Volume 03, No.2 Pages 39 - 42
4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
8の字アンジュレータについて
About Figure-8 Undulator
1.8の字アンジュレータとは
SPring-8のように高エネルギーの電子ビームを用いる放射光施設において、アンジュレータで1keV までの真空紫外光や軟X線を供給しようとする場合、アンジュレータの周期長を長くするか、あるいは磁場(偏光定数:K値)を大きくする必要がある。アンジュレータ光の輝度は周期数の2乗に比例するので、輝度の低下を避けるためにはK値を大きくせざるを得ない。
平面アンジュレータを用いる場合、K値の増加は無用の高調波強度の増大を招く。一方ヘリカルアンジュレータでは、軸上ではK値の大小に関わらず基本波しか観測されないため、基本波のみを用いるユーザーにとっては理想的な挿入光源である。しかしながら直線偏光は得られない。8の字アンジュレータはヘリカルアンジュレータの低熱負荷の性質を保ちながら、かつ直線偏光が得られるよう考案されたアンジュレータである。本稿では8の字アンジュレータの原理を簡単に述べた後、BL27SU用に開発された8の字アンジュレータの磁場測定ならびにその解析結果について報告する。
図1 8の字アンジュレータ内の電子軌道。
2.8の字アンジュレータの原理
ここでは8の字アンジュレータの原理[1]とその特徴[2-3]について簡単に述べる。図1は8の字アンジュレータ内の電子軌道を表したものである。xy平面に投影するとまさに“8の字”を描いていることがわかる。電子はy>0の領域では左回り、y<0の領域では右回りの回転をするが、各々の領域において放出された光は電子の軌道にしたがって、左回り、および右回りの円偏光状態にある。良く知られているように、水平・垂直の両偏光が、ある位相差で重なり合うと円偏光になるが、これと逆に、左右円偏光が重なり合うと直線偏光になることは容易に理解できる。即ち、8の字アンジュレータから得られる光は直線偏光になる。さらに、軌道そのものはヘリカルアンジュレータと類似したものであるため、軸上におけるパワー密度はヘリカルアンジュレータと同様に低くなる。
図2は周期長10cmとして500eVの基本波を得るために平面アンジュレータを用いた場合(a)と8の字アンジュレータを用いた場合(b)でスペクトルを比較したものである。電子エネルギーを8GeV、蓄積電流を100mAとし、ビームのエミッタンスは0であると仮定している。図を見れば明らかなように、平面アンジュレータの場合、高調波による鋭いピークが100keV付近においても見られる。一方8の字アンジュレータの場合、10keV以上の高調波は見られない。この高調波抑制の効果は絶大であり、平面アンジュレータでは軸上パワー密度が100kW/mrad2 もあったものが8の字アンジュレータでは1.4kW/ mrad2 に軽減される。また、基本波(500eV)での強度を比べると、平面アンジュレータでは1.7×1017 (photons/sec/mrad2/0.1%B.W.)、8の字アンジュレータでは1.2×1017と、約2/3程度減少しているが、軸上パワー密度の大幅な軽減を考えればどちらを採用すべきかは明らかであろう。
8の字アンジュレータはこのほかにもさまざまな興味深い特徴を示す。その中で最も重要なものとして、パワー密度の空間分布が挙げられる。図2のときと同じパラメータで平面及び8の字アンジュレータのパワー分布を計算したものを図3に示す。平面アンジュレータの場合は軸上にピークを持ち、水平・鉛直の両軸に対して対称である。一方、8の字アンジュレータの場合は図に示すようにV字を形成し、水平軸に対して非対称な分布となる。これは8 の字軌道に沿って運動する電子の横方向の速度(βx, βy)をxy平面に投影したものがこのようなV字を形成することから理解できる。
図2 平面アンジュレータと8の字アンジュレータのスペクトルの比較。どちらも周期長100mm、周期数44である。K値は、平面アンジュレータでは4.72、8の字アンジュレータではKx=Ky=3.34とおいている。この場合、基本波のエネルギーは500eVである。
図3 平面、ヘリカルおよび8の字の各アンジュレータからの放射パワーの空間分布。平面、ヘリカルとも分布は対称であるが、8の字では水平軸に関して非対称になりV字を形成する。
3.8の字アンジュレータの実例
SPring-8では既に2台の8の字アンジュレータの開発を完了し、現在蓄積リングに設置中である。そのうち1台は8の字アンジュレータ本来の特徴である “低熱負荷型直線アンジュレータ”として軟X線の直線偏光を供給するものであり、BL27SU用の挿入光源として設置される。他方は8の字アンジュレータからの放射光には垂直・水平の両偏光が含まれるという特徴を生かして、硬X線領域において直線偏光を供給するものであり、BL24XU用の挿入光源として設置される。紙面の都合上、BL27SU用8の字アンジュレータの磁場測定結果についてのみ紹介する。
BL27SUは軟X線光化学ビームラインと呼ばれ、 100eV~2000eVの直線偏光の軟X線を用いて実験が行われる。BL27SU用挿入光源(ID27)の仕様を表 1に示す。ID27の磁場調整後の測定結果から電子軌道を計算すると図4のようになる。xy平面(アンジュレータ軸に垂直な平面)に投影した図を見ると明らかなように、電子軌道は中心をドリフトさせながら8の字を描いている。これらの軌道が理想値にどれだけ近いかを確認するため、基本波のスペクトル、および軸上でのパワー密度を計算したものを図5、6 に示す。スペクトルを見ると、各Gapにおいて理想値と比較してほとんど100%の強度が得られることがわかる。また、軸上パワー密度も理想的な場合と比べてほとんど変わらず、ID27が8の字アンジュレータとして期待通りの性能を有しているといえる。
表1 BL27SU用8の字アンジュレータ仕様
図4 ID27の磁場測定から計算された電子軌道。中心をドリフトしながら8の字軌道を描く。
図5 磁場測定結果から計算された基本波のスペクトル。
図6 磁場測定結果から計算された軸上パワー密度。Gapを閉じていったときに軸上でのパワー密度がどのように変化するかを、基本波のエネルギーの関数として表したもの。
4.まとめ
SPring-8において新しく開発された8の字アンジュレータの原理、特徴ならびに磁場測定結果などについて報告した。磁場測定結果を見る限り、開発された8の字アンジュレータは期待通りの性能を有しているといえる。当然のことであるが、8の字アンジュレータが稼動するのはSPring-8が世界初であり、今後は光から見た性能評価、即ち、スペクトル、偏光度、パワー分布などの測定を行う必要がある。
文献
[1]T. Tanaka and H. Kitamura, Nucl. Instrum. and Meth. A364, 368(1995)
[2]T. Tanaka and H. Kitamura, J. Electron Spectroscopy and Related Phenomena 80, 441-444(1996)
[3]T. Tanaka and H. Kitamura, J. Synchrotron Radiation 3, 47(1996)
田中 隆次 TANAKA Takashi
昭和44年8月21日生
(財)高輝度光科学研究センター
ビームライン部門
〒679-5143
兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-2809
FAX:07915-8-2810
e-mail:ztanaka@spring8.or.jp
略歴:平成8年9月京都大学大学院博士課程修了、同年10月高輝度光科学研究センター入所。最近の研究:挿入光源の開発。
北村 英男 KITAMURA Hideo
昭和22年6月23日生
日本原子力研究所・理化学研究所大型放
射光施設計画推進共同チーム
〒679-5143
兵庫県佐用郡三日月町三原323-3
TEL:07915-8-0832
FAX:07915-8-0830
略歴:昭和45年京都大学理学部卒業、昭和51年8月同大学院修了、同年9月東大物性研助手、昭和55年5月高エネルギー物理学研究所放射光施設助手、平成2年4月教授。平成5年理化学研究所主任研究員(兼務)。理学博士、日本物理学会、日本放射光学会会員。最近の研究:挿入光源、自由電子レーザー。今後の抱負:第4世代放射光源の開拓。ピアノ音楽鑑賞、スパイもの、法廷ものビデオ鑑賞が趣味。