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Volume 02, No.2 Pages 29 - 33

4. 専用ビームライン/CONTRACT BEAMLINE

兵庫県ビームラインの概要
Outline of the Hyogo Beamline(BL24XU)

松井 純爾 MATSUI Junji、篭島 靖 KAGOSHIMA Yasushi、津坂 佳幸 TSUSAKA Yoshiyuki

姫路工業大学理学部 Himeji Institute of Technology

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1.はじめに

 このビームライン建設の目的は、新材料とバイオメディカルの両分野において、産官学の研究者により実施される横断的研究プロジェクトを早期に推進するために、兵庫県がSR利用のハードを提供しプロジェクト達成のバックアップをすることにある。このビームラインでは、新しいタイプの硬X線領域の挿入光源を先導的に導入し、垂直、水平両偏光のビームを取り出すことができるので、この特徴を生かすべく、同時に複数のステーションで独立にビームを利用できる光学系の開発が必須である。これらのステーションでは、簡便な利用システムを完備した蛋白質構造解析装置、県下の主力産業である金属材料の表面解析装置、初期ガン診断のための高分解能X線CT装置などを設置する予定である。さらには半導体結晶表面構造をその場観察するための装置を特殊ガス排気システムとともに設置するプロジェクトもスタートした。加えて、このように広い産業分野で多角的に利用できるようなマイクロビームの形成技術の展開を行い、将来的に産業界の試料への適用を図ることとした。

 

 

2.ビームラインの特徴

2. 1 光源系

 前述のようにこのビームラインの特徴として、両偏光をできるだけ広い波長領域で利用すべく「8の字」型アンジュレータを採用した。これは電子ビームの上下、左右に配置した磁場周期26 mmの磁石列で構成され、3〜30 keVの光子エネルギー領域で高輝度ビームを取り出すことができる。整数次(水平偏光)および半数次(垂直偏光)のピークが同時に出るために目的に応じて偏光およびエネルギーの選択が可能である。しかしながらビームライン設計上、ビームフラックスの外側にまで広くパワー分布が広がっていることに対する対策が必要であろう。

 

2. 2 輸送系

 図1は、現在設計段階の兵庫県ビームライン全景の3次元CADの出力図で、基幹部は右手前側である。放射線遮蔽ハッチは下流まで伸びた分光ハッチと3つの実験ハッチA,B,Cから構成される。分光ハッチには3基のダイヤモンド二結晶分光器と輸送系の構成部品が収納され、全長30 mを超えるもので通常の分光ハッチと比べるとかなり大きなものとなる予定である。前段2基の分光器(A,B)はいわゆるトロイカ方式を採用しており、3つの実験ハッチで同時に実験を行うことができる。実験ハッチ内のスペースを十分確保するために、分光ハッチ内の光軸と実験ハッチ内の光軸は2m離す設計になっている。実験ハッチAとBには単色光のみを導くが、実験ハッチCには白色光(アンジュレータなので、厳密には複数の準単色光からなるスペクトル)と単色光の2つのモードでの実験が可能となるように設計を進めている。従って実験ハッチCは放射線防護上では分光ハッチに準拠したものとなる。白色光を最下流迄導く必要があるので、3基の分光器の第一結晶はもちろんのこと、各々の分光器の直上流に設ける4象限スリットとビューポートも水冷が必要となるであろう。分光器AとBの第二結晶の下流側から実験ハッチAとBまでは、通常の輸送部と同様にバルブ、下流シャッター、排気ポート、ゲージポート、スリット、ビューポート、ベリリウム窓及びHeチェンバー等のSPring-8の標準アンジュレータビームライン用の輸送部コンポーネントによって単色光を輸送する。実験ハッチCの直上流には第一結晶が出し入れ可能な構造の分光器を導入することによって白色光モードと単色光モードの選択を可能にする予定である。アンジュレータの白色光を実験ハッチまで導くための輸送部のコンポーネントや白色光モードと単色光モードの切り替えなどについては現在その概念を構築中である。

 

図1 兵庫県ビームラインの概観図

 

