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Volume 02, No.5 Pages 3 - 4

1. ハイライト/HIGHLIGHT

供用開始にあたって —利用者の立場から—
On the Occasion of the Start of SR Research Activities – Comments from the User Side –

菊田 惺志 KIKUTA Seishi

SPring-8利用者懇談会 会長 SPring-8 Users Society President

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 この3月にSPring-8の蓄積リングで電子ビームの蓄積に成功し、ついで放射光ビームラインでの放射光の発生を確認したとの速報に接し、とても感激しました。その後も順調にステップアップが図られています。このような快挙を迎えて、あらためて、SPring-8計画をスタートさせ、軌道に乗せるのに尽力された方々、SPring-8の建設に邁進されてきた方々に利用者の立場から深く敬意と謝意を表わしたいと思います。月の引力によって地殻がごくわずかに歪み、電子ビームの運動にその影響が現われるという話も伺いました。これは電子ビームの質の高さを如実に示しているもので、すばらしいことです。

 昭和63年に大型放射光光源の利用に関心をもつ研究者・技術者によって次世代大型X線光源研究会が組織され、研究の展望、研究計画の立案などを行なってきました。この時期はSPring-8計画の準備フェーズにあたります。それから5年後の平成5年にSPring-8が建設フェーズに入ってきたことに対応して、装いを新たにSPring-8利用者懇談会として発足しました[1][1] 菊田惺志:SPring-8利用者懇談会の活動、SPring-8利用者情報 Vol.1 No.5 (1996) 32.。この建設フェーズでは10本の共用ビームラインにつく実験ステーションの建設に協力しています。本年度末で5年経つことになり、この時期に建設フェーズから利用フェーズへと移行してゆきますので、利用者懇談会の活動もそれに応じて少し変わることになります。独自の実験ステーションの建設をめざす研究課題別サブグループは35チームあり、利用フェーズに入ってからもそれらを存続させることになっています。利用研究が軌道に乗り、進展していきますと、当然さらに高いレベルの研究をめざすことになります。そのためには光源、ビームラインと実験ステーションの性能をたえず高度化していく必要があります。建設に携わったサブグループは実験装置に関して豊富なノーハウを蓄積していますので、その実験ステーションでの放射光利用研究の実績を踏まえて、実験ステーションの高度化の作業に協力することにしています。

 供用開始の当初からできるだけ多くの研究課題が実施できる方が全体のアクティビティを上げるのに望ましいという利用者懇談会の意向も考慮されて、最初に建設されている10本の共用ビームラインに21の研究課題が相乗りする形になっています。今後ビームラインの整備が順次進められる計画になっていますが、相乗りの解消も必要ですし、研究課題別サブグループの待ち行列はかなり長いので、10本のあとの共用ビームラインのできるだけ早い建設が待たれます。一方、専用ビームラインもいくつかの研究機関によって設置の準備が進められていますが、これも早く多数のビームラインが建設されるのが望まれます。

 ご承知のようにSPring-8利用者懇談会はSPring-8施設の建設に協力するとともに放射光利用の円滑化と会員相互の交流を図ることを目的として活動しています。共同利用の放射光施設は全国に多数ありますが、それらにはすべてSPring-8利用者懇談会と同様な利用者団体が組織されています。現在、SPring-8利用者懇談会の会員は1127名の多数に上り、その内訳は国・公・私立大学関係67%、企業関係17%、国・公立研究所関係16%の構成になっています。利用者懇談会としてはSPring-8の利用者は産・官・学の所属を問わず、すべて会員になっていただき、SPring-8での放射光利用研究を一層効果的に遂行できるように、一緒に活動していきたいと望んでいます。未加入でご関心をおもちの方は文末に記してある利用者懇談会の事務局へご連絡下さい。

