Volume 02, No.4 Pages 20 - 23
4. 原研ビームライン/JAERI BEAMLINE
原研硬X線材料科学ビームライン(BL14B1)の概要
Outline of the JAERI Hard X-ray Beamline, BL14B1
1.はじめに
日本原子力研究所(原研)では関西研究所 大型放射光開発利用研究部を中心に大型放射光施設 SPring-8の建設及びその利用研究を推進している。本誌における横谷らの報告[Vol.2 No.1 pp.30-35(1997)]にある通り、原研専用として現在3本のビームラインを建設中である。その内の2本、BL14B1とBL23SUは平成9年10月のSPring-8供用開始と同時期に立ち上げることを目標に、すでに現地工事が進みつつある。残る1本のBL11XUは平成10年夏以降の利用開始のために、本年9月までに挿入光源及びビームライン本体・遮蔽ハッチ等の発注を終える予定である。
本稿では構造物性及び極端環境物性の研究を目的に建設される、偏向電磁石ビームラインBL14B1についてその概要を示す。
2.ビームラインの概要
本ビームラインの光学設計及び各機器の基本構造はSPring-8における他の標準型偏向電磁石用ビームライン、例えばXAFSビームラインBL01B1や結晶構造解析ビームラインBL02B1に準じた仕様になっている。ただし標準ビームラインと大きく異なる点は多種多様な実験方法に対応するために、Be窓のみを通過してきた連続スペクトル光(白色光)と結晶分光器によって単色化された光(単色光)を切り替えて利用できることである。
2.1 光学系と輸送チャンネル
BL14B1の輸送チャンネルの機器配置を図1に示す。
図1 BL14B1輸送チャネル機器配置図
2結晶分光器の上下流にそれぞれ全反射平面ミラーを設置するが、ミラーチェンバーには鉛直方向のコリメーション及び集光を目的とした曲げ機構が設けられている。また分光器の第二結晶ステージにも結晶曲げの機構があり、こちらは水平方向の集光のために用いられる。
ミラーの反射角度は必要に応じて変えられるが、これによるビームの方位と高さの変化に対して光学機器が容易に追従できるよう、2台のミラーチェンバー間にある機器及び下流ミラーチェンバー以後の機器は、それぞれ傾斜・高さの調整機構を持つ一体型の架台の上に設置される。この点もSPring-8の標準仕様を取り入れたものである。
輸送チャンネル及び実験ステーションは3つの遮蔽ハッチに収納される。これらは結晶分光器やミラー、下流シャッターなどの主たる輸送チャンネル機器を納めた光学ハッチ、極限環境物性研究のための超高圧発生装置が入る実験ハッチ1、構造物性研究のための多軸回折計が入る実験ハッチ2である。極限環境物性グループの要請により実験ハッチ1の遮蔽体厚さ等は白色光の導入が可能なように設計されている。実験ハッチ2では遮蔽設計上、単色光の使用のみが許される。
2つの実験ハッチはタイムシェアで使い分け、実験ハッチ1の内部にある可動式エンドストッパーの位置によってその切り替えが制御される。すなわち実験ハッチ1を使用する時は鉛遮蔽体を光軸上(IN位置)に置いて実験ハッチ2に光が到らないことを保証する。逆に実験ハッチ2を使用する時は光が通過できるよう鉛遮蔽体を光軸外(OUT位置)へ移動させる。可動式エンドストッパーの位置はリミットスイッチによってビームラインの監視・制御系であるインターロックシステムに知らされ、放射線被曝防止のためにハッチ退出操作やシャッター操作の条件として扱われる。
2.2 実験モードの切り替え方法
本ビームラインでは使用する実験ハッチ(1 or 2)と使用するスペクトル(白色光または単色光)の組み合わせによって次の実験モードが定義できる。
①ハッチ1 白色モード
②ハッチ1 単色モード
③ハッチ2 単色モード
放射線被曝防止と機器保護の点からこれら実験モードの切り替えはインターロックシステムによって監視される。実験ハッチの切り替えに関しては先に述べたように、可動式エンドストッパーが重要な役割を持つ。これと同様にスペクトルの切り替えにおいても分光用結晶やミラー本体を光軸上から外すこと以外に、いくつかの機器に対して注意が必要である。
