Volume 02, No.5 Pages 1 - 2
1. ハイライト/HIGHLIGHT
供用開始にあたって
On the Occasion of the Start of SR Research Activities
この3月から進めてきたSPring-8の試運転は成功裏に終わり、偏向磁石及び真空封止アンジュレータからのビームライン各1本ともども去る7月3日に試験運転時施設検査に合格して、利用実験に供することが可能になりました。その後7月12日までビームライン6本で放射光テストを行い、実験ハッチまで光を通すことに成功しています。結晶構造解析(BL02B1)、XAFS(BL01B1)、高温構造物性(BL04B1)の各ビームラインでは、性能テストを目的としていくつかの試料で測定を行いデータを得ています。13日以降は加速器の点検及び新規ビームラインの設置を進めていて、9月には運転を再開、10月6日の供用開始を迎える予定です。入射器の試運転開始よりほぼ1年、蓄積リングの試運転開始後6ヵ月足らずで10本を越すビームラインを供用可能な状態にまで立ち上げることができたのは、SPring-8が世界のどの放射光施設よりも安定で精度よく造られていることを示すとともに、加速器、ビームラインなどの建設に携わった共同チーム、JASRIのメンバー及びユーザーの努力の賜物と思っています。
SPring-8では、共同チーム及びJASRIの挿入光源・フロントエンドグループと輸送チャネル・光学素子グループが横断的にビームラインの上流側を建設・整備し、実験ステーションは関係するユーザーと施設者側の担当者が共同で建設する方式をとって来ました。この方式は、ビームライン素子の標準化、規格化と相俟って、建設を効率的に進める上で大きな力を発揮しましたが、ユーザーに対する支援でも優れた方式だと思っています。10月以降はJASRIの利用促進部門がビームラインの運営にあたりますが、そこには横断的にビームラインを担当するスタッフと実験ステーションを担当するスタッフを置くことになっています。
供用開始に当たって最初の6ヵ月間は、建設グループによるビームラインの立ち上げ調整と、一般ユーザーによる利用実験が平行して行われます。SPring-8のような高輝度X線光源の実験装置では、放射光を利用した装置の調整が不可欠で、それは一般には建設グループによるテスト実験によって行われます。しかし供用を効率的に進めるには、この期間になるべく多くのユーザーに習熟してもらう必要がありますので、建設チームによる実験と一般ユーザーによる実験を平行して行うことにしました。
昨年末に、10月から来年3月までの試行期間に行う実験課題を公募しました。全部で190件の応募があり、希望シフト数は1年分を越えるビームラインもありました。この中には建設チームによる立ち上げ実験を含んでいますが、利用研究課題選定委員会ではそれ以外の一般ユーザーによる課題も入れて、120件あまりを採択しました。その中には、一般ユーザーの課題を建設チームと共同して行うように配慮して採択したものもあります。できるだけ多くの研究者が早くビームラインに習熟し、優れた研究成果を上げることができるようにと配慮したためです。
SPring-8のユーザーには放射光利用実験をこれまで行ったことのない研究者も多数いることと予想しています。そのため、利用促進部門に研究支援チームを置き、SPring-8の利用に関する質問や相談に対応することにしました。施設の利用法などに関する問い合わせだけでなく、「手持ちの試料である測定をしたいが、どのビームラインを利用したらいいか」といった相談にも応じることを予定しています。
SPring-8は当面蓄積電流20 mAで運転することになっています。ビーム蓄積時の真空がまだそれほどよくなく、気体分子による制動輻射の線量が実験ホール内で十分低くできないことも一つの理由ですが、ビームラインの立ち上げ調整段階では、目標電流100 mAでは熱負荷が大きくなり過ぎることも考慮しています。ところで、これまでに試運転にまだ十分時間をかけてはいませんが、寿命は20 mAで20時間以上もあり、ビーム位置の変動もビームサイズの10分の1程度かそれ以下であることも明らかになりました。また、電子ビームを蓄積リングの任意の場所(RFバケット)に入れることも容易に行えて、シングルバンチ運転や少数バンチ運転も可能になっています。今後、加速器グループによるマシンスタディが進めばさらに良い運転条件も見出され、光源としての性能は一段と向上するものと期待しています。
世界各地で第3世代の光源が稼働するにつれて、新しい研究手法が次々に開発され、放射光利用研究は新時代に突入しています。とくに硬X線領域でその傾向が顕著です。X線の波長範囲や輝度などの点でSPring-8はトップの性能を持ってますので、私としては多くのユーザーがSPring-8の性能を完全に使いこなして、あるいは、さらに性能向上を施設者側に求めて、優れた研究をしていただきたいと願っています。「これまでわが国の研究者はキャッチアップ型の研究手法に慣れ過ぎて、誰かが新しく始めた研究をいち早く追いかけ、それを発展させることに向いている。だからブレークスルーをめざす挑戦的な研究ができないのではないか」との説がありますが、私はこの説には賛成しません。むしろ世界トップの性能を持つ実験施設で研究を行う場所がなく、またはその機会が得られなかったためと思っています。SPring-8では、失敗を恐れず、失敗を「こやし」にして、新しい研究の芽を育てることのできる研究者が続々と育つことを期待しています。SPring-8を使いにくる研究者が皆チャレンジングでエキサイティングな研究にいきいきと没頭している、供用開始に当たって私の描くSPring-8の明日の姿です。
上坪 宏道 KAMITSUBO Hiromichi
昭和8年2月7日生
理化学研究所 理事
日本原子力研究所・理化学研究所
大型放射光施設計画推進共同チ-ムリ-ダ-
(財)高輝度光科学研究センター 理事
放射光研究所 副所長
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地SPring-8リング棟
TEL:07915-8-0851
FAX:07915-8-0850
略歴:昭和36年東京大学大学院物理系研究科物理学専攻博士課程修了、同年東大物性研究所助手、40年理化学研究所研究員、43年〜45年フランスサクレ-原子力研究センタ-外国人研究員、46年理化学研究所サイクロトロン研究室主任研究員、51〜56年東大原子核研究所教授、その後再び理化学研究所主任研究員を経て、平成4年同理事、現在に至る。この間主に原子核物理、加速器物理学の研究に従事、理学博士。日本物理学会、日本原子力学会、日本放射光学会会長。