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Volume 01, No.5 Pages 29 - 31

6. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

「蛋白質結晶構造解析ワーキンググループ」および「SPring-8蛋白質企業研究会」
” Working Group for Protein Crystal Structure Analysis ” and ” SPring-8 Workshop on Protein Structure Analysis for Industries “

勝部 幸輝 KATSUBE Yukiteru

(財)高輝度光科学研究センター Japan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI)

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 生命科学は、基礎・応用の両面において素晴らしい発展を遂げつつあり、生命現象の一部を化学や物理の原理で理解できるようになった。現在、生命科学で研究の対象になっているのは、主に2種類の分子である。1つは、主に遺伝情報を司る核酸であり、いま1つは、生命を秩序正しく維持する蛋白質である。蛋白質の場合は、その多くが単一の物質(化学的に均一)であり、また決まった立体構造(物理的に均一)をとっているため結晶化が可能で、最近まで立体構造決定の唯一の方法であったX線結晶解析法によって、その立体構造を原子レベルで決定することができる。この方法で決定された蛋白質の立体構造が、今日の生命科学の進展をもたらしたといってもよい。生命の営みは、基本的には、細胞中の分子、とくに蛋白質分子の構造やそれらの相互作用に大きく依存している。したがって、生命現象を理解するには、蛋白質を中心とする生体高分子の立体構造の知見が必須である。

 蛋白質の立体構造解析法は、最近、飛躍的に発展し、立体構造が解析される蛋白質の数は年ごとに指数関数的に増加している。これは、蛋白質の立体構造の重要性が広く認識されたことによって構造解析従事者や研究者が増したこと、また煩雑で難解だった構造解析の多くの過程がルーチン化され、初学者でも十分に解析できるようになってきたこと、さらに高輝度放射光の出現によって高精度の回折データが迅速に収集できるようになったことによるものである。

 今日では、X線結晶解析法で決定された蛋白質の構造は、生化学や薬理学をはじめとする生体関連の実験を計画したり、またそれらの実験結果を解釈したりする際の基礎データとして、日常的に利用されている。さらには、戦略的に、疾患に関連する蛋白質の機能を阻害する阻害剤を設計しようとする所謂Structure Based Drug Designや、蛋白質の性質を人工的に変え、有用な人工蛋白質を作り出そうとする蛋白質工学に利用されている。

 平成6年に、秋元利夫氏(中外)と小谷野和郎氏(帝人、現コヤノ研究工房)が、我が国の製薬企業22社に対して行ったアンケート調査によると、これらの企業のうち68%の企業が蛋白質の構造解析を行っており、またそのほとんどが放射光を利用したことがあるとしている。さらに、そのうち77%もの企業がこれらの構造を基に、Structure Based Drug Designを計画している。このアンケートの結果は、我が国においても、ようやく、蛋白質のX線結晶構造解析が企業にまで普及してきたことを示している。とはいえ、欧米に比べれば量質ともにまだまだ劣っている。例えば、米国においては、X線結晶解析を基礎とするStructure Based Drug Designを専門とする企業がすでに3社〈Agouron Pharmaceutical Inc.(1987)、Ver tex Pharmaceutical Inc.(1989)、BioCryst(1989)、( )内は設立年〉もあり、いずれもがすでに見るべき成果をあげている。BioCryst社では、結晶化が困難な蛋白質を微小重力下(宇宙空間)で結晶化し、構造解析に供している。また米国のAPSでは、著名な蛋白質結晶学者であるUpjohn社のWatenpaugh氏を中心に、Industrial Macromolecular Crystallography Assn.(IMCA-CAT)を組織し、製薬業界のためのビームラインを建設することによって、本格的にStructure Based Drug Designや蛋白質工学に挑戦しようとしている。

 このような背景のもとに、高輝度光科学研究センター(JASRI)では、平成6年4月、SPring-8の産業利用促進活動の一環として、また、産業界への蛋白質X線結晶構造解析の更なる普及を目的として、産業界の研究者を対象に「蛋白質結晶構造解析ワーキンググループ(WG)」を編成し、蛋白質のX線結晶構造解析の基礎から応用に至る過程を研修することにした。このWGは、平成6年5月24日、22社24名の参加者でスタートし、平成8年3月に所期の目的を達成して解散した。この間、2ヶ月に1度の頻度でWGを開催し、延べ201名の参加者に対し、講義と実習を通じて多重重原子同型置換法による蛋白質の構造解析を中心に研修を行った。外来講師として、東大薬学部佐藤能雅教授、横浜市大佐藤衛教授、阪大蛋白研松浦良樹助教授、米国Brookhaven National LoboratoryのKoetzle教授および理学電機X線研究所東常行氏を招き、それぞれ「MAD法を中心とした位相決定法」、「蛋白質の結晶化について」、「自動分子置換法」、「PDBの現状について」および「回折データの収集について」の講演をしていただいた。

