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Volume 04, No.3 Pages 4 - 13

2. SPring-8の現状/PRESENT STATUS OF SPring-8

SPring-8の電子ビーム制御について
Beam Control System of SPring-8

川島 祥孝 KAWASHIMA Yoshitaka

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門 JASRI Accelerator Division

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1.はじめに

 最近、SPring-8で実験されている方々からよく質問を受けることがある。その質問内容とは「SPring-8ではリングを周回している電子の占める位置に絶対番地というものがあると聞く、そんなことができるわけがないと思うが、本当か?」というものである。確かに光速で運動している電子が蓄積リングに蓄積されている状態は理解されても電子の入る場所を我々が好き勝手に指定することができるなどとは従来の加速器では思いもよらないことであるに違いない。従来の蓄積リングではビームの入る場所は入射時のタイミングで決まりどこのRFバケットに入るかは神のみぞ知る、というのが常識として通用していたと思われる。SPring-8の蓄積パターンの一つに等間隔で21バンチのRFバケットにビームを入れた状態で放射光を使い実験をしている場合がある。この時、常識的には時間とともに蓄積中のビーム強度が落ちてくるとビームを一度捨てて、等間隔の21バンチにビームを再度入射する。従って仮に最初21バンチのどこかのRFバケットに入っていた電子から出る放射光を利用していた実験者は、ビームが入射された段階でビームの入る場所が変わり再びある電子ビームからの放射光にタイミングを再調整し直さなければならない。ところがSPring-8では基本的にビームを強制的に捨ててビームを入射する必要は無い(但し、単バンチの周辺の純度が入射により悪くなって捨てているようであるが)。SPring-8では蓄積中のビーム強度を元に戻すために、すでに蓄積中のRFバケットにビームを追加入射する。このことから推理のするどい読者諸氏ならもうお分かりのように、SPring-8では電子の入るRFバケットに絶対番地というものが存在しているのである。存在しているからこそ蓄積中のビームを捨てなくても追加入射でビーム強度は回復される。SPring-8で単バンチ運転の利用をされる方々は、一度あるRFバケットに蓄積中の電子からの放射光に装置のタイミングを合わせておけば、その実験者は停電にならない限りタイミングを再び調整する必要は無い(あえて停電という条件を入れた。後にその理由がおわかりいただけると思います。)。


 ある時、単バンチのビームを利用した実験をしている方が絶対番地は信じられない、と疑いの眼差しで私に質問してきた。幸いその時はビーム調整中で、かつその質問者もある特定の一つのRFバケットに入っている電子からの放射光のみをオシロスコープで観測していた。私はその質問者に絶対番地の存在を見せてあげようと、質問者の見ている電子ビームの前後どこにでもあなたの望む場所にビームをこの場で入れてあげましょうと提案したところ、現在彼が見ている電子ビームの8ns(=8×10-9 秒)前にビームを入れて下さいとのこと。8ns前ということは、現在見ているRFバケットの前4番目に相当する(8ns/2ns=4)。実験ホールから電話で中央制御室にいる高雄さん(彼はどのRFバケットにビームをいれるかコンピューターソフトでビームを制御するプログラムを書いている。ちなみに彼に頼めばどんなビームの蓄積パターンも自由自在にやってくれます)に現在あるビームの4バケット前にビームを一度だけ打ち込んでくれるよう要請した。「ビームを入射します」という放送の後、オシロスコープを見ていた質問者は驚いた顔をして私の方を見る。確かにビームが指定した場所に入射された。目の前で実際に起こったことであるが信じられないということであった(諺の「百聞は一見にしかず」はこのときにはあてはまらなかったようである)。


 このようにSPring-8で実験をされている方々、さらにSPring-8を含む加速器及び関連分野に携わっている方々に、SPring-8の蓄積リングには絶対番地が存在し電子ビームを任意の入れたいRFバケットに正確に入射することができるのはなぜか、種明かしをしようというのがこの記事を書く動機となった。内容が解ればなんだこんなトリックをしていたのかと納得してくれるか、それともそんなばかな精度で装置が動くわけがないという人に分かれるかもしれない。なにはともあれ世界最初の電子ビーム制御方法であるSPring-8のタイミングシステムをここに公開しようではないか。


