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Volume 01, No.1 Pages 24 - 29

6. 共同利用ビームライン/PUBLIC BEAMLINE

軟X線固体分光共同利用ビームラインの概要

岩見 基弘 IWAMI Motohiro[1]、谷口 雅樹 TANIGUCHI Masaki[2] 、菅 滋正 SUGA Shigemasa[3]、斎藤 祐児 SAITOH Yuji[4]

[1]岡山大学 理学部、 [2]広島大学 理学部、 [3]大阪大学 基礎工学部、 [4]日本原子力研究所 大型放射光開発研究部

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はじめに

 SPring-8の直線部に挿入した円偏光アンジュレーターからの高輝度軟X線円偏光放射光を利用して、従来の国内放射光源では実行の困難である先端的固体電子物性の研究を強力に推進することが、本ビームライン建設の目的である。このために、数年前に放射光利用の実験研究者と理論研究者から成るグループ(固体電子物性SG)を結成し、これまで種々のR&Dと実験を行ってきた。その組織の中心メンバーは、後述の参考資料Ⅱに示すとおりである。幸いにも先行開発ビームライン2本に続いて建設するビームラインに位置付けられ、これまでに基本設計が固まり建設に入ったので、その概要をここに紹介する。

 

 

1.ビームライン構成の考え方

1.1 光源について

 軟X線領域で8 GeVリングを有効利用するには、光学素子に対する熱負荷の問題を解決する必要がある。SPring-8の高輝度性を軟X線領域で十分に生かすにはアンジュレーターの利用が必須であるが、さらに、軟X線波長をカバーするためには、電子エネルギーの高い分だけ周期長を長く取るか、K値を大きく取るか、の必要がある。K値を大きく取ると全放射パワーが大きくなり、光学素子のdamageが生ずる。

 直線偏光軟X線については、小型あるいは中型リングに短い周期長のアンジュレーターを挿入する事でコストパフォーマンスの良い光源が出来る事から、我々はSPring-8の軟X線利用に対しては、当初から一貫して円偏光のみの利用を主張してきた。

 また、円偏光の極性反転が容易である事が信頼性の高い実験には必要である、との観点でR&Dを行ってきた。

 さらに、左右の両円偏光が同じ光軸上に放射される事が重要であると考えた。これは、ESRFのHeliosビームラインにおいて左右の光軸が若干ずれる設計が提案されて以来の懸案事項であったが、共同チームの北村氏等による新しいhelical undulator(我々はそれをtwin helical undulatorと呼んでいる)の提案によって、これらの諸問題は解決したように思われる。光軸上にapertureを設けてundulator放射の基本波のみを受ける事により、 SPring-8の高輝度を生かしかつ光学素子への熱負荷が小さい光学系の設計が可能となった。左右円偏光が同じ光軸上に放射される事により、分光器を含む光学系の設計も極めて容易となった。

 なお、希望する光源の性質としては、500〜3000 eVのエネルギー範囲を基本波でカバー出来る(将来できれば100 eVから利用できればさらに望ましい)事と、電子ビーム位置の安定性が±10 μm/day 以下、電子ビーム方向の安定性が±1 μ rad /day 以下を要望している。光源自身については、別に報告もあるので、本稿ではこれ以上述べない。

 

 

1.2 分光器について

 さて、利用する軟X線のエネルギー範囲を500から3000 eVにする事は早い段階で決まった。なかでも、磁性体や希土類金属系を精密に研究するために、その2pや3d内殻の測定には高いエネルギー分解能を必要とする事になり、分光器の仕様の概略が決まった。

 試料位置での光の性質としては、
(1)エネルギー範囲
   500〜3000 eV
   最大2000 eVまでは回折格子分光器
   最小1500 eVからは結晶分光器
   を用いることとした。
(2)エネルギー分解能
   10ー4以下(1000 eVで、100 meVより良い事)
(3)光ビームサイズ
   0.5 mmφ以下
(4)光の発散角
   2.5 mrad以下が望ましい
(5)光子数/秒
   1013 〜 1014/秒
   (高分解能時には、光子数が少なくなることはやむを得ない)
(6)光ビーム位置の安定性
   10 μm以下
が必要となる。

 これまで、我々は、各種分光器のエネルギー分解能テストと、種々のprogramによる色々な分光器(SX-700、dragon、非等間隔平面回折格子分光器(VSPGMと略す)等)のray tracingを行ってきた。

