Volume 03, No.6 Pages 29 - 33
4. 原研・理研・R&Dビームライン/JAERI・RIKEN・R&D BEAMLINE
原研III 材料科学ビームラインII BL11XUの建設について
Outline of the JAERI Hard X-ray Undulator Beamline, BL11XU
日本原子力研究所 関西研究所 放射光利用研究部 Dept. of Synchrotron Radiation Facilities, JAERI Kansai Research Establishment
1.はじめに
日本原子力研究所では、放射光利用研究部を中心としてSPring-8におけるビームライン建設と、それを用いた利用研究を推進している。非放射性同位体元素試料を取り扱うことのできる専用施設(RI実験棟)へ引き込まれた軟X線アンジュレータビームライン(BL23SU)と通常実験ホールでの硬X線偏向電磁石ビームライン(BL14B1)の2本については、本誌における横谷、小西らの報告(Vol.2, No.1, pp30〜35 1997、Vol.2, No.4, pp20〜23 1997)の通り、既に建設を終え利用実験を一部開始している。昨年より建設を始めた3本目のビームラインである硬X線アンジュレータビームラインBL11XUは、今年秋に建設を終え、ビームラインの立ち上げ、機器調整、及び基礎データの取得など、来年からの利用実験を目指してその準備を行う予定である。
本稿は、材料科学研究を主眼とするビームラインであるBL11XUの概要について記す。
2.ビームラインの概要
本ビームラインは、SPring-8標準型アンジュレータビームラインに準じたビームラインである。幅広いスペクトルが得られる偏向電磁石ビームラインBL14B1に対し、高輝度X線を利用するために挿入光源として真空封止型X線アンジュレータ(周期長:3.2㎝、周期数:139、磁石長:4.5m)を採用した。このアンジュレータによりBL11XUでは、5keV〜70keVのX線を利用する予定である。
基幹チャンネルもSPring-8標準仕様に準じた構成となっているが、FCS(高速シャッター)の上流にX線光モニターを追加設置していることが異なる。
光学ハッチ及び実験ハッチの概略を図1に示す。光学ハッチとタンデムに配置された3つの実験ハッチで構成される。3つの実験ハッチはタイムシェアでそれぞれを使い分ける。
図1
BL11XUの輸送チャンネルの機器配置を図2に示す。輸送チャンネルには、将来の実験に可能性を持たせるために、強度モニター下流部と四象限スリット下流部の2ヶ所に汎用スペースを設けている。集光用または高調波カット用ミラーの設置や、差動排気装置の挿入、あるいは分光する前のアンジュレータ放射光を利用した実験の可能性等を考慮した。
図2
光学ハッチでは、放射光(X線)照射による損傷を避けるために、プラスチックやテフロン製品をできるだけ使用しないよう配慮した。例えば水冷却を必要とする機器では、機器の直ぐ近くまでSUS配管を導き、そこから機器までは耐放射線性チューブを用いた。また圧空配管もカプラーポートから機器まで同様のチューブを使用している。
3.研究内容
BL11XUでは、核共鳴散乱、高圧下物質構造、表面界面構造、磁気散乱、BL要素技術開発等を計画しているが、本稿では核共鳴散乱、高圧実験、X線非弾性散乱、表面X線回折の各研究について概略を示す。
3-1 非弾性核共鳴散乱による物性研究(実験ハッチ1)
非弾性核共鳴散乱法を利用した物性研究として、主に低次元系物質のフォノン物性、及び顕微分光法の研究開発を行う。実験装置として、鉄専用X線超単色化装置が準備される。本装置は実験者が容易に57Feの共鳴エネルギー(14.4keV)の超単色X線を利用してエネルギー分解能2〜3meVの非弾性散乱実験を行うことができるように設計されており、ゴニオメーターは使用する高分解能モノクロメーターに併せて定盤上に固定配置され、稼動部は極力省かれたものになっている。また、一度エネルギーチューニングが行われると、光学系の安定性と装置の隔離性を得るために定盤ステージ全体が真空封止される。