2.おさらい

 SPring-8全体の加速器構成を復習することにしましょう[1]。電子ビームは約150mの長さを持つ線型加速器の最上流で、簡単にいうとエジソンが世界最初に発明した電球と同じフィラメント(エジソンがその時使ったフィラメントは日本の竹を炭にしたもので作られていたと筆者の息子の小学校3年生が教えてくれた)から生み出される。電子は高電圧上に設置されたフィラメントから常に発生しているが負に帯電した高電圧グリッド部で電子が勝手に出てゆかないように通常は押さえ込まれている。この負の電圧を消すことにより電子は線型加速器の加速管の方に出てゆく。出てきた電子ビームの進行方向の長さは負に帯電したグリッド電圧を消す時間幅で決まる。ちなみにSPring-8では現在その時間幅を40nsと1ns(ここで、これから時々でてくる時間単位を定義しておきます。1ms=1×10-3 秒, 1μs=1×10-6 秒、1ns=1×10-9 秒、1ps=1×10-12 秒のこと)の二つ用意されていて任意にどちらかを選択することができる。ビーム出射の命令は中央制御室から送られる。


 電子銃から発射された電子は、線型加速管の中で2856MHzの高周波の波に乗って加速され、約150m走る間にそのエネルギーを1GeVまで上げられる。まっすぐ直線を走ってきた電子はやがて電磁石で右に曲げられブースターシンクロトロンのリングに入る。ここは一周約400mあり、まさに陸上競技場の400mトラックと同じ形をしている。陸上競技場のトラックを選手は左回りに走るが、電子ビームはその逆の右回りに回る。ブースターシンクロトロンには508.58MHzの高周波で働く8台の5連加速空胴が設置されており、電子はそれらの加速空胴を何度も通過する間にさらにエネルギーを与えられ最終的に8GeVになる。エネルギーが高くなった電子ビームはブースターシンクロトロンのリングを強制的に出され周長約1436mの蓄積リングに入射される。ここで電子ビームは偏向電磁石やインサーションディバイスにより放射光を出して数々の実験に利用されている。蓄積中の電子ビームは放射光を出してエネルギーを失う。電子が損失したエネルギーと同等のエネルギーを供給するために、現在蓄積リング一周で3箇所あるRFステーション(B, C, Dステーションとそれぞれに名前が付けられている)それぞれの場所には、単セル空胴が8台設置され、リング一周で合計24台設置されている。加速空胴はブースターシンクロトロンと同じ508.58MHzの周波数を使っている。


 リング加速器の中ではたとえ連続した電子ビームでも、加速空胴内に発生している高周波の電場で一つの塊になる。SPring-8の蓄積リングを考えると、使っている高周波の周波数は508.58MHzで、その一波長は約60cmである。従ってSPring-8の蓄積リングでは電子ビームが居座ることができる場所の数としてリングの周長を高周波の一波長で割った値(1436m÷0.6m=2393:これを正確な周長と一波長で計算すると2436となる)が電子ビームが入ることができる場所となる。加速器を設計する場合、実は蓄積リングの周長は今計算したことの逆の過程をたどって決定されている。このことから電子ビームが入ることのできる空間が加速空胴の電場で作られ、これをRFバケット、つまりRF(高周波)でできた篭と呼ばれる目に見えないが電子の占めることのできる空間が存在する。SPring-8の蓄積リングではこのRFバケットそれぞれに1番から2436番まで番号が付けられている。そしてこれらの番号のどこにでも電子ビームを思いのまま入射することができる。ちなみにブースターシンクロトロンにはRFバケットが672個ある。見えない空間にどのように番号を付けるのかは、次章を説明しないと分かりにくいのでもう少し待ってほしい。


3.電子ビームと高周波間の位相を一定に固定する作業

 蓄積リングとブースターシンクロトロンの加速空胴に使われている高周波源508.58MHzは蓄積リングの中央位相調整室に1台設置されている。この高周波源は周波数と振幅が非常に安定になるように作られており、通常シンセサイザーと呼ばれ非常に高価なものです。SPring-8の両リング(蓄積リングとブースターシンクロトロン)では508.58MHzの高周波を基本時計とし、あらゆる装置はこの508.58MHzの高周波に同期して動いている。一つの時計(シンセサイザー)から発せられた508.58MHzの高周波信号は2分割され、一つはブースターシンクロトロンに位相安定光ファイバーケーブルを用いて送られている。送られた光信号の90%がブースターシンクロトロンに設置された反射鏡で反射され元の送信場所に信号が戻ってくる。送った508.58MHzの高周波と反射して戻ってきた508.58MHzの高周波との位相の差を検出し、両者の位相差が常に一定になるようPLL(Phase - Locked Loop)がかけられている。これを具体的にブロック図で示したのが図1である。