 実習は、筆者らがかつて解析した蛋白質を例として、主に多重重原子同型置換法について、参加者2、3名当たり1台のわりで、レンタルしたノート型PCを用いて行った。ここでPCを用いたのは、主に初心者の構造解析へのバリアーを低くするためと経費の点からであるが、最近、米国でPC利用による構造解析が話題となっていることも考慮した。構造解析用ソフトウエアは、Pittsburgh大学のFurey教授から提供していただいた蛋白質結晶構造解析用パッケイジ「PHASES」と筆者らが以前に開発した各種プログラムを編集し直したものを用いた。ここで用いたプログラムの特徴は、PHASESを構成している多くのプログラム群を、解析手順にしたがって整理し、筆者らが開発した各種インターフェースと有機的に結合してルーチン化あるいはブラックボックス化してあること、および必要なパラメータを過去の構造解析の経験からデホルト値化し、最小の入力データで位相や電子密度分布図(ミニマップ)が得られるようにしてあることである。このPHASES用インターフェースは、筆者が阪大蛋白研に在職中から理学電気の東常行氏および同社山野昭人氏との共同開発しつつあったものを、WGに当たり両氏と共同で、また参加者の助言を得ながらPC化したものである。 WGの初期の実習ではDOS版を使用していたが、後にWindows 3.1版を、最近ではWindows 95版を用いた。この8月に国際結晶学会がSeattleで開かれた際、Furey教授に東氏、山野氏とともにこのパッケイジを披露した際、同教授から高い評価を得た。最後の実習は、理学電機X線研究所の回折装置を借り、データ収集から位相決定までの一連の過程をリゾチーム結晶とそのPt-誘導体とU-誘導体を用いて行った。

 

 

第1回構造解析実習風景

 

 WG期間中の平成7年1月、阪神大震災があり、当時JASRI事務局が神戸のポートアイランドにある国際会館の一室にあったため、その被害をもろにうけ、WG実習用ソフトおよび開発中のソフトを格納していたハードディスクも倒壊破損したため、震災の後片付けをしながら、再度プログラムを作り直したという苦い経験をし、また参加者のなかにも被害をうけた方が多かったにもかかわらず、WGは中断することなく、会場を大阪のホテルに移して予定のスケジュールにしたがって続行できたことは、主催者であるJASRIと参加企業および参加者の熱意によるもので、これは直接にWGに携わった筆者としては望外の喜びであった。

 前述のように、WGは、初心者向きの構造解析の実習を含めた研修を終了したため、本年3月で解散することにしたが、解散に当たり、参加者一同から JASRIに対して「蛋白質結晶構造解析の分野におけるSPring-8の産業利用に関する要望」と題する要望書が提出された。これには、我が国の製薬企業における蛋白質研究の現状が詳しく述べられており、その現状から製薬業界が、米国のIMCA-CATのように、SPring-8に専用ビームラインを直ちに建設できない理由が述べられている。また、企業のニーズとしては、「放射光は解析が困難な結晶に遭遇した場合でも、それを可能にするための手段であり、業界が求める実験設備は、決して理論や技術の限界に挑戦するためのものではなく、既存の技術を統合、自動化し、放射光のもつ特性を必要なときに容易に利用できるような設備」であって欲しいといっている。さらに、具体的な問題として、研究テーマとデータの秘匿性、年間の利用頻度はきわめて少であるがその予測は困難、測定の必要が生じた時点から放射光利用までの期間、必要とする技術や装置は企業間でほぼ共通している。1社当たりの実験可能な研究者はごく少数、経験豊富な人材が少ないなどをあげ、利用時間に応じた賃貸し制度を設けて欲しいといっている。

 WG解散後、WGの継続について検討委員を参加者から選出し検討した結果、生体高分子の結晶構造解析とその結果を利用する技術は、日本の産業界ではいまだ十分に普及していない先端技術であること、また製薬企業とSPring-8をつなぐパイプが必要であるとの認識から、同WGを「SPring-8蛋白質企業研究会」として発展継続することが望ましいということになった。その具体的な活動として、1)蛋白質の立体構造に基づく応用研究の実際と将来展望に関する講演会の開催、2)初心者を対象とした蛋白質結晶構造解析の実習を含めた講演会の開催、3)SPring-8共用ビームラインの概要および利用方法の紹介、などを行うことにした。

 この新しく発足した研究会では、発足会も兼ねて本年6月25日大阪千里ライフサイエンスセンターにおいて、大阪バイオサイエンス研究所長の早石修先生を招き「睡眠を司る蛋白質プロスタグランジンD」と題する特別講演会を開催した。つづいて7月に、米国Molecular Structure Corporation副社長で、Structure Based Drug Designの専門家であるJones氏を招き「蛋白質結晶学と薬剤設計」の講演会を行った。また、9月上旬には、2日間にわたり初心者12名を対象に第1回「構造解析実習」をSPring-8のサイトで旧WGと同様な形式で行った。以後、年度内に米国より2名、国内より数名の講師を招いて数回講演会を開く予定である。また実習もあと1、2度行う予定である。

 以上「蛋白質結晶構造解析ワーキンググループ」および「SPring-8蛋白質企業研究会」を紹介したが、筆者は、この研究会を通じて多くの企業研究者とくに若手研究者が、放射光を用いた蛋白質の分子・原子レベルの研究に興味をもち、将来、彼らの手によって新しい産業技術が生み出されることを切に希望している。

 

 

 

勝部 幸輝 KATSUBE Yukiteru

昭和5年11月3日生

(財)高輝度光科学研究センター参与

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地1503-1

TEL:07915-8-0962

FAX:07915-8-0965

略歴:昭和28年姫路工業大学卒、昭和34年大阪大学大学院工学研究科修士課程修了。理学博士。昭和46年鳥取大学工学部教授、昭和58年大阪大学蛋白質研究所教授、同付属結晶解析研究センター長、平成元年〜5年大阪大学蛋白質研究所長。最近の研究:蛋白質結晶学。今後の抱負:放射光による蛋白質研究法の開発。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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