下流側には、ステージサイズ可変のエアパット式定盤と低温・強磁場非弾性散乱実験用の超伝導マグネット付クライオスタットが設置される。エアパット式定盤のステージ上には、キャピラリー等を利用したX線集光系と精密試料移動台が設置され、ビームスポットを約10μ㎡程度にまで絞ることで、顕微分光実験が可能となる予定である。具体的な研究のターゲットは、超微粒子分散系(量子サイズ効果、超常磁性)、擬一次元伝導体(電化密度波)、グラファイト層間化合物等の低次元物質に生じるバルクとは異なる電子構造と機能の相関を格子振動解析の面から明らかにすること、及び顕微分光実験による、微小結晶、磁性体、不均一試料中の特定元素の格子振動、超微細構造、スピン配向性に関する局所構造解析を行うことである。
3-2 高圧実験(実験ハッチ1)
極限環境物性研究グループでは、現在BL14B1に設置されている高温高圧用その場観察X線回折装置を用いて高温高圧下における物質の構造解析を行っている。この装置は、最大荷重180トンの六方押し(DIA型)マルチアンビル高温高圧発生装置にX線回折計を組み合わせたもので、温度圧力領域として、炭化タングステンアンビルを使用した場合では13GPa、2000℃、焼結ダイヤモンドをアンビルとして使用すれば20GPa、1800℃の実験が可能である。この装置にはBL14B1およびBL11XUの二つのビームライン間を移動する機構が備えられており、BL11XUでは、アンジュレータからの高輝度単色X線という特徴を生かした角度分散型X線回折実験を主として行う。これまでこのような大容量プレスでの実験にはエネルギー分散法が主として用いられてきた。大容量プレスを用いた場合、試料周り(圧媒体や試料容器)からの回折を除去するためシャープなスリット系を必要とするので、回折角一定で効率的にデータ収集ができるエネルギー分散法を使うと測定時間が非常に短くて済む。しかし、エネルギー分散法で回折強度を正確に決定することは困難であり、結晶構造の内部座標の決定などといった精密な構造解析は難しかった。液体や非晶質などの構造解析でも正確な強度測定が必要不可欠である。また、検出器のエネルギー分解能が悪いため、近接したピークの分離なども難しい。角度分散法を用いると、これらの問題は解決されるが、偏向電磁石からの単色X線では測定時間が非常に長くかかり、事実上不可能であった。アンジュレータからの高輝度X線を利用することにより、はじめて限られた測定時間で高精度の実験が可能となる。さらに測定時間を短縮するためには、単一の検出器をスキャンするのではなくIPなど2次元検出器の使用が必要となる。このためシャープなスリット系を放射状に配置した放射型スリット(Multi-Channel Collimator、MCC)の開発も行っており、約一桁の測定時間の短縮が期待されている。以上のような装置を用いて、高温高圧下で高精度のX線回折データを収集する。また、本装置を用いてX線吸収法を利用した高温高圧下での液体の密度測定実験も計画している。液体や融体、非晶質などいわゆるランダム系の構造の圧力変化に関しては、これまでデータの質に限界があったため、構造因子の形の変化や最近接原子間距離の圧力変化程度の議論しかすることができなかった。本ビームラインでの実験で得られる良質な回折データと密度の値を組み合わせると、第2、第3近接原子間の距離やそれぞれの配位数といった詳しい構造情報を得ることができると期待される。常圧実験と遜色のない情報を用いて、ランダム系の構造の圧力変化に関して格段に精密化された議論を行うことを目指す。高温高圧結晶相についてもこれまで不可能と考えられてきたリートベルト法を用いた構造の精密決定や、MEM法による電子密度分布決定をターゲットにすることができ、高温高圧相の構造と物性の関連についてさらに詳細な議論ができると期待される。
3-3 X線非弾性散乱(実験ハッチ2)
