Volume 03, No.4 Pages 1 - 2
1. ハイライト/HIGHLIGHT
SPring-8の新しい展開−施設を建設する段階から研究成果を挙げる段階へ−
Evolution of SPring-8 Project -from the Construction Phase to the Research Phase-
(財)高輝度光科学研究センター 副理事長、放射光研究所長 JASRI Vice President, Director of JASRI Research Sector
去る5月13日に100mAの蓄積に成功して大型放射光施設建設計画は実質的に終了し、また10月に始まった共同利用の試行期間も終わって、 SPring-8は本格的な利用の段階に入った。設計に当たって設定された主な性能目標、即ちエミッタンスや蓄積電流と寿命、安定性などの目標値はすべて達成され、ものによっては設計目標を超える性能が実現している。また、ビームラインの建設も予想を遥かに超えるペースで進められてきて、SPring-8は当初の予定より1年半以上も早く完成した。これは補正予算の計上などの幸運に恵まれたこともあるが、加速器グループおよび利用系グループの超人的な努力と高い研究開発力に依るものであり、それを支えた事務、建設の関係者の並々ならぬ努力、また製作を担当した産業界の高い技術力と熱意に依るところが大きい。
これまで加速器など開発を伴う大型計画では、当初の性能を満たす装置が完成すれば計画が成功したと考えることが多かった。しかし本来は得られた成果で計画の成功か否かが判断されるべきで、 SPring-8もこれからその真価が問われることになる。とくにこの計画には既に1300億円を越える国費が費やされている。それに応えるためにも、如何にして優れた研究成果を挙げるかが私たちに課せられた最重要課題である。
大型放射光施設計画は、阪大、京大の研究者が中心となって計画した関西6GeV計画に由来する。しかしこの計画は実現の見通しがないまま、当時中規模の放射光施設を計画していた理研に引き継がれることになった。理研でその設計研究が開始されたのは1985年で、その後本格的な研究開発の開始とともにこの計画は原研、理研の共同プロジェクトになり、両研究所の密接な協力の下に建設が進められて今日に至っている。研究開発の伝統やプロジェクトの進め方が大きく異なる二つの研究所が、一つの大型施設の建設に協力し完成させたのはわが国では初めてであり、世界でも珍しい。また、設計研究の開始から既に13年余が過ぎているが、それでもこのように比較的短期間に計画が完成したのはわが国の大型施設では異例で、これには省庁の枠を越えて多くの研究者が「次世代大型X線光源研究会」に結集し、計画をバックアップしたことも大きく寄与している。
このようにSPring-8計画は従来の日本的な枠組みをはずして、新しい方式で実現されたものである。従ってSPring-8の利用段階においても古い慣習にとらわれず、創造的・革新的な研究を生み出す共同利用の在り方を見い出すことが必要である。
SPring-8を取り巻く状況にも変化が見られる。文部省の本年度補正予算に阪大核物理研究センターの「レーザーコンプトン電子光によるクォーク核物理の研究」と阪大蛋白質研究所の装置建設費が計上されている。この2計画は既に専用施設(専用ビームライン)として諮問委員会で承認されているが、これによって建設が大きく加速されることは確実である。SPring-8では他にも4本の専用ビームラインの建設が進んでいて、そのうち3本は今年中に完成する。さらに兵庫県の放射光施設「ニュースバル」も近く完成し、また台湾からはビームライン2本を建設しそこに強力な研究チームを置きたいとの計画が提案されている。
一方、SPring-8の建設を進めて来た原研、理研はその利用研究に重点を移して、新しい研究拠点の整備を行っている。原研は既に播磨に関西研究所放射光利用研究部を設置し、3本の原研ビームラインを建設するとともに、6チームの研究グループを擁して放射光利用研究を展開している。本年度の補正予算で研究棟が建設される計画である。一方、理研は播磨研究所を昨年10月に設立してその充実を図り、放射光利用研究のみでなく構造生物学と放射光物理研究の一大拠点にしようとしている。JASRI実験部門の整備も進んでおり、新しい実験手法の開拓や実験装置の開発に成果を出し初めている。なお、科学技術振興事業団から大学及び産業界とJASRIの共同研究促進事業の経費が認められている。
こうして近い将来SPring-8キャンパスに新しいリサーチコンプレックスが形成されることは確実で、個性豊かな研究集団が協力しあい競いあって研究を進める新しい時代が既に始まっている。
ビームラインの建設は予想以上の早さで進んでおり、本年度には新しく3本の共同利用ビームラインの建設が始まる。さらに4本の偏向磁石ビームラインの建設が補正予算に計上された。順調にいけば平成12年までに18本の共同利用ビームラインが稼働することになる。また、専用施設、原研/理研のビームラインおよび施設者ビームライン(R&D用)は稼働中のものを含めて17本の計画が進行しており、合計すると既に全体の半数を超すビームラインが確定している。今後のビームライン建設計画は、限られたビームライン資源の有効利用という観点から、これまで以上に慎重な検討が必要である。
これまでにSPring-8の第三世代放射光源としての性能の良さが明らかになっている。今後SPring-8ではその性能を十分に生かす実験装置の開発や実験手法の開拓、それを使いこなした創造的、革新的な研究が数多く遂行されることが必要で、新しく建設するビームラインは、このような研究を遂行できる能力を持つものでなければならない。そのため新しいビームライン建設計画を決めるに当たっては、研究者側からの提案以外にSPring-8側から提案することを考えている。具体的には、ユーザー側からは研究テーマあるいは研究手法に沿った計画が提案され、SPring-8側からは光源の性能を極限まで生かすビームライン計画を提案することになろう。
SPring-8の偏向磁石からの放射光は、波長範囲と輝度(あるいは強度)、偏光特性や時間特性で優れた性能を持つうえ、建設費が挿入光源ビームラインに比して安価である。そこで積極的に偏向磁石ビームライン建設を推進し、複数の実験手法が相乗りしているビームラインの分離・独立を急ぐとともに、ユーザーの多いアンジュレータビームラインを補完する偏向磁石ビームラインを建設して、汎用的な利用実験に供することも考えている。
これまでに建設したビームラインの実験ステーション周りを増強することも緊急の課題である。そこで平成10年度から2ないし3年かけて、一件当たり3〜4千万円、年3〜4件の予算を計上し、実験ステーションの増強を行うことを検討している。
SPring-8のエネルギー8GeVは世界の他施設に無い貴重な資源である。高エネルギーX線の利用に関しては8GeV の利点は明らかであるが、軟X線領域でも高エネルギー蓄積リングを用いると、より安定した優れた放射光が得られるという。本年の補正予算で理研に長直線部に設置する挿入光源ビームラインの建設予算が計上されており、軟X線領域の高輝度光源にするのも一案として検討されている。阪大核物理研究センターが進めているレーザー光のコンプトン後方散乱による原子核の研究は、世界でSPring-8だけで可能になる実験で諸外国から多くの参加希望が寄せられている。放射光を用いた陽電子源の計画は未だ検討段階であるが、これなどもSPring-8でしかできないユニークな計画である。
SPring-8の建設が終了して本格的な利用段階に入り、どうすればより多くのユーザーがより優れた成果を上げるかが最重要な課題になっている。このために個人的な見解を交えて最近のSPring-8を取り巻く状況を紹介した。
上坪 宏道 KAMITSUBO Hiromichi
(Vol.3, No.1, P9)