ページトップへ戻る

Volume 04, No.1 Pages 21 - 25

3. その他のビームライン/OTHER BEAMLINES

生体高分子結晶構造解析BL41XU実験ステーションについて
Current Status of Bio-crystallography Beamline BL41XU Experimental Station

河本 正秀 KAWAMOTO Masahide

(財)高輝度光科学研究センター 利用促進部門 JASRI Experimental Facilities Promotion Division

Download PDF (300.37 KB)


1.概要
 BL41XUは、(1)高エネルギーX線による重原子多重同型置換法(MIR)と重原子誘導体に対して最適化した異常分散効果の測定(OAS)を組み合わせた「MIR−OAS」によるタンパク質結晶解析のルーチン化、(2)ビームラインの高輝度特性を生かした超分子複合体や微小結晶などへのX線結晶解析法の適用範囲の拡大、を目的として建設された共用ビームラインである。BL41XUは1997年7月に立ち上げ作業が開始され、同10月には共同利用実験に提供された。本稿では1998年11月末の時点におけるBL41XUの現状と今後について報告をおこなう。BL41XUの概要と立ち上げ過程については、神谷による報告(本誌Vol.1,No.3,P24〜26、及びVol.2,No.6,P22〜24)を参照していただきたい。

2.ビームライン光学系について
 BL41XUのビームライン光学系は図1のような構成になっている。
 
 
 
図1 BL41XU光学系(光学ハッチ・実験ハッチ1)の模式図 
 
 光源には真空封止型標準アンジュレータ(周期長32mm、周期数140)を、分光素子にSi111面を用いた回転傾斜型二結晶分光器を採用し、アンジュレータの1次から3次光を用いることで7〜38keVまでのX線が利用可能となっている(ただし現在のところ、熱負荷対策のためアンジュレータのミニマムギャップに制限がかけられており、17.5〜19keVの間は利用できない)。
 集光素子には鉛直方向用に300mm長、水平方向用に700mm長の2枚のミラーをKB配置にしてある。これらのミラーは溶融石英の母材上にRh、Pt、およびスーパーミラーをそれぞれ約10mm幅で蒸着してある。利用するエネルギー領域によってこれらのコート材を使い分けることで、7〜38keVまでのX線を高輝度特性を損なうことなく集光することが可能となっている。
 しかし現在のところいまだ解決できていない問題点がいくつか存在し、そのため当初の仕様を完全に満たすには至っていない。その問題の1つとして分光器結晶があげられる。分光器の第1結晶にはピンポスト加工による直接水冷結晶を用いているが、加工による完全性の低下と表面形状の歪みのため、ビームの発散角及びプロファイルにかなり問題がある。そのために当初の想定より、集光後の強度が1.4×1012 photons/sec.(12.4keV、蓄積電流39mA時)と約1桁、また集光後のビームサイズが半値幅で縦〜300μm×横〜200μmと数倍悪くなっている(図2)。

 
 
   
 
図2 各エネルギーにおける試料位置でのビームプロファイル1マスは50μm×50μmである
 
 また回転傾斜型二結晶分光器の各軸の調整が不十分なため、定位置出射が実現できていない。そのためビームラインをあるエネルギーに設定するのに、各コンポーネントを走査して最適な位置を決めてやる必要があった。しかしBL41XUのビームライン光学系はSPring-8で現在稼動中のビームラインの中でもかなり複雑な部類に属するので、すべてのコンポーネントの走査には多大な時間(3〜4時間)がかかっていた。
 この点に関しては、基準となるエネルギー(12点)についてあらかじめ各コンポーネントの最適な位置を決定してデータベース化しておき、中間のエネルギーについてはそのデータベースから補完して求める、という方法を取っている。また現在では、この操作をLabVIEWで自動化することで10〜20分程度で自由なエネルギーに設定することが可能となっている。 
 
3.実験ステーションについて
 BL41XUのゴニオメーターは検出器が固定されており、試料部が移動することで試料−検出器間距離を変更するという若干特殊な設計になっている(図3)。ビーム軌道はミラーで集光しているため、ゴニオメーターの載っている定盤に対して斜めになっており、試料−検出器間距離を変更するとゴニオメーターのアライメントを取り直さなければならない。また上述したように定位置出射が実現できていないので、エネルギーを変更した場合にも同様である。 
 
 
 