 共同チームからのR&D予算で、平面研磨SiC上に蒸着された金に直接刻印した非等間隔のオリジナル回折格子を製作し、PF-BL-19Bの物性研revolverアンジュレータービームラインに我々が数年前に設置したVSPGMでテストしてきた。その結果、400 eVで5000程度の分解能が出る事が確かめられた1)1) M.Fujisawa et al., Rev. Sci. Instrum. (1996) in press.。さらに、非等間隔回折格子に対して新しく提案された分光方式2)2) M.Koike and T.Namioka, in press.によって、10ー4よりさらに良いエネルギー分解能を持つ、簡単なメカニズムの分光器の製作が可能な事が判明した。これらの検討を経て、本ビームラインにおいては、図1に模式的に示す分光光学系を採用する事に決定した。

 

 

図1 軟X線円偏光アンジュレータービームライン光学系概念図

入射スリットS1から出射スリットS2で非等間隔平面回折格子分光器(VSPGM)が構成される。光源はtwinhelical アンジュレーター。Mhは横振りミラー、Mvは垂直はね上げミラーで入射スリットに集光させる。使用波長域に応じて球面鏡M1またはM2を使用する。出射スリットの後ろのトロイダル鏡は試料上への集光のため。

 

 

図2 製作予定のVSPGMに対するray tracingの結果(出射スリット上)

 試料へは特に水平方向の集光を要する。従って、Mtrをそれぞれ水平、垂直集光機能を持つ2枚の鏡に置き換えることも検討されている。

 

 この光学系では、球面鏡M1またはM2によって仮想的入射スリットを回折格子(G)の後方に作り、入射光をGによって回折し出射スリットに集光するものである。Gは図中1枚が示されているが、実際には広いエネルギー範囲をカバーするために、4枚の回折格子を使用する予定である。それらは、超高真空中で交換可能な超高精度機構にマウントされている。

 これらの結果を総合して得られる、広いエネルギー範囲でのエネルギー分解能の評価を、図3にまとめてある。この結果、回折格子分光器で最も実用を期待されている 1500 eVまでの範囲でスロープエラーを考えても、104(逆数を取れば先の10ー4よりすぐれた)を越える分解能が得られる事がほぼ確実である。

 

 

図3 本ビームラインにおけるエネルギー分解能の評価

S.E.=0は、光学素子表面のスロープエラーが無いとしたときの分解能。この場合には、数万の分解能が期待できる。球面鏡で1 μrad、回折格子で0.5 μrad のスロープエラーを考えたときの分解能を▲で示す。さらに、球面鏡M1、M2の曲率半径が設計値の10%(5%)ずれているときのパフォーマンスを示す。

 

 

1.3 実験装置について

 考えている実験装置は下記の通りである。まず、最前部に高分解能光電子分光装置(SCIENTA SES200)を設置する。取り付けチェンバーの概要を図4に示す(SES200は、左方チェンバーに紙面に垂直方向に取り付ける)。その後段には、2次元表示型のエネルギー分析器を設置する。なお、SCIENTA SES200アナライザーの出口には、スピン偏極光電子検出器を取り付ける予定である。

 

 

図4 実験装置の配置概念図

前段(左側)に高分解能光電子分光装置、後段(右側)に2次元表示型のエネルギー分析器を設置する。

 

 

2.準備状況

 我々のグループは、VSPGMの1号器については、PFのBL-19B物性研ビームラインでの設計製作使用経験を有する。今回設計した VSPGMはその高性能改良版である。

 高分解能光電子分光装置については、PFのS課題として、実験装置の設計ならびに立ち上げの主要部に本SGメンバーが参加し経験をつんでいる。さらに使いやすいシステムを目指す。

 2次元表示型のエネルギー分析器は、本SGメンバーの特許に基づいて独自に開発してきたもので、既にARNE1、物性研SOR-RINGで稼動中である。今回さらに性能向上を図る。

 スピン偏極光電子分光用SPLEED検出器は本メンバーが日独協力の形で技術導入したもので、すでにPFのBL-19Bで共同利用に提供されているものである。

これらをSPring-8の特徴ある軟X線円偏光ビームライン(BL25SU1)に集約し、機動性のある総合研究を行う事を考えている。

 

