Volume 04, No.3 Pages 14 - 19
2. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8
ニュースバルの運転開始
Early Commissioning of New SUBARU
姫路工業大学 高度産業科学技術研究所 Laboratory of Advanced Science and Technology (LASTI), Himeji Institute of Technology
- Abstract
- The commissioning of New SUBARU started in September 1998. The exahstive effort to store a beam in three months made it clear that the physical aperture of New SUBARU should be smaller than the designed size. The vacuum chamber was opend in the New Year's shut down. We found that the RF contact fingers in eight bellows at the each end of four insertion light sources were deformed. They have narrowed the physical aperture of the ring. The commissioning became much easier after the replacement of the fingers. The ring is now in operation for vacuum baking by synchrotronradiation.
1.ニュースバル
ニュースバルはSPring-8に設置された1.5GeVの放射光用蓄積リングです。兵庫県立姫路工業大学の附置研究所である高度産業科学技術研究所が、理研、原研及びJASRIとの全面的協力関係の下に建設を行いました。平成10年9月から調整運転を開始し、現在はビーム寿命改善の為の放射光による焼き出しを行っています。「ニュースバル」は蓄積リングまたはそれを含む放射光施設全体を指します。かつて姫路工業大学独自の小型放射光施設を作ろうという「スバル計画」がありましたが実現に至りませんでした。しかしSPring-8の建設を機にこの計画が拡大して復活し、ニュースバルとして実現しました。
蓄積リングの主要パラメータを表1、施設平面図を図1に示します。リングは周長約120mのレーストラック型で、SPring-8の1GeV線型加速器を入射器としてリング内で1.5GeVまで加速できます。国内ではSPring-8 SR、高エネルギー加速器研究機構のPhotonFactoryに次ぐ大きさで、世界的には中規模施設になります。ニュースバル蓄積リングはSPring-8SRとは相補的な役割を果たすように設計されています。SRが硬X線(hard X-ray)発生を特徴とするのに対し、ニュースバルの守備範囲は極端紫外光(EUVL)から軟X線(soft X-ray)領域です。また、SPring-8 SRが低エミッタンスの第3世代放射光リングであるのに対して、ニュースバルには擬アイソクロナス(後で説明いたします)とよばれるユニークな性質を持たせました。更に、エミッタンスは悪くとも高フラックスを得られるように、RFや冷却系は500mA運転を想定したデザインになっています。外部ユーザーによる放射光利用は、姫路工業大学との共同研究の形で行われる予定です。設立母体が兵庫県立大学であることを生かして、学生の教育を行うと同時に地元企業との共同研究にも力を入れます。
ニュースバルの自然エミッタンスは67nm(1.5GeVのとき)なので第2世代並みですが、他に例のない逆偏向電磁石を6台設置しています。これがリングに「うねり」を与え、モーメンタムコンパクションファクター( )がゼロ附近の±0.001の範囲で可変になります。このがゼロ附近にあるという性質は擬アイソクロナスと呼ばれており、蓄積電子のバンチ長が短縮されて短パルスの放射光が発生します。通常は10mm(30ps)程度ですが、将来は1mm(3ps)程度まで短くし、高速現象の解明に役立てようと考えています。挿入光源用直線部としては長さ14mの長直線部が2箇所と長さ4mの短直線部が2箇所用意されています。長直線部には自由電子レーザー用光クライストロン(OK)と全長11mの長尺アンジュレータ(LU)が既に設置され、短直線部の一箇所には永久磁石ウィグラー(長尺アンジュレータに対して短尺アンジュレータ:SUと呼びます)が設置済みです。残る一箇所の挿入光源として、最高磁場8Tの超伝導ウィグラー(SCW)が調整を終えて待機中です。予定しているビームラインは表2に示す合計8本ですが、13本まで増設できます。現在は偏向電磁石からの光を使うEUVLとLIGA用の2本の建設が終了して調整中で、挿入光源を使う3本が建設中です。
