Volume 03, No.5 Pages 1 - 5
1. ハイライト/HIGHLIGHT
SPring-8蓄積リングのビーム性能の現状と将来
Current Status and Future Prospects on the SPring-8 Storage Ring Beam Characteristics
加速器の運転状況
昨年3月にビーム運転を始めた蓄積リングは、その後順調に加速器のビーム調整とビームラインの調整が進み、10月より利用が開始され、本年5月には100mAのビーム蓄積に成功し現在に至っている。この間、蓄積リングは2週間モードと3週間モードの二つの運転モードで利用者にビームを供給した。平成9年10月から平成10年7月までの13サイクルの総運転時間は約3500時間で、そのうち加速器とビームラインの調整、マシンスタディ(加速器スタディ)およびビームラインの放射線漏洩検査等に28%、利用に72%が割り当てられた。利用時間の中にしめる、加速器とビームライントラブルによる停止時間の割合は、3%程度と極めて低い。図1は平成10年の第8サイクルで、途中一回だけ入射中に純度が悪くなったため入れ直したことを除き、228時間にわたってビームが供給されたときの様子を示したものである。
図1 平成10年度第8サイクルでのビーム供給実績
第8サイクルのほぼ利用時間に当たる6月22日から7月2日までの228時間に渡って安定に電子ビームが蓄積された様子を示す。途中でビームがなくなっているのは、入射中に純度が悪くなったための再入射によるものである。
平成9年10月から平成10年7月までの加速器スタディの課題数は表1にまとめたように線型、シンクロ、蓄積リング合わせて約35課題にのぼった。主に加速器の基本パラメータの精密測定と単バンチ運転に関するものが精力的に実施された。ここでは、これらスタディで得られたビーム性能の現状と将来について簡単に報告する。
表1 加速器スタディの課題
課題番号 課 題
97−001 蓄積リングCODBPMの電流依存性の測定
98−001 蓄積リングの加速空洞HOM測定
98−002 挿入光源のギャップとエネルギー損失の測定
98−003 ビーム寿命とベータトロン結合比、加速電圧依存性
98−004 タウシェック効果で決まるビーム寿命のビーム電流依存性
98−005 蓄積リング誤差分布のシステマティックな解析
98−006 シンクロトロンにおけるシングルバンチ試験
98−007 IDを用いたエミッタンスのビーム電流およびフィリングパターン依存性
98−008 ビームを用いた蓄積リングBPMの較正
98−009 蓄積リングrf位相および振幅フィードバックの広帯域化試験
98−010 新シングルバンチ用パルサーでの電子銃エミッション電流試験
98−011 線型加速器ビームダンプ周辺放射線分布の測定
98−012 蓄積リングrf中心周波数の決定方法
98−013 蓄積リングのビームサイズの測定
98−014 蓄積リングの電磁石の初期化の再現性
98−015 シンクロトロンバンプ軌道の調査および最適化
98−016 線型加速器シケインの立ち上げ
98−017 蓄積リングの4極および6極電磁石の励磁がステアリング電磁石に与える影響
98−018 シンクロトロンでのシングルバンチビームの加速試験
98−019 蓄積リングでのクロマティシティ調整範囲の確立
98−020 シンクロトロンでのナチュラルクロマティシティの測定と補正
98−021 蓄積リングCODBPM改造予備機のビームテスト
98−022 蓄積リングのシンクロトロン振動の測定
98−023 蓄積リング入射セプタム電磁石の漏洩磁場が周回軌道上のビームへ与える影響
98−024 線型加速器のビームエミッタンスの測定
98−025 単バンチ運転のための8パルス入射試験
98−026 蓄積リングrf位相と振動フィードバックの特性測定
98−027 蓄積リングでの単バンチ不安定性のビーム電流とクロマティシティおよび加速電圧依存性
98−028 線型加速器単バンチ化試験
98−029 蓄積リングにおける真空計の真空度マイナス表示の原因調査
98−030 蓄積リング軌道安定化の試み
98−031 蓄積リングカップリング補正のテスト
98−032 XBPMとIDrf−BPMの電流値依存性の測定
98−033 蓄積リングアブソーバの“beamself−cleaning”効果の測定
98−034 CODBPM実機改造前の状態の把握のための測定
98−035 蓄積リングクライストロン制御系の位相と振幅フィードバック回路の広帯域化
ビーム性能の現状
