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Volume 01, No.3 Pages 27 - 29

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

XAFSビームライン(BL01B1)の概要

江村 修一[1]、前田 裕宣[2]

[1]大阪大学産業科学研究所、[2]岡山大学理学部

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 本XAFSビームラインは、最初の10本の共用ビームラインの内、ベンディングマグネットからの光を利用するビームラインの一つである。建設主体は、広エネルギー領域XAFSサブグループが担っている。3.5〜90 keVの幅広いX線を、一台の可変傾斜型二結晶モノクロメータで分光し、主として安定度およびS/N比の高いX線吸収スペクトロスコピーに供する。したがって、光学系並びに実験系は、基本的にはそのあたりに十分な配慮がなされている。 3.5〜90 keVというエネルギー範囲は、元素で言えば K(19)からBi(83)までの実に65種類におよぶ元素のK-吸収端をカバーできる領域である。

 研究目的は、X線吸収スペクトルに現れる微細構造(XAFS)を解析することにより、特定元素のまわりの局所構造、およびそれに伴う物理現象を解明することにある。特に、後で述べるように意欲的な研究テーマを行うものである。

 ちなみに、研究サブグループとしては、研究テーマの一つとして緩和励起状態並びに反応中間状態などの静的な過程の探索を取り上げる本ビームラインのほかに、内殻励起による局所構造ダイナミックスを追いかけるビームライン、X線領域における新たな現象を探るビームライン等合計3本のビームライン建設を、将来計画に置いている。

 

 

1.光学系の概要

 ビームラインは、BL01B1の位置に設置される。この場所は、正面玄関で見学ウイングが設けられている場所でもある。光学系は、図1に示すように、分解能をあげるためおよびフォトンフラックスの損失を押さえるために、垂直方向のコリメートの役を担う第一ミラー、そして石川氏設計による分光結晶(Si)を、ある軸(ここでは軸)を回転軸として<111>面、<311>面、<511>面.....を利用することで、一台で3.5〜90 keVのエネルギー領域を分光する可変傾斜型二結晶分光器、この分光器では、水平方向のサジタル集光も行う。ついで、垂直方向の集光を行う第2ミラーが入っている。また、周知のように、回折を利用する分光器では、高次の光が同時に混ざってくる。SPring-8の臨界エネルギーは、 29 keVと高く、本ビームラインでカバーするエネルギー範囲の低エネルギー側では、高次光による光のコンタミは深刻な問題である。そのため、これら2枚のミラーは、高次光を除去する働きも同時に受け持つ。(1枚のミラーの除去率では、良好なデータが得られない。)

 

図1 光学系の概略図

 

 ミラーが利用できるエネルギー域は、およそ 20 keV までであるので、これより高いエネルギー領域ではミラーを外さざるを得ない。およそ40 keVまでは、まだ高次光の影響は無視できないので、この場合、分光結晶の平行性を少しずらす、いわゆるディチューニングの方法で高次光を除去する。

 

 

2.実験系概要

 実験ハッチ(5 m × 7 m)内には、2台の大型光学定盤が設置される(図2)。主定盤(1.2 m × 2 m)には、分光測定を行う最低の機器が備えられ、副定盤(1.5 m × 3 m)には、本ビームラインの主研究テーマの一つである励起状態、もしくは、反応中間状態などでの静的構造解析を行うための励起光源(CW色素レーザ+チタンサファイヤーレーザ)、および、精密XAFS(精密な温度因子の決定)を進めるためのYAGレーザを設置する。

 

図2 実験スティーションの概略図

 

 XAFS測定は、あまり知られていないようであるが、実際のところ相当高いS/N比を要求する実験である。解析に耐えられるデータを得るためには、最低でも80 dBのS/N比を要する。幸い、比較的外部からの種々の擾乱に対して鈍感なイオンチャンバーを検出器に利用できるので、simpleかつ高S/N比の測定が実現できている。現在、主として雑音源は、光学系および測定系の振動(特に試料ホルダーの振動)、フォトンフラックスの変動とイオンチャンバーの構造に由来する電気的な雑音である。ここでは、それらを考慮して、前者に対しては、剛性の高い測定系にする予定である。後者に対しては、イオンチャンバーに直接プリアンプを付け、さらにローパスフィルターを併用することで極力電気的雑音を抑える計画である。全体の系の雑音は、光学系の振動がどの程度押さえられるかで最終的に決まりそうである。

 イオンチャンバーは、幅広いエネルギー範囲をカバーするために17 cm、31 cm、62 cmの3種類を用意し、さらに60 keV以上はXeガス2気圧封じきりのものを用意する予定である。高温炉、クライオスタット、簡易型蛍光モードでのXAFS測定用のLytle detectorは標準的に用意される。

 

 

3.利用研究

以下の4つのカテゴリーに分類される。

 1)Advanced XAFS(変調XAFS、ラマンXAFS)

