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Volume 01, No.3 Pages 24 - 26

3. 共用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

タンパク質結晶解析ビームライン(BL41XU)の概要

神谷 信夫

日本原子力研究所・理化学研究所 大型放射光施設計画推進共同チーム

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1.はじめに

 タンパク質結晶解析法(PX)は、最近進展の著しい核磁気共鳴法(NMR)とともに、生命科学(特に構造生物学)をより一層発展させるための鍵である。これら2つの手法はともに、生命現象の主要部分を担うタンパク質や核酸など、生体巨大分子の立体構造を原子レベルで決定し、その巨大分子の間で起こる相互作用や動的変化の過程を追跡することができる。それぞれの手法を原理的に考えると、PXはある時間平均の上で分子の全体像を正確に捕えることを得意とし、解析対象の分子量が数百万を越えても構造決定可能な場合がある。一方、NMRはもともと分子の部分構造を捕えることに秀でた手法であり、現状で構造決定可能な分子量は2〜3万程度までと小さいが、生命現象に直接係わる部分構造の変化を、まさに生命現象の時間スケールで追跡できるという特異な特徴を有する。構造生物学は「生体巨大分子の立体構造から生物学を論じる」というスローガンを掲げて登場した。PXとNMRはそのスローガンを実現するために不可欠な車の両輪であり、お互いの相補性から今後の並列的な発展が望まれている。ただし、それぞれの手法において今後克服されるべき問題点は少なくない。タンパク質結晶解析法の場合には、(1)構造解析のルーチン化、(2)タンパク質の分子量や結晶試料の大きさに対する制限の除去、(3)動的過程追跡法の確立などが急務である。本ビームラインは、SPring-8アンジュレータの優れた特性に立脚して、上述の(1)と(2)、特に(1)に焦点をあてて建設が進められてきたものであり、以下にその利用想定と、平成9年10月に予定される供用開始に向けて現在進められている建設フェーズ1の進捗状況について述べる。

 

 

2.ビームラインの利用想定

 本ビームラインの建設目的は以下の2つである[1][1]N. Kamiya, T. Uruga, H. Kimura, H. Yamaoka, M. Yamamoto, Y. Kawano, T. Ishikawa, H. Kitamura. T. Ueki, H. Iwasaki, Y. Kashihara, N. Tanaka, H. Moriyama, K. Hamada, K. Miki and I. Tanaka: Fundamental design of the high energy undulator pilot beamline for macromolecular crystallography at the SPring-8, Rev. Sci. Instrum. 66 (1995), 1703-1705.。まず第1に、高エネルギーX線(例えば38, 27, 18 keV;これらのエネルギーでX線検出器として想定しているイメージングプレート:IPの感度が高い)による重原子多重同型置換法(MIR)と、重原子誘導体に対して最適化した異常分散効果の測定(OAS;エネルギー領域は9〜18 keV)を組み合わせ、MIR-OASによるタンパク質結晶解析のルーチン化を試みる。第2にビームラインの高輝度特性を生かして、超分子複合体や微小結晶など、本質的に回折強度の弱い試料に対してX線結晶解析法の適用範囲を拡大する。

 図1は、MIR-OASルーチン解析を達成するために我々が想定している測定スキームである[2][2]神谷信夫:SPring-8とタンパク質結晶学、日本結晶学会誌 38(1)(1996)、80-83.。このスキームは以下の5ステップからなる:すなわち、(1)重原子誘導体の候補を調整する「結晶準備」、(2)測定温度の選択を含む回折計への試料の「マウント」、(3)結晶の方位を決定する自動指数付け、試料の反射幅を見積るロッキングカーブ測定、OASの基礎となる重原子の吸収端測定の3つからなる「実験系の最適化」、(4)X線露光から積分強度計算までを含む「データ収集」、(5)重原子誘導体候補の良否の判定とMIR-OAS位相に基づく「電子密度計算」である。ここで(1)〜(4)は、重原子誘導体の探索時には良質のものが見いだされるまで繰り返される。また異常分散測定時には、見いだされた複数の重原子誘導体に対して、それぞれの吸収端近傍で測定波長を変化させながら(1)〜(4)を繰り返す。

 

図1 MIR-OASルーチン解析の測定スキーム

 