図1 中央位相調整室とブ-スタ-シンクロトロン間の508.58 MHz伝送ライン 

 この方法は元々CERNのLEP[2]で既に行われていた。我々はそれを参照し、この方法をSPring-8で利用できないか和光の理研にいる時各種実験を重ねた結果、うまくゆくことを確認しまねたものである。さてもう一つの信号である508.58MHzの高周波は位相安定光ファイバーケーブルにより蓄積リングを一周回って送信場所に戻って来る。そこで同様に送信した信号と蓄積リングを一周して戻ってきた信号の位相が一定になるようにPLLがかけられている(この方法はSPring-8のオリジナルである)。蓄積リングを光ファイバーケーブルで一周する508.58MHzの高周波信号は、蓄積リングに分布する各RFステーションA、B、C、Dのそれぞれの場所で、全光量の10%を取られる。このことを分かりやすく示したのが図2である。


図2 蓄積リング一周の508.58MHz伝送ライン

 このようにして基本周波数508.58MHzの信号を送信している。おわかりのように単に信号を送信しているだけではなく信号の位相がいつも一定に保たれている。その精度は508.58MHzの位相角度で1°(時間に換算すると約5.5psに相当する)以内に抑えられている。このことは、加速空胴の中に入って来た電子ビームが空胴から受ける力の強さは、その電子ビームが進行する方向にいつも一定に保たれるということを保証するための必要条件であり非常に重要なことである。


 少し横道に逸れさせてもらいたい。使用している光ファイバーについて説明させて下さい。といいますのは508.58MHzの信号を送信するためにSPring-8で使っている光ファイバーケーブルは非常に特殊で、現在世界でただ一つ日本の住友電工でしか生産されていません。我々はその優れた温度依存性についての性能特性を恒温槽の中に500mの長さの光ファイバーケーブルを入れ、温度によりどれだけ伸縮するか測定したのでそれを図3に示す[3]


図3 500mの長さの2本の光ファイバ-ケ-ブルの伸縮性の温度依存性。
   丸とひし形はそれぞれの光ファイバ-ケ-ブルについての測定結果を示す。


 図3では独立な2本の光ファイバーケーブルについて、それらの伸び方の温度依存性を測定しほぼ同じ特性を示している。縦軸の508.58MHzの位相は1°当り約5.5psに相当するので、温度が-10℃から40℃変化した時、悪くて約7°(=38ps)ということは500mの長さのこの光ファイバーケーブルは温度が50℃変化した時約7 m m 伸びるということである。実際のSPring-8ではこんなに温度は変化しません。ついでに普通の光ファイバーケーブルの場合、50℃の温度変化で約25mm伸びる(線膨張率を単に10-6 として計算した)。SPring-8ではこの位相安定光ファイバーケーブルを用いて基本周波数の508.58MHzと、ビーム出射信号を送っている。ついでに言わせてもらうと、電気信号を光信号に変換したり(E/Oと簡単に呼ぶことにする)、その逆の光信号を電気信号に変換する(これはO/Eと呼ぶ)機器についても非常に特性の良いものがアメリカで開発されていたので我々はそれを採用している。

 さて本題に戻って、SPring-8の基本波508.58MHzは加速空胴が設置されているそれぞれのRFステーションに何時も正確な位相を保って送信されている。各RFステーションでは、数mW程度のパワーしかない508.58MHz信号を、クライストロンと呼ばれる増幅器により約400kW(電子ビームがまだ蓄積されていない時)まで増幅される。増幅された508.58MHzの信号は8台ある単セル加速空胴それぞれ均等にアルミニウムでできた導波管により8分割されパワーが蓄積される。以上の話を絵にすると図4となる。