平成10年7月までに達成されたビーム性能を表2にまとめた。この表から、蓄積リングのビーム性能が、コミッショニング一年にしてすでに当初設計値をクリアして、第3世代の光源として極めて高い性能を実現している。
表2 平成10年7月までに得られたSPring-8のビーム性能と設計値との比較
電子ビームのエネルギーとベータトロン振動数
低エミッタンスリングで設計通りのビーム性能を実現するためには、まず最も基本となるビームエネルギーとベータトロン振動数を正確に再現させる必要がある。
電子ビームのエネルギー7.975GeVは、偏向電磁石の磁場測定から計算されたBℓ積の絶対値(絶対精度は0.1%以内)から求めたもので、この値は、シンクロトロンから8GeVで取り出された電子ビームがSSBTの輸送系内に設置されている14台の偏向電磁石を通過する事で生じる放射損失を考慮した値とよく一致している。この値を基に4極電磁石と6極電磁石の強さを決めた。さらに4極電磁石とステアリング電磁石および6極電磁石の端部磁場の影響と偏向電磁石端部での磁極中心と軌道中心のずれの影響等を考慮して計算したベータトロン振動の振動数と実測値とは水平方向で0.05、垂直方向で0.04以内で一致した。このことは、ベータトロン関数が設計通りの値を再現していることを意味している。実際、軌道キックを用いた応答関数から計算したベータトロン関数と設計値とは、リング一周にわたって1m程度で良く一致していた。このことは、各種電磁石の磁場測定が高い精度で行われたことを意味している。また、エネルギーに関しては、必要なら最終的にはスピン共鳴法(resonant depolarization法)を用いて正確に測定する。
蓄積電流値とビーム寿命
平成10年4月、蓄積電流値の許可値が20mAから100mAへ変更されたのに伴い、5月の連休明けの13日17時より100mAに向けてのビーム調整が開始され、約4時間後の21時19分100mAを達成した。ビーム寿命は、それまでのIτ積(ビーム電流とビーム寿命との積)から予想された約20時間であった。その後、20mAでの利用モードと100mAでの放射光による機器の焼き出しによってリング内の真空が順調に改善され、7月現時点での100mAでのビーム寿命としては約40時間が一様フィルでは実現されている。9月からの運転で順調に放射光による焼き出しが進めば約2ヶ月ほどで、20mA運転時とほぼ同程度の100時間のビーム寿命を実現できるものと考えている。
しかし少数バンチ運転では、ビーム寿命はタウシェック効果(バンチ内での電子密度が高くなるため電子間のクーロン散乱により電子が失われる効果)が支配的になっているため、この真空度改善によるビーム寿命の長寿命化は期待できない。
このタウシェック寿命は、バンチの6次元位相空間内のビーム電流密度に逆比例することから、現在行われている21バンチ、20mA運転にほぼ相当するバンチ電流が1mAの場合、ビーム寿命は約8時間、バンチ電流5mA(21バンチ、100mA運転に対応)では、ビーム寿命は2時間程度とこの関係をほぼ満たす。しかし、バンチ電流が増えるにしたがって、実際にはチェンバー内のビーム位置検出器の電極やべロー等の誘導性インピーダンスを持つ機器とバンチ間の相互作用やビーム不安定性(microwave instability等)によりバンチ長とエネルギーの広がりが増えるため寿命の短縮は緩やかになる。
いずれにしても、少数バンチ運転でのビーム寿命の短縮は、実験する上での大きな制約となるため、トップアップ運転の導入を考える必要がある。現在、ビーム入射時に、入射電磁石の設定あるいは設置誤差から発生する周回ビームの軌道振動の振幅として約1mm程度が現在観測されている。この値は、調整すればビーム位置検出器(シングルパスモニター)の精度限界約0.1mm程度まで修正できると思われる。したがって、周回ビームの振動(振動数が数十kHzと早いため、振動期間中はエミッタンスが大きくなっていると見える)が放射減衰とリングのオプティックスの非線形効果により落ち着くまでの数10ミリ秒間が実験上大きな問題とならないのであれば比較的早い時期に可能となる。しかし、この振動をビームサイズの数分の一程度まで制御する必要がある場合には、入射電磁石の高性能化と高精度ビーム位置検出器の開発が必要なため、導入までには時間が必要となる。
ちなみに、蓄積リングでの現在のビームサイズは、挿入光源部の直線で水平方向で約400ミクロン、垂直方向で約30ミクロン程度である。秋以降、輝度を改善するための垂直方向のベータトロン関数の最適化とカップリングの補正を行うと垂直方向のビームサイズは数ミクロン程度となる。