 我々がこのルーチン解析で目指していることは、一連のマシンタイムの中で構造解析可能な電子密度図を得ることである。そのためにまず「結晶準備」のステップでは、これまでに蓄積されてきた重原子探索のノウハウを集積したマニュアルを準備する。これに従って調製された重原子誘導体の候補は、SPring-8蓄積リング棟の測定準備室に設置された汎用型IP回折計により粗く振るい落とされた後(分解能、同型性の確認など)、本ビームラインを利用して「しらみつぶし」にデータ収集される。

 重原子誘導体の探索と同様のマニュアル化は、「マウント」ステップのクライオ冷却にも必要であろう。クライオ冷却では、その瞬間凍結時にタンパク質結晶内の水をアモルファス状に凍らせる必要があり、それを補助する不凍液の組成は結晶化条件ごとに異なる。ただし結晶化母液の主成分は多くの場合沈澱剤であり、代表的な沈澱剤ごとにクライオ冷却の大まかな指針を設定することは可能と思われる。

 「実験系の最適化」と「データ収集」の2ステップは、実験ステーションに設置する自動回折計により実行される。本回折計では1.5 mまでのカメラ長を実現し、X線検出器としては大きさ400 × 500 mm程度のIPを採用して、多数のワイセンベルグ像を連続撮影する(より大きな検出面積を必要とする超分子複合体の解析のために、400 × 800 mmの大型IPのマニュアルによる搭載も可能とする)。上述したように多数のデータ収集を繰り返す本ルーチン解析では、この回折像の撮影と平行したIP読取りと積分強度計算の実現が必須であり、我々のグループでは現在、SPring-8アンジュレータの高輝度特性に見合う新しい高速IP読取方式(線状レーザーとCCDを利用)の開発を目指したR&Dと、積分処理を高速化するソフトウェアの開発を進めている。なお本回折計で目標としている1データ・セットの収集時間は、1時間程度である。

 最後に、本ビームラインでは上記のデータ収集と平行して重原子誘導体の良否の判定を行い、位相計算を含めて「電子密度計算」ステップに至る。このステップが測定スキームに含まれる理由は、まず第1に、良質の重原子誘導体を厳選して最適化した異常分散測定を行い、MIR-OASによる位相決定を実現するためである。第2には、マニュアルに従って選定したソーキング条件が不十分で重原子の占有率が低い、ソーキングにより同型性が低下するなどの現象が確認された場合に、その場でソーキング条件を変更し、再測定を可能にするためである(なおこれに対応するソフトウェアについては、後述する生体高分子Ⅰ(結晶)サブグループにおいて開発が進められている)。

 

 

3.建設フェーズⅠの進捗状況

 上述の利用想定を現実のものとするためには、アンジュレータを始めとして、その優れた特性を引き出すためのフロントエンド、光学素子、X線ビームを実験ステーションに導く輸送チャンネル、ユーザーの安全を確保するハッチやインターロック系、ユーザーに快適な利用環境を与えるコントロール系など、多数のビームライン要素の開発と建設がまず重要となることは言うまでもない。これらの開発と建設を着実に進展させている共同チームの利用系のメンバーの方々に、この場を借りて敬意を表したい。

 さてユーザーにとってもっとも関心の深い実験ステーション内の回折計、およびその周辺設備の整備については、先号の本誌で詳しく紹介された経緯[3][3]石川哲也、原見太幹:共用ビームライン建設の現状、SPring-8利用者情報 1(2)(1996)、6-11.により、平成9年10月に予定されている供用開始までのフェーズⅠ(基幹設備に限る)とそれ以後のフェーズⅡに分割して進められることとなった。本ビームラインについて、基幹設備としてフェーズⅠで整備されるものは、回折計のワイセンベルグカメラ部(重原子誘導体の吸収端測定系を含む)とクライオ冷却系、周辺設備については、事前の重原子誘導体探索を行う実験準備室の汎用型IP回折計(回転対陰極型X線発生装置を含む)と大型IP読取装置(どちらも広範な他のユーザーとの共通利用)である。すなわちフェーズⅠには、本ビームラインで目標とするルーチン解析においてもっとも重要な地位をしめる「データ収集」における回折像の平行読取と積分強度の平行計算に必要な機器は含まれていない。したがって供用開始後しばらくは、1台の大型IP読取装置(共通利用)を利用したマニュアルによる画像読取と、理化学研究所の放射光構造生物学研究グループが所有するコンピュータサーバを借用(共同チームからの指示による)しての積分強度及び電子密度の計算を行うこととなる。なお自動回折計を構成するオンラインの高速IP読取系については、既存のR&D用プロトタイプの部品を流用して供用開始当初から利用可能とするが、その読取速度は上記利用想定の実現に不可欠な1分/枚には遠く及ばないであろう。