ニュースバルは設計・建設期間が約2年しかなく、しかもSPring-8の運転開始前後と重なっていました。その為に建設初期から中期にかけては不十分な姫工大スタッフで進めざるを得ませんでしたが、建設後期にはSPring-8スタッフの全面的協力が得られました。加速器制御はSPring-8 SRの制御を拡張したものとして製作されました。これにより、データベースなどの基本的なユーティリティーを利用できるだけでなく、入射制御、電磁石制御等のGUI(Graphic User Interface)はSPring-8スタッフにより一新され、その他のGUIを含む多くの部分にSPring-8の手が入ることになりました。RFのローレベル制御はSPring-8との共通化が図られ、キャビティーのエージング等の事前調整はSPring-8のスタッフがリーダーシップをとって進めました。リング電磁石のアラインメントも同様で、SPring-8のレーザートラッカーを使ってSPring-8のリーダーシップの元に精密調整が行われました。
表1 蓄積リングデザインパラメータ
表の値は設計値であって、現状での放射線取り扱い施設申請は、最大入射エネルギー1.2GeV, 最大蓄積電流値100mAとしている。
PDFファイルをご参照下さい。
表2 ニュースバルビームライン
PDFファイルをご参照下さい。
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図1 ニュースバル全体図
2.調整運転状況
ニュースバルの調整運転には姫工大とSPring-8のスタッフが一体となって当たりました。表3は運転開始からの調整状況と、ビーム停止中の作業を表にしたものです。建設初期の不十分な体制が祟り、特に昨年末までは非常に困難な調整となりました。これらの調整作業の中で最も重要であったのは、年末年始を含む休止期間中に行った真空チェンバー内部の点検でした。
表3 ニュースバルのコミッショニング経過
NSBTは、ニュースバルへ入射する電子ビーム輸送ラインを指す。
9月から12月にかけての調整運転中に、蓄積ビームに対するRF周波数の許容範囲が周波数が高い方向に狭くて低い方向に広いというデータが得られていました。これは運動量分散の大きい部分の真空チェンバー内に横方向のアパーチャーを狭める障害物が存在すると解釈できました。(一方、アパーチャーサーベィからは障害物は無しとする矛盾するデータも得られていました。)更に光クライストロン下流ではチェンバー中心より4mm低い位置にアパーチャー中心があり、しかもビーム寿命を制限しているというデータも得られていました。これは縦方向にアパーチャーを制限する障害物の存在を指示しました。以上のデータを受けて真空チェンバー内を点検した結果、逆偏向電磁石附近には異常がありませんでしたが、挿入光源部上下流全てのベロー内でRFコンタクターの異常が発見されました。特にOKとLUの長い直線部の上下流での変型が著しく、アパーチャーを狭くしていることが確認されました。世界最長の挿入光源設置の困難が現われたと言えます。この部分を修理したとろ、翌年2月に運転を再開した時には見違えるほど調整が容易になっていました。RF周波数の問題は、モーメンタムコンパクションファクターの非線形性が強く現われたものであることが計算で確認されました。これは擬アイソクロナスリングの困難さの一つと言えます。
ビーム調整の上で最も強力なモニターとなったのはsingle pass BPM(Beam Position Monitor)でした。当初はこのモニターは設置せず、リングの内側の電源エリア内の現場で直接ビーム信号を観測する計画でしたが、放射線安全管理上の問題でこれが困難になりました。そこでコミッショニング初期にSPring-8スタッフが、ソフトウェアを含めて一週間足らずで組み上げたのが図2に示す現システムです。このsingle pass BPMは現場で人が観測するよりも遥かに使い易く、様々な用途に使われました。その例を図3と図4に示します。
図3はベータトロン振動を表すマップです。平面はベータトロン振動の位相平面になっており、回転方向と回転周期からベータトロン振動の小数点以下の値がわかります。図は調整初期の測定ですが、回転方向が設計とは逆になっていることがベータトロン振動のずれを確認する決め手となりました。
図4はパルスセプタム電磁石の漏洩磁場の時間構造です。Single pass BPMを使うと特定の瞬間のC.O.D.を測定できるので時間を追って測定を行い、漏洩磁場によるキックの時間構造を調べることができました。セプタム磁場の励磁波形は幅1msのhalfsineであるのに対して、漏洩磁場の波形はhalf sineの微分形になっています。このことから漏洩磁場の主成分がeddy currentによるものであり、しかも極性が予想とは反対であることが判明しました。この他にビーム進行方向積分磁場の位置依存も取ることができています。
Single pass BPMは他にも、入射ビームのsingle pass trajectoryの測定、パルスバンプ電磁石のタイミング調整とバンプ軌道調整、入射時のビーム損失位置の特定、ベータ関数とベータトロン位相の進みの測定など、様々な用途に使いました。最後に、single pass BPMが十分な働きができた背景には線型加速器からのビームの軌道の安定があった点も付け加えておきます。
図2 Single pass BPM system
