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Volume 14, No.3 Pages 234 - 236

5. 談話室・ユーザー便り/OPEN HOUSE・A LETTERS FROM SPring-8 USERS

近未来への提言
Recommendations for Increasing Values of Spring-8 in the Near Future

坂田 誠   Makoto Sakata

第三代会長 名古屋大学名誉教授  The third President Professor Emeritus of Nagoya University

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SPring-8の価値を高める要因

 SPring-8利用者懇談会の会長を務めた関係で、供用開始十周年として記念出版に際し「近未来への提言」と題して執筆する機会を与えられたので、私見ではあるが感ずることを書いてみたい。

 まず、感じることはSPring-8の充実ぶりである。ビームラインの充実ぶり、装置の充実ぶり、これだけの研究施設を運営するには、不十分とは言えスタッフの充実ぶり、研究成果の充実ぶり、何もかも隔世の感がある。ビームラインも全て整備されたわけではない、装置の高度化もまだまだ進めて行かなければならない、スタッフは世界的な標準からすれば圧倒的に不足していることに変わりはない、研究成果ももっともっと挙げて行かなければならない、と言うことは認識しているつもりであるが、供用開始十年と言う節目で、SPring-8を全体的に捉えたとき、SPring-8の充実ぶりは、大いに評価して良いと思っている。

 現在では、SPring-8は、非常に成功したとの評価が、一般的になった、と思っている。しかし、この成功は、約束されたものではなく、いろいろな段階での判断、特に、初期の段階での判断によっては、現在のような成功は得られなかったかもしれない、という思いは未だにある。別の言い方をすれば、SPring-8はもっと悪い状態になっていたかもしれない、という強い思いがある。英語で表現すれば、

 It could be much worse.

とでもなるのでしょうか。このような危機感を長い間持っていた、と言うのがSPring-8に関係したものとしての実感である。

 SPring-8の最初の十年は全体としては大いに評価できるとして、次の十年に向けて何を考えるべきなのだろうか?個別具体的には、個々の研究会から種々の提言があると思うので、私としては、やや一般的な観点から述べてみたい。一般的な表現をするなら、今後十年取り組むべきことは、SPring-8の価値を高めることである。このような表現に反対する人はいないと思うが、では、何がSPring-8の価値を高めることになるのだろうか?

 

 

TOP-UP運転

 極めて、具体的で分かりやすい例が過去にあったと思う。それは、TOP-UP運転の成功である。かつて、低エミッタンスモードの運転は、SPring-8の特徴を生かした運転モードであったにも関わらず、現場サイドの全ての人達に歓迎されていたわけではないように思う。理由は簡単で、低エミッタンスモードの運転では、ビームの減衰に伴う熱負荷などの条件が変わってしまうことに対して、オプティクスがフォローしきれないで、入射と入射の間にオプティクスの再調整が必要になってしまうことである。これは、ただただ疲れる作業で、繰り返し行わなければならず、歓迎されない作業であった。マシンサイドからすると、低エミッタンスモードこそがSPring-8にふさわしい運転モードと考えているわけで、現場との乖離が起きかねない状況があったのではないかと推測している。加速器の専門家ではないので、科学・技術的側面からの評価はできないが、TOP-UP運転は、利用する立場から見ても、SPring-8の価値を高めた素晴らしい成果だと思う。これは、強調してもしきれないことだと感じている。

 TOP-UP運転は、SPring-8の価値を高めた分かりやすい例であるが、典型的な例だとは思えない。ほとんど何も失うことなく、SPring-8全体が利益を受けるような事柄がそんなにあるとは思えない。近未来にありうることを考えてみると、幾つかのことが思い浮かぶ。

 

 

