Volume 03, No.1 Pages 25 - 26
4. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
高温高圧下での液体の密度測定
Density Measurements of Liquids under High Temperature and High Pressure
近年、高圧下での液体の構造研究が、放射光を利用したX線回折・吸収実験によって行われるようになり、各物質固有の局所構造を反映した多様な構造変化の様子が明らかになってきた[1,2]。また、最近ロシアのグループがビスマス、セレン、テルル、ヨウ素といった液体で、液体-液体相転移が存在することを報告し、注目されている[3]。密度はこれらの構造変化や相転移を研究する上でもっとも基本的な量であるにも関わらず、高温高圧で液体の密度を測定した例は、実験的な困難のためほとんどない。我々は大容量プレスと放射光を組み合わせたX線吸収法を用いて、効率よく密度を測定する方法を開発し、PFで実験を行ってきた[4]。さらに実験精度を上げるため、強力な高エネルギーX線が得られるESRFで実験を行う機会を得たので、その結果を報告する[5]。
強度I 0のX線を試料に入射した場合、透過するX線の強度I は、試料の厚みをt 、試料の質量X線吸収係数をμ、試料の密度をρとすると、I = I 0 exp(-μρt)となる。よってμとt が既知であれば、IとI 0を測定することによって密度ρを求めることができる。しかし固体圧縮を利用した高圧実験では、試料の変形が大きく、試料の厚みがわからなくなるため密度を求めることが困難である。
そこで我々は、厚みの基準となるものを試料中に入れることを考えた。原理を図1(a)に示す。たとえば、サファイアはX線吸収が小さく、変形しにくい。これを試料中に入れ、細く絞ったX線を入射して、サファイアを通った場合と試料のみを通った場合の透過X線強度を測定する。この差から、試料の密度を求めることができる。第2の方法として、試料をサファイア(ルビー)の円筒に入れ、試料の形自体を一定に保つことも考えられる。原理を図1(b)に示す。圧力はサファイアの上下の圧媒体から試料に加わる。試料の径が決まっているので、X線吸収量を試料位置の関数として測定することにより、密度を求めることができる。
図1 実験原理
実験はESRFのビームラインID11を使用し、ウィグラー光源からのX線を液体窒素冷却のSi(111)2結晶分光器で65keVに単色化した。この光源のX線はこのエネルギー領域でPFのBL14に比べ約100倍強い。ビームの大きさは0.1mm×0.1mmまでしぼった。入射および透過X線の強度はフォトダイオードで測定した。プレスを移動して、吸収の試料位置依存性を測定した。加圧にはパリーエディンバラ型プレスとコーン型のくぼみをつけた対向アンビルを組み合わせて行った。このプレスは小型軽量であるため、一般のビームラインに持ち込んで実験することが容易である。この装置では、アンビル形状の関係上、球を使う方法が取れないことから、ルビー円筒を使う方法が考案され組み合わされた。試料は外径1mm、内径0.5mm、高さ0.3mmのルビー製の容器に入れられ、上下はBN製のフタで挟まれる。圧媒体にはボロン:エポキシ混合物を用いた。
図2はX線吸収の測定例である。試料は液体ビスマス、圧力は1GPa、温度は480℃で、円筒容器を横切るように試料位置をスキャンしている。円柱状の試料の形が明瞭に見える。この実験データに対して、試料形状を表す式を用いてフィッティングを行った。その結果を実線で示す。実験値との一致は非常に良い。
図2 液体ビスマスのX線吸収プロファイル
図3は約1GPaでのビスマスの密度の温度変化である。点線で表した不連続な変化は融解に際する密度変化である。ビスマスは融解に際して収縮するので密度が増える。液体中ではデータ点が一つの曲線上にきれいにのっており、PFでのデータより精度が優れていると考えられる。ESRFでの実験の精度が良い理由としては、(1)ルビー容器を使ったため、プロファイルが単純になったとともに、試料外形の変化が等方的となる。(2)使用したX線ビームの強度がPFに比べ強く安定していたため、データの精度がよい。(3)プレスが小型であるため、精密なステージを使用したスムーズなスキャンが可能となり、位置の誤差(横軸の誤差)が小さい。などが考えられる。残念ながら、実験の最適化に時間がかかったことや、加圧、加熱にトラブルが発生したことで、この実験では予備的なデータしかとれなかった。このデータも、圧力一定の条件ではなく、密度の絶対値はあわせていない。本年11月にはESRFの高圧ステーション(ID30)で実験を行い、試料のすぐ近くに入れたNaC1の角度分散X線回折を測定することによる圧力の同時測定や、吸収実験用アンビルのテストなど、実験技術の改良を行った。結果は現在解析中である。今後、SPring-8で同様の実験を続けていくことによって、広い温度圧力領域で液体や非晶質の密度を精度良く測定することができると考えている。
図3 約1GPaでのビスマスの密度の温度変化
密度測定法の開発は辻和彦(慶応大理工)、下村理(原研放射光)、亀掛川卓美(高エ研PF)と共同で行った。ESRFでの実験はJ.M.Besson、G.Syfosse(パリ第6大学)、M.Mezouar、D.Häusermann、M.Hanfland(ESRF)との共同研究である。
参考文献
[1]K.Tsuji,J.Non-Cryst.Solids,117/118,27-34(1990).
[2]Y.Katayama,K.Tsuji,H.Oyanagi and O.Shimomura : Journal of Non-Crystalline Solids,205-207,199-202(1996).
[3]A.G.Umnov,V.V.Brazhkin,S.V.Popova and R.N.Voloshin : J.Phys.Condens.Matter,4,1427-1431(1992).
[4]Y.Katayama : High Pressure Research,14,383-391(1996).
[5]Y.Katayama,K.Tsuji,O.Shimomura,T.Kikegawa,M.Mezouar,D.Martinez-Garcia,J.M.Besson,D.Häusermann and M.Hanfland : Journal of Synchrotron Radiation,in press.