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Volume 03, No.6 Pages 40 - 44

5. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

ダイヤモンドX線移相子を用いた円偏光変調法によるXMCD測定
Helicity-modulation Technique with Diamond Phase Retarder for XMCD Measurements

鈴木 基寛 SUZUKI Motohiro

(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 JASRI Research Sector

Abstract
Helicity-modulation technique for accurate measurements of x-ray magnetic circular dichroism (XMCD) has been developed by a combination of a diamond x-ray phase retarder and a phase-sensitive detection system. A measured XMCD spectrum at the Fe K-edge in CoFe2O4 agreed with that obtained with a conventional magnetic field inversion method. The new technique gave the spectrum with higher statistical accuracy in shorter measuring time.
 
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1.はじめに
 X線磁気円偏光二色性(x-ray magnetic circular dichroism; XMCD)は、試料を構成する個々の元素の磁性に関する情報を与える分光法である。磁化した試料の、右回り(RHC)と左回り(LHC)円偏光に対する吸収係数の差がXMCDとして定義される。硬X線領域に観測されるXMCDの信号は大きくなく、遷移金属元素の K-吸収端における典型的なXMCDの大きさは通常の吸収係数の10−3 程度である。このように微弱な信号を精度良く測定することが要求される。
 これまで、ほとんどのXMCD測定は磁場反転法と呼ばれる方法によって行われてきた。この測定法では、ヘリシティが固定された(楕)円偏光を試料に入射し、試料に印加する磁場の方向を入射X線の方向に対して平行と反平行に切り替え、磁場反転による吸収係数の差分を求めることによりXMCDを得ていた。蓄積リングの電子軌道面から外れた方向に放射される偏向電磁石からの放射光や、楕円マルチポールウィグラーおよびヘリカルアンジュレータといった挿入光源によって発生した(楕)円偏光が用いられてきたためである。これらの光源からのX線はヘリシティが固定されているか、あるいは短時間でのヘリシティ切り替えが容易ではない。磁場反転法は「静的」な測定法であり、原理的に通常の吸収スペクトルの測定と同等な統計精度しか得られない。したがって、10−3 オーダーの信号を解析に十分なS/N比で測定するためには、それに応じた長い測定時間が必要であった。そのほか、入射X線強度の変動の影響を受けやすいことや、外部磁場の反転によって試料の磁化が完全に反転しない場合には系統的な誤差を生じるという問題があった。
 可視光あるいは赤外線領域の分光実験では、ロックインアンプを用いた変調分光法が一般的に使用されている。チョッパーを用いて光強度を変調したり、ピエゾ光学変調器による偏光変調分光が行われている。また、磁化測定に用いる振動試料型磁力計(VSM)にもロックイン検出法が応用されている。このように、微弱な信号を精度良く検出するために、ロックイン検出法は非常に有効である。
 X線透過型移相子[1−5]は、X線の偏光状態を制御する光学素子として有用である。シリコンやダイヤモンドなどの完全結晶に近い結晶をブラッグ回折条件の近傍で用いると、透過光のσ偏光とπ偏光との間に位相差が生じることが知られている。このことを利用し、もともと水平方向に直線偏光した放射光X線を、右および左回りの円偏光に変換 (λ/4板)、あるいは垂直方向の直線偏光に変換(λ/2板)する移相子として用いることができる。結晶のブラッグ角からのずれ(オフセット角)を最適に調整することにより、比較的広い範囲のエネルギーのX線に対して移相子としてはたらく[2]。また、ブラッグ角を中心として結晶を振動させることにより、100Hz程度の周波数で偏光状態を高速に切り替えられることが報告されている[3]
 ダイヤモンドは10keV前後のX線に対して透過率が高いため、比較的厚い結晶を移相子として用いることが可能である。その結果、オフセット角に対する位相変化が緩やかな条件で使用できる。このためアンジュレータ光の平行度とのマッチングがよく、直線偏光を効率よく円偏光に変換することができる。
 移相子結晶にダイヤモンドを用いた場合の、オフセット角と位相差および得られる円偏光度との関係を Fig.1に示す。オフセット角が−76秒のときRHC、+76秒のときにLHCの円偏光が得られる。ブラッグ角から数十秒だけ結晶の角度を変化させることでヘリシティの反転を行うことができ、また円偏光度も非常に高い。SPring-8 BL39XUビームラインでは、E=7.12keVにおいてPc〜0.99の円偏光が得られている[5]。 X線透過型移相子のさらなる詳細については文献[4]を参照されたい。  

  
 
Fig.1  Phase shift and circular polarization rate, PC, as functions of an offset angle depart from the exact Bragg condition. These are calculated for a 0.5 mm-thick diamond crystal in 220 Laue transmission geometry at E = 7.11 keV.
 