 分光器Aと分光器Bは同仕様のものを2基導入する予定で、第一結晶のθ回転と第二結晶のθ回転及び光軸方向の並進運動をコンピュータ制御で同期させて波長走査可能とする分光器を考えている。ダイヤモンド220面を用いて仮に8 keV〜15 keVまでエネルギー可変とするには第二結晶の並進距離が2.03 mとなりかなり大掛りな仕掛けになるが、トロイカ方式を実現するためにこの構造を何とか実現したい。現在、エネルギー範囲やそれに伴う結晶の回転角度範囲及び並進運動距離等の詳細なパラメータと分光器本体の構造を検討中である。

 輸送部の各コンポーネント、ハッチの鉛厚さ、分光器の構造等すべてのビームライン構成要素については、今後SPring-8側の指導の下その詳細設計を決めていくことになる。

 

 

3.各実験ステーションの研究内容

3.1 結晶構造解析実験ステーション(実験ハッチA)

 蛋白質や蛋白質複合体などの高分子はもとより、低分子にあっても微小な結晶しか得られないために構造解析ができない例が多く、また低分子の結晶であっても、産業利用の観点から見れば重要な結晶が多数存在する。本実験ステーションでは、そのような低分子までも視野に入れた微小結晶からの回折強度データを高輝度放射光を用いて測定する手法を開発し、それらの技術を早期に産業界に普及することを目標とする。

 「8の字」アンジュレータの1.5次光(垂直偏光)から14 keV近傍のX線をダイヤモンド結晶分光器により切り出し波長半固定で利用する。当面、集光ミラーなどは用いずスリットを採用し、下流にコリメータとゴニオメータを配置する。さらに試料の破壊を最小限に止めるため、全反射ミラーにより高調波を除去する。回折X線の測定は、有効径300 mm以上の市販のイメージングプレートを利用し、100〜500 mmのカメラ距離をカバーできるようにする。また、蛋白質及び有機化合物からなる試料結晶の物性を考慮し、100〜330 Kの範囲の任意の温度に設定可能な窒素ガス吹き付け型試料温度制御装置をX線検出装置に取り付ける。

 実験ステーション内の温度は、X線検出装置の読取精度を一定とするため、290〜300 K程度の範囲の一定温度に保ち、試料結晶温度制御装置の安定した稼働を実現するために、設定温度において相対湿度を30%或いはそれ以下に保つこととする。

 結晶を低温ガス気流中で瞬間冷却する等、実験ハッチ内で結晶の選別及び操作を行う場合に備え、X線検出装置の直ぐ側に小型実験台と実体顕微鏡を設置する。また、測定に際して結晶位置を調整したり、測定中の結晶を実験ハッチ外で観察するため、結晶観察用望遠鏡にはCCDカメラを装着し、実験ハッチ内外にそれぞれ設置したTVモニターにより画像を常時再生する。

 

3.2 材料評価実験ステーション(実験ハッチB)

 ガスソースMBE(分子線エピタキシ法) やMOCVD(有機金属気相堆積法)によるエピタキシャル結晶成長、あるいは通常のCVDによる半導体、絶縁膜、誘電膜、金属等の薄膜成長の堆積構造は、量子ドットや量子細線に代表されるデバイスサイズの縮小化が進行した近年、急速に関心が高まっている。特に、表面のダングリングボンドをなにがしかの元素で終端化せしめて表面安定化や修飾を図ったり、特別な熱処理を介して活性化した上での結晶成長機構についての解明は、世界的に共通のテーマとなってきた。一般に半導体デバイス素子は、Ⅳ族元素、Ⅲ-Ⅴ族化合物、Ⅱ-Ⅵ族化合物半導体等で構成されており、これらの結晶層を複数あるいは繰り返し多層に積み重ねて電子濃度や流れを制御してトランジスタ動作を行ったり、あるいは電子のバンド間遷移によって発光させて光デバイスとしている。従って、これらデバイスの特性あるいは効率は、これら多数の層自身または異なる層間の界面の結晶構造によって大きく左右されることが多い。つまり、結晶層の組織や不純物濃度だけでなく、界面を含めた各層の結晶の構造的善し悪しを判断できる手段、すなわち結晶を成長しながらのその場観察が必要になる。