 2)高エネルギー域XAFS

 3)精密XAFS

 4)希薄系XAFSおよびその他

 ここでは、分光学でよく使う変調技術を適用した変調XAFSの取り組みについて紹介をする。変調法というのは、外部摂動(光、電場、磁場、圧力等)を加えることによって系に生じる物理量の変化分だけを抽出する方法で、10-4程度までの変化分を楽に取出せる[1][1]M. Cardone, Solid State Physics (Suppl. 11); Modulation spectroscopy, eds. F. Seiz, D. Turnbull and H. Ehrenerich (Academic Press, New York, 1969).。光励起による励起状態もしくは光励起反応における中間状態等の微小な配位環境の変化を、この方法を適宜に用いて取出そうという意欲的な研究課題である。光によって、電子状態が励起されると、電子と核との相互作用により分子や結晶中のある特定のイオン(原子)の配位環境は変化し、場合によっては反応へと移っていく。この過程を静的に(時間的に追跡するわけではないので、動的にではない)捕らえようというわけである。

 実験方法としては、励起状態(反応中間状態)に滞留している分子(原子)の数を稼ぐため、および、出来得る限り多くの物質に対応できるように、励起光源には波長可変レーザを採用する。そのレーザの波長を対象となる物質の吸収帯の裾の辺りに合わせ、光チョッパーでそのレーザ光をチョップして、試料に照射する。これは、光励起による配位環境の変化分だけを交流信号として取りだし、ロックインアンプにより高いS/N比で検出するためである。スぺクトルは、イオンチャンバーを用いた通常の方法で測定するが、信号が直流ではなく、交流であるところが少々異なる。また、得られたスペクトルは、変化分すなわち微分形であるため、解析には従来の方法がそのまま採用できない。検出可能性と、いくつかのシュミレーションを先の国際会議で示したので、詳しくはそれを参照されたい[2][2]S. Emura and H. Maeda, Physica B 208&209 (1995) 235.。もっとも簡単なシュミレーションの一例を次にあげておく。図3 は、立方対称を持つ分子を示してある。基底状態に対して、励起状態は、立方対称を保ちながら膨張している場合である。ボンド長の変化量は、0.01 Å、励起状態に存在する分子の割合は、1%として、 XAFS振動をシュミレーションしたものを図4に示す。下段が基底状態でのXAFS、上段は、変調 XAFS法で得られる振動である。上段は下段の微分形である点と、縦軸のスケールが極端に小さい点に注目して見てもらいたい。

 

 

図3 モデル分子の基底状態と励起状態の配位図

 

 

図4 シュミレーションによる基底状態のXAFS振動(下)と変調法で測定されるスペクトル

 

 同じ光変調であるが、(赤外)光を温度に変換することによって、非常に精密に温度因子の温度依存性を測定できることを示そう。光が物質に吸収されると、最終的にはかなりの割合で熱振動に変換される。そこで、パルスYAGレーザを冷却した試料に照射すると、熱パルスとなって試料中を伝搬する。すなわち、瞬間的に試料を暖めた事になり、その部分の温度因子が増大しXAFS振動の強度を減少させる。この変化分を、やはり前述と同じように取りだし、温度因子がどのように変化するかを検出する。これにより、10-3〜10-4程度で温度因子の温度依存性が測定できるはずである。精密温度因子測定から構造相転移に関する転移状況とか、結晶中の格子振動、分子の振動模様などさまざまな物性を、特定元素まわりの情報として違った面からのアプローチが期待されうる。

 これらを実際に遂行するには、さまざまなノーハウが必要であろう。本ビームラインでは、これら未踏の世界に踏み入り、XAFS利用の裾野を広げるための新しいXAFS実験方法開発を行う事を大きなテーマとする。

 

 

 

文献

[1]M. Cardone, Solid State Physics (Suppl. 11); Modulation spectroscopy, eds. F. Seiz, D. Turnbull and H. Ehrenerich (Academic Press, New York, 1969).

[2]S. Emura and H. Maeda, Physica B 208&209 (1995) 235.

 

 

 

江村 修一 EMURA Shuichi

昭和24年10月16日生

大阪大学 産業科学研究所

〒567 茨木市美穂ガ丘8-1

TEL.06(879)8406

FAX.06(879)8509

E-mail emura@sanken.osaka-u.ac.jp

昭和54年大阪大学大学院理学研究科物理専攻博士課程修了、同年同大学産業科学研究所教務員 昭和60年同助手、日本物理学会会員、放射光学会会員、関西XAFS研究会会員。最近の研究 不純物系の光物性、毛色の変わったXAFS。趣味 辺境への旅行。

 

 

前田 裕宣 MAEDA Hironobu

昭和18年1月8日生

岡山大学 理学部 化学科

〒700 岡山市津島中3-1-1

TEL.086(251)7848

FAX.086(251)7848

E-mail maeda@cc.okayama-u.ac.jp

昭和41年関西学院大学理学部卒、同年岡山大学工学部助手、同大学理学部助手を経て、平成2年同助教授、この間米国ワシントン大学に留学、理学博士、日本化学会会員、日本物理学会会員、日本結晶学会会員、日本放射光学会会員。最近の研究 C60関連物質の合成とXAFSによる物性解析。趣味 アウト・ドア・ライフ。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794