新ビームラインの建設

 まず、第一に新たなビームラインの建設である。これは、大筋においては、SPring-8の価値を高めることになると思うが、ビームライン建設が可能な空きスペースが減少していく現実を見ると、どこかの段階でどのようなビームラインを建設すべきなのか、既存ビームラインも含めたSPring-8全体のビームライン構成を考える時期が来るものと思う。国が資金を出して新しいビームラインを建設するという単純な構図ではビームライン建設が進まない現状を考えると、個々のビームラインをどのように建設していくかという戦術的観点からの行動だけでなく、どのようなビームラインが必要かという戦略的議論も必要のように感じる。何かを選択するということは、別のものを選択しないということである。どのようなビームラインが必要かということを議論することは、どのようなビームラインが必要ないのかを議論することでもある。

 

 

ビームラインの高度化

 次に、ビームラインの高度化も一般的には、SPring-8の価値をたかめるものと考えられる。ビームラインの高度化により、全ての人が恩恵を受けることが出来るのならば、全く、問題はないのだが、そう簡単でない場合も多いように思う。高度化により、あるものを得ることは出来るが、別のものは失うと言うことも、しばしば、起きるように思う。例えば、高速な測定はできるようになったが、精度は多少犠牲にしたとか、いろいろなケースが考えられる。実際に、高度化を終了した後では、どれだけ精度が犠牲になったのかデータで示すことが出来るが、これから高度化をするかどうかを議論している段階では、どの程度の高速化が可能で、どの程度の精度が犠牲になるか、それら全てを推測あるいはシミュレーションに基づいて、高度化を実際に行うかどうかの結論を出さなければならない。少しでも失うものがあるならそのような高度化はすべきではないと考えている保守的な研究者は意外に多いように感じている。更地に家を建てるのに反対する人はいなくても、既に雨露をしのげる家が建っているときに、屋根を全く新しいものに変えると言ったら、いろいろな議論が出てくるものである。このような時に意思決定をするには、1)全員が納得するまで議論を尽くすのか、2)多数決が良いのか、3)トップダウンが良いのか、4)委員会を開くのか、etc …いろいろ考えられる。私見ではあるが、このような場合は、誰かが責任を持って判断し、出来るだけ多くの方の賛同を得る努力をすると言うことに尽きるように思う。意思決定にはタイミングも重要である。また、多くの人を納得させるには、議論だけでは不十分なことも多い。SPring-8のような多くの人達が関わる大型施設では、誰かが意思決定をして事態がスムースに展開するということが、結構、重要なことのように思う。

 

 

利用システムの高度化

 最後に、SPring-8の価値を間違いなく高めるであろうこととして、利用システムの高度化によるユーザーフレンドリーなインターフェイスの構築と非専門家の参入と言うことについて簡単に触れることにする。ESRFは、一般向けのポスターで自分たちのことを巨大な顕微鏡と説明している。SPring-8もBL33LEPのビームを除けば、巨大な顕微鏡と称しても良いのではないかと思う。顕微鏡は見るものであるから、当然、何かを見ることになる。SPring-8は、見るべき“もの”を持っている訳ではない。見る価値のある珍しいもの、貴重なもの、新しいものを持っている人達は、ものを作ったり、探したりしている人達で、放射光の専門家でない人たちが殆どである。ビームラインの整備が進んだところでは、“もの”を持っている人達にSPring-8に馴染んでもらうことが重要になって来る。タンパク質の結晶構造解析をしている人達、産業利用の人達、化学合成をしている人達、新物質探索をしている人達などの放射光科学の非専門家を、SPring-8の新たなユーザーとして開拓することは、常に継続して努力していかなければならないことと思われる。その時には、いかに使いやすいシステムにしていくかと言うことが非常に大きなテーマになっていくと思う。ユーザーフレンドリーなシステムほど、高度な技術が要求されるものである。これをどのように開発していくか、なかなか見えにくい部分だと思うが、誰かがどこかで始める必要があるように思う。直感的には、SPring-8に附帯する施設・組織がそのような役割を担うことが、折り合いが良いように思う。

 

 

 以上、SPring-8の価値を高めるという観点から、私見を述べた。提言と言うほどのレベルのことではなく、当たり前のことばかりであるが、SPring-8に関係する全ての人達が、SPring-8の価値を高めるには、何をすべきかと言う発想になれば、自ずとSPring-8の次の十年の展望は開けてくるものと思う。

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794