 全国の放射光利用研究者は第3世代の大型放射光施設の実現を10数年間待望してきました。利用者組織がつくられてからでも10年間です。いよいよ世界最高の性能をもつSPring-8リングの完成が目前で、これからが利用者の正念場です。放射光利用研究で第1級の優れた成果を多く挙げてはじめてSPring-8計画が成功したということになりますが、放射光利用研究者は長年それをめざして研究を積み上げてきていますので、十分に期待に添うものと確信しています。SPring-8研究の立ち上げ当初1〜2年の間にどのような研究を展開するかについて昨年にシンポジウムを開き、議論しました[2][2] SPring-8シンポジウム報告、光彩 No.12 (1996).。魅力的なテーマ、野心的なテーマなどが多数提示され、SPring-8が全体として最初に挑戦しようとしているサイエンスの輪郭を浮かび上がらせることができました。当初からレベルの高い成果が得られる期待が一層膨らみました。これらのテーマの中にはこれまでの研究実績から先がかなりよく見通すことができ、着実に成果を積み上げられるものがかなりあります。一方、いままでの経験に照らしてみますと、研究の展開が予想を超えたものになる場合もあります。このような意外性は研究の最前線に、ときにはあるもので、まさに研究の醍醐味です。大魚を狙えば、失敗する可能性も高く、それを試みること自体に勇気がいりますが、ぜひ、挑戦してもらいたいものです。 SPring-8には、失敗を恐れずに積極的に取り組む進取の雰囲気が、はじめから定着してほしいと思います。画家の岡本太郎氏は以前に「芸術はバクハツだ!」と叫んでおりました。大きな仕事の成就には、バクハツというほど過激でなくても、「勢い」はぜひ必要です。SPring-8にはその「勢い」を感じますので、新しいページをつぎつぎにめくるように大きな成果が得られることが予見されます。

 一般にビームを用いる実験では光源の高度化、高性能化がステップ関数的に研究の飛躍をもたらしていますが、放射光利用研究でもKEKのPhoton Factoryの利用により、またその後のKEKのAccumulation Ringの利用により大きなステップアップを経験しています。PFもSPring-8も建設計画が議論され始めてから完成まで10数年かかっていますし、大きなプロジェクトがつぎつぎに走るとは限りませんから、このような大型施設の供用開始のチャンスに巡り会うことは滅多になく、研究者にとってこの上ない幸運です。このチャンスを最大限に生かさなければなりません。

 放射光科学は異なった分野の研究が光源を中心として実験手段や手法を共有する形で同じ場所に集まって実施されますので、異分野間の交流が活発に行なわれます。また研究機関の間での研究協力、産・官・学での学術交流さらに国際交流などが促進されます。このように放射光科学はボーダーレス化が進んでいるのが特徴ですから、それからもたらされる新しい視点での研究が、芽生える可能性がつねにあることも楽しみです。

 第3世代の大型放射光施設のヨーロッパのESRFとアメリカのAPSがすでに先行して稼働しており、特に最初に立ち上がったESRFからは高輝度放射光の威力の片鱗を示す研究成果が続々と報告されつつあります。いよいよSPring-8も競争と協調の関係のもとでESRFとAPSの仲間入りをします。SPring-8でも実験ステーションの機器の充実を図りつつ、本格的な研究に早急に入っていくことが期待されます。SPring-8で新しい科学・技術の展開をめざしましょう!

 

 

 

参考文献

[1] 菊田惺志:SPring-8利用者懇談会の活動、SPring-8利用者情報 Vol.1 No.5 (1996) 32.

[2] SPring-8シンポジウム報告、光彩 No.12 (1996).

 

 

SPring-8利用者懇談会の連絡先

 〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地1503-1

 (財)高輝度光科学研究センター内

 SPring-8利用者懇談会事務局 佐久間明美

 TEL:07915-8-0970

 FAX:07915-8-0975

 e-mail:sakuma@spring8.or.jp

 

 

 

菊田 惺志 KIKUTA Seishi

昭和13年3月23日生

東京大学 工学部 物理工学科

〒113 東京都文京区本郷7-3-1

TEL:03-3812-2111(内線6825)

FAX:03-5689-8257

略歴:昭和37年東京大学理学部物理学科卒業、37年同大学助手、46年講師、48年助教授、62年教授、この間主にX線光学、表面物理学、中性子光学などの研究に従事、理学博士。日本放射光学会、日本物理学会、応用物理学会、日本結晶学会会員。最近の研究:放射光による核共鳴散乱の研究、放射光によるX線のコヒーレンスの研究。今後の抱負:放射光科学の一層の発展を図る。趣味:花も実もある木の育成。観葉植物の栽培。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794