Volume 03, No.5 Pages 20 - 23
4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
BL47XUにおけるX線の屈折コントラストイメージングのR&D
Refraction Contrast Imaging at BL47XU
[1](財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 JASRI Research Sector、[2]理化学研究所 播磨研究所 RIKEN Harima Institute
いままでのX線画像計測では基本的に吸収でコントラストがつけられていた。良く知られているように、骨組織のように生体の主な構成要素である水や蛋白質に比べて密度が高く比較的原子番号の大きい元素から成るところでは吸収が強く鮮明な吸収コントラストが得られる。これに対して軟組織だけではコントラストが得られないので、普通は何らかの造影剤が必要になる。このような従来のX線画像計測での問題点として、放射線被曝と造影剤の副作用が考えられる。X線の吸収がコントラスト生成の要因であるから、必然的に撮影時には多少なりともX線が人体に吸収されている訳である。また造影剤によるアレルギー反応等が全くないとは言い切れない。このような観点から考えると、X線の吸収によらずに、軟組織の密度差を感度良く計測出来るような方法が理想的な撮像法と言えるであろう。ここではSPring-8のような高輝度シンクロトロン放射X線源を用いることによって可能となってきたX線の屈折コントラストを利用したイメージング法について紹介する。この利用者情報誌で既に紹介された屈折コントラスト法で撮影したトンボの羽の像を憶えていらっしゃる方もいるかもしれませんが(利用者情報誌1998年1月号の新春座談会p.4)、この報告はその研究内容を詳しく説明するためのものと考えて下さい。
シンクロトロン放射を利用したX線顕微鏡の分野でここ数年の間に急速に進展した手法として、X線の吸収ではなく屈折やX線の位相情報でコントラストを得る方法がある。X線の複素屈折率nは、光電吸収とトムソン散乱が支配的な場合、良く知られているように近似的に以下のように表される。
n=1−δ−iβ (1)
δ=N0(Z/A)ρ e2λ2/(2πmc2) (2)
β=μλ/4π
ここで、Na : アボガドロ数(6×1023)、Z:媒質を構成する元素の電荷(一原子の全電子数)、A:質量数、ρ(g/cm3):媒質の密度、e2/(mc2):古典電子半径(=2.82×10−13cm)、λ(cm):X線の波長、μ:X線の線吸収係数、である。δは屈折率の真空からの差に対応しており、多くの物質でZ/A〜0.5であるので、近似的には
δ=1.35×10−6・ρ(g/cm3)・λ(Å)2 (3)
であらわされる。可視光における光学ガラスの屈折率がn=1.5〜2程度であるのに対して、X線領域ではあらゆる媒質でnは真空の屈折率(n=1)より僅かに小さい。例えば波長1Å、密度2の媒質ではδ〜3×10−6である。このようにわずかな量ではあるが、屈折率の差が試料の密度に比例することから、透過X線の位相や屈折が被写体の内部構造を反映することになる。
X線顕微鏡では普通10keV以下のエネルギーのX線が使われており、医用画像計測で使われる数十keVのX線に比べるとずっと低エネルギーではある。しかしながらX線顕微鏡で見るような小さい生体試料にとっては数keVのX線はほぼ完全に透明といえる。軟X線顕微鏡の分野で位相や屈折に基づくコントラスト生成が着目されるようになった理由のひとつは、今までの光電吸収によるコントラストでは、分解能を向上させようとした場合に試料の放射線損傷が大きな問題となり得ることが予想されていることである。一般にX線領域での真空との屈折率の差は実数部δのほうが虚数部βにくらべてはるかに大きく、一般に位相差や屈折を検出した場合のほうが吸収コントラストより感度が高い(別の見方からすると照射線量が少なくてすむ)。原理的には、吸収コントラストが全く無い場合であっても屈折によってコントラストを得ることが可能である。もっとも実際の試料では吸収が全く無いことはあり得ないが、少なくとも放射線損傷を大幅に低減出来る可能性がある。
屈折率の実数部を使って画像計測を行う為の具体的な手法としては、例えば
(1)試料を透過した波面を再構成するX線ホログラフィー:普通のホログラフィーでは強度情報が主であるが、本来は位相情報も同時に引き出せるものである。
(2)位相差イメージ:可視光でのZernike型の位相差顕微鏡に相当するものであり、X線の干渉計を使って波面の歪みを強度に変換して直接測定する手法である。[1,2,3]軟X線領域ではZernike型の位相差顕微鏡と同じ形式の光学系がゾーンプレートを光学素子として試みられている。硬X線領域ではBonse-Hart型の干渉計を使った位相差顕微鏡が開発されている。