 X線移相子によって左右のヘリシティが周期的に切り替わる円偏光を発生し、ロックイン検出法を用いて偏光変調の周波数に同期した信号のみを検出することにより、XMCD測定のS/N比は格段に向上することが期待される。ダイヤモンドX線移相子とロックイン検出法を組み合わせることによりX線領域の円偏光変調分光法[6, 7]を開発することが、本研究の目的である。 
 
2.実験装置
 実験はBL39XU生体分析ビームライン[8]で行った。標準型真空封止アンジュレータと標準型Si 111二結晶分光器を装備した硬X線ビームラインである。光学ハッチ内の分光器下流に設置されたPtコートの平面鏡を用いることにより、分光器出射光に含まれる高次光成分を3桁程度減衰させることができる。BL39XUビームラインに既設のXMCD測定系に、ピエゾ圧電素子駆動による移相子結晶振動台[3]とロックイン検出回路系を付加することにより、 X線領域での偏光変調分光を実現した。
 Fig.2に偏光変調XMCD測定のための実験装置を示す。アンジュレータの基本波を光源として用いた。分光器上流、発光点から29mの距離にあるフロントエンドスリットを開口0.5×0.5㎜にし、アンジュレータの軸上放射を取り出した。アンジュレータ光は水平方向に直線偏光しており、上記のスリット条件での直線偏光度は99.9%以上である[5]。 
 
 
 
Fig. 2  Experimental setup of x-ray magnetic circular dichroism measurements with a helicity-modulation technique. 
 
 分光器によって単色化されたX線は移相子に入射し、直線偏光から円偏光へと変換される。図には示していないが、Ptミラーを視斜角5mradで使用し、高次光をカットした。また、移相子のすぐ上流に開口縦1.0×横0.5㎜の4象限スリットを設置し、ビームを整形した。
 移相子結晶として用いたのは、厚さ0.5㎜の人工ダイヤモンド(111)結晶(住友電気工業製)である。の対称ラウエ配置を用い、入射X線の電場ベクトル(水平方向)に対して反射面を45度だけ傾けて配置した。移相子結晶はピエゾ圧電素子によって駆動される振動台に乗っており、ピエゾ振動台は 45度傾斜回転軸を持つω-2θゴニオメーター上に取り付けられた。
 ω-2θゴニオメーターステージにより、移相子の角度をブラッグ角θBに調整した後に、ピエゾ素子振動台により移相子をθBを中心として周波数40Hzで振動させた。振動の振幅Δθを円偏光生成に最適な角度になるように、ピエゾ素子に加える交流電圧を調節した。このようにして、RHCとLHCの円偏光を40Hzの周波数で切り替えて発生した。ピエゾ素子振動台の写真をFig.3に示す。 
 
 
 
Fig. 3  Piezo-driven oscillation stage.  Expansion of a piezo-electric translator causes a fluctional rotation of a phase retarder crystal.
 
 電磁石によって発生した0.6Tの磁場により試料を磁化した。磁場方向は入射X線の方向に対して45度だけ傾いている。偏光変調法では磁場方向の反転ではなく円偏光のヘリシティを反転させることによってXMCDを測定する。したがって、1本のスペクトル測定の間、磁場の極性を一方向に固定したままにした。
 ここで、偏光変調法ではXMCDの信号をどのようにして検出するかについて述べる。XMCDを示す試料のRHCとLHCのフォトンに対する吸収係数を、それぞれμtおよびμtと定義する(tは試料の厚さ)。上に述べたような交互にヘリシティが切り替わる円偏光が試料に入射すると、ヘリシティの交番に同期して吸収係数がμtμtとの間で振動する。入射光の偏光状態を交番することによって試料の透過光強度が変調されるわけである。この吸収係数の振動の振幅

 Δμtμtμt        (1)

が直接にXMCDを与え、時間平均

 =(μtμt)/2          (2)

