Volume 03, No.6 Pages 48 - 49
6. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
BSR ’98報告
Report on BSR ’98
アメリカ有数の都市シカゴから車で南に走ること40分、アルゴンヌ国立研究所内に位置するAPS(Advanced Photon Source)に到着した。この第三世代放射光施設に敷設された会議場が、去る8月4〜8日にかけて開催された第6回BSR(Biophysics Synchrotron Radiation)’98のメイン会場である。参加者は総勢200人弱ほどであり、国際会議としては比較的小規模である。しかし参加者の顔ぶれを見ると、Johann Deisenhofer、John E.Walker等のノーベル賞受賞者を初めとした著名人が揃っており、各領域の先端的議論が期待できる。
まず一日目の講演では、放射光の利用が蛋白質の構造解析にとって今日いかに必要不可欠になりつつあるかが議論された。Wayne A.Hendricksonによると、過去数年にNature, Scienceなどの一流科学誌に掲載された蛋白質構造は、半数近くが放射光を利用して解析されていることを示し、その比率は年々増加しているそうである。また、過去10年に多波長異常分散法で構造が解析された件数は、1995年頃から大きく増加しており、これは第三世代放射光施設の本格稼働の時期と一致すると述べた。今回の学会はある面でMAD学会とも言っていいくらいで、多波長異常分散法による構造解析の重要性は多くの講演者が強調していた。遺伝子工学的な手法によるセレン原子の蛋白質への導入、キセノンやクリプトン気体誘導体の調製、低温法によるデータ収集、CCD検出器による迅速データ収集などの新規な手法が、多波長異常分散法と相まって今後の主要な構造解析法になるという意見が大勢を占めていた。今や、位相問題は計画的に解決されうる問題になってきていると感じた。その他、ラウエ法による時分割構造解析や超高分解能解析などの放射光ならではの講演が続いたが、特に興味をひいたのがESRFの微小結晶用構造解析ビームラインを紹介した講演であった。ビームが30ミクロン程まで絞られており、通常のビームラインではアライメントが困難な数十ミクロン程度の微小結晶も測定できるように顕微鏡が備えられていた。このラインの最初の成果として、最近バクテリオロドプシンの高分解能解析がなされたそうで、今後も結晶解析に大きく貢献していくだろうと思った。SPring-8にもこのようなラインがあると助かるのだが。講演終了後には、APS内の見学ツアーが行われた。ホール内の天井はSPring-8よりはやや低く、通路もかなり狭くて雑多な印象であった。しかし、各ステーションは予想していたよりも完成度が高く、特に各構造生物学用のステーションでは既にかなりの新規構造が解かれていた。ほとんどのラインでCCD検出器とクライオ装置を備えていた。Hendricksonのステーションでは波長の選択が容易に行える設計になっており、MAD測定を強く指向していた。また、B.C.Wangも現在ライン建設に向けて設計を行っておりCCD検出器の選定中だそうである。
2日目の講演では放射光を利用した構造生物学が今後どのように発展していくかについて議論された。リニアックを利用した更に高輝度化された第4世代放射光施設の計画、シリコンをピクセル化した高ダイナミックスレンジ検出器、ヘリウムガスを利用したクライオ装置などの発表が目をひいた。夕方からのポスターセッションでは、「APSでの超高速MADデータ収集」という発表が目をひいた。これは、セレノメチオニンを導入した蛋白の全MADデータをわずか4時間ほどで収集し、自動的に分子モデルを組み上げるプログラムを使って1日のうちに構造解析を終わらせてしまったというものである。今後、蛋白質の構造解析はどんどん自動化されていくのは分かっていたが、ついにここまで来たかという印象であった。最終日はAda Yonathの講演が印象的であった。彼女は以前からribosomeの構造解析を行っているが、今回6Å分解能ほどの構造を示した。全体構造が完全に解析できれば、今までで最大の結晶構造になるはずである。その後、シカゴ市内のField Museumでバンケットが行われた。ここはいわゆる民俗博物館だが、凄いのは、アメリカ開拓史を子供の動物や絶滅した動物を含めた数百頭の剥製で表現してあり、その規模と発想に驚かされた。ここでディナーになり、最後の挨拶で、次回のBSRは2001年にブラジルのリオデジャネイロで開催されることが発表された。次はSPring-8かと思っていたので、少し意外であった。翌日はしばらくシカゴ市内を観光し帰途についた。遊びの誘惑のない非常にアカデミックな環境で、学会三昧の一週間であった。
宮武 秀行 MIYATAKE Hideyuki
理化学研究所・播磨研究所 生体物理化学研究室
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