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Volume 01, No.2 Pages 37 - 42

7. 談話室/OPEN HOUSE

文献検索から見た放射光研究の動向(1995)

林田 敏明

放射光利用研究促進機構 (財)高輝度光科学研究センター

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 JICSTでは科学技術分野の公表文献のデータベースに毎月相当数登録されているが、その中で放射光関連の分を抽出して、1995年の研究動向の分析を試みた。

 

 

1.世界の地域別、研究機関別の分析

 多くの文献では著者が複数になっているが、その文献の発表機関としては、著者数が最も多い機関とし、同数の場合には筆頭著者に近いほうを選んだ。これらの機関の所在地を日本(アジア、オセアニアを含む)米国(南北アメリカを含む)欧州(旧ソ連、アフリカを含む)の三地域に分けた。また研究機関の性格によって、大学、国公立研究所、企業に分類した。

 研究内容については、装置関係、基礎研究(非生体の回折散乱、分光)、バイオ(生体を対象とした基礎研究)、応用研究(その他)に分類した。用語上異論のある読者もあろうがご了解いただきたい。

 このような分類に従って作成したのが表1である。アジアの中で92.7% は日本である。その他は44件で、内訳は中国(19)、オーストラリア(8)、台湾(8)、韓国(5)、その他(4)である。 これらの国々は最近急速に力をつけてきており、92年に2件、93年に21件、94年に27件、95年に44件と急増していて、特に中国と台湾の伸びが顕著であり、今後の活躍が期待される。 アメリカの中でも殆どが米国である。 欧州では、独仏英伊を中心に殆どの国が参加しており、さらに拡散の傾向にある。

 

表1.1995年世界の放射光関連文献数(地域・組織別)

地 域 組織別 装置関係 基礎研究 応用研究 バイオ 総 計
日 本 大 学 31 169 23 75 298
国公立研究所 81 67 13 24 185
企 業 43 29 43 5 120
155 265 79 104 603
米 国 大 学 56 103 19 125 303
国公立研究所 72 45 11 35 163
企 業 18 19 7 10 54
146 167 37 170 520
欧 州 大 学 32 192 8 93 325
国公立研究所 82 83 6 56 227
企 業 3 1 4
117 275 14 150 556
総 合 計 418 707 130 424 1679

 

①大学

 大学は全体の55.1%を占めているが、どの地域も過去2年間に倍増しており、基礎研究や生体の分野の伸びが著しい。 大学は性格上基礎研究が中心となり、その評価は質的な面を重視すべきであろうが、文献数について地域別に見ると、アジアでは基礎研究が昨年比倍増で全体にバランスが取れているが、あえて言えばバイオ分野がもう少し欲しい。 アメリカでは、装置関係が比較的多く、APSのCATでビームラインの建設に中心的役割りを担っているためであろうと思われる。一方基礎研究の伸びは低く、その分がバイオ分野に流れていて、これが世界のバイオ研究をリードしている。 欧州の傾向はアジアとアメリカの中間である。

 

②国公立研究所

 国公立研究所の研究開発の動向は国策を反映していることが多いが、どの地域でも装置関係研究の中核的存在である。基礎研究も昨年比倍増となっているが、最も顕著なのはバイオ関係である。

 地域別に見ると、アジアでは装置、基礎、応用共に昨年比倍増であるが、バイオへのシフトが少々遅れているのではないだろうか。欧州では基礎研究の伸びとともにバイオへのシフトが顕著であり、アメリカではその中間である。欧州では、半導体やコンピューターで米国に負けたのでバイオでは負けたくないという声がよく聞かれる。

 

③企業

 企業の研究は、現製品のハイテク化に係わる今日的研究と将来の新事業を探索する未来的研究がある。概して言えば、装置関係と応用研究は前者であり、基礎研究とバイオ関連は後者である。しかしながら現在の産業界は今日的研究へのシフトが著しい。

 地域別に見ると、総件数ではアジア特に日本が最も活発であり、欧州は極めて低調であるように見える。しかし欧州ではかなりの人と資金を投じていることが知られていても、それに関する文献が殆ど見当たらないこともあり、また公的資金を得て産官学の共同研究プロジェクトが走っている例もあるので、一概に低調であると断ずるのは危険である。