マルチバンチ、少数バンチ運転の選択は、最終的には、このSPring-8でなにを実験するかでユーザーによって決められることになるが、加速器としてはマルチバンチユーザーと少数バンチユーザーとの共存をできる限り図るために、高輝度と長寿命を少数バンチ運転で実現する方法と装置の開発を目指していく。仮に、当面第三世代の高輝度光より少数バンチ、長寿命が要求であれば加速器としては如何様にでも調整することはできる。
エミッタンスとベータトロン振動の結合比(カップリング)
蓄積リングで通常運転時のチューン(水平方向で51.24、垂直方向で16.31)の動作点値での電子ビームの水平方向のエミッタンスは、ビームサイズとβ関数の測定から7.3±0.5nmradが得られた。この値はラティスの計算から得られた7nmradと非常によく一致している。また、垂直方向のエミッタンスについては、ビームサイズそのものが非常に小さいため直接測定することが非常に難しい。しかし、放射光リングの場合、垂直方向のビームエミッタンスは、水平方向のエミッタンスにカップリングと呼ばれる係数をかけたもので与えられるため、既知のカップリング値に対するタウシェック寿命の測定(図2の黒丸)とカップリング共鳴幅の測定から計算することができる。これら二つの方法で求めた通常運転時でのカップリングの値は共に0.15%程度であった。また、これらのデータをもとに2台のスキュー4極電磁石等を用いてカップリングをさらに補正した場合のビーム寿命とカップリング値との関係を図2に白丸で示してある。
図2 バンチ電流1mAの運転時のビーム寿命とベータトロン結合比の関係
縦軸がビーム寿命(時間)、横軸が結合比を表す。図中の黒丸は、6極電磁石の位置でバンプ軌道を作り結合比を変え寿命を測定した点、白丸は、2台のスキュウ型四極電磁石とカップリング共鳴のバンド幅のデータを基に動作点を調整して結合比を補正したときのデータである。実線はタウシェック寿命がリング一周での6次元位相空間内でのバンチ電流密度で決まるとした簡単な理論曲線の絶対値のみをフィッティングした関数である。一般的には結合比が小さくなれば輝度は高くなる。
これらのデータを、タウシェック寿命を表す式に測定されたエミッタンス、ベータトロン関数、ビームのエネルギー拡がり、垂直方向の誤差運動量分散関数等を入れ、その絶対値定数のみをフィットした曲線が図中に実線として示してある。カップリングが0.01%付近でのビーム寿命の短縮の緩和を含め、広い領域でこの曲線は実測値をよく再現している。特に、カップリングが0.01%領域でのビーム寿命の短縮緩和は、垂直方向の運動量分散関数の誤差値等によって発生している。したがって、今後ビーム性能のより高性能化を目指すに時、これら現状を正確に理解した上で、より精密にビームの制御と補正を行うレベルにSPring-8はきている。
また、蓄積リングのカップリングの値が補正なしで0.15%程度と極端に小さい。今後、このことに関しては、マシンスタディ等を通して明らかにしていく必要があるが、現在のところ共通架台を導入した電磁石の二段階アライメント方法とCODを用いた新しいビーム位置検出器の中心位置較正方法の開発により、COD補正の精度が上がり、よりビーム軌道が設計軌道上に近づいた結果と考えている。
輝度
現状の4.5mの挿入光源(周期長3.2cm、周期数140)と7nmradのエミッタンス、10mの垂直方向のベータ関数および0.15%のカップリング値で計算した、波長1オングストロームの光の輝度は、直線部での垂直方向の運動量分散関数をゼロとした場合、8×1019、そして、カップリングに現在の十分の一に当たる0.015%、垂直方向のベータ関数を最適化した場合(現在の10mから0.4mに)には、輝度は4.5×1020となり垂直方向のみの回折限界で決まる輝度の約90%程度に達する。そして、その後輝度をさらに改善するためには、加速器としては水平方向のエミッタンスの改善と蓄積電流の増強が課題となる。ただし8GeVにエネルギーを固定した場合、これらの改善による輝度の増加としては、最大で8倍程度であろう。したがって、30mの長直線部を用いた挿入光源の高度化により、さらなる高輝度化を目指すことになろう。
電子軌道の安定度
蓄積リングの軌道位置の安定度は、変動原因の調査とその対策をとった結果、現在では、1週間程度の長期変動としては水平方向に±15ミクロン、垂直方向に±20ミクロン、数分間程度の短期変動としては水平垂直両方向とも数ミクロン以内、そして1秒以内のビーム振動としては光モニター等でサブミクロン程度が観測されている。これらのうち長期変動に対しては、数分間隔でCODの自動補正を行うことで軌道安定化を図る試験が行われ、水平方向で5ミクロン、垂直方向で2.5ミクロン以内に安定化できる見通しがついた。しかし、時間的に早い変動成分が増幅される傾向があるため、補正方法の最適化を行った後半年程度で実用化する予定である。これと並行して電磁石の冷却水温度変動による偏向電磁石のギャップ長変化によって発生する数十分周期のCOD(10ミクロン程度)変化とエネルギー変動(0.01%以下)とを抑制するために、現在±1℃で制御されている冷却水温度を±0.1℃程度に安定化する作業が検討されている。
