ページトップへ戻る

Volume 03, No.1 Pages 29 - 31

5. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

Highlights in X-ray Synchrotron Radiation Research 報告 −材料科学分野2−
– Material Science2-

片山 芳則 KATAYAMA Yoshinori

日本原子力研究所 大型放射光開発利用研究部 JAERI Dept. of Synchrotron Radiation Facility Project

Download PDF (40.96 KB)


 会議2日目から3日目にかけては、主として構造とダイナミクスに関する研究が取り上げられた。すべて放射光の利用によって発展した分野であり、コヒーレントX線2件、微小角入射X線散乱による液体表面1件、高分子2件、高分解能非弾性散乱2件、核共鳴散乱1件、高エネルギー回折1件、高圧5件であった。各講演とも、その分野の素人でも基礎から最新の成果までがわかるよう配慮されており、興味深く聞くことができた。ただし、筆者の専門は高圧物性であり、それ以外の分野では理解が行き届かなかった部分も多い。以下の紹介にも誤解があるかもしれない。読者のご指摘を乞いたい。また、ポスター発表にも興味深いものがあったが、紙面の都合で触れられなかった。
 第3世代光源の登場によって、強いコヒーレントX線が得られるようになり、X線のコヒーレンスを利用した実験が盛んになると期待される。本会議では、APSのS.K.SinhaによるX線のコヒーレンスとその利用に関する入門的な講演の後、ESRFのG.GrübelによってESRFでの最新の研究成果が紹介された。位相のそろったX線が不均一な試料によって散乱されると、散乱X線にスペックルと呼ばれる細かい濃淡が現れる。これによって、試料の静的な構造を調べることができるだけでなく、ある点での時間変化を測定することによって、ダイナミクスを調べることができる。第3世代放射光光源から得られる強いコヒーレントX線によって、原子間距離程度までの短い距離スケール(散乱ベクトルqで1×10-3Å-1 から数Å-1 )での比較的遅い時間変化(周波数ωで106 Hzから10-3 Hz程度)を調べることが可能となる。この方法は、これまで行われてきた中性子による実験(0.02Å-1 -1 、108 Hz<ω<1014 Hz)やレーザーによる実験(q<4×10-3Å-1 ω<106 Hz)の間を埋めるものである。ESRFでは、アンジュレータからのX線をピンホールと高調波除去ミラーに通しただけで用い、波長1.5Å、縦(longitudinal)コヒーレンス長100Å、横(transverse)コヒーレンス長10μmの強力なX線を得ている。強度は10μm程度のピンホールの後で約109 photons/sである。これを用いて、グリセロール中のパラジウムのコロイドやブロック共重合体のミセルの平衡状態でのダイナミクスが0.0015Å-1-1程度の範囲で測定され、拡散係数の波数依存性が議論されていた。
 液体表面のナノメーター領域での構造は、放射光による微小角入射X線散乱(grazing incidence x-ray scattering)が可能になるまでは、ほとんど研究手段がなかった分野である。J.Daillant(Saclay)によって、初期の単純な液体の表面粗さの研究から、最近の液体表面上の分子のモノレイヤーの曲げ剛性を求める研究までが紹介された。
 高分子では、小角と広角散乱、DSCの同時測定によって、結晶化の前の密度ゆらぎをとらえた報告がSheffield大のA.J.Ryanによって行われた。特に、ミリ秒の早い結晶化を調べるためにはmelt extrusionが使われていた。これは融けた試料からテープ状の試料を巻きとっていく過程を追うもので、この過程が定常状態であることから、押し出し口からの距離が時間に対応することになり、長時間の測定を行うことができる。これによって、結晶化の前に50~200Åのスケールの方向性のある小角散乱がとらえられた。