(3)適当なコリメータ等を用いて屈折によるX線ビームの偏向を計測する方法を利用した屈折コントラスト(極小角散乱によるコントラストとみなすことも出来る)。[4,5]等が試みられている。それぞれ位相差コントラスト、屈折コントラストなどいろいろな呼び方がされているが、物理的には位相差の画像と散乱や屈折による透過ビームの偏向は互いにフーリエ変換の関係にあり、見方が違うだけで本質的には同じものと言っても良い。
このような屈折を利用した撮像法の一つに我々が屈折コントラスト法あるいはX線シュリーレン法と呼んでいる方法がある(位相コントラストと呼ばれることもある)。[6,7]これは同じ屈折や位相コントラストを見る為の他の方法に比べて装置の構成が非常に簡単でありながら、感度良く屈折コントラストが得られるものである。これによってコントラストが得られる原理をわかりやすく示すと図1のようになる。X線に対する物質の屈折率は真空の屈折率1よりわずかではあるが小さいので、被写体に密度差や凹凸があると、これがレンズのように作用してX線を拡散させたり、集光させたりする。可視光のレンズと比べると凹レンズと凸レンズが逆になるが、これはX線の屈折率が1より小さいためであり、基本的には同じ現象である。図1に示すように、多くの場合、コントラストは輪郭に沿った明線あるいは暗線として観測される。X線では屈折率の真空との差が非常に小さいので偏向角も小さい。偏向角は被写体の条件(屈折率や構造)によって大きくかわるが、おおよそ10−4 −10−6 rad程度のオーダーである。X線シュリーレン法では特にコリメータで分離したりせずに、画像検出器を通常のX線撮影のにくらべて被写体から遥か遠くに離して置くことによって、試料を透過したビームの偏向を強度分布として検出する。例えばビーム偏角が10−5 radとすると、これは被写体から10m離れたところにフィルムをおいた場合に0.1mmの位置ずれに相当する程度のわずかな量であるが、解像度の高い画像検出器を用いれば十分検出可能である。逆にこのように偏向角が小さいために近似的に投影像と被写体の1対1対応が付けられるのである。X線CTの様に投影像を観測する場合にX線の屈折によって擬似的な吸収が生じることは以前から指摘されていたが、[7]これを積極的にイメージングに利用する発想は比較的最近になってからのようである。
図1 X線の屈折による透過ビームの偏向
可視光の分野で同じ様な透明物体のわずかの密度差によって生じる屈折を可視化する方法の一つとしてシュリーレン法がある。コントラスト生成の原理が基本的には同じものであることから、ここで示した手法を我々はX線シュリーレン法と呼んでいるのである。X線シュリーレン法で本質的なものは被写体からカメラまでの距離であり、屈折を見るにはカメラと物体間の距離を長くとれば良い。この距離が近いと従来の密着X線顕微鏡と同様に吸収コントラストだけが見えるが、距離を離すに従ってしだいに屈折の効果が顕著になってくる。
このX線シュリーレン法のSPring-8における実験例を示す。装置の構成を図2に示すが、アンジュレータからの放射光を結晶分光器を用いて単色化し、試料を透過したX線を画像検出器で計測する。実験はBL47XUで行ったが、タンデムのハッチを連結して使い、被写体から検出器までの距離を長く取れるようにしている。検出器としては解像度約25μmの直視型のX線撮像管を用いている。以下のとんぼの羽を試料として実験を行った一例を図3に示す。左がシュリーレン法、右が普通の密着型のX線投影像である。X線のエネルギーは8keV、被写体とX線カメラまでの距離はシュリーレン法の場合約5m、従来の密着法に相当する右図では5cmである。通常のX線撮像法に対応する右の写真では羽の構造が全く見えていない。すなわちこの試料が薄い為に、X線がほとんど吸収されずに通り抜けている。これに対して左の像では羽の網目構造が鮮明に見えている。このような従来の投影顕微法では全くコントラストが付かない試料であっても、シュリーレン法で撮影した左図の写真で分かるように、被写体とカメラの距離を長くとることによって明瞭なコントラストが得られていることが良く分かるであろう。実はこのX線シュリーレン法は形式的にはガボア型インラインホログラフィーと同一である。したがって、X線の可干渉性が十分に高くかつ画像検出器の解像度が十分に高ければ干渉縞も観測できるはずである。実際、ESRFでは干渉フリンジの観測も行われている。[6]しかしながら図に示した実験条件ではX線のコヒーレンスと検出器の解像度が足りないために、ホログラフィーとしての干渉縞は観測されていない。従って、得られた画像は屈折によるものとして十分説明が出来る。
図2 X線シュリーレン法の実験装置構成
図3 屈折コントラスト法(左)と密着撮影法(右)によるとんぼの羽の撮影例
従来のレントゲン写真でも本当はこの屈折コントラストを見ることは不可能では無かったはずなのである。実際、撮影方法は従来のX線写真と原理的には同じであり、違っているのはX線源と被写体との距離及び被写体と検出器の距離に過ぎない。最も重要なことは被写体と検出器の距離を長く(普通は1m以上)にすることである。これによってわずかなX線の偏向を検出出来るようになる。この微小な透過ビームの偏向が幾何学的な投影像の半影ぼけで見えなくならないようにするためには、X線源と被写体との距離を離すことで平行性の高いX線にすることも同時に必要である。ここに示した実験ではSPring-8の光源の大きさが約0.1mm程度と小さく、距離を約44mとすることで十分に平行なX線ビームを得ている。さらに被写体から約5mの位置に解像度25μmの高解像度X線カメラを置くことでようやく条件を満たしている。原理的には普通のX線管でも可能ではあるが、現実的なビーム強度(撮影時間)と両立させることは困難であり、SPring-8のような高輝度X線源があって実現できたものと言って良い。ここで示した画像は通常のテレビカメラのスキャン速度で撮影可能であり、実時間観察に十分耐えるレベルのものであった。X線の照射量は試料直前でおおよそ108 photons/s/mm2 のレベルである。
このように屈折コントラストによって高感度なX線画像計測が可能であることは一応確かめられているが、医用画像計測に応用するためには多くの未解決の問題があることも事実である。吸収コントラストと違って、屈折コントラストは内部構造を直接反映したものではない。言ってみればある種のアーティファクトである。多くの場合は内部構造の界面に沿って一対の明暗として観測されるが、撮影条件や被写体の構造によっては必ずしも単純ではない。また、実際には被写体の表面の凹凸によるコントラストが強くあらわれる場合も多く、得られた画像から正しい情報を読みとるのはまだ容易ではない。これからの多くの実験データとシュミレーションの蓄積が重要であろう。なお、本報告で述べた実験結果は山崎克人氏(神戸大)、松井純爾氏、篭島靖氏、津坂佳幸氏(姫路工大)との共同研究によるものである。
参考文献
[1]G.Schmahl et al. : Optik 97(1994)181.
[2]U.Bonse and M.Hart,Appl.Phys.Lett.6(1965)155.
[3]A.Momose et al. : Rev.Sci.Instrum.66(1995)1434.
[4]G.Morrison and M.Browne : Rev.Sci.Instrum.63(1992)611.
[5]Y.Suzuki and F.Uchida : Rev.Sci.Instrum.66(1995)1468.
[6]A.Snigirev,et al. : Rev.Sci.Instrum.66(1995)5486.
[7]S.W.Wilkins,et al. : Nature 384(1996)335.
[8]Y.Suzuki,et al. : X ray Microscopy in Biology and Medicine,ed.,by K.Shinohara et al.Japan Sci.Soc.Press,Tokyo/Springer-Verlag,Berlin,(1990)179.
鈴木 芳生 SUZUKI Yoshio
昭和30年3月19日生
(財)高輝度光科学研究センター 放射光研究所 実験部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3 SPring-8
TEL:07915-8-0831(内線3900) FAX:07915-8-0830
e-mail:yoshio@spring8.or.jp
略歴:1984年東京大学大学院理学系研究科博士課程(相関理化学専攻)修了、同年日立製作所入社、1997年4月から高輝度光科学研究センター。理学博士。日本物理学会、放射光学会会員。
最近の研究:X線光学、特にX線顕微鏡光学の研究。
趣味:夏はバイクとスキューバダイビング。冬はスキー(いつのまにか体育会系になってしまった)。
八木 直人 YAGI Naoto
(財)高輝度光科学研究センター
放射光研究所 実験部門生物学・化学研究グループ
〒679-5198 兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0908 FAX:07915-8-0830
e-mail:yagi@spring8.or.jp
香村 芳樹 KOHMURA Yoshiki
(Vol.3,No.4,P30)