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Volume 04, No.2 Pages 58 - 60

6. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTER FROM SPring-8 USERS

BL41XU立ち上げ記
Short Note on Starting of BL41XU

河野 能顕 KAWANO Yoshiaki

理化学研究所・播磨研究所 RIKEN Harima Institute

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 突然担当教授から「放射光施設のビームライン建設に興味はないか?」と言われたのが今から5年前。このときがSPring-8の名前を聞いた最初であった。翌年の4月から理化学研究所の大型放射光建設推進部に所属し、原研、理研、JASRI共同チームで先行開発ビームライン(現在のBL41XU)の建設に携わり始めた。このビームラインはタンパク質のX線結晶構造解析を目的として設計されたビームラインである。[1]本格的にビームラインの建設に携わり出したのは、1996年4月にSPring-8に移ってからであった。当時学生であった私はそれまでは、PFでの実験やユーザー対応のお手伝いなどの経験はあったもののビームラインの建設は初めてであったので大いに不安であったが、同時に見るもの全てが珍しかった。このころには、1997年9月供用開始予定のビームラインは4本に増え、すでにBL41XUは先行開発ビームラインではなかった。
 BL47XU(理研R&Dビームライン)とBL02B2が半月程度先行して建設されており、その担当者の経験に基づいての建設となった。この当時は何事も経験ということで、BL47XUのスリットやモノクロ、真空パイプといったビームラインコンポーネントを並べるための測量や実際の機器の並べ作業も自分たちで行った。実際のハッチの建設はこの年の9月に始まった。
 光学機器の設置はハッチ建設中に始められた。BL41XUは当時最も光学素子の多いビームラインであり、アンジュレータ光は標準型回転傾斜型二結晶分光器で分光され、縦集光と横集光用の二つのミラーによって集光される設計となっていた。この光学系コンポーネントの設置位置の測量も我々の手で行われた。実際のコンポーネントの並べ作業は業者によって進められた。
 X線を用いたコミッショニング作業では、まず、アンジュレータ光がフロントエンド部で予定通りの位置を通っているかの確認をリング電流100μAで蛍光板を用いて行われた。この時、我々は初めて本ビームラインの光を確認することができた。このことは、我々関係者にとって非常に喜ばしいことであった。と、同時に、いよいよビームラインのコミッショニングが本格化することを意味しており、体力的にきつい日々が始まることも意味していた。
 まず、光学ハッチ内に導入されたX線による分光器の調整に入った。X線の確認はモノクロメータ下流3mの位置に設置されたスクリーンモニター上で比較的容易に(開始後約20分)出来た。この状態で、スクリーンモニター上の測量によって決定された仮想光軸上に光を持ってくる努力が払われた。この時点では次の光学素子である第一ミラーまでの距離が短いことから、位置の合わせ込みは大雑把で良かった。
 続いて二つのスクリーンモニターを用いてビームの方向と位置を正確に決定することになる。ところが、本ビームラインには、光学系の集光条件の制約から光学素子が非常に密に詰まっているため、X線の光軸を変更してしまう縦集光用の第一ミラーの影響を受けない位置に第二のスクリーンモニターを事前に設置することが出来なかった。そこで、第一ミラーを退避させ、その直下流をマイラーで真空封止した上で、ミラー下流部のベローズを撤去し、そこに蛍光板を貼り、これを第二のスクリーンモニターとした。この位置はモノクロ中心から約10mの距離で、モノクロメータの第二結晶から直線で引いたときに光学素子に光があたらない最も遠い位置であった。このようにして、新たなスクリーンモニターを設置した後に、光を導入すべく、MBS(メインビームシャッター)を開いた直後にこのコミッショニング最大の問題が発生した。どのようにモノクロメータや第一ミラーを動かしても光が第二のスクリーンモニターに当たらないのである。散々悩んだ末に、その間にある光学素子がミラーとTC(Transport Channel)スリットの二つだけで、光路を遮るものがないはずなので、第一ミラーの動作系に問題がある可能性と測量ミスを考え、第一ミラーの上流端に蛍光板を貼り、これをとりあえず第二のスクリーンモニターとすることにした。MBSを開くと同時にこの蛍光板では光の位置を確認することが出来た。このスクリーンモニター上ですでに第一ミラー下流に光が通過するはずであることを確認し、再び、第一ミラー下流でモニターしてもやはり光の確認が出来なかった。その後、何人もで頭を突き合わせて議論したり実際に光を用いて光を通過させるよう努力したが、結局通過させることが出来なかった。最後の手段ということで、祈るような思いで第一ミラーのチェンバーを光軸から見通せるようにばらしたところ、ミラーが光軸方向に動かないように固定するために取り付けられていた分厚いアルミの板が上下さかさまに取り付けられており、その板が光軸をふさいでいることが判明した。この板を正規の方向に取り付けなおしたところ、きちんと第一ミラー下流で光を確認できた。その話を別のグループのビームライン建設経験者に話したところ、「光が通らないときの基本は真空を破って光軸を目視で眺めることだよ」と言われ、自分の目で確認することの重要性を痛感した。いずれにしろ、これでモノクロ下流の二点でビーム位置を確認することが出来るようになったので、定位置出射(エネルギーの変更に伴うモノクロ結晶のブラッグ角変更を行ってもビーム位置が変化しないような状態)の実現に向けて、モノクロメータの調整を開始した。しかし、この回転傾斜型二結晶モノクロメータの配置はこれまで親しんで来た比較的単純な二結晶モノクロメータよりはるかに複雑で、容易に目的の位置に光を持ってくることが出来なかった。それどころか、エネルギーの変更が思ったように出来ず、挿入光源グループが作成したアンジュレータのギャップ‐エネルギーの対応表とモノクロメータのブラッグ角から得られるエネルギーとが一致しなかった。同時に、吸収XAFSによる金属箔の吸収端測定にも失敗した。夏休みの長期シャットダウンまで時間がなかったこともあり、原因不明のまま作業を進行させたが、まったく目的を達成することが出来なかった。そこで、長期シャットダウン中に分光器グループによってモノクロ結晶の面方位の確認作業が行われた。その結果、納入業者による面方位の罫書きとは逆に(111)面が出ており、結晶が上下逆に取り付けられていたことが判明した。これも、基本的には第一ミラーでの教訓と同じで、事前の確認を充分に行うことの重要性を示している。一番始めにモノクロからの出射光を確認できたのは偶然にしろ僥倖としか言えない。また、この間に、シンチレーションカウンタによる強度モニター用のアルミ箔散乱体を選択することも可能なコンパクトなスクリーンモニターを第一ミラー及び第二ミラーの直下流に設置した。これによって、一々、モノクロメータの調整のためにビームラインの真空を破る必要がなくなった。
 長期シャットダウン後の9月、モノクロ結晶の付け替えも終わり、再びモノクロメータの調整が始まった。新たに設置したスクリーンモニター上での定位置出射(5keV〜25keVの範囲内でモノクロからの位置10mで縦横とも見た目移動しない)の実現と金属箔の吸収端によるモノクロメータのエネルギー校正も無事に終了し、いよいよ二つのミラーでX線を反射集光させ実験ハッチへ光を導く段階になった。第一、第二ミラーともにビームに対する所定の角度でX線を反射させることに成功し、実験ハッチ内に光を導入することが出来た。また、第一ミラーによる縦集光、第二ミラーによる横集光共に実験ハッチ内でX線像のポラロイド写真によって確認できた。しかしながら、想定していたミラーの曲率半径よりも小さな曲率半径でなければX線像を最小にすることが出来ず集光サイズも充分小さくならなかった。このことは、予想よりミラーの曲げ効率が悪いか、X線の光源が下流にあるか、X線の発散角が大きいことを意味している。第1、第2の原因はそれぞれ曲率半径の実測と想定光源点がモノクロ直上流という異常な位置を示しているため却下された。したがって、このミラーの曲率が異常になる原因はX線ビームの発散角が極端に大きくなっていることを意味している。実際、写真乾板によるX線像を顕微鏡で観察するとモノクロから出た光はいくつかのブロックに分離して見え、そのことが結果的に発散角を大きく見せていると思われる。その原因はモノクロメータ第一結晶に作成された、冷却用水路の影響であると思われる。近々、分光器グループによって改良の施された結晶が納入される予定であり、この点が解消されることを期待している。また、同時にtotal flaxも現在の5〜10倍になることが期待されている。
 我々に要求されていたゴニオメータ位置(モノクロから20m)での定位置出射(0.1mm以下の移動)は、この時点ではまだ実現されていなかった。すでに、10月の一般供用開始が近いこともあり、定位置出射はあきらめてエネルギー変更の都度ビームラインの光軸出しを行う方針とした。しかし、一波長に対して全ビームラインコンポーネントの光軸出しを行うと2〜3時間が必要となってしまい、ユーザーにとっては大変使いにくい状況であった。そこで、このころ新たにグループに参加した河本氏(現:JASRI BL41XUビームライン担当者)によって各X線エネルギーにおけるコンポーネント位置のテーブルと、ビームラインコンポーネントをテーブルから補完された位置に動かすプログラムが作成された。この方法によって現在ではエネルギー変更は10分程度で終了するようになっている。
 その後は主に実験ハッチ内の回折計のコミッショニングとなった。これも、コリメータとサンプルの回転軸の直行性や、サンプル回転軸の偏心など、ここには書ききれないほど多くの問題が発生した。現在では、神谷、河本両氏の努力によってさらに使いやすいビームラインとなっている。このようにして、私のBL41XU立ち上げは1997年4月で終了した。この間、実に多くの経験をさせていただいた。神谷氏を始め実に多くのいわゆる「利用系」といわれる方々にビームラインや光源について教えていただいた。これらの経験は今後、ビームラインを用いて実験を行う上で必ずや有効に生かされるであろうし、実験上ビームラインの設計が必要となっても躊躇なくそれに取り組むことが出来そうだと思っている。

参考文献
[1]神谷 信夫:タンパク質結晶解析ビームライン(BL41XU)の概要、SPring-8利用者情報Vol.1,No.3,July (1996), 24〜26


河野 能顕 KAWANO  Yoshiaki
理化学研究所・播磨研究所
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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