図3 ゴニオメーター 
 
 このアライメント作業もLabVIEWによる自動化をおこなっており、15分程度で走査と設定が終了する。このアライメント作業ではピンホール付きゴニオメーターヘッドを使用するので、試料を撤去する必要がある。しかし凍結試料によるMAD測定などのように、一度設置した試料をゴニオメーターから撤去したくない場合もある。そのような場合には、(1)あらかじめ試料を設置する前に、使用するすべてのエネルギーでアライメントを取り、そのときのゴニオメーター各軸のパラメーターを記録しておく(2)エネルギーを変更したら、そのエネルギーでのパラメーターを再現してやることで試料を設置したままアライメントを取る、という方法を使う。ゴニオメーターの位置再現性やビーム軌道の安定性から考慮して、短期間(パラメーターの記録から再現まで1〜2日間)であれば実用上何の問題もなく測定をおこなうことができている。
 高輝度のX線による試料の劣化を防ぐためには、液体窒素温度下での測定が非常に有効である。そのための装置として冷却窒素ガス吹付け装置を設置してある。以前はOxford Cryosystemsの製品を使用していたが、現在はRIGAKUの製品を設置している。この装置は空気中の窒素を抽出・冷却するため、液体窒素の補充が不必要で長時間にわたる測定時に便利である。この変更に伴い、ゴニオメーター架台と吹付けノズル設置部に若干の改造を加えた。これにより試料周りの作業空間が少し広くなり試料の設置がおこないやすくなった(と筆者は思っている)。なおリングの蓄積電流が70mAになった現在、BL41XUの1次光領域(7〜17.5keV)におけるX線強度では、ほとんどのタンパク質で1個の結晶から室温下でフルデータセットを収集することは不可能になってきている。よってユーザーには最適な抗凍結剤条件の検索や試料の凍結・設置方法の修得など、クライオ実験に対して万全の準備をしてくることを強くお勧めする。
 撤去されたOxford Cryosystemsの冷却窒素ガス吹付け装置は、測定準備室にオフラインで設置してあり、試料の凍結と液体窒素保存が可能となっている。また同準備室にはMSC社の「Cryo-Xe-Siter」があり、試料中へのXe充填と凍結封入をおこなうことができる(図4)。BL41XUは38keVまでの高エネルギーX線が利用可能なのでXeのK吸収端による異常散乱測定やMAD測定が行える。これらの測定は今後BL41XUの「売り」のひとつになっていくものと筆者は考えている。 
 
 
 
図4 MSC製「Cryo-Xe-Siter」 
 
 「MIR−OAS」の片翼である『最適化された異常散乱測定(OAS)』には、測定に用いる結晶自身によるXAFS測定が不可欠である。そのための測定系としてイオンチェンバーとシンチレーションカウンターを用意している(図5)。 
 
 
 
図5 XAFS測定の様子 
 
 本原稿執筆時(1998年11月末)では検出器として、オンラインではRIGAKU製R-AXIS4、オフラインでは平板型大型イメージングプレート用カセットが利用可能である。R-AXIS4は検出面積300×300mmで、2種類のイメージングプレート(ホワイト、ブルー)を各2枚ずつ搭載しており、露光−読み取り−消去の1サイクルに要する時間は約5分である。平板型大型イメージングプレート用カセットは最大検出面積800×800mm(400×800mmのイメージングプレートを2枚使用時)で、オフライン読み取り装置を2台導入しているので1枚当たりの1サイクルは約6分となっている(イメージングプレート自体は20枚用意している)。それぞれの検出器での利用可能な試料−検出器間距離は、R-AXIS4が260〜780mm、平板型大型イメージングプレート用カセットが260〜1130mmである。
 また線状レーザー光とCCDを利用したイメージングプレート自動読み取り系は現在最終調整中であり、1999年初めにはユーザーによる利用が可能となる(と期待している…)。調整段階での性能は検出面積400×500mm、1サイクル約4分、利用可能な試料−検出器間距離は300〜1500mmとなっている。
 BL41XUでは上記のように多種の検出器を交換して利用可能であるが、それぞれの交換には結構な時間と手間を要する。また測定に使用するソフトウェアの設定ファイルの変更と再起動も必要となる。よって自分の測定したい結晶の格子定数・必要とする分解能・使用するエネルギー(波長)などを考慮した上で検出器を選択していただきたい。
 測定に使用するソフトウェアには、RIGAKU製R-AXIS4の測定ソフトウェアを土台にしたものを利用している。ルック&フィールは似ているのだが微妙なところで異なっている部分もあるので、使用する前には必ずビームライン担当者に使い方を聞いておくことが肝心である。このソフトウェアは設定ファイルの変更により異なる検出器であっても同様のルック&フィールで測定をおこなうことができる設計になっている。
 指数付け・測定シミュレーション・精密化・反射強度収集には、RIGAKU製のBL41XU用「AUTOシステム」を用いている。このシステムでは測定と並行した指数付け・精密化・反射強度収集が可能となっている(従来通りのオフラインでの処理も可能)。また測定準備室のワークステーションにも「AUTOシステム」がインストールしてあり、実験後にオフラインで処理をおこなうこともできる。「AUTOシステム」以外の処理システムをBL41XUのワークステーションにインストールするかどうかについては、当面のところ予定はない(特にこの分野で広く用いられている「DENZO」についてはJASRI内部でも検討を開始しているが、共同利用に関するライセンスの問題がクリアにならないので現状ではまだ導入の見通しは立っていない)。
 貴重なビームタイムは測定だけに専念してデータ処理は研究室に帰ってからゆっくりとおこないたい、というユーザーもいると思うが、そうした場合の問題は測定データの互換性である。BL41XUでは試料(ゴニオメーター)横置きで検出器がR-AXIS4とか、平板型大型イメージングプレートなど他所では見られない測定系になっている。そのためこれらに正しく対応した処理ソフトウェアは、現在のところBL41XU用「AUTOシステム」だけとなっている。BL41XU用「AUTOシステム」の頒布については開発元であるRIGAKUに各自問い合わせいただきたい。それ以外の処理ソフトウェアでも、パラメータファイルを適当に編集することで処理ができる。現在「MOSFILM」で処理できることがユーザーにより確認されている。またR-AXIS4用「PROCESS」でも原理的には処理できる。ただしそれらのソフトウェアによる処理について筆者は未経験であるので、変更や使用方法の詳細に関してご存知の方がおられればぜひご報告いただきたい。 
 