実験ハッチ2では、主にX線の非弾性散乱実験を行う。目標とするエネルギー分解能は、6.5keV以上の入射エネルギーで約100meVと中分解能といえる領域で、これは結晶アナライザを用いた分光法で達成される。装置構成を図3に示す。まず、輸送チャンネルの前置モノクロでエネルギー巾数eV程度に単色化された入射X線は、実験ハッチ内の後置モノクロで求められるエネルギー分解能(100meV程度)まで単色化され、試料に入射する。試料前には実験に応じて移相子(散乱角〜90°の実験)や集光ミラー(エネルギー分解能、散乱強度の向上)が挿入される。試料と相互作用し、試料とエネルギーや運動量を受け渡しして試料から散乱されたX線は、約2m離れた湾曲アナライザでエネルギー解析かつ集光され検出器に届く。実際は、アナライザで反射するエネルギーを固定しておき、入射エネルギーをスキャンして、非弾性散乱のスペクトルを得る。また、散乱角2θ依存性の測定から分散関係を求める事が可能である。技術的に解決しなければならない所は、6.5keV程度の低エネルギーで100meV程度の分解能を得るためのアナライザ結晶の加工であり、幾つかの可能性を試しているところである。
図3
ここで行われる実験は、エネルギー分解能数100meVで10eV程度までのエネルギートランスファーの測定を行うもので、たとえば強相関電子系と呼ばれる物質群の種々の電子励起の観測を目指している。特に現在我々が注目しているのは軌道物理である。最近の一連のMn酸化物の研究などから、遷移金属イオンの電荷、スピンに続く第三の自由度として、軌道の自由度が注目されている。遷移金属酸化物などでは、これら三つの自由度が複雑に絡み合って、特異な電気的磁気的性質が出現していると考えられてきており、特に軌道の空間的時間的揺らぎがやはり物性と強く相関している事が期待されている。静的な軌道秩序の観測に関しては放射光X線が大変有力である事が最近示されており、軌道の動的構造に対しても、つまり、「軌道波」を観測する事が放射光X線に対して大きく期待されており、そしてそれがこの分光器の重要な目的の一つである。
この分光器の特徴の一つとして散乱面を水平にとったことを挙げる。これにより試料位置に大型の装置を置くことができ、超伝導マグネットや希釈冷凍器を用いた測定を予定している。このような(多重)極限下での実験は非弾性散乱実験に留まらず、エネルギーアナライザを取り外すことにより、弾性散乱実験も行っていく予定である。
3-4 表面X線回折(実験ハッチ3)
実験ハッチ3では、表面X線回折の実験を計画しており、そのための装置を現在製作している。研究の対象とするのは、分子線エピタキシー(MBE)成長中の化合物半導体の表面構造である。化合物半導体は、人工超格子を用いた光デバイスをはじめ、実用的な製品にすでに広く応用されている。にもかかわらず、人工超格子などの作製の基礎となる結晶成長機構の原子スケールでの理解はいまだ不十分である。化合物半導体の結晶成長において見いだされている自然超格子やテンプレート効果などの興味深い現象には、表面の原子配列やそれにともなって誘起される基板のひずみが深く関わっていると考えられている。本実験ステーションでは、表面の原子配列に対して高い分解能を有する表面X線回折法を用いて、MBE成長中の構造をその場測定することにより、結晶成長過程の詳細に迫ることを狙っている。さらにその延長上には、成長過程の十分な理解に基づいて、新奇な物性を示す人工物質を創製することを夢見ている。
実験装置は、水平軸型の多軸回折計とMBE真空槽とを組み合わせたものである。その概要を図4に示す。X線は、紙面に垂直に、裏側から手前の方向に向かって入射する。回折計と真空槽の接続部分は、差動排気機構とベローズからなっており、これらを通して回折計の高精度の回転を真空中の試料に伝達するようになっている。
図4
回折計は、表面X線回折に特化したz軸回折計の一種である(2+2)回折計を原型にしている。試料の方位を設定するために2軸(ωおよびα)、検出器の移動のために2軸(δおよびγ)を備えているほか、新たに考案された「回転スリット」(ν軸)を有しているのが特徴である。「回転スリット」は、検出器スリットをその面内で回転させるもので、検出器の移動にともなって試料表面に垂直な方向の分解能が変化するのを打ち消す働きをする。この方式によれば、ESRFの表面回折ビームラインをはじめ、従来製作されてきた6軸回折計と比べて、機械的により単純な機構で表面回折の実験に必要な機能を実現できる。結果として、回転軸まわりの剛性を高めることができ、精度を向上させることが可能になる。