 また、Max-Planck-InstituteのM.StammはESRFの2μm径のマイクロビームを用いて、直径20μmの高分子繊維一本の各位置での散乱を測定するという、位置分解した構造研究を報告した。この他にも、HASYLABの超小角散乱実験によって、基板上の非常に薄い高分子膜のdewettingの過程を時間分解測定した結果などが報告された。
 次に、ESRFのF. Setteによる高分解能X非弾性散乱実験の講演があった。これは10~20keVのX線を用いて、固体や液体中の数meVという励起を調べるもので、ΔE/E=10-7 という高いエネルギー分解能が必要であることから、実用的な強度が得られる第3世代光源が登場して研究が本格化している。ESRFではSiの高次の後方反射を利用した集光光学系を使って約20keVのX線で1.5meVの分解能を達成しており、そのときの信号強度はこれまでこの種の研究に使われてきた中性子非弾性散乱の信号強度と同等ということであった。X線非弾性散乱では中性子に比べ高い周波数領域(大きなenergy transfer)で、原子距離程度の密度揺らぎを調べる実験が可能となる。これは並進対称性を持たない液体やアモルファスのダイナミクスを調べるのに大きな利点となる。彼らは水の非弾性散乱を0.1から1.4Å-1の範囲で行い、通常の音波以外に、その倍の速度(3200ms-1)をもった音波が存在することを確認した。これは、一般に使われる中性子の速度より速く、中性子散乱では広い範囲での確認が困難だったものである。その他にも、アモルファスで古くから問題になっているボソンピークに対応する励起をシリカガラスで研究した例や、ガラス化の過程で励起エネルギーの温度依存性がガラス転移より高い温度で変化することを明らかにした例など、構造不規則系の重要かつ困難な問題に挑戦する研究が紹介された。
 Rostock大のE.BurkelもHASYLABでの初期の高分解能X線非弾性散乱実験から、最近のESRFの成果までを報告した。大きなenergy transferを生かした研究として、SiO2 の全フォノン分散関係の測定(最高150meV)や液体リチウムの分散関係の測定、中性子ではインコヒーレント散乱が大きく測定が困難な物質の研究として、He3 の分散関係の測定、小さな試料でも測定可能なことを生かした高圧下の実験などが紹介された。さらに、核共鳴を利用した非弾性散乱実験についても触れていた。
 HASYLABのJ.R.Schneiderは100keVの高エネルギーX線を用いた高分解能X線回折実験によって、大きな試料全体の構造を調べられることを示していた。通常のX線では表面から数10μmの情報しか得ることができないが、高エネルギーX線は吸収が小さいため試料内部の情報を得ることができる。彼らは問題になっていたSrTiO3 の相転移での臨界散乱の2つの成分について研究し、一方は試料全体によるもの、他の成分は試料表面に近い部分によるものであることを明瞭に示した。
 超高圧下の物質の構造解析も放射光利用とともに大きく発展してきた。超高圧、超高温といった極限条件の実現には、試料を非常に小さくしなければならず、そのため輝度の高いX線が必要だからである。本会議でも理論2件、実験3件と多くの講演があった。
 はじめにIllinois大のR.M.Martinによる水素の高圧実験のレビューと彼らの計算の紹介があった。水素は常圧では絶縁体だが、高圧下では金属化するという予想が古くからなされ、世界中の研究者が水素の金属化に挑戦してきた。何回も金属化した、と報告されたものの、現在では、250万気圧という高圧でも室温では絶縁体だと考えられている。それだけでなく、150万気圧付近での相転移に伴い、大きな赤外吸収のピークが現れるなど、意外な物性を示す。Martinらは、陽子のゼロ点振動の効果を取り入れるため、電子と陽子を両方とも量子的な粒子として扱う量子モンテカルロ法による計算を行い、現在実験的に調べられている高圧相の構造と物性を説明するとともに、さらに高い圧力での水素の構造を予想した。彼らによると、分子解離した後の水素はダイヤモンド構造やβスズ構造、単純立方を経て1000万気圧でBCCになるという。実験がどこまで検証できるか興味深い。
