展していくステージを迎えつつあるのではないかと一連の発表から感じられた。一方、遷移金属のK吸収端や希土類のL吸収端などの硬X線MCDや光電子分光のMCDに関する話題が少なかったのは残念である。しかし今回のワークショップだけではなくXMCDに関する研究全体をみれば、光電子分光のXMCDも盛んであるし、また、硬X線領域のXMCDも理論計算とともに着実に進歩している。
 会議中のオフィシャルな動きとしては「International XAFS Society Standard & Criterion」に新たにXMCDのSubcommittee が発足したことが挙げられる。このSubcommitteeは、XMCDに関するデータベースの作成と測定・解析に関する標準化の指針の整備を目指すものである。XMCDのデータベースは、XMCDがより良く理解されるために貢献するものと期待され、また、磁気光学総和則を用いたXMCDの解析法が整理されて示されることは、現在XMCDの経験のない磁性研究者へのXMCDの開放を促すと考えられる。
 最後に、我が国でもSPring-8のBL25(軟X線)BL39(硬X線)においてXMCDの実験が行われていることを付け加えたい。SPring-8での実験成果に期待するとともに、著者自らもXMCDの発展に貢献していきたいと意気込んでいる。
 帰国した翌日に受け取った友人からのメールには、「You will be surprised to learn that the snow have suddenly melted this afternoon」と記してあった。そろそろグルノーブルにも春が来たことだろう。
 
  
 
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中村 哲也 NAKAMURA  Tetsuya
理化学研究所 磁性研究室
基礎科学特別研究員
TEL:048-467-9349 
FAX:048-462-4649
e-mail:naka@postman.riken.go.jp



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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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