 本実験ステーションでは、A元素(例えばⅢ族元素のGaやInなど)とB元素(例えばⅤ族元素のPやAsなど)からなるAB(例えばGaAsやInPなど)という化合物の結晶成長をリアルタイムで観察するためのMOCVD装置を実験ハッチ内に設置する。これはA元素の有機化合物〈例えばトリメチルガリウムGa(CH33など〉とB元素のアルキル化合物(例えば有機アルシン)を濃度を制御しながら基板上に流し、そのガスの濃度や基板温度等で成長する層の結晶構造(界面構造)の多様性を斜入射X線表面回折によってその場観察を行う装置である。またこれら有機金属ガスの処理施設もあわせて設置する。当面は「8の字」アンジュレータの1次光(水平偏向)のうち、GaのK吸収端より0.1 keVだけ小さい10.27 keV付近のX線を使用する。また将来的には異常分散の効果を利用して回折に寄与する原子種を特定した表面回折ができる様、As、Zn、Se等のK吸収端近傍のX線の使用も考えている。

 また、上記の半導体反応性ガスによる層の堆積法は、半導体結晶の上に絶縁膜(例えば酸化物や窒素物など) を堆積させた半導体-絶縁体-金属(Metal-Insulator-Semiconductor:MIS)構造をつくる際にも応用できることから、これらの実験も上記の装置で実施することを考えている。

 なお、このハッチの前半分には、金属、無機物質の構造解析や蛍光X線分析装置の設置を考慮しているが、これらの詳細については現在検討中である。

 

3.3 医学利用実験ステーション(実験ハッチC)

 兵庫県ではガンの粒子線治療施設を播磨科学公園都市内に建設する計画がある。ガンは1 mmの大き さに達すると転移を起こすと考えられており、粒子線治療後に小さいガンの発生を監視することがきわめて重要である。1 mm以下のガンの検出は放射光による高分解能CTとコントラストをつけるためにガンを修飾するX線感受性薬剤の開発によってはじめて達成できるものと考えている。さらに干渉による位相コントラストに基づく像の形成法も次期計画として検討中である。このような研究を主としてファントームを用いて実施し、粒子線治療施設が完成するまでに放射光によるガン診断の見通しを得たいと考えている。実際の診断は、医学専用の中尺ビームラインの完成を待って実施する計画である。

 また本実験ステーションでは、ミラー、ゾーンプレート等を用いた球面波マイクロビーム形成と、非対称反射ブラッグ回折を用いた平面波マイクロビーム形成の基礎研究もあわせて行う予定である。

 

3.3.1 超高分解能X線CTの開発

 ガン治療後の再発を監視するためには、微小なガンの検出が要求される。ガンは、腫瘍血管造成因子を放出して、成長に必要な栄養を供給する毛細血管を新しく形成する。従ってこの血管の有無を観察すればガン診断ができ、さらに毛細血管を特殊な造影剤や澱粉で塞ぐと、ガンは兵糧攻めにあい死滅(塞栓療法)し再発もしない。それゆえ、初期のガンの太さ10 µmの血管を見ることが重要である。

 これに応えるものとして、本計画ではキャピラリーの利用を視野に入れた超高分解能X線CT技術の開発を目指す。例えばキャピラリーの収束端に金属箔を付けてX線を通せば、この金属から特性X線が発生する。この点光源から発散するX線により、毛細血管の拡大像を体外に置いた写真フィルムに記録する。点光源の位置を変えて撮像すれば、体表からある深さの断面画像CTが得られる。分解能は光源のサイズで決まり、0.05 µmが可能である。フラックスが大きく、金属の吸収端より大きなエネルギ-を持つX線が必要であるため、アンジュレータの高次光を分光器を通さずに使用する。

 

3.3.2 ガンを修飾するX線感受性薬剤の開発

 ガンはどん欲に栄養を吸収して成長する。マーカーや薬剤を栄養物に組み込んでガンに取り込ませ、ガンを観察したり治療するものに、PET(Positron Emission Tomography)やPAT(Photon-Activation Therapy)がある。PETは、ポジトロンを放出するアイソトープで標識したブドウ糖等を静脈注射し、電子-陽電子対消滅で発生するガンマ線を検出、CTで体内分布を映像化する。また、PATはガン細胞のDNAの近傍にターゲット原子を導入し、その内殻励起による光電効果とそれに付随するオージェ効果を利用してDNAの重要な部分を破壊する。