 しかしながら、日本の産業界の放射光研究について憂慮すべきデータを紹介しよう。(表2)これは産学共同研究も含めている。また計数期間も異なるので、表1とは数字が合わない。

 

表2.産業利用研究の分析

地 域 総件数 企業数 半導体 バイオ 機 器 物 性
日 本 131 33 93 6 31 1
米 国 54 26 10 23 12 9
欧 州 22 22 2 12 5 3

 これを見ると、総件数においては日本は圧倒的多数を占めているが、その内容は半導体や機器といった今日的研究開発に集中していて、将来の事業の芽となるバイオや物性といった未来的研究は極めて少ない。

 

 

2.装置関係の研究動向

 加速器及びビームライン関係の日米欧の研究動向を表3にまとめた。その中から主要な動向について述べる。

 

表3.加速器及びビームライン関連の文献数(総括)

項  目
施設一般 20 7 7 34
(加速器関係)
加速器 22 9 7 38
高周波 3 2 1 6
加速器制御 3 5 3 11
電磁石 4 2 1 7
真空 16 1 17
安全 5 5
(ビームライン関係)
挿入光源 9 9 5 23
基幹チャンネル 9 11 2 22
各種ビームライン 9 4 4 17
光学系 2 38 21 61
ミラー 7 4 7 18
集光系 4 7 2 13
検出器 12 25 25 62
熱対策 4 1 1 6
試料まわり 2 2 4
システム 7 9 13 29

①真空及び加速器

 ESRF及びAPSの建設が一段落したのか、これらの項目については件数が急速に減少している。これらの施設の運転が始まって、数年すれば改良研究の件数が増加するものと思われる。

 

②ビームライン関係

 基幹チャンネル関係が特に日米において急増している。APS及びSPring-8の建設段階と関係しているようである。 また欧米においては光学系(分光器)の急増が見られるが、特に初段の分光器の熱対策と分解能の向上が要点で、その解決が困難であったせいではなかろうか。 ミラーについても全般に急増しているが、マイクロビームを形成する集光系については日本の減少が気になるところである。 検出器関係も日米欧ともに急増している。 放射光が高輝度になれば、測定の高速化、二次元化、ダイナミックレンジ等解決すべき問題が多い。 欧米ではビームラインシステムの開発研究が盛んである。

 

表4.加速器及びビームライン関係の文献数(主要項目の明細)

項  目 項  目
【加速器関係】 (光学系)
(加速器) 全般 9 5 14
蓄積リング 5 8 3 16 分光器全般 1 13 3 17
入射器、線形加速器 6 6 2結晶分光器 3 2 5
FEL 5 1 3 9 多層膜 3 3
電子銃 3 3 回折格子 1 7 3 11
その他 3 1 4 ダイヤモンド 2 2
(加速器制御) その他の分光器 3 3 6
ビーム安定性 1 2 3 システム 3 3
モニター、診断 2 3 5 (ミラー)
制御システム 2 1 3 全般 3 1 3 7
(真空) 弯曲 2 1 3
ビームダクト 2 2 多層膜 2 2 4
脱ガス、洗浄 2 1 3 ダイヤモンド、SiC 2 2
真空ポンプ 4 4 その他 1 1 2
真空用治具 8 8 (集光系)
【ビームライン関係】 全般 3 3
(挿入光源) キャピラリー 7 7
円・楕円偏光 1 2 3 レンズ、ミラー系 1 2 3
アンジュレーター 5 4 2 11 (検出器)
ウィグラー 4 1 5 全般 2 2 4 8
その他 4 4 ガス計数管 1 2 6 9
(基幹チャンネル) シンチレーター 4 4
ビームモニター 1 3 4 半導体(除CCD) 3 10 5 18
スリット、マスク 3 2 5 CCD 3 2 5
アブソーバー 2 2 TLP、IPなど 2 2 4
シャッター 1 1 2 検出システム 4 6 2 12
窓材、遮蔽 2 2 2 6 窓、ドラフトチャンバ 2 2
その他 3 3 (システム)
(各種ビームライン) 測定システム 5 5 10 20
概説 1 1 1 3 顕微鏡システム 2 1 3
設計(含レイトレース) 6 3 9 ソフトウェア 1 1 1 3
評価 2 3 5 その他 1 1 1 3