BPMは18台あり、9台づつの2つのグループに分かれている。図のシステムが2セットあり、各々のグループの位置データを取り込む。オシロスコープは1台のBPMからの4つの信号のpeak to peak電圧をそれぞれ計算し、光ケーブルを使ったGPIBで加速器制御計算機に送りだす。全体の系は500MHz信号を用いてランバートソンの方法での較正値を求めておき、制御計算機のGUIで較正を加えた。横方向の位置への換算は、BPMのpick-upボタン電極間隔の約1.5倍の±20mmの範囲で使うことができる。
図3 ベータトロン振動マップ
Twiss parameterが対象な2点のリング位置で検出したビーム位置の和を横軸、差を縦軸として一周毎のビームの動きを示した図。(a)と(b)はそれぞれ横方向と縦方向の振動。測定点にあてた数字は入射からのターン数を示す。平面はベータトロン振動の位相平面になっており、回転方向と回転周期からベータトロン振動の小数点以下の値がわかる。所謂ポアンカレマップの簡単なものといえる。
図4 パルスセプタム電磁石の漏洩磁場の時間構造
ビーム入射をせずに入射セプタム電磁石を励磁し、蓄積中のビームのC.O.D.を時間を追って測定した。このC.O.D.を解析し、セプタム位置の蹴り角に換算する。セプタム磁場の励磁波形は幅1msのhalf sineであるのに対して、漏洩磁場の波形はhalf sineの微分形になっていた。
3.現状とこれから
現状のニュースバルではモデルと現実がかなり一致していることが確認されています。調整開始時にはベータトロン振動数の測定値が設定値よりも最大0.3低くでていましたが、電磁石の有効長に5~10mmの誤差を認めることで説明がつき、現在はデータベース上のラティスは現実のリングにかなり合ってきています。調整運転初期に混乱があったパルス電磁石等のパラメーターも磁場測定結果と一致することが確認されてきました。無分散直線部へのdispersionの漏れは逆偏向電磁石部の1/10以下でdouble achromaticityもほぼ満たされていることも確認できました(図5)。縦方向のdispersionはほとんど観測できず、30mm以下でした。RF周波数はステアリングの設定とリングの温度環境に依って4kHz程度(周長の変化に換算して約1mm)変化していますが、周長の設計値から計算した値はこの範囲内にあります。RF電圧とシンクロトロン振動数の測定値から計算したモーメンタムコンパクションファクターは0.001であり、設定値の0.0013にかなり合っています。リング電磁石のアラインメントは同一直線部内で±0.03mm、異なる直線部間で±0.5mm以内で行っています。ステアリング電磁石を励磁しなくても電子ビームはリングを周回し、アラインメント精度が良いことを裏付けています。
ニュースバルの入射効率は設計値の90%に対して現在は70~80%程度ですが、将来ニュースバルのRFと線型加速器のRF間の同期がとれるようになれば更に向上すると考えられます。効率数%のリングが珍しくない中ではかなり高い効率ですが、これは放射線遮蔽上の問題で最大入射電子数が毎週7.2×1012 個に制限されている為にsingle pulse入射で、しかも入射効率向上に多くの調整時間をかけた為と考えています。
最大蓄積電流値は現在12mAですが、single bunchmodeでも10mA蓄積できています。最大電流値を決定している要素を特定できるには至っていませんが、焼き出しの進行に伴って少しづつ上昇中です。Chromatic tune spreadが許容範囲にあるので6極電磁石は励磁していません。
現状のビーム寿命はほぼ真空度で決まっていると考えられ、放射光による焼き出し運転を継続中です。先に述べた入射電子数制限のために大量入射による急速な焼き出しを行うことができないので、1分間に1bunch入射というペースで24時間運転を行っています。図6に示すとおり、初期の予測に従って焼き出しが進んでいますが、5月の連休に挿入光源部、夏季停止中にはリングを含めた全体の真空系を改造し、焼き出しスピードを上げる予定です。予定通りに改造が進めば年内には施設検査に必要なビーム寿命を達成できると考えています。
図5 RF周波数変化対横方向C.O.D.の変化
直線部は本来無分散であるはずだが、長直線部で-60mm、短直線部で-130mm程度の分散が見られる。BPMをsingle passではなく、C.O.D.モードで使用して測定した。
図6 放射光焼き出しによるビーム寿命改善
庄司 善彦 SHOJI Yoshihiko
昭和32年8月7日生
姫路工業大学 高度産業科学技術研究所 助教授
〒678-1201
兵庫県赤穂郡上郡町金出地1580-43
SPring-8内 ニュースバル
TEL:0791-58-0802(ext.3681)
FAX:0791-58-2504
e-mail:shoji@lasti.himeji-tech.ac.jp
略歴:昭和60年東北大学理学研究科原子核理学専攻博士課程後期課程修了。東京大学原子核研究所客員研究員、高エネルギー物理学研究所客員研究員を経て、昭和62年より高エネルギー物理学研究所加速器部門助手。平成4年より一年間米国ブルックヘブン国立研究所客員研究員。大強度陽子シンクロトロンの研究を行う。平成8年より現職。ニュースバル計画に携わって現在に至る。