また、以前にも報告した潮汐力によるエネルギー変動に関しては加速周波数を調整することでエネルギーの安定化を行うことにしている。
これら以外の変動に関しては、現在はその原因を調査中で、実験側で問題が生じた場合に対応することとしている。
単バンチ運転
現在、単バンチビームは、線型加速器で加速した40ナノ秒幅のビームからシンクロトロンでrfノックアウト法により単バンチを作り蓄積リングに入射してきた。この方法では必然的に入射ビームの数十分の一しか蓄積リングに入射されないため、入射時間が20mAの蓄積に約1時間かかる。そのため蓄積電流を100mAにしたときの入射時間の短縮とニュースバルへの入射のために、夏のシャットダウン期間に、この目的に最適化された低電流電子銃への取り替えが実施され、そのエミッション試験の結果は良好であった。秋からの運転では、少数バンチ100mAに要する入射時間は、約20分程度に短縮され、さらに新しい電子銃に交換したことから、電子銃のグリッド部から直流的に引き出されていた電子ビームが大幅に低減されるため、単バンチビームの純度も大幅に改善されると予想している。また、これらの改造によって線型加速器およびシンクロトロンでの単バンチ生成に伴うビーム損失量も少なくなるため、機器の放射化の問題もなくなるであろう。
蓄積リングにおける設計および製作の考え方のまとめ
ビームコミッショニングからほぼ1年で設計通りのビーム性能が達成された。そこで最後に、今後のために蓄積リングの設計および製作思想とビームコミッショニングの考え方を簡単にまとめておく。
加速器システムの目的
高輝度放射光の安定発生
・ビーム電流100mAで5nmradの低エミッタンスビーム
・運動量無分散部への挿入光源の設置(4.5mの直線部38カ所)
・加速器および建物等の周囲環境変化に対する安定化
・入射器として全エネルギー入射
将来の拡張性
・蓄積リングに30m長直線部の導入
・1GeV線型加速器のビーム利用
ニュースバル
・8GeVの電子ビームの利用
GeV、MeVフォトンの生成
陽電子の生成
蓄積リング機器および建て屋の特長
①低エミッタンス用電磁石配列
・電磁石および電源の高性能化と高精度磁場測定方法の開発
・新しい電磁石の据え付け方と高精度アライメント機器の開発
・低残留磁場特性を持つステアリング電磁石と高精度高分解能電源の開発
②安定なビーム軌道
・堅い岩盤上に蓄積リングを建設
・加速器収納部内室温を1℃以内に恒温化
・屋外環境変化からの隔離を目指した建物構造
(鞘堂構造と床面での縁切り)
・電磁石鉄心コイル間の熱絶縁の導入と冷却水の流し方の最適化
・電力ケーブルと冷却水配管からの発熱の低減と電磁石架台系への低熱進入
・ポンプ冷凍機等振動発生装置の除振
・低リップル電源の開発
・共通架台の高剛性化
③安定なビームサイズ
・加速空胴に起因するビーム不安定性回避方法の開発
ベル型空胴による高次モードインピーダンスの低減
高次モード周波数のチューナーによる高精度制御
・真空機器に起因するビーム不安定性に対して
ベロー、フランジ等高周波的不連続部にrfフィンガー等の低インピーダンス構造の採用
④長いビーム寿命と安定な運転
・ビーム蓄積時100nP級の超高真空の実現
真空ポンプとしてNEGとDIPの採用
無酸素銅製のアブソーバでの不要な放射光の遮断
温水を用いた真空機器の一様なベーキング
・十分な加速電圧
ライン変動に対して安定化された、クローバ回路を必要としないサイリスタ型の直流高圧安定化電源の開発
大電力高電界強度を安定に実現する空胴製作方法の開発
・バンチ電流5mAで100mAのビーム電流に対応できる高耐熱高耐光性機器の開発
⑤単バンチから多バンチまでの多様な運転モードへの対応
・任意バンチへの入射を可能とするタイミング系の開発
・柔軟な加速器制御パネルの構築
ビームコミッショニングの考え方
①できる限り早く利用実験を可能とするビーム調整
・1ターンでの周回軌道の診断と入射軌道の最適化
・チューン、rfの中心周波数、運動量分散関数等の基本パラメーターの測定とそれらパラメーターの固定
・安定なCOD測定とその固定
放射光によるアブソーバ等真空機器の焼きだしによる真空度の改善
放射線線量の低減
・機器の長期運転に対する健全性と安定度の調査と改善
・小数バンチ運転に対する試験と改善
②ビーム電流100mAへの変更時期の推定