 

3.研究計画

 本ビームラインを作る目的は、高いエネルギー分解能の円偏光軟X線分光を多面的に行う事により、固体の電子状態と表面構造を高い信頼度で研究することにある。

まず、高分解能光電子分光によって、液体He温度から室温付近までの温度変化による相転移(金属―絶縁体転移、磁気相転移、パイエルス転移、電荷密度波転移など)に伴う電子状態の変化を研究する。特に、内殻の分裂、レベルシフト、スペクトル形状変化などを高い分解能で測定し、電子相関、磁気相互作用、終状態相互作用などを研究する。試料温度や励起エネルギーを変えたスピン偏極光電子分光を精密に行う事でスピン揺動や表面とバルクでの磁性の違いを浮き彫りにしたい。また、内殻円偏光励起時の共鳴光電子分光からは、内殻や価電子帯サテライトの電子状態の対称性についての有意義な知見が得られる。

 次に、2次元表示型のエネルギー分析器を用いて、光電子の放出角度分布の同時測定を行う。既に実験的には、Siの円偏光励起光電子回折の円偏光2色性を発見しているが、さらに、多彩な物質について、系統的な研究を進めたい。磁性体に固有のスピン偏極電子、あるいは非磁性原子の円偏光励起によって誘起されたスピン偏極電子による光電子回折、あるいはスピン偏極光電子ホログラフィーなどの表面研究を推進したい。また、理論的に興味の持たれている、円偏光励起光電子放出分布の角度分解円偏光2色性などの新しい話題も、本検出器を用いる事で極めて高い効率での完全実験が可能であり、ESRFの円偏光ビームライン及びその計測系に対して、1997年の時点でも十分な競争力を有していると考えている。

 なお、当初計画では、内殻吸収の磁気円偏光2色性測定を行う事になっている。この点では2年後の時点では国際競争力はかなり失われていると思われるが、PFやARでのビームタイムが逼迫している事もあり、磁性体の電子状態の標準計測法として、やはり建設の必要があると考えている。これらの研究は、実験が理論を触発してきた経緯はあるが、長期的に考えると理論との協力なしにやみくもに突き進むテーマではなく、焦点を絞った研究を行うことが重要である。その意味でも、多数の優秀な理論家との協力が必要である。

 

 

おわりに

 既に、twin helical undulatorについては、共同チームの手で建設が始まっている。導入を予定している装置のほとんどについては、これまで数年間にわたって続けたR&Dの結果を最大限に生かす設計がされている。もちろん、これまで以上に野心的な設計を行った部分もあり、その立ち上げには固体電子物性SGの全力を上げて立ち向かう必要がある。建設初年度予算はかなり厳しいものがあり、予定している装置のすべてを発注するわけにはいかないが、これから数年間にわたって徐々に充実させていきたい。幸いにも、SPring-8を取り囲む岡山、神戸、広島、大阪の諸大学から建設、調整実験に必要なmanpowerを出せる状況が整ってきているので、共同チームとの有効な協力によって、この計画の成功に向かって進みたい。

 また、国際協力についても、ドイツMax-Planck研究所や韓国ソウル大学、あるいはインドの研究所などから、このビームラインの共同利用の申込打診があり、関心の高さを伺わせている。

 最後に、設計について種々助言を頂いた東大物性研藤沢正美氏に感謝する。

 

 

 

文 献

1) M.Fujisawa et al., Rev. Sci. Instrum. (1996) in press.

2) M.Koike and T.Namioka, in press.

 

 

 

参考資料

Ⅰ 活動状況

約1年間の「固体電子物性」SGの活動記録を示す。

94.9.4
静岡大学物理学会インフォーマルミーティング
平成6年度第1回ミーティング
94.10.7
高エネ研会議室
SPring-8軟X線固体分光BLレイトレース
94.10.17
大阪大学基礎工学部
2次元表示型のエネルギー分析器の設計について
94.12.9
PF輪講室
レイトレーシングWG第2回会議
95.2.3
共同チーム会議室
BL37IN RAY TRACING
95.3.29
神奈川大学物理学会インフォーマルミーティング
BLの概要説明(谷口)
分光器WGの報告(藤沢)
95.4.25
回折格子メーカーとの非等間隔回折格子の製作可能性について打ち合わせ
95.5.15
回折格子メーカーとの非等間隔回折格子分光器の製作打ち合わせ
95.6.17
大阪大学基礎工学部
BL25SU1建設予算案作成
95.7.31
共同チーム会議室
SU1ビームライン光学系設計、今後の作業予定
95.8.1
PF会議室
SU1に設置予定の実験装置の詳細検討と作業分担
95.9.27
大阪府大物理学会インフォーマルミーティング
SU1建設準備についての報告(岩見)
95.10.11
仕様の詳細検討
95.11〜12
仕様書作成