 水(氷)は水素結合という非常に重要な相互作用を持ち、複雑な相図を示すことから、多くの研究が行われている。最近では、水素原子が二つの酸素原子のちょうど中間に位置する対称氷が高圧下で確認され、話題になった。本会議では、第一原理分子動力学法の代名詞ともなった、Car-Parrinello法の創始者のひとりである、M.Parrinello(Max-Planck-Institut)によって最近の計算結果が紹介された。彼らは、理論計算が水の構造や赤外吸収をよく再現できること、X相への相転移をシミュレーションで再現できることを示し、さらに高圧では新しい高圧相への相転移が起こることを予測していた。
これら軽元素固体の高圧実験はParisVI大のP.Loubeyreによって紹介された。彼らは、水素や水の単結晶をダイヤモンドアンビルセル(DAC)中に作る技術を開発し、ESRFの白色ビームラインでエネルギー分散法を用いた単結晶構造解析を行っている。超高圧下では試料体積が小さいため、X線ビームを10μm程度まで小さくする必要がある。この条件での水素の実験は、第3世代放射光の高輝度X線と単結晶育成技術の組み合わせで始めて可能になった。彼らは水素の状態方程式を100万気圧以上まで精密に測定し、理論との食い違いを見出した。また、水の単結晶では状態方程式を決めると共に超格子反射も観測している。さらに、高圧下で、アルゴンと酸素、リチウムと水素など様々な化合物の単結晶を作ったり、水素と酸素が高圧下では水にならなくなるなど、興味深い発見をしている。
 Carnegie Institute of WashingtonのH.K.Maoは300万気圧まで使えるベリリウム製ガスケットを開発したことを報告し、これがDACを用いた実験にとって、大きなブレークスルーになることを示した。この技術により、超高圧実験で問題になっていた圧力の非静水圧性や結晶の配向を実際に評価でき、格段に実験から得られる情報が増すこと、ダイヤモンドの吸収にはばまれていた数keV領域のX線を使った高分解能蛍光スペクトルやXANES、非弾性散乱などが行えることを示した。また、レーザーをDAC中の試料に両側から照射することで、温度圧力を精密に制御した実験ができることも報告していた。
 レーザー加熱を用いた実験は放射光と組み合わされ、特に、地球科学者が地球内部(中心で圧力360万気圧、5000K)を研究するために使われている。ParisVI大のD.Andraultは、地球のコアを構成する鉄について、ESRFで行ったレーザー加熱と角度分散型X線回折を組み合わた実験を報告した。鉄の高温高圧相(β相)の存在に関しては、全く異なる実験結果が報告されており、議論が続いていた。彼らは100万気圧以上、2500Kまでの測定を行い、β相は存在するが、その結晶構造はこれまで考えられてきたものとは異なることを示した。彼らは従来のエネルギー分散法に比べ、角度分散法の利点を強調していた。
 さすがにハイライトと銘打たれているだけあって、ESRFを中心に欧米で行われている研究の質の高さ、層の厚さに圧倒された。SPring-8が多くの人の努力によって順調に供用開始を迎えることができた今日(実際、外国の多くの研究者がSPring-8の立ち上がりの速さに驚いていた)、その性能を生かした質の高いサイエンスをすることが研究者の責任であることを実感した。
 
 

片山 芳則 KATAYAMA Yoshinori
昭和38年2月9日生
日本原子力研究所 関西研究所
大型放射光開発利用研究部
〒678-1298
兵庫県赤穂郡上郡町SPring-8
TEL:07915-8-1843
FAX:07915-8-0830
略歴:平成2年3月京都大学大学院理学研究科研究指導認定退学、慶応大学理工学部助手、講師を経て、平成9年5月より日本原子力研究所。平成7年4月より8年3月までパリ第6大学訪問研究員、理学博士、日本物理学会、日本高圧力学会、日本放射光学会会員。
最近の研究:高温高圧下での液体の密度測定、EXAFS、回折実験。



Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794