 既に述べたように、本ビームラインの建設において我々が目標としていることは、可能ならば1回のマシンタイムの間に、目的タンパク質の電子密度図を得ることである。良好な電子密度図が得られれば、後はモデリングと構造の精密化の問題であり、これはフェーズⅡにおいてビームラインに付随する試料準備室に設置されるはずのグラフィックス・コンピュータと既存の構造解析ソフトウェア、あるいはユーザー独自のシステムを利用して実行されるであろう。

 本ビームラインの実験ステーション部分は、SPring-8利用者懇談会の生体高分子Ⅰ(結晶)サブグループ(代表者:本年5月に東工大・田中信夫氏から名大・山根隆氏に交代)とX線構造生物学サブグループ(代表者:京大・三木邦夫氏)の協力を得て進められる。現状における建設グループのメンバー及びそれぞれの役割分担を表1に示した。

 

表1 実験ステーション建設グループリスト(96年7月現在)

建設責任者 神谷信夫(SPring-8/理研)
回折計の建設
副責任者 山根 隆(名大・工)
ユーザーフレンドリソフトの開発
副責任者 三木邦夫(京大・理院)
低温装置の開発
メンバー
河野能顕 (SPring-8/理研)
IP読み取り系・BL制御系の開発
河本正秀 (理研)
低温マニュアル・構造解析ソフトの整備
田中 勲 (北大・理院)
重原子誘導体の計画調製
鈴木淳巨 (名大・工)
希ガス置換系の開発
濱田賢作 (島根大・総合理工)
ユーザーフレンドリソフトの開発
田中信夫 (東工大・生命理工)
ユーザーフレンドリソフトの開発
中川敦史 (北大・理院)
構造解析ソフトの整備

 

 

4.おわりに

 本ビームラインは、いよいよこの夏から実際の設置・調整作業が開始される。フェーズⅠの終了と供用開始を経て、フェーズⅡに移行後全ての建設作業が完了し、上述した利用想定が名実ともに実現されるまでには、短く見積ってもこれからなお2年(あるいは3年以上)の歳月が必要である。この間、共同チーム、JASRI及び、建設グループのメンバーの方々には、これまでにも増して多大な援助をお願いすることになるであろう。本ビームラインの建設を恙なく進行させ、一日も早く世界に向けて、多数の構造生物学的知見を発信できるよう努力したいものである。

 

 

 

文献

[1]N. Kamiya, T. Uruga, H. Kimura, H. Yamaoka, M. Yamamoto, Y. Kawano, T. Ishikawa, H. Kitamura. T. Ueki, H. Iwasaki, Y. Kashihara, N. Tanaka, H. Moriyama, K. Hamada, K. Miki and I. Tanaka: Fundamental design of the high energy undulator pilot beamline for macromolecular crystallography at the SPring-8, Rev. Sci. Instrum. 66 (1995), 1703-1705.

[2]神谷信夫:SPring-8とタンパク質結晶学、日本結晶学会誌 38(1)(1996)、80-83.

[3]石川哲也、原見太幹:共用ビームライン建設の現状、SPring-8利用者情報 1(2)(1996)、6-11.

 

 

 

神谷 信夫 KAMIYA Nobuo

昭和28年7月8日生

SPring-8共同チーム利用系/理化学研究所・結晶学研究室

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町

SPring-8 リング棟共同チーム利用系

TEL : 07915-8-1841

FAX : 07915-8-0830

e-mail : nkamiya@postman.riken.go.jp

略歴:昭和56年名古屋大学大学院理学研究科(化学専攻)終了、高エネルギー物理学研究所客員研究員を経て、昭和60年より理化学研究所研究員(結晶学研究室)、理学博士。結晶学会、生物物理学会、放射光学会、生化学会、化学会会員。専門分野:生物構造化学。最近の研究;タンパク質結晶解析のルーチン化。趣味:読書、スキー。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794