図4 蓄積リングのR F ステ- ションにおける508.58MHz信号がクライストロンで増幅され8台の単セル加速空胴に分配される配置図


 電子ビームはそれぞれ8台の単セル加速空胴内で常に進行方向に押し出されるような力を均等に受けるよう508.58MHzの位相を導波管の長さを変えることにより調整されている。さらに8台ある加速空胴からピックアップされた信号の位相が全て同じ値になるよう同軸ケーブルの長さを調整し、それら8個の508.58MHz信号を全て重ね合わせる(専門的な言葉を使うと、8個の508.58MHz信号のベクターサムを取る)。重ね合わさった508.58MHzの信号について空胴内で508.58MHzの電圧と位相が一定になるようにフィードバックがかけられている。これら一連の調整は電子ビームが蓄積される前に、つまりコミッショニングの前に電圧は1%以下の精度で、また位相角度は1°くらいの精度で調整された。さらに蓄積リングに分布するB、C、Dの各RFステーション間の電子ビームに対する位相もコミッショニングの前に、RFグループの中で議論し考案した特殊な方法で調整した。このようにして現在蓄積リングに設置されている24台の単セル加速空胴のどの場所でも電子ビームは508.58MHzの信号に対していつも同じ位相角度で力を受けるようになっている。蓄積リングに最初の電子ビームを入射する時、RF関連の調整をしたのはブースターシンクロトロンから蓄積リングに電子ビームを輸送する間、一旦わからなくなる508.58MHz の位相を蓄積リングのRFバケットの位相角度に合わせなければならない。これだけは電子ビームが無いと調整できないので実質的に位相を±180゜の範囲をサーチする作業のみ行った。SPring-8 の場合コミッショニング時、RF の実質的大きな調整はこれだけであった。従って電子ビームは直ぐ蓄積リングのRFバケットに捕らえられることができた。このことはブースターシンクロトロンのRFバケットと蓄積リングのRFバケットが固定されたことになります。もう一度おさらいをすると、蓄積リングには目には見えないがビームが居座ることができる508.58MHz で作られたRFバケットが2436個存在しています。


 準備はできました。次にRFバケット一つ一つに番号を付ける方法について、その種明かしの核心に入っていくことにしましょう。


4.蓄積リングのRFバケットに番号を付ける方法

 蓄積リングとブースターシンクロトロンは508.58MHzのRFで全て同期して動いています。その他に重要な点は、線型加速器から最初に電子ビームを出しなさいという信号も実は508.58MHzで作られています。その電子銃出射の信号を作っている場所は蓄積リング内にある中央位相調整室という部屋です。ここには既に述べた508.58MHzを発生するシンセサイザーも設置されています。実はSPring-8の加速器全体を動かしているのがたった一個の時計であるこのシンセサイザーなのです。まるで人間の心臓の鼓動そのものと考えてもらえばいいと思います。心臓の鼓動が止まればその人間が死ぬように、シンセサイザーが止まればSPring-8の加速器全体も止まります。

 さて、これから少し専門的な論理回路に入って行きます。SPring-8中央位相調整室において、電子ビームを制御している電子制御回路のブロック図を図5に示します。いきなりなにやらわからない論理回路が出てきました。論理のわかる方なら非常に単純な論理回路でSPring-8は動いていることを理解することができると思います。それでは図5を見ながら説明してゆきましょう。




図5 線型加速器の電子銃出射信号発生回路のブロック図

 図5で508MHz SUC(以後、簡単のため508MHz synchronous universal counterを508MHz SUC と名付けることにします)というものがあります。実はこれが蓄積リングのRFバケットに絶対番号を付けているのです。従ってこの508MHz synchronous universal counterの中身を説明すれば読者は絶対番号について納得してくれるかもしれません。中身を説明する前に歴史的経過を簡単に説明させて下さい。私は加速器から出てくるビームを使う粒子実験の専門家ではあるが、ビームを製造する加速器を作ったことのない素人でした。その素人が1991年SPring-8プロジェクトに参加し加速器を作ることになりました。当然のことながら、加速器を作っている人達がビームをどのように制御しているのか、数々の論文を読んで勉強しました。そのうちある考えが浮かんできて世界最初のおもしろいことをSPring-8でやろうと思うようになりました。それは電子ビームを蓄積リングの目的とするRFバケットに思い通りに入射し電子ビームを完全に制御する方法です。もし私自身がSPring-8の放射光を利用し実験をするという立場にあったなら、色々の蓄積パターンが自由自在につくれるようにしておくと便利だというのが最初の発想でした。そしてその目的を達成するためにはどうしても508MHz synchronous universal counterを開発しなくてはならないという結論に達しました。今日にいたるまでこの508MHz synchronous universal counterを数々の人達に説明するのですが、私の説明がへたなのかどうも理解してくれる人が少ないように思えてなりません。心配はさておき説明に入りましょう。