 

 

3.利用研究の動向

 表5は利用研究の動向を纏めたものである。表6はその中の主要項目をさらにブレークダウンしたものである。

 

表5.放射光利用研究の文献数(総括)

研究分野 研究分野
総合解説 3 1 3 7 (イメージング)
(回折・散乱) 全般 2 2
総合解説 2 1 3 トポグラフィー 12 9 7 28
基礎・理論 3 3 6 トモグラフィー・ラジオグラフィー 5 4 1 10
結晶構造解析(除生体) 48 68 68 184 X線顕微鏡 3 3 2 8
小角散乱 6 5 10 21  
磁気散乱 2 7 9 (照射・加工(除バイオ))
コンプトン散乱 5 1 3 9 リソグラフィー 21 10 3 34
非弾性散乱 3 3 光アシストCVD膜形成 6 1 1 8
核ブラッグ散乱 5 5 3 13 光アシストエッチング 7 7
その他の散乱 3 11 6 20 光アシストエピタキシー 11 11
X線定在波 1 2 3 光分解反応・脱着 1 1
X線反射率 1 1 欠陥生成・損傷 1 1
  その他 1 1
(分光・励起)  
総合解説 8 1 2 11 (放射線効果(生物))
基礎・理論 2 1 7 10 照射・損傷 2 2
XAFS 16 14 11 41  
光電子分光 57 21 46 124 (医学利用)
オージェ電子分光 11 1 4 16 血管造影 5 3 8
内殻励起・イオン化 53 10 45 108 CT 1 1 2
発光分析 14 12 24 50  
吸収分光 22 8 21 51 (バイオ)
光音響法 1 1 2 蛋白の構造 65 99 91 255
その他 3 2 4 9 その他 39 71 59 169

 

表6.放射光利用研究の文献数(主要項目明細)

項  目 項  目
【回折・散乱】 (内殻励起・イオン化)
(結晶構造解析) 原子 11 3 22 36
一般 22 32 30 84 分子 29 5 10 44
高温・高圧 15 18 14 47 クラスター・フラーレン 1 8 9
表面・界面 6 9 2 17 固体 6 2 8
粉末 3 7 16 26 その他 6 2 3 11
動的解析 2 1 2 5  
その他 1 4 5 (発光分光)
  蛍光分析 8 8 12 28
【分光・励起】 ルミネッセンス 5 1 4 10
(XAFS) 全反射蛍光X線 1 3 3 7
XANES NEXAFS 6 6 3 15 その他 5 5
EXAFS 6 3 6 15  
蛍光XAFS 2 1 3 (吸収分光)
その他 2 4 2 8 赤外 7 3 3 13
  紫外 5 1 1 7
(光電子分光) 真空紫外・軟X線 4 4
一般 40 18 40 98 X線(除XAFS) 3 1 9 13
角度分解 11 3 5 19 偏光(MCDなど) 2 3 7 12
時分割 2 1 3 その他 1 1 2
マイクロプローブ 2 2  
光電子回析 1 1  
その他 1 1  

 

①回折・散乱

 結晶構造解析を適用する研究が急増している。特に高温高圧状態や粉末結晶の解析、更には別項の生体の大多数が結晶構造解析である。最近の構造解析では単に結晶中の原子配置を求めるのみならず、電子分布の解析から各原子の原子価や磁気状態の解析が行われている。それだけに高精度を要求されるので、測定法の開発も多い。

 

②分光・励起

 XAFSや光電子分光関係の研究は減少傾向にある。それに代わって、特に日欧において原子分子等の内殻励起・イオン化の研究の増加が目立つ。これは科学的基礎研究というのみならず、放射光化学や材料改質といった面で新産業の芽となる可能性があるので、注目が必要である。発光分光では、蛍光分析を表面分析に利用しようという試みが見られる。吸収分光の増加は目をみはるものがある。赤外からX線まであらゆる領域で日本を先頭に研究が拡大している。

 いま一つの要点は、磁気円二色性などの偏光解析が欧米で増加している。また別項の磁気散乱も同様である。これからの物性研究は電子スピンが関わるものが多くなると思われるので、その動向に注目したい。

 

③材料研究

 表7は研究対象となった物質別の分類である。非金属無機材料については、日欧で増加が見られる。日本では、内殻励起を中心とした分光学的研究が多いが、欧州ではX線回折による構造解析に力点がおかれている。研究対象としては、化合物(93)、稀ガス(31)、ガラス(13)などである。

 

表7.研究対象物質別文献数

研究対象物質
無機材料(非金属) 99 45 91 235
金属材料 40 27 46 113
有機材料 31 7 25 63
複合材料 4 1 2 7
電子材料 83 61 67 211
水溶液など 3 2 8 13
地質・地学・環境 10 10 2 22
生体 104 170 150 424

 金属材料や有機材料については、日本で軟X線領域の研究が増勢にある。研究対象としては、金属材料は鉄鋼(32)、非鉄(26)、金属薄膜・多層膜(19)など、有機材料としては、有機金属化合物(5)、LB膜(3)など多様である。

 電子材料については、米国では結晶性の研究が多く、日欧では分光学的研究が多い。照射加工といった直接産業利用に直結したものは減少傾向が出ている。研究対象としては、化合物半導体(80)、シリコン半導体(75)、超伝導材料(15)などである。

 

 

4.バイオ関連の研究

 生体を分子レベルで研究しようというのは現在の大きな潮流であり、その研究手段として放射光が大きな役割を果たしている。表8はバイオ関連の研究動向の一覧表である。

 

表8.バイオ分野の研究対象

研究対象物質
蛋白質(含脂質、酵素など) 65 99 91 255
細菌 7 10 10 27
錯体 4 16 6 26
細胞(動物性) 8 6 8 22
薬剤(含阻害剤) 5 6 10 21
ウイルス 1 9 2 12
DNA/RNA(含複合体) 7 4 11
その他 14 17 19 50
総   計 104 170 150 424

 いずれも蛋白質の研究が全体の過半数を占めている。PFでは世界的に高度な構造解析のビームラインを有しながら、日本の件数が比較的少ないのは残念である。研究者の層が薄いと言われているが、早急に強化策を講じる必要がある。

 次に目立ってきたのは、細菌、ウイルス、医薬といった直接医薬品の開発に関連した分野であって、ここでも日本の立ち遅れが見られる。蛋白質の構造研究の動向と併せて、我が国の医薬品の研究開発の将来に憂慮すべき事態になっている。

 一方、細胞、DAN/RNA等の基礎研究的部門も、文献数で見る限り日本は決して先進的とは言えない。

 このようにバイオ関連の研究は21世紀の研究の中心と言われながら、他の分野のような日本の優位は見られない。その原因は、研究風土や政策などいろいろな要因が想定されるが、識者にご検討をいただいて早急に対応をとっていただきたい。

 

 

おわりに

 これまで「SR科学技術情報」誌の毎月文献速報を提供し、また年度毎にこれらを整理して、このような放射光研究の動向調査を実施している。以前のデーターは、

1993年分 SR科学技術情報4巻4号33頁(1994)

1994年分 SR科学技術情報5巻6号23頁(1995)

に出ているので、ご参照いただきたい。最後に本稿作成にあたりデータ整理をお手伝いいただいた神鋼リサーチ㈱の皆さんにお礼を申上げる。

 

 

 

林田 敏明 HAYASHIDA Toshiaki

昭和6年9月28日生

(財)高輝度光科学研究センター

〒678-12 兵庫県赤穂郡上郡町金出地1503-1

TEL.(07915)8-0962

FAX.(07915)8-0965

昭和29年京都大学理学部物理学科卒業。略歴:昭和35年京都大学大学院理学研究科修了(理学博士)同年三洋電機株式会社入社、太陽電池、熱電素子、LSI、信頼性工学、コンピューターシステム等の研究開発に従事。昭和57年塩屋研究所所長。昭和62年研究開発本部調整担当。昭和 63年より関西経済連合会高度技術委員会、大阪科学技術センターなどでSRの利用調査等に参加。平成元年より(財)高輝度光科学研究センターの設立に参加。平成2年(財)高輝度光科学研究センター審議役。平成3年三洋電機㈱退社。平成4年(財)高輝度光科学研究センター理事。平成7年参与。最近の研究、異常分散を利用したX線回折理論。趣味:陶芸・俳句。

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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