通常結晶分光器のすぐ下流には蓄積リングの電子軌道と同じ高さを通る高エネルギーγ線や軌道を外れた電子を止めるための鉛遮蔽体(ガンマストッパー)が設置される。これは2結晶分光器によって出射高さがかわった単色光が通過できるよう、その光軸に沿って貫通孔が開けられている。BL14B1では白色光使用時にこの貫通口がダイレクトビームの高さにくるよう、貫通部真空配管の両端にベローズを取り付け、鉛ブロック全体を上下に動かせるようにしている。床から貫通孔の中心までの高さは白色光使用時で1400 mm(LOWER)、単色光使用時で 1430 mm(UPPER)で、どちらの位置にあるかはリミットスイッチで知ることができる。
水冷機構を持たない機器を白色光の照射にさらすことは、機器保護上避けねばならない。従って白色光使用時は単色光使用時と異なり光学ハッチ内にある下流シャッターは常時開状態とし、放射光の出射・停止の制御は基幹チャンネル部のメイン・ビームシャッター(MBS)のみで行なう。
またその他の機器も正しく光軸上にあることを保証するため(不特定な場所に白色光が当たることを防止するため)に、ダイレクトビームの高さに対応した傾斜架台・昇降架台の下限位置(LOWER)にリミットスイッチをつけている。
以上を実験モードごとの機器の正常状態としてまとめると表2のようになる。いずれかの機器の状態がその時の実験モードに対応した正常状態になければ、MBSまたは下流シャッターを開けたりハッチからの退出操作を行なうことができない。
表1 偏向電磁石光源の主なパラメータ
臨界エネルギー | 28.9 keV |
光源サイズ (2%カップリング時) |
σx = 0.182 mm σy = 0.058 mm σy' = 0.065 mrad(at 10 keV) |
水平方向取り込角 | 1.5 mrad |
表2 実験モードと機器の正常状態
ハッチ1白色モード | ハッチ1単色モード | ハッチ2単色モード | |
可動式ガンマストッパー | LOWER | UPPER | UPPER |
可動式エンドストッパー | IN | IN | OUT |
下流シャッター | OPEN(常時) | - | - |
傾斜架台・昇降架台 | LOWER | - | - |
3.研究内容
前節で見たように、実験ハッチは2つに分かれており、一つは、高圧実験、他の一つは通常の単結晶回折実験が行えるようになっており、構造と機能との相関を解明することを目的とした研究をすすめていく。ここでは簡単にそれぞれの装置の特徴、研究内容について触れる。
3.1 高圧実験
最大荷重180トンの六方押し(DIA型)マルチアンビル高温高圧発生装置を設置し、高温高圧下における物質構造を解析し、構造と機能の相関を明らかにする。
圧力温度領域は、アンビルとして炭化タングステンを使用した場合に13 GPa、2000℃、焼結ダイヤモンドをアンビルとして使用すれば20 GPa、1800℃となる。回折実験は、白色X線によるGe半導体検出器を用いたエネルギー分散方式、あるいは単色X線を利用しCCDカメラ、イメージングプレート、放射型スリットを用いた角度分散方式を選ぶことができ、縦型ゴニオメータが高圧発生装置に装備されている。
主たる研究ターゲットは、高圧下におけるランダム系の構造、イオン性液体、液体金属、ケイ酸塩ガラス、触媒法によるダイヤモンド合成のその場観察、融体の構造とダイナミックスの解明である。
3.2 単結晶回折実験
我々は、通常の単結晶回折装置といっても、いわゆるX-circleを持つ4軸回折計ではなく、図2に見るようにκ軸を持つ(4+2)軸回折計を導入する。+2軸とは、結晶を方位付けする3軸全部を鉛直軸の周りに回転することができる自由度(ψ軸)と、検出器をやはり鉛直軸の周りに回転することのできる自由度(ν軸)が付加されている。これらは特に、界面構造研究をターゲットに置いたもので、ψ軸は平板試料を立てた場合の表面へのX線照射角度の制御、ν軸は試料表面に垂直方向の回折強度(CTR散乱強度)を測定する場合に有効に働く軸である。また、検出器アームには、アナライザーを装備することができ、さらに磁気散乱のための偏光解析ができるようにもなっている。すべての軸にon-axis、または、シャフトエンコーダが装備されている。