 508MHz SUCを設計するために、先ず508.58MHzの高速で動作するICを探すことから始まりました。高速で動作するICは昔からMOTOROLAという会社が製造しているのでその会社の製品を調べました。するとまさに私の目的をかなえてくれるIC が製造販売されていました。ECL in PS[4]という名前で販売されておりこのマニュアルをMOTOROLA社からただでもらいました。よく調べた結果MC100E016という8ビットのカウンター用ICを2個シリーズにつなぎ16ビットにして最初の508MHz synchronous universal counterを作りました。なぜ2個シリーズに接続したか?。それはSPring-8の蓄積リングのビームが入ることのできるRFバケット数と関係します。蓄積リングのRFバケット数は2436個なので、カウンターのビット数(もちろん2進法でやる)は少なくとも12ビットは絶対必要です。私の設計した508MHz SUCは2436個数えると(実際は2進法で計算するので0から2435まで数えることになる)自動的にリセットして初めからまた数え始めるようにできています。また2436数える毎に1個信号が出力されるように作られています(508MHz SUCには、SPring-8以外の蓄積リングでは別のRFバケット数となるのでそれぞれの加速器に応じて任意にセットできるような機能をつけた)。加速器を知っている人はもう気付かれたと思います。ビームが蓄積リングを一周する周期、つまり周回周波数がこの508MHz SUCが2436という数を数えるという動作から自動的に出力されているのです。

 さきほどから508MHzの後ろに必ずsynchronousという英語の単語を付けているのに気付かれているでしょうか?このsynchronousという意味は同期を取るという意味です。つまり16ビットある一つ一つのビットが508.58MHzに同期して動いていることを強調したいので後ろに付けているのです。同期しているとなぜいいのか?人間の心臓の鼓動がドッキン、ドッキンする間隔を一秒くらいだとすると、508.58MHzの鼓動の間隔は約2ns(=2×10-9 秒)と非常に短い。この時間がいかに短いか一つ例を挙げると、光が1mの距離を進むのに要する時間は約3ns(=3×10-9 秒)ですから、どんなに高速かおわかりいただけたでしょうか。508.58MHzを直接数える、それも同期(synchronous)して、同期することによるメリットは、今N個(Nは正の整数)という数を数えて信号を一個出すようにセットして508MHz SUCで508.58MHzを数えたとします。数え始めてからN個数え終わって信号が一個出てくるまでの時間は
    T(N)=2ns×N+R  (4-1)
で与えられます。ここでRという値は電子回路を信号が伝わるのにどうしても伝播に伴う遅延により発生する時間で一定の値となります。そしてNには全く依らない遅延時間です。具体的に数字を当てはめてみましょう。Nとして10という数を(4-1)に代入するとT(10)=20ns+Rとなる。またNとして20を代入するとT(20)=40ns+Rとなり、どちらのRも同じ値です。ここが大切で両者の差を取ると、T(20)-T(10)=20nsとなる。
 つまりNの値を与えるとRに関係なく使っている時計の1クロックの時間間隔と、任意に与えた数Nの掛け算で正確に時間間隔が得られる。今の場合正確に2nsの時間間隔で信号が遅れてゆくことを(4-1)式は表しています。もし同期していないカウンターだとどうなるか?(4-1)式でRの値はNの値が大きくなるに従ってどんどんRの値も大きくなり変化してゆきます。同期しない回路は非同期回路として製造はいたって簡単で容易に作ることができます。たとえ1GHzでもすぐできます。加速器の文献を勉強すると、加速器の業界ではこの非同期回路のカウンターが主流であることがわかりました。理由は簡単で製造が容易だからです。しかし電子ビームを完全に制御するにはどうしても同期型(synchronous)を作らなくてはなりませんでした。私は難しい同期型のカウンターを製造することにしました。世界初のことをやるには自分で開発するしかありません。508MHz SUCのもう一つの重要な機能は、SPring-8の蓄積リングのRFバケット数2436個の任意の値のカウント値で信号を出すことができることです。この機能を付けたために蓄積リングの任意のRFバケットにビームを入射することができるのです。その機能を説明するためにブロック図を図6に示すことにしましょう。


図6 508MHz synchronous universal counterの概略

 図6で508.58MHzの入力信号をMC100E016で数えます。その横に付いているディップスイッチで2436個数えると初めからまた数えなさいというように、ICの持つカウント値の分周機能を利用しリセットすることにしています。従ってSPring-8以外のどの蓄積リングでも使えるように作りました。図6の右から計算機または手動で蓄積リングのビームを入射するRFバケットの番号をセットします。この値(Mとする)は蓄積リングの1から2436までのどれかの数を入力します(注意:計算機は2進数ですから本当は0から2435までの数です。ここでは解りやすくするために1から2436としました)。図6の真ん中にはコンパレーターと呼ばれるものがあります。この役割は左のカウンターが数えた値(Nとしましょう)と右にセットした値がM=Nの条件の時、信号を1個出力する機能です。この出力された信号は非常に大切で、SPring-8の線型加速器に送られ電子銃を打つための信号となるのです。508MHz SUCは何度も繰り返しますが、508.58MHzに同期して動いているのでMの値として、例えばM=1で信号を出した時、蓄積リングのRFバケットの1番目にビームは入射されます。言い換えるとM=1とセットした時、入射したビームはRFバケット番号が1番であるとしなさいということです。M=2としたらM=1より2ns遅れて信号がコンパレーターから出力されるので、信号M=1の後のRFバケットにビームは入射されるということです(注意:使用中のICはカウントダウンで動作します。従ってM=2はM=1より2ns前に信号が出力されます。ここでは説明をわかりやすくするためカウントアップしているとします)。実際Mの値は中央制御室から計算機を通して自動的に508MHz SUCにセットされています。


