ページトップへ戻る

Volume 04, No.1 Pages 18 - 20

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

高エネルギー非弾性散乱BL08W実験ステーションについて
Current Status of High Energy Inelastic Scattering BL08W Experimental Station

水牧 仁一朗 MIZUMAKI Masaichiro

(財)高輝度光科学研究センター 利用促進部門 JASRI Experimental Facilities Promotion Division

Download PDF (118.02 KB)


1.はじめに
 BL08Wは共用ビームラインのひとつとして、高エネルギー非弾性散乱特にコンプトン散乱実験を目的として立ち上げられた。現在SPring-8唯一のウィグラービームラインである。1997年10月から放射光を用いてビームラインの評価が始まり、1998年10月までにユーザーによりいくつかの実験も行われてきたが、ようやくビームラインとして第一歩を踏み出した段階である。
 本文ではBL08Wのビームラインと実験ステーションの現状について紹介する。

2.ビームラインと実験ステーションの概要
2-1.ビームラインについて

 まず本ビームラインの光学系について上流から順に紹介する。挿入光源はElliptical Multi Pole Wigglerを用いている。これにより円偏光または直線偏光を生成する。光学素子はステーションが2つあるため、2つのモノクロメーターを設置している。一方は磁気コンプトン散乱用のモノクロメーター(図1)でJohann型を採用し、Si(771)を用いている。エネルギー領域は270keVから300keVまでをカバーしている。分解能は274keVのエネルギーにおいて1.5×10−3 であり、photon数は毎秒1×109 である。もう一方は、高分解能コンプトン散乱用のモノクロメーター(図2)で擬2次元湾曲型を採用し、Si(400)を用いている。エネルギー領域は100keVから120keVまでをカバーしている。分解能は5×10−3 であり、photon数は毎秒1×109 である。それぞれのモノクロメーターの詳しい説明は文献〔1, 2〕を参照していただきたい。 
 
 
 
図1 磁気コンプトン散乱用モノクロチャンバー 
 
 
 
図2 高分解能コンプトン散乱用モノクロチャンバー 
 
2-2.実験ステーションについて
 本ビームラインには既に述べたように2つの実験ステーションがある。一つは磁気コンプトン散乱用のステーションAで、もう一つは高分解能コンプトン散乱用のステーションBである。以下にそれぞれのステーションの検出器および付帯設備について述べていく。
 ステーションAには最大印加磁場3Tの超伝導マグネット(図3)が導入されており、既にこの装置を用いた磁気コンプトン散乱実験がいくつも行われてきた。この超伝導マグネットの特徴は3Tという強い磁場を5秒で反転できることにある。これにより磁気的に硬い系を実験対象とすることができ、磁気コンプトン散乱測定の幅を広げた。ステーションAの検出器はSSDを用いている。現在は1素子のSSDを用いているが、将来的には10素子のSSDを用いることになる。次に測定方法であるが、以下のようになる。 
 
 
 
図3 3T超伝導マグネット 
 
①磁場を光の波数ベクトルと平行にかける。
②散乱光子数をSSDにより計測する。
③磁場を反転する。(光の波数ベクトルと反平行に対応)
④散乱光子数をSSDにより計測する。
というサイクルを繰り返し、②と④で得られたスペクトルを差し引くことにより磁気コンプトン散乱スペクトルを得ることができる。磁化の値が1μB程度であれば、現在の測定系で1スペクトルを得るのに約3日かかる。測定はサンプルをセットすれば、㈱ラボラトリィ・イクイップメント社のソフトにより自動測定が可能である。測定データはハードディスクに保存される。データの持ち帰りはMOおよびFDで行っている。また低温での測定も可能で8K程度まで冷却することが可能なクライオスタット(図4)を設置してある。高温側は室温までしか測定できない。 
 
 
 
図4 試料用冷凍機 
 
 ステーションBはまだ立ち上げ途中である。高分解能コンプトン散乱実験の心臓部であるスペクトロメーターと検出器はまだ導入されていない。スペクトロメーターは1999年5月をめどに導入され、立ち上げが行われる予定になっている。検出器は位置敏感型のものを用いる予定である。これらのシステムにより、運動量分解能が0.1a.u.以下と非常に高いコンプトン散乱測定を目指している。

2-3.実験を成功させるために
 上述した装置を使って良いデータをとるためにはどうしたらよいか?今までのユーザー実験の経験からいくつかのコメントを述べたい。とにかくバックグラウンドが非常に多い。このバックグラウンドには
①空気からのコンプトン散乱
②鉛の蛍光X線
③試料ホルダーからのコンプトン散乱
などがある。このバックグラウンドをどれだけ落とすことができるかがこの実験の成否を決定する。①に対してはビームパスを作り、その中を真空にすることでかなり減じることができる。②、③に対しては鉛でSSDをできるだけ覆ってしまいSSDが試料だけをみるようにすればバックグラウンドを落とすことが可能である。またビームラインに設置してある4象限スリットを用いてモノクロメーターからの前方へのコンプトン散乱を減らすことも大切である。またシグナルのカウントを稼ぐには、300keVという高エネルギーを使用しているために試料と光子との相互作用が少ないため、なるだけ試料の有効厚みを増やさなければならない。以上のようなことに気をつけてセットアップを行えば、S/N比の良いデータが取れるであろう。

3.BL08Wのこれから
 供用が始まってから1年がたち、いくつかのデータもとれビームラインとして機能し始めた。が一方で問題点も浮上してきた。一つには磁気コンプトン散乱用ステーションの光子数がまだユーザーの希望に添えていない点がある。これについては1999年1月に挿入光源のgapを20mmまで閉めることができるようにチャンバーを改造することで改善の方向に進むであろう。またモノクロについても検討を進める必要があるであろう。来年度には高分解能コンプトン散乱のステーションも立ち上がってくる。BL08Wにおいての研究がより充実したものになり、物性研究の一翼を担うことができるようにステーションの高度化をはかっていくつもりである。

 最後にBL08Wの実験ステーションは姫路工業大学理学部坂井信彦教授をはじめとして、坂井研究室の小泉昭久助手・平岡 望(D2)・角谷幸信(M2)・生子雅章(M2)およびJASRIの櫻井吉晴・伊藤真義の各氏によって立ち上げが行われたことを報告しておく。

参考文献
[1]山岡人志、平岡 望、伊藤真義、水牧仁一朗 :
SPring-8利用者情報Vol.3,No.2,March(1998)16-20
[2]H.Yamaoka,T.Mochizuki,Y.Sakurai,and H.Kawata : J.Synchrotron Rad.(1998)5,699-701



水牧 仁一朗 MIZUMAKI  Masaichiro
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 利用促進部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0913 FAX:07915-8-2752
e-mail:mizumaki@spring8.or.jp



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794