が通常の吸収を与える。
 試料への入射X線強度I0および透過X線強度Iをイオンチェンバーで測定した。これらの電流信号は、カレントアンプ(KEITHLEY 428)によって電圧信号VI0)とVI)にそれぞれ変換されたのちに、対数変換回路に入力される。対数変換回路はアナログ演算を行い、吸収係数μt=ln[VI0)/VI)]に比例した電圧信号Vμt)を出力する。式(1)に示したように、Vμt)の交流成分すなわち振幅はXMCDに比例する。ロックインアンプ(EG&G PARC 5210)で交流電圧成分を測定し、XMCD信号を得た。一方、式(2)よりVμt)の直流成分すなわち時間平均は通常の吸収に相当し、デジタルマルチメーター(KEITHLEY 2000)で測定した。このようにして、 XMCDと通常の吸収を直接にしかも同時に測定した。偏光変調法ではロックインアンプを用いることにより、偏光変調の周波数に同期した信号成分のみを検出し、その他の周波数のノイズ成分を落とすことができる。そのため、測定データのS/N比が格段に向上した。

3.円偏光変調法によるXMCDスペクトル
 偏光変調法を鉄のK-吸収端(E0=7.110keV)におけるXMCD測定に応用した。Fig.4にCoFe2O4 試料のXMCDスペクトル(黒丸)とXANESスペクトル(実線)を示す。E0−33eVからE0+87eVの120eVのエネルギー範囲において、1eVのステップで測定した。ロックインアンプの時定数は1秒であり、1つの測定点につき10秒間積算した。約30分で1本のスペクトルが得られた。なお、図に示したXMCDスペクトルは2回の測定の平均であり、合計の測定時間は約1時間である。対数変換回路によって掛かる係数および円偏光ヘリシティ切り替えのデューティ比を考慮して、ロックインアンプで測定した生データからXMCDの値を求めた。円偏光度に対する補正は行っていない。XANESスペクトルのエッジジャンプは生データのままである。 
 
 
 
Fig.4  An x-ray magnetic circular dichroism spectrum at the Fe K-edge in CoFe2O4, measured with the polarization-modulation technique.  A XANES spectrum of the sample is shown in the bottom.
 
 1点わずか20秒の測定時間で10−5 台の統計精度が得られた。吸収端より高エネルギーの領域の微細構造が高いS/N比で観測されていることに注目したい。吸収端よりも高いエネルギーでは試料の透過光強度が減少するため、従来の測定法では高精度なXMCDスペクトルを測定することが容易ではなかった。吸収端から+62eVのエネルギーに、多電子励起(multi-electron excitation)に起因すると考えられる構造が明瞭に観測されている。
 比較のために、従来の磁場反転法による同じ試料のXMCDスペクトル[9]を白丸で示す。このスペクトルは、PFのBL−28Bのマルチポールウィグラービームラインで約10時間かけて測定された。測定時の円偏光度が異なるため、+13eVの負のピークと+20eVの正のピークの値が一致するように、磁場反転法のスペクトルに倍率をかけて示した。
 偏光変調法によるXMCDスペクトルは磁場反転法によるスペクトルと良く一致しており、偏光変調法を用いた測定時間1時間のスペクトルの方がS/N比が高いことがわかる。 注意したいのは、これらの2本のスペクトルを測定した時の試料位置でのフォトン数が、SPring-8 BL39XUとPF BL−28Bとでほぼ同じだったということである。SPring-8はリング電流20mAで運転しており、アンジュレータ光の取り込み角は水平、垂直方向とも10μradであった。また、このエネルギーにおけるダイヤモンド移相子の透過率は25%である。一方、PFは300mA運転であり、BL−28BはマルチポールウィグラーからのX線を水平方向 4 mrad、垂直方向0.2mrad取り込み、ミラーで試料位置に集光している[10]。その結果、試料位置でのフォトン数は両ビームラインで大差ない。したがって、XMCDの精度の違いは偏光変調法と磁場反転法との差であるといえる。
 吸収端エネルギー近傍にみられる、XANESスペクトルのプレピークに対応して、XMCDでは分散型の構造が観測されたが、SPring-8 BL39XUのスペクトルの方がPF BL28Bのものよりも鋭い構造が得られた。これは、偏光変調法と磁場反転法の違いによるものではなく、分光器の分解能の違いによるものである。BL−28BではSi 220反射を用いたのに対して、 BL39XUでは平行度の高いアンジュレータ光をSi 111反射を用いて単色化している。