放射光実験でも実績のあるX-circleを持つ4軸回折計を採用しなかった大きな理由は、各軸の交差精度(sphere of confusion, SOC)が第3世代の放射光施設での実験に致命傷を与えかねないからである。軸交差精度が、例えば100 µ程度であれば、SPring-8でのundulatorのビームラインでの実験には使えない。横偏光のX線を取り出すビームラインでは、通常、縦型4軸回折計が使用され、X-circleへの負担が大きくなる。冷凍機等を装着した実験が予想されるが、この場合、X-circleが歪み、時には冷凍機を取り外しても歪みが元に戻らないことがある。この歪みは、SOCとして100 µどころの話ではない。というわけで、我々はκ軸の4軸回折計を採用した。この回折計は、試料位置に20 kg、検出器アームに40 kgを付加した状態でSOCで40 µを保証している。今まだ回折計は製作中ではあるが、SOCの測定方法として非接触のオートコリメータと球心ミラーを使用し、テスト回折計での測定で自信を持っている。ちなみにSOCは、それぞれの軸ぶれを言っているものではなく、すべての軸を同時に回転させたときに任意の2軸の交差点が描く最大の球として定義したものである。この多軸回折計には、10 Kまでの低温実験が可能な冷凍機、500℃までの高温実験が可能な炉を装備する計画である。
図2 (4+2)軸回折計
主な研究は、電気化学に代表される固体/液体界面構造と機能の相関の解明、DAFSによる構造研究をターゲットにしているが、高温超伝導体、C60に代表されるように新物質が登場した場合にはすぐに飛びつけるような心構えもしている。
小西 啓之 KONISHI Hiroyuki
昭和34年4月5日生
日本原子力研究所 関西研究所
大型放射光開発利用研究部
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町SPring-8リング棟
TEL:07915-8-0836
FAX:07915-8-0830
略歴:昭和63年3月大阪大学大学院基礎工学研究科後期課程修了。同年日本原子力研究所入所。大型放射光施設(SPring-8)の研究開発に従事し、現在に至る。日本物理学会、日本放射光学会会員。最近の研究:放射光による金属人工格子の弾性異常の研究。今後の抱負:SPring-8ビームライン制御系の開発。趣味:登山、旅行、合気道(現在休止中)。
内海 渉 UTSUMI Wataru
昭和36年2月11日生
日本原子力研究所 関西研究所
大型放射光開発利用研究部
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町
TEL:07915-8-0831
FAX:07915-8-0830
略歴:昭和58年大阪大学基礎工学部卒業、昭和60年同大学院修士課程修了。住友化学工業㈱研究員、東京大学物性研究所助手、ニューヨーク州立大学博士研究員を経て、平成7年4月より、日本原子力研究所勤務。現在大型放射光開発利用研究部極限環境物性研究グループ研究員。理学博士。日本物理学会、日本放射光学会、高圧力学会会員。高圧下におけるダイヤモンドの生成過程を放射光をプローブとして見てみたい。趣味:谷川浩司、桂米朝。
水木 純一郎 MIZUKI Jun’ichiro
昭和25年11月11日生
日本原子力研究所関西研究所
大型放射光開発利用研究部
〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地
TEL:07915-8-1835
FAX:07915-8-0830
略歴:昭和54年東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了、日本学術振興会奨励研究員、McMaster大学(カナダ)、Ames国立研究所(Iowa State大学)研究員を経て、60年日本電気㈱基礎研究所、平成8年2月日本原子力研究所、昭和63年東京大学先端科学技術研究センター客員助教授、平成2年東北大学電気通信研究所非常勤講師、理学博士、日本物理学会、アメリカ物理学会、結晶学会、日本放射光学会、各会員。最近の研究:放射光、中性子線を用いて物性研究。今後の抱負:放射光X線を用いた新しい構造研究の開発と表面・界面物性の研究により、新しい物を予測、創造したい。趣味:登山、テニス、相撲。