Volume 03, No.4 Pages 19 - 21
3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE
BL09XU核共鳴散乱実験ステーションの現状
Current Status of Nuclear Resonant Scattering BL09XU Experimental Station
はじめに
本稿では、BL09XUの現状として、ビームライン、実験ステーション、共同利用実験の概要について述べ、最後に少数バンチ運転について今後の展望をまとめる。
ちなみに、本誌98年3月号p.8以降の記事の中で、既に本ビームラインを紹介してあるため、一部重複する箇所があるが、ご了承頂きたい。
ビームライン
BL09XUでは、挿入光源として真空封止型直線アンジュレータ(周期長32mm、周期数140)、二結晶分光器としてSi 111反射の回転傾斜型分光器が、それぞれ用いられている。光学ハッチ内の機器配置を図1に示す。
図1 BL09XU光学ハッチ内機器配置図
本ビームラインでは、97年7月初めから、ビームラインのコミッショニング(試験調整運転)を開始し、同年10月初めに終了した。コミッショニング終了時(共同利用開始前)に測定された単色光(E=14.4keV)のフォトンフラックスは、PINフォトダイオードで測定されたカレントをフォトン数に換算して、2×1012 cpsとなった。
その後、98年2月の冬期シャットダウン時に、二結晶分光器の第一結晶(水冷ピンポスト結晶)を入れ替えた。それまでの結晶は、ピンポスト加工部とベース部の貼り合せに金が用いられていたが、入れ替え後のものはアルミニウムを使用している。後者の方が、接合歪みが少なく、良質であると予想されていたが、交換後の測定結果もそれを裏付けるものとなり、フォトンフラックスは4×1012 cpsと2倍になった。しかし、それでもなお水路による歪みのパターンが観測されているため、これを改良することにより、さらに数倍フラックスが向上することが期待されている。
実験ステーション
BL09XU実験ステーションは、核共鳴散乱(代表 依田芳卓氏(東大・工))と、表面界面(代表 高橋敏男氏(東大・物性研))の二つのサブグループが中心となって整備が進められている。
実験ハッチ内は、上流から順に2つの定盤と多軸回折計が配置されている(図2)。上流側の定盤上には、数meV以下のエネルギー分解能をもつ各種高分解能分光器がセットできる。この他にも各定盤にステッピングモータ駆動による精密ゴニオメータ、各種ステージ、スリット類が複数台設置されており、核共鳴散乱をはじめとする様々な高分解能回折・散乱実験が可能となっている。また、下流側の装置を使用する際は、空気による散乱を防ぐため、真空ビームパスを利用できる。さらに、精密回折実験においては、長時間にわたる温度の安定性が不可欠であるが、BL09XUでは、実験ハッチ全体に空調が施され、さらに各定盤にはビニールのカバーで覆いができるようになっており、定盤付近の温度の時間的変動は1日で0.03℃程度に保たれている。
図2 BL09XU実験ハッチ内機器配置図
次に、検出器としては、汎用のイオンチェンバー・Na−I シンチレーションカウンターの他に、ダイナミックレンジの広いPINフォトダイオードや、高速のアバランシェフォトダイオード(APD、半値幅で数百psec〜数nsec)が利用できる。計測系も、それに合わせて特に高速タイミング系モジュールを充実させている。
これらの実験ステーションの機器制御は、依田氏が中心となって開発した、Lab−Viewベースのソフトウェアによって行われている。これは、ステッピングモータコントローラ、スケーラ、MCA等様々な機器の操作を、統合された環境で行えることと、またソフトウェアの開発を機器ごとに分離して行えることが特徴である。
共同利用実験
昨年10月の共同利用開始より、核共鳴散乱SGと表面界面SGにより共同利用実験が行われてきた。
これまでに、核共鳴散乱SGによって行われた実験として、
(1)57Feの核共鳴散乱をプローブとした、各種物質における非弾性・準弾性散乱実験(瀬戸誠氏(京大・原子炉)他)
(2)強磁性体アモルファス中の57Feからの核共鳴前方散乱の測定(那須三郎氏(阪大・基礎工)他)
(3)核共鳴カスケード散乱の観測(依田氏他)
(4)X線パラメトリック散乱の観測(依田氏)
(5)高分解能分光器の性能評価(張小威氏(PF)他)
(6)多素子APDの性能試験(岸本俊二氏(PF)他)
(7)57Feからの内部転換電子の観測(岡野達男氏(東大・生産研))
等があげられる。一例として、(3)の161Dyの第3励起準位(74.57keV)を励起させ、第1励起準位(25.65keV)からのカスケード放出を測定した結果を図3に示す。アルミニウムのアッテネータをサンプル及び検出器の前に入れて調整することで、入射光は第3励起準位付近、検出される光は第1励起準位付近のエネルギーのフォトンとみなせ、この状態で、入射光のエネルギーを第3励起準位の共鳴エネルギーに合わせると、カスケード放出されたフォトンが時間遅れ成分として観測された(約0.1cps)。今後も、高エネルギー領域の他のメスバウアー核種へのアプローチや、カスケード遷移を利用した高いS/N比の実験が期待される。
図3 161Dyからのカスケード散乱の測定結果
また、表面界面SGは、これまで多軸回折計の立ち上げを中心に行ってきた。立ち上げはほぼ完了し、引き続いてX線回折散乱法による表面・界面の構造研究や、X線CTR散乱における多波回折効果の研究等が行われる予定である
少数バンチ運転
SPring-8では、97年秋から少数バンチ運転のスタディが進められ、同年11月末以降、等間隔21バンチモードでの共同利用運転(バンチ間隔228nsec、蓄積電流20mA)が可能になった。
98年5月現在、20mA、21バンチ運転時には、蓄積リング電子ビームのライフタイム(入射直後)は20時間程度、入射回数は1日に2回、入射にかかる時間(0mAから20mAまで)は30分程度である。また、バンチ不純度は、10−5 から10−6 程度となっている。
このように、現在の少数バンチ運転は、良い純度を保つとともに、他のユーザーにも①入射時間②ライフタイムの2点において多少我慢して頂くことで利用可能な状態といえよう。しかし、今年から来年にかけて、蓄積電流値は100mAまで増加していく予定である。この場合、単純計算からいくと、①入射時間2時間以上②ライフタイム数時間となり、少数バンチと100mA運転の共存は困難となる。
この問題を解消するため、加速器及びビームライングループによって、マシンスタディや運転モードの検討が進められている。まず①に関しては、本誌98年3月号p.1以降で既に紹介されたように、線型加速器の電子銃のショートパルスモードへの変更やシンクロトロンの入射・出射モードの改良等のスタディが現在試みられており、これらによって大幅な入射時間の短縮が計られる予定である。また②に関しては、複数の連続するバケットから構成された等間隔の運転モードにすることが、新たに提案されている。例えば、100mAで等間隔42バンチ運転(114nsec間隔)にした場合、各バンチあたりの電流値は2.4mAとなるが、それぞれのバンチの直前と直後のバケットにも電子をつめると、各バンチの電子数は1/3に減少し、ライフタイムも現在と大差ないとみられる。核共鳴散乱からみると、理想的には無限小が望ましい励起幅が数nsecの幅を持ってしまうことになるが、精密な時間スペクトルの情報を必要としない実験は、この方法でも問題なく、かつ現在多くの実験がこの部類に入る。よって、通常時の大電流・少数バンチ運転の両立のためには、上記のような等間隔・連続バケットの運転モードが有効であると考えている。ただし、精密な時間スペクトル情報が要求される実験の場合は、別途考慮が必要となるため、引き続き関係者のご協力をお願いしたい。
おわりに
ビームラインの立ち上げ・整備にあたり、サブグループ及びSPring-8スタッフの多くの人にご協力頂いた。ここに改めて感謝の意を表する。
矢橋 牧名 YABASHI Makina
(Vol.3, No.2, P10)