MBE真空槽は測定用チェンバーと試料交換用チェンバーの2室で構成されている。測定用チェンバーには、III-V族半導体の成長に必要なクヌーセンセル・分子線束モニター・RHEEDなどの機器類とともに、逆格子ロッドのスキャンに対応した十分な大きさのBe窓が備えられている。Be窓の内側には、蒸着物質が付着するのを防ぐために、カーボン製の防着板が取り付けられている。
4.おわりに
BL11XUの建設は、原研BL11XU建設グループ(塩飽秀啓、小西啓之、丸下元治、三井隆也、北尾真司、浅野芳裕、本橋治彦[現:SES]、原見太幹[現:原研企画室]、江本武志、福田竜生、高橋正光、稲見俊哉、鈴谷賢太郎、米田安宏、林 由紀雄、西畑保雄、松本徳真、水木純一郎、片山芳則、下村 理)によって推進している。またSPring-8挿入光源グループ、フロントエンドグループ、制御グループ等多くの方々に支えられていることをここに記し、感謝の意を表したい。
塩飽 秀啓 SHIWAKU Hideaki
昭和38年6月13日生
日本原子力研究所・関西研究所 放射光利用研究部
〒679-5143 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-2706
FAX:07915-8-2740
略歴:平成元年広島大学大学院医学系研究科博士課程前期修了、平成4年総合研究大学院大学数物科学研究科修了。平成5年より日本原子力研究所研究員。日本物理学会、日本放射光学会会員。博士(学術)。
最近の研究:光モニターの開発。放射光の医学・薬学への応用。
趣味:彗星探索。
三井 隆也 MITSUI Takaya
昭和43年1月23日生
日本原子力研究所・関西研究所 放射光利用研究部
〒679-5143 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-2701(3831)
FAX:07915-8-2740
略歴:平成8年3月 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。同年日本原子力研究所入所。大型放射光を利用した研究開発に従事し、現在にいたる。博士(工学)。日本物理学会、日本放射光学会会員。
最近の研究:放射光を利用した摂動条件下の核共鳴散乱の研究、非平衡系のメスバウアー分光法の開発。
趣味:散歩、釣り、ドライブ
片山 芳則 KATAYAMA Yoshinori
(Vol.3, No.1, P31)
稲見 俊哉 INAMI Toshiya
昭和39年8月25日生
日本原子力研究所・関西研究所 放射光利用研究部
〒679-5143 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0892
FAX:07915-8-2740
e-mail:inami@spring8.or.jp
略歴:平成7年3月東京大学大学院理学系研究科博士課程後期修了、博士(理学)。同年日本原子力研究所専門研究員を経て、平成10年4月より日本原子力研究所研究員。日本物理学会会員。
最近の研究:ペロブスカイト型Mn酸化物の電荷秩序。
趣味:登山(だった)、下手なピアノ。
高橋 正光 TAKAHASI Masamitu
昭和43年12月3日生
日本原子力研究所・関西研究所 放射光利用研究部
〒679-5143 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0921
FAX:07915-8-2740
略歴:平成8年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(物理工学専攻)。同年、理化学研究所基礎科学特別研究員。平成9年より日本原子力研究所関西研究所研究員。日本物理学会、応用物理学会、日本放射光学会会員。博士(工学)。
最近の研究:X線回折を利用した表面界面の研究。
趣味:星ときのこ。