4.BL41XUの今後
 以上にBL41XUの現状を述べてきたわけであるが、今後の計画としては、 
 
 (1)CCD−X線検出器の導入(読み取り時間の短縮)
 (2)ゴニオメーターの改良(微小結晶対応、自動センタリング・軸立て機能の実現)
 (3)XAFS測定用SSD検出器の導入(XAFS測定の高感度化)
 (4)エネルギー変更プログラムの改良(MAD測定の支援) 
 
などを検討している。
 BL41XUは共同利用開始後の1年間で50以上の課題が実行されており、配分ビームタイム数の少ないグループでは半年間に3シフトが1回というところも珍しくない。そのため次に実験に来たときにはガラッと様子が変わっていて戸惑った、ということもある。これまでの1年間でもだいぶ変わったし、これからの1年間でもまた変わるだろう。そこでビームタイムの前や実験の際にはビームライン担当者と連絡を充分に取っておくことが、満足のいく実験をおこなううえで重要であろう。
 最後に、BL41XUの立ち上げ・調整に関与した理研の神谷信夫、河野能顕、朴 三用の各氏、実験ステーショングループ・テクニカルスタッフの石澤康秀氏、姫路工業大学理学部・安岡研究室、名古屋大学工学部・山根研究室、名古屋大学理学部神山研究室、京都大学理学部三木研究室ならびにSPring-8光源グループ、挿入光源グループ、光学素子グループなど多数の皆様に感謝の意をあらわしたい。
 
 

河本 正秀 KAWAMOTO  Masahide
(財)高輝度光科学研究センター
放射光研究所 利用促進部門
〒679-5198 
兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-2750 
FAX:07915-8-2752
e-mail:kawamoto@spring8.or.jp
略歴:平成8年3月大阪大学大学院理学研究科博士後期課程(生物化学専攻)修了、同年理化学研究所基礎科学特別研究員、平成10年4月より(財)高輝度光科学研究センター研究員。博士(理学)。
最近の研究:タンパク質結晶解析における周辺技術開発。
趣味:ビデオゲーム、SF、タンパク質の精製と結晶化。 
 
化学試料準備室の利用について
 化学薬品を使った測定試料の調整に利用できる準備室を整備しました。場所はリング棟D1扉そばのd共1、d共2の2部屋です。ご活用下さい。
 共用ユーザーの方で利用を希望される方は、利用開始希望日の10日前までに利用業務部宛てに利用申請書をe-mail(uoffice1@spring8.or.jp)で提出し、ビームライン担当者の承認及び化学試料準備室担当者の利用許可を受けて下さい。利用にあたっては、別に定める「化学試料準備室利用の手引き」を遵守下さい。なお、実験廃液の原液及びその一次洗浄液・二次洗浄液は、ポリ容器に個別回収して、利用課題終了後お持帰り下さい。

 おもな設備・機器は以下のとおりです。
 ドラフトチャンバー・スクラバー、中央実験台、流し台、電子天秤、送風乾燥器、真空乾燥器、真空ポンプ、全自動製氷機、ロータリーエバポレーター、冷却水循環装置、ホットスターラー、攪拌機、蒸留水・イオン交換水製造装置、pHメーター、超音波洗浄器、マッフル炉、ガスクロマトグラフ分析装置、アスピレーター、デジタル恒温水槽。
 なお、マッフル炉、ガスクロマトグラフ分析装置、ロータリーエバポレーターを使用される方は、事前に利用講習の受講をお願いいたします。
 詳細はSPring-8のホームページ(http://www.spring8.or.jp/JAPANESE/user_info/)に掲載していますのでご参照下さい。
<問い合わせ先>
JASRI利用促進部門 横田 滋 e-mail : yokota@spring8.or.jp(TEL : 07915-8-0854)



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794