4.応用と今後の展望

 岡山大のグループが中心となり、上に示したCoFe2O4 試料以外にも、様々な遷移金属や希土類を含む化合物に対して円偏光変調XMCD測定を行い、高精度なスペクトルが短時間で得られている[11]。移相子の回折角と振動の振幅を入射X線のエネルギーに応じて最適に調整することにより、7から12 keVのエネルギー範囲で円偏光変調法が利用できることを確認した。このように広いエネルギー領域で用いることができるという特長を生かして、磁気EXAFS実験への応用が可能である。
 円偏光変調XMCD法には、高精度というだけでなく、試料に印加する磁場の自由度が大きいというもうひとつの特長がある。したがって、強磁場下でのXMCD測定、あるいはXMCDの磁場依存性といった実験が可能となる。従来の磁場反転法でXMCDを得るには磁場方向の反転が不可欠であるため、超伝導マグネットを使用した強磁場下での測定は事実上不可能であった。超伝導マグネットの磁場の反転に少なくとも数分を要するからである。偏光変調法では磁場の反転は必要ないので、問題なく超伝導マグネットと組み合わせることができる。
 また、姫工大のグループによって、Gd/Fe多層膜試料のガドリニウムのL3-吸収端、および鉄のK-吸収端のXMCDによるヒステリシス測定が行われ、元素個別の磁気モーメントの変化に対応するとみられる結果が得られている[12]
 これまで、試料の磁化の磁場依存性および温度依存性が、磁性研究の代表的なプローブであった。本研究においてX線領域の円偏光変調法が開発されたことにより、XMCD測定における磁場の制限が大幅に緩和され、磁化測定と同等な磁場および温度の条件でXMCDを観測することが可能となった。XMCDの磁性研究への応用範囲が格段に拡がり、磁性研究の道具としての価値が一段と高まることが期待される。
 本研究は、石川哲也(理研)、河村直己、圓山 裕、浦田顕理、北本直也(岡山大)、水牧仁一朗、後藤俊治(JASRI)の各氏との共同研究として行われました。また、BL39XU磁気散乱・吸収SG、分析SGの方々から助言やご協力を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。


参考文献
[1]K.Hirano,K.Izumi,T.Ishikawa,S.Annaka and S.Kikuta : Jpn.J.Appl.Phys.30(1991)L407.  
[2]K.Hirano,K.Kanzaki,M.Mikami,M.Miura,K.Tamasaku,T.Ishikawa and S.Kikuta : J.Appl.Cryst.25(1992)531.
[3]K.Hirano,T.Ishikawa,S.Koreeda,K.Fuchigami,K.Kanzaki and S.Kikuta:Jpn.J.Appl.Phys.31(1992)L1209.  
[4]平野馨一 : 放射光,Vol.11,No.3(1998)238.
[5]M.Suzuki,N.Kawamura,S.Goto,M.Mizumaki,M.Kuribayashi, J.Kokubun,K.Horie,K.Hagiwara,K.Ishida,H.Maruyama and T.Ishikawa : SPring-8 Annual Report 1997(1998)233.
[6]M.Suzuki,N.Kawamura,M.Mizumaki,A.Urata,H.Maruyama,S.Goto and T.Ishikawa : Submitted to Jpn.J.Appl.Phys.
[7]M.Suzuki,N.Kawamura,M.Mizumaki,A.Urata,H.Maruyama,S.Goto and T.Ishikawa : The 10th International Conference on X-ray Absorption Fine Structure (XAFS-X; Chicago, IL, USA, 10--14th Aug. 1998).
[8]S.Goto,N.Kawamura and M.Suzuki : SPring-8 Annual Report 1997(1998)88.
[9]N.Kawamura,H.Maruyama,K.Kobayashi,I.Inoue and H.Yamazaki : J.Phys.IV France 7,C1(1997)269.  
[10]T.Iwazumi,A.Koyama and Y.Sakurai : Rev.Sci.Instrum.  66(1995)1691.
[11]河村直己、鈴木基寛、圓山 裕、浦田顕理、北本直也、山嵜比登志 : 日本物理学会1998年秋の分科会、26aYP-16 (琉球大学、沖縄国際大学、1998年9月25〜28日)
[12]高垣昌史、小泉明久、坂井信彦、鈴木基寛、河村直己、浦田顕理、北本直也、圓山 裕 : 日本物理学会1998年秋の分科会、26aYJ-5 (琉球大学、沖縄国際大学、1998年9月25〜28日)



鈴木 基寛  SUZUKI  Motohiro
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