 この放射光PATは、アンジオグラフィーで用いられるエネルギー差分法でも、また、発生する特性X線によるCTでも映像化できる。治療には、坦持する元素を選び、最も効果のあるエネルギー領域のX線を選択するが、その際には、マイクロビームの利用が効果的である。このように放射光PATは診断と治療が両方でき、特に、粒子線治療が適用できない脳や胃とその周辺(胃潰瘍を起こす)のガンに有効ではないかと期待される。更に、この系の薬剤は血管内に堆積したコレステロールにも沈着するので、血管の検査とともに堆積したコレステロールをX線照射で溶解する方法も期待されている。

 

 

4.おわりに

 兵庫県ビームラインは、複数の異なった分野の研究グループがそれぞれのハッチ内で同時に効率的に利用できるようにするために、安全確保の基準を守りつつ、ハッチ内装置の設計については利用グループに任されている。実際の運営にあたっては施設側の管理のもとで姫路工大で調整を行うことになっているが、新しいアンジュレータの特徴をうまく生かした研究テーマを設定し、かつ、原研、理研、県工業技術センター、他大学、各企業研究者の間で交わされるであろうプロジェクト協定などに従って運用して行くこととなろう。現在のところは、各分野とも先述のはっきりしたテーマで利用が開始できるよう計画している。

 終わりに、筆者らは昨年10月以降に姫路工業大学における新しい講座に属して以来、本計画の推進を引継ぎ担当することになった。それ以前の全体的な計画の段階から、現兵庫県立先端科学技術支援センター 千川純一所長、姫路工業大学理学部 坂井信彦教授、高エネルギー物理学研究所 安藤正海教授の方々が大変なご努力をされたこと、また、本ビームラインのレイアウトは、企画段階で実際に安藤教授や同所の杉山弘、張小威、兵藤一行の3助手らによって設計されたものが基盤になっていることを特記したい。さらには、計画全体の初期から現在に至るまで予算面を中心にご苦労されている県知事公室落合正晴審議員、本講座の運営にあたり大学や理学部内の調整にいろいろご尽力頂いている安岡則武理学部長、そして、本計画の受入についてご配慮頂いている共同チームの上坪宏道リーダー、大野英雄、植木龍夫両サブリーダー、光源や輸送ラインの設計では北村英男グループリーダー、石川哲也総主幹他の皆さんには今後ともいろいろご面倒をお掛けすると思いますがどうぞよろしくお願いします。

 なお、兵庫県ビームラインの概要はWWWのホームページhttp://www.hyogo-kg.go.jp/SP8/hyogo_bl.htmに紹介されています。

 

 

 

松井 純爾 MATSUI Junji

昭和13年6月28日生

姫路工業大学理学部物質科学科X線光学講座

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町1479-1

TEL:07915-8-0233

FAX:07915-8-0236

E-mail:matsui@sci.himeji-tech.ac.jp

略歴:昭和38年横浜国立大学工学部電気化学科卒業、同年日本電気(株)基礎研究所入所、平成8年12月姫路工大理学部教授。工学博士。応用物理学会、日本結晶成長学会、日本放射光学会会員。趣味:鉄道、その他不特定多趣味だがいずれもものにならず。

 

 

篭島 靖 KAGOSHIMA Yasushi

昭和37年8月19日生

姫路工業大学理学部物質科学科X線光学講座

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地1479-1

TEL:07915-8-0230

FAX:07915-8-0236

E-mail: kagosima@sci.himeji-tech.ac.jp

略歴:平成2年筑波大学大学院博士課程工学研究科修了、工学博士、同年高エネルギー物理学研究所放射光実験施設助手、平成8年10月姫路工業大学理学部助教授。応用物理学会、日本光学会、日本放射光学会会員。最近の研究:放射光を用いたX線分光顕微鏡。趣味:スポーツ観戦、陶芸、茶道。

 

 

津坂 佳幸 TSUSAKA Yoshiyuki

昭和40年10月3日生

姫路工業大学理学部物質科学科X線光学講座

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地1479-1

TEL:07915-8-0231

FAX:07915-8-0236

E-mail:tsusaka@sci.himeji-tech.ac.jp

略歴:平成6年名古屋大学大学院理学研究科宇宙理学専攻博士課程中退、分子科学研究所助手を経て平成8年10月より姫路工業大学理学部助手。理学博士。応用物理学会、日本放射光学会会員。趣味:スポーツ観戦、お酒。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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