 

Ⅱ メンバー

平成7年度提案代表者
岩見 基弘(岡山大学理学部)
平成6年度提案代表者
谷口 雅樹(広島大学理学部)
平成5年度提案代表者
菅  滋正(大阪大学基礎工学部)
共同チーム担当者
斎藤 祐児(日本原子力研究所)
その他の主要メンバー
宮原 恒昱(高エネ研放射光)
曽田 一雄(名古屋大学工学部)
藤森  淳(東京大学理学部)
難波 孝夫(神戸大学理学部)
中川 和道(神戸大学発達科学部)
城  健男(広島大学理学部)
生天目博文(広島大学理学部)
大門  寛(大阪大学基礎工学部)
今田  真(大阪大学基礎工学部)

 

Ⅲ 事務局

 大阪大学基礎工学部

 Tel 06-850-6420 菅 滋正

 Tel 06-850-6421 大門 寛

 Fax 06-850-2845

 E-mail:suga@mp.es.osaka-u.ac.jp

 

 

 

岩見 基弘 IWAMI Motohiro

昭和14年12月29日生

岡山大学 理学部長 附属界面科学研究施設教授

〒700 岡山市津島中3-1-1

TEL 086-251-7897

FAX 086-254-8467

昭和33年京都大学大学院工学研究科博士課程修了、大阪大学工学部電気工学科助手、講師、オランダ FOM研究所客員研究員を経て、現職、平成5年より理学部長。工学博士。日本放射光学会、日本物理学会、応用物理学会、溶接学会、電気学会、日本表面科学会、米国MRS会員。SRによる金属・半導体界面の研究に従事。今後は、SRを用いた薄膜・界面形成過程の研究をしたい。スキー、ハイキングが趣味

 

 

谷口 雅樹 TANIGUCHI Masaki

昭和24年7月21日生

広島大学 理学部 教授

〒724 東広島市鏡山1-3

TEL 0824-24-7400

FAX 0824-24-0719

昭和52年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻博士課程修了、日本学術振興会奨励研究員、東京大学物性研究所助手、独マックスプランク固体研究所客員研究員、広島大学理学部助教授、東京大学物性研究所客員助教授を経て、現職。工学博士。日本物理学会、日本放射光学会、日本分光学会会員。SRによる半導体、磁性体の研究に従事。今後の抱負は、広島大学の放射光科学研究センターの整備・充実。

 

 

菅 滋正 SUGA Shigemasa

昭和20年11月24日生

大阪大学 基礎工学部 教授

〒560 豊中市待兼山町1-3

TEL 06-850-6420

FAX 06-850-2845

昭和48年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、独マックスプランク固体研究所研究員、独電子シンクロトロン研究所研究員、東京大学物性研究所助教授を経て、現職。工学博士。日本物理学会、応用物理学会、日本放射光学会会員。SRを用いた固体の高分解能高エネルギー光物性、逆光電子分光、強相関電子系や表面磁性の電子分光研究に従事。今後は、円偏光SRおよびスピン偏極電子源を用いた完全実験を低〜高エネルギーまで行いたい。山歩き、バレーボール、テニス、水泳が趣味。

 

 

斎藤 祐児 SAITOH Yuji

昭和42年6月22日生

日本原子力研究所

大型放射光開発研究部利用系開発グループ

〒678-12兵庫県赤穂郡上郡町金出地SPring-8 リング棟

TEL 07915-8-0839

FAX 07915-8-0830

平成7年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了、日本原子力研究所入所、研究員。工学博士。日本物理学会会員。SRを用いた強磁性体のスピン分解光電子分光研究に従事。今後は、偏光を利用した高分解能固体電子分光研究をしたい。バレーボール、ソフトボール、テニス、昼寝が趣味

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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