 SPring-8の蓄積リングには絶対番地としてRFバケットが定義されている理由がこれでおわかりいただけたでしょうか? SPring-8が停電になると、この絶対番地は消えてなくなります。つまり停電にならない限り絶対番地は508MHz SUCにより保存し続けられ、線型加速器からの電子ビームは常に入射したい蓄積リングのRFバケットに入るようになっているのです。


 ところで最初に作った508MHz SUCはMOTOROLA社のMC100E016を使ったということを上に述べました。これは私にとるとVersion 1で古い型となります。SPring-8で現在使用中の508MHz SUCはVersion 2に進化し全部で30ビットからできています。どうして30ビットか?その理由を以下に説明しましょう。SPring-8はブースターシンクロトロンと蓄積リングは完全に508.58MHzに同期して動いています。そして蓄積リングへ電子ビームを入射する間隔はほぼ1秒間に1回、ということは1Hz運転されています。全ての機器をこの1秒という時間間隔内で完全に508.58MHzに同期させるためには、508MHz SUCとして30ビット必要となります。もちろんビット数が増加しても(4-1)の関係は変わりません。ビット数が増加するともはやMC100E016では周回周波数を作ることはできなくなります。なぜなら508.58 MHzの1クロックの約2nsがあまりにも短い時間なのでその時間内ではカウンターはリセットできなくなるためです。そのために別のICを探し現在MC100E136または、SYNERGY社製SY100E136を使って30ビットまで延ばすことができました。Version 2の508MHz SUCは精度よいデジタルディレイ用機器として利用できます。またSPring-8ではビームのモニタリング、実験者のゲート信号製造用機器として幅広く利用されています。またこの508MHz SUCはNIMモジュールとして組み立てましたので508MHz以下の周波数なら世界中のどの加速器や、実験にも利用することができます。


5.タイムジッターを極小に押さえ信号を伝送する方法

 SPring-8のように大きな加速器で、しかも蓄積リングから線型加速器まで電子銃の発射信号を約1000mも送らなければならないのだから信号のタイムジッター(信号の時間的ふらつきのこと)が原因でビームを入射したいRFバケットに入れることは不可能だ!という疑問をもった方は、事の困難さがよくおわかりの方々であると思います。実は私自身も508MHz SUCはできるが、そこから出力されるパルス信号を時間的なふらつきをできるだけ押さえ長距離伝送することができるか不安ではあった。しかし第3章で述べた位相安定光ファイバーケーブルとE/O、O/Eを用いれば不可能が可能になるのではないかと心の中で密かに思っていた。私はタイムジッターの非常に小さいパルス信号伝送システムも開発しなければならなかった。とにかく出来上がったパルス信号伝送システムを図7に示します。


図7 タイムジッタ-の小さいパルス信号伝送システム

 図5で作られた電子銃を発射するための信号は全て粒子実験で標準として使われているfast NIM信号です。どのような信号かといいますとゼロレベルから約-1Vを切るくらいまでの負のパルス信号です。信号の立ち下がり時間は1ns前後と非常に高速で動作します。この信号を一度レベル変換器でゼロから+0.8Vまで正のパルス信号に変換します。そしてE/Oを通し光信号に変換し位相安定光ファイバーケーブルで送信します。受信側ではその光信号を電気信号にO/Eを用いて変換します。出力波形は負のパルス信号で出力されます。O/Eの後ろにCFD(Constant Fraction Discriminator)なるものが挿入されています。この役目はE/Oの中にある電気信号を光信号に変換するための半導体レーザーが少しその出力レベルを変動させます。この変動はパルス信号を伝送し受信した時点でタイムジッターの主な原因となります。CFDはたとえパルス信号の高さが変動してもその変動を吸収してタイムジッターを押さえる役割を果たす装置です。このようにしてできた新しいパルス信号伝送システムを実際実験でタイムジッターがどれだけか測定しなくてはなりません。1992年東海にある原研に線型加速器の前段が設置されていたので、和光の理研で出来上がった信号伝送システムを原研に持ち込み実際電子銃を打って電子ビームを出しタイムジッターの測定をすることにしました。実験方法を図8に示します。


図8 線型加速器を用いたタイムジッタ-測定実験概略

 電子銃を打てとのパルス信号を500mの長さの光ファイバーケーブルで送り電子を出射します。約1nsの時間幅をもって出てきた電子ビームの信号を真空チェンバーに取り付けた電子ビームが通過すると信号がでる機器から取出し、信号を送った時間をスタートとし電子ビームが出てきた時間をストップとしてそれらの時間間隔を精密に測定しました。そして得られたデータの結果、タイムジッターの分布はガウス型になりその標準偏差値は18.1psという値が得られました。この値はパルス信号伝送システムの他に電子銃周辺の装置、そしてタイムジッターの測定に用いたサンプリングオシロスコープ(測定はHP54120Tを使いました)のジッターも総て含まれています。実際電子ビーム出射信号が発せられてから電子ビームが出てくるまで約2.8μsくらいかかります。その間の遅延はサンプリングオシロスコープ自身の持つ遅延回路で行われます。従ってサンプリングオシロスコープ自体の遅延時間によるタイムジッターを測定しなくてはなりません。その測定を巧妙な方法で行いました(私はこの方法を思いつくまで随分時間がかかりました。皆さんも考えて見て下さい)。その結果サンプリングオシロスコープ自体のタイムジッターは、遅延時間が長くなれば長くなるほど大きくなりました。約2.8μsの遅延時間で標準偏差値は約16.5psとなり、この値を測定値から差し引いた(簡単な引き算ではありません)他の要素全体のタイムジッターの標準偏差値は7.4psとなりました。電子銃を含む系全体のタイムジッターの標準偏差値が7.4psというのは非常に良い値でした。SPring-8の本番では線型加速器から出射される電子ビームは508.58 MHzで動いているブースターシンクロトロンに入ります。そこでは線型加速器から来る電子ビームのエネルギー変動ΔE/E=±1%に対して、電子ビームのタイムジッターが±100ps以内にあればブースターシンクロトロンのRFバケットに電子ビームは捕らえられることができます。従って得られた7.4psの値は電子ビームを制御するのに十分小さい値でした。


 以上述べたパルス信号伝送システムの他に、新たに開発しなければならないことがありました。実際電子ビームの出射実験をやってみると、こちらから供給する信号系のタイムジッターに比べ電子銃のところに用いられているメーカーの製作した回路はそのタイムジッターが非常に大きく使いものになりませんでした。従ってこれも新たに私が製作しなくてはなりませんでした。また出射された電子ビームの信号をピックアップしてサンプリングオシロスコープまで伝送する同軸ケーブルも設置した床の振動を受けて、最初に用いたケーブルは、高周波ではよく使うケーブルでしたが使い物になりませんでした。いろいろためした結果、直径2cmくらいの非常に堅い位相安定型同軸ケーブルが一番タイムジッターの少ない測定結果を得るこができました。色々ありましたが、とにかくps(10-12 秒)の時間スケールの測定は、非常に注意深く実験を行わなければなりませんし簡単にいくものではありません。


 このようにしてできた新しいパルス信号伝送システムは現在SPring-8において大活躍しています。


6.ビーム制御回路

 既に図5に示したブロック図によりSPring-8のビーム制御が全て行われているのでそれも説明しておきましょう。


 図5のブロック図でAC60HzとあるのはAC100Vの電源からとった60Hzのことです(SPring-8は西日本に位置するので60Hzです)。実は線型加速器のクライストロンヒーター電源はAC60Hzに同期して動いています。従って電子銃出射信号は508.58MHzで作られてはいますが線型加速器のことを考えて関西電力が供給している交流電源60Hzに同期をとらなくてはなりません。それらの同期をとるのが図5のロジックAND(1)のAND回路です。ところがAND(1)から出た信号はすんなりE/Oで送られていません。もう一つのAND(2)を通って送られています。その理由は、電子ビームが蓄積リングの任意のRFバケットに入射するためには線型加速器の電子銃を出射するためのパルス信号は常に508MHz SUCの作る信号によってタイミングを決められなければならないからです。ところがAND(1)のロジックでAC60Hzの信号が電子銃から電子ビームを出射するためのタイミング信号となる可能性が存在します。この可能性を完全に消し去ることが重要で、これを消すためにAND(2)を設けました。このことを分かりやすくタイムチャートにしたのが図9です。




図9 電子銃出射信号発生回路のタイムチャート

 同図で最初の信号は消され、蓄積リングの周回時間4.8μs後に来る信号はもはや60Hzのタイミング信号に先行されることが全く無くなります。従って蓄積リングのビームを入れたいRFバケットのタイミング信号が正確に線型加速器の電子銃に送られ、電子ビームが出射されます。そしてそのビームは蓄積リングの任意の思い通りの場所に入射されます。図5にVMEなるものがありますが、この機器が中央制御室からの命令に従ってビームを入射したいRFバケットの番号を508MHz SUCに書き込みにゆきます。SPring-8では1Hzのビーム入射サイクルです。例えばRFバケットの1番目から10番目までビームを入れる場合、1秒毎にビーム出射信号を出した後、RFバケット番号を書き換える動作をVMEは行います。その結果蓄積リングの絶対番地の1番から10番までのRFバケットにビームが蓄積されます。電子ビームがRFバケットの1番地にしか存在しないようにする方法は、ブースターシンクロトロンにおいてRFノックアウト法を使って行っています。これは1番地以外の周りの番地にいるビームを積極的に捨てる方法です。この方法の詳しいことは利用者情報誌[5]を参照して下さい。


 以上ここで述べたSPring-8のビーム制御システムは、姫路工業大学のNew SUBARUにも採用され利用されています。

(注意:SPring-8のタイミングシステムについて、詳しくは専門の英文の論文がこの情報誌が発行されるのと時期的に同じ頃、Nuclear Instruments and Methodsに記載されますのでそちらを参照して下さい)

7.謝辞

 蓄積リングのRF関連とタイミングシステムは、RF関係者の原 雅弘、大橋裕二、恵郷博文、大島隆、高嶋武雄の各氏との絶え間ない議論と彼らとの実働の結果として生まれたものです。また入射器部を含んだSPring-8全体のタイミングシステム構築についてブースターシンクロトロンの米原博人、鈴木寛光両氏との絶え間ない議論の結果としてブースターシンクロトロン側も508.58MHzを用いた装置全体のタイミングを構築したためビームは正確に蓄積リングの任意のRFバケットめがけて入射することができるようになりました。特に位相安定光ファイバーケーブル等、理研側にいた我々は手に入れて試験をしたかったのですがそれが実現できませんでした。しかし米原さんをはじめとして原研側が全面的に協力してくれました。そして500mの長さの位相安定光ファイバーケーブルを購入しバックアップしてくれました。その他にも色々とサポートしてくれたためにSPring-8の現在のタイミングシステムを作ることができました。またパルス信号伝送システムのタイムジッター測定を実際の電子ビームを使って実験するにあたり、横溝英明、堀 利彦両氏のおかげで原研にあった線型加速器のビーム出射部分を利用することができました。


 KEKの谷口 敬氏は508MHz SUCを作るに当り色々御教示してくれました。またKEKの浦川順治氏は位相安定光ファイバーケーブルとE/O及びO/Eを我々に初めて紹介してくれました。両氏の御教示がなければSPring-8のタイミングシステムを構築することは不可能といっても過言ではありません。


 光関係の機器を作るに当り住友セメント㈱の光電子事業部の顧問であった大川原忠義氏は私に色々光関連機器について御教示下さいました。おかげで508.58MHzを蓄積リングとブースターシンクロトロンに張り巡らせて位相安定な状態を作ることができました。


 その他私を取り巻く人々の援助のおかげで世界で初めて蓄積リングのRFバケットに絶対番地という概念を持ち込むことに成功することができました。皆さんにこの場を借りて感謝いたします。



参考文献
[1]SPring-8 PROJECT FACILITY DESIGN 1991.
[2]E.Peschardt and J.P.H.Sladen:IEEE,1960-1962(1989).and preprint CERN-LEP-RF/89-29.
[3]H.Suzuki,Y.Kawashima,Y.Ohashi,H.Yonehara,H.Ego,N.Tani,T.Nagafuchi,T.Hori,T. Oshima and M.Hara:The 9th Symp.on Accel.Scien.and Techn.,Tsukuba Japan 252(1993).
[4]ECLinPS DATA(DL140 REV1)by Motorola INC.(1992).
[5]鈴木寛光、川島祥孝、谷 教夫、細田直康、米原博人:SPring-8利用者情報、Vol.3,No.2 MARCH,p1  (1998).



川島 祥孝 KAWASHIMA Yoshitaka
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:0791-